檀家
「雨崎くん、わたし昨日気付いてしまったんだよ。」
ああ、いつもの、ためにならない話が始まりそうな予告だ。面白いのだけれど、どうしていつもこう意味深長な振りをしてくるのだろう。こんなに声のトーンを落として重々しく、人類の生存を賭けた会議の一幕のような話し方だ。少し眉間に皺を寄せるようにこちらを見てくるのもやめてほしい。わかっているのだ。これから繰り出される言葉は、今後の人生を全く左右さすることもなく、助長にしかならないことを。それでもぼくはいやとは言わない。だって面白いから。
「いつものやつだね。ぼくの期待以上のことだと確信しているよ。さあ、聞こうか」
ぼくはなんて事はないという様に返事をする。何があろうと彼女のペースに乗ってはやるまい。ぼくの強い意志を、断固たる思いを誇示した軽い口調だ。彼女のぶつけてきたものを軽やかにいなしきった。
「えっとね、昔日本にドイツ人のお坊さんがいたんだよ」
ぼくのいなしもなんのその、何事もなかったように普段の語り口で話し出す。毎度思うけど、この最初の駆け引きはいるのだろうか、いやいらない。
「それでね、そのお坊さんはお布施がある度に感謝の意味でダンケ、ダンケって言っていたんだよ。それを言われた人達が、ああそうか、自分達はお寺さんからみて檀家って言うのかって勘違いしちゃったんだよね。これが檀家って言われる由縁なんだよ」
得意気に彼女は言い切った。その満足した表情は、なぜだろう、妙に腹立たしくも感じる。これでは非常にまずい。彼女を優越感に浸らせてはいけない。ぼくの心がそう訴えてくる。しっかりと揺さぶっていかないと。
「でもそれだと『ダンケ』にならないかな?」
「それは発音のブレだよ。ダンケのケは、カとケの中間音みたいな発音だから。日本人に馴染みのない発音だから。高村光太郎も言っていたよ。『考える人』のロダンもカタカナで書くならロデンの方が発音は近いって。それと同じだよ」
「へぇ、そうなんだ。でも仏教の用語ってサンスクリット語かパーリ語が主だよね」
「はい」
えっ。急にしおらしくなった。自分の言いたいことを言い切ったからか?それとも反論されることが意外だったからか?どちらにしてもこの機を逃してはならない。
「つまり檀家の話は嘘だよね」
「はい」
「ただ単にダンケと檀家を掛けたかっただけだよね」
「はい」
勝利。流れで押し切った感はあるけれど勝ちは勝ち。おっと、表情には出さないようとしないと。栄生さんを刺激しないようにしないと。しかし彼女はぼくを騙そうとしていたのか。なんと罪深い。それでもこの仏のような深い懐に感謝するがよい。ぼくは平静を保ちつつ慈しみの心をもっているかのように語りかける。
「素直でよろしい。まぁ仮にダンケと檀家の話が本当だとしたらドイツと寺の関係が高いということになるね。そうなると寺の地図記号って」
「だめです。それ以上はだめです。関係はありません。マジ卍です」
久しぶりに聞いた、意味の分かりづらかった流行り言葉。言葉通りの意味で使われたのは初めて聞いたが。




