話す理由
「そういえばわたし明日当番じゃん」
「おや、栄生さんは辛味成分強めだね」
さっきの蝙蝠のときの辛辣さはだからか。ってか栄生さんじゃんとか使わないじゃん。絶対わざとじゃん。さっきまでの辛口発言はまさかの伏線だったんじゃん。
「雨崎くんはいいよね。もう条件反射で答えてくれるから」
「それは褒めているのかな、それとも褒めるしかないのかな」
「ちゃんと蔑む選択肢は残っているから今回は前者だね」
本当に褒めてくれていたんだ。内心ちょっと揶揄われているのかと。というか自分の心の中で内心って思うと意味わからなくなる。内心はちゃんと言わないといけないね。というわけで。
「内心揶揄われているのかと思ったよ」
「雨崎くんとのやりとりは本当安心するよ。思ったことを言ってもいいんだから」
ぼくはちょっと笑う、もちろん嬉しくて。でもその裏にあるかもしれないことを想像すると素直にそのまま受け取ることは出来ない。少し探ってみてもいいかもしれない。力になれるなんて思えるほど傲慢ではない。力になろうなんて思えるほど勇敢でもない。でも栄生さんの味方にはなれるんじゃないか、その程度。
「栄生さんはいろんな人と話しているけれど疲れたりしないのかい」
「もちろん疲れるよ。でもそれ以上に有益なときもあるんだよ、知識とか感覚とか視点とか。わたしって欲深くてずるいんだよ」
会話で得られるものがあることはわかる。嘘か本当かもわからない情報も手に入る。欲深いの意味はわかる。ずるいがわからないかな。それを考える間もなく彼女は続ける。
「気配りと気配って同じ漢字で音読み訓読みの違いだけじゃない。送り仮名の『り』はあるけれど、意味は違う。じゃあ『り』が差をつけているんだよ。気配りは気配利って書いてもいいんじゃないかなって思ったことあるの。ほら気配りって利他の精神っぽくもあるし利己と言ってもおかしくはないし。つまりウィンウィンな気がするのよ」
それは多分栄生さんが自己研鑽の意識が強いからでは。ああでも人に好かれたい時にする人もいるか。その場合はなんだか感謝をしろと押し付けてきてるように感じて素直に受け止められないんだよね、いやぼく一人で出来るんだけどって。もうそっとしておいてくれたほうが嬉しいんだけどって。
「会話をしているときに相手や他の聞き手の表情を見ながらどうしたら話が上手く流れるかとか考えるの楽しいんだよ。なんだか実践訓練みたいな感じで。雑談だから失敗してもいいんだし。あとわたしって八方、美人でしょう」
なんて優秀なファシリテーターなんだ。でも自分の言葉が流暢ではないのだが。誤解をするように深呼吸するのはやめていただきたい。
「さっきの蝙蝠のみたいにあっちにフラフラこっちにフラフラ、そう捉えられたって仕方ないと思う。それに普段は相手の望む言葉を選ぼうとしているから。それがわたしなりの勉強。あっでも大事な話のときはちゃんと自分の意見も言っているから。でも言葉を選ばないといけないのは大変だよね」
すごいな栄生さんは。ぼくが面倒だと思っていることをやろうとしている。ぼくは面倒だと思っているから輪の中にいても基本話さない。しかも彼女は蝙蝠の話でもわかるように嫌われるリスクも知っていて、なおもそうする。もはやヤジロベエのバランス感覚だよ。
「そしてなによりいろんな人と話す理由は」
彼女の言葉に力が入る。ここ大事だからもう一回言うぞ、暑苦しい先生のその言葉より暑苦しい。もう熱そのものだよ。
「わたしという人間が増えるということなの」
ちょっと栄生さん。言葉は選ばないと大変なことになるよ。さっき言っていたよね。ぼくに対しても言葉を選ぶくらいの気配りをしてくれてもいいんじゃないかな。栄生さんこそ条件反射で話をしているんじゃないかな。返答には困らないけど。
「自分の思う自分と人から見た自分がいるってことかな」
「さすが雨崎くん、理解が早い。これが一番楽しいんだよ。相手との腹の探り合い、化かし合い。これは時々しかしないんだけど相手の見ているわたしを偽ってみるの。簡単に言うとギャップを作るんだ。よく見方を変えるって言うじゃない。今まで敵だと思っていた人がそうじゃなかったり、逆もまた然り。味方も変えちゃいなさいよって思わせたり。一方的かもしれないけれどわたしが会話で遊んでいるの。会話で駆け引きをしているの。会話で馬鹿な試合をしているの」
楽しそうに語るけれど内容は意外だった。自分の良い面を見せて確立しそうなところで叩き壊す。手を差し伸べて信頼したところを叩き落とす。油断して弱点を晒したところを叩き伏せる。人間なんだから黒い面もあって然るべきだ。栄生さんが優越感を抱きたいところがあってもおかしくはない。それに相手が栄生さんの幻影に依存しようとしているからなのだ。彼女が作ってきた虚像しか見ていないからだ。ぼくはそうはならない。ぼくなら騙されない。
「わたしってずるいでしょう。雨崎くんはどうかな。幻滅したかな」
「いや、驚きはしたけど栄生さんも人間なんだなって思ったよ。安心したよ。クラスメイトに聖人君子がいるなんて崇め奉りすぎて息が詰まっちゃうからね。栄生さんは栄生さんだよ。でもやり方は賛成できないな。栄生さんはきっと人付き合いに疲れているだけなんだから。体調悪いから今日はごめん、それだけでいいんじゃないかな。それでも面倒なら栄生さんが一緒に堕ちる必要はないよね。相手を叩き落とせばいいんだよ。そういうことなら陰湿なぼくの出番だ」
「ありがとう、雨崎くん。でもねさっきの話を今初めて実行したんだ。だけど雨崎くんのわたしの見方は変わらなかったね。ほんとごめんね雨崎くん」
はい騙されていました。騙されないと思っているところはちゃんと警戒していたけれど別の点で騙されました。騙されないと思っている人ほど騙しやすい、見事にその通りでした。急に力が抜けていくことが目に見えてわかる、そして栄生さんの力も抜けていってるのも。まったく、悪い人間のふりをしてくるなんて本当にずるい人だ。
「こんなことをしてぼくとの友情が崩れるとは思わなかったのかい」
「全く思っていないよ。だって雨崎くんだもん。雨崎くんは聡くて純粋な天邪鬼だから。そうじゃないとこんなことしないよ」
「褒めてくれるならもっとわかりやすく褒めてくれてもいいんだよ」
今回は揶揄われているなんて思えない。ぼくも単純なものだ。
「雨崎くんは素直に受け止めてくれないじゃない。だから頑張って捻くれながら褒めているの」
栄生さんに騙されるのがぼくだけでよかった。間抜けな騙され方だけどちょっと嬉しくもあるのは何故だろうか。




