魔法使い
「栄生さん、ぼくは昨今余りあるファンタジーものの物語に物申したいことがあるんだ」
「どうしたの、急に。ああ行ってみたいんだね、異世界。雨崎くんも男の子だね。うんうん憧れるよね。そうだね雨崎くんなら、うん日常的な物語かな。人知れず研鑽して人知れず本を書いて人知れず亡くなって人知れずそれも風化する。引きこもりもほどほどにしたほうがいいんじゃないかな。もっと外に出て人と交流をすべきだよ。そうしないと物語は面白くならないよ。読む人はストーリー性があって一喜一憂するんだよ。まあ一朝一夕にできることじゃあないけれど徹頭徹尾頑張って誠心誠意頼みこめば、書籍化も夢のまた夢なんてこともないかもしれないような気がしないでもなくはないかな」
ぼくの生涯の書籍化は極めて絶望的。というか完全に世捨て人になっているよね。現世ですら捨てていないよ。それにぼくの認知のされなさといったら。まだ透明人間のほうが自己主張するよ。こうなったらぼくはデカルトを恨むね。我ありはいいけれど自分自身があったところで存在の意味がなくなっちゃうのだから。そしてぼくは今気付いたね。人間は一人では生きることができないって精神的な面のほうが強いんだってね。食住を確保したところでそれは動物的な面で生きているってだけなんだって。人間としての生き方ではないんだなって。孔子や二宮尊徳は偉大だったんだなって。それを本に残しても誰にも伝えることも出来ずに死ぬ人生をたった今決定づけられたよ。悔いの多い人生でした。
「敏腕編集栄生さんのアドバイスはひどく身に染みたよ。いや本当に。ぼくはこれから人との繋がりに感謝して大切にしていこうと思うんだ」
「どこに行っちゃったの雨崎くん。この人は偽物よ」
「おっとぼくの真偽はこれから話すことを聞いてから審議していただきたい。必ずや栄生さんのお眼鏡にかなうので」
そうこれで本題に戻れる。ふりだしに戻ることがこんなに嬉しいとは思わなかった。双六で最初からマイナス方向に進むことを考えてもいいのでは。サイコロにマイナスをつくることにしよう。
「話す必要はないよ。この雨崎くんが偽物なのは疑いようもなく事実なのだから」
「お願い。聞いて」
栄生さんこそどこに行っちゃうんですか。早くプラス方向に移動してください。これ以上のマイナスは損害が大きいのです。ぼくの精神がマイナスされてしまいます。すり減っちゃいます。
「えっと、そうそう、だからファンタジーものに思うところがあるんだよ。まずは城だよね。空を飛ぶ脅威がいるはずなのに城だけ無駄に高いことが多い。迎撃する気ないよね。みんな迎撃ミサイルがある前提なのかと」
「仕方ないよ。王様は捨て駒だから」
「えっと、そうなのですか?」
今日の栄生さんはなかなかにひどいことを言う。いや面白いからいいんだけど。
「そうなの。ほら、ノブレスオブリージュだよ。高貴な人は責務があるんだよ。その最高峰だよ。自身の身を挺して好機をつくるべきだよ。ほら側室がいたりするところもあるでしょう。いなくなる確率を考慮してなの」
栄生さんは権力者が嫌いなのかな。率先して戦うべきではあるがなぜ死ぬこと前提なのか。間違えた武士道なのかな。死ぬことと見つけたり。
「あと魔法使い。知恵者として扱われているはずなのに主人公の当て馬になっていることが多いんだよ。正直今ある文明はどう築かれたのか不思議でしょうがないなって思ってくるんだ。まあ停滞しているというならしょうがないのだけれど」
「あれはね、魔法使いはしっかりとした教育を受けているというからなの。知恵者であることは間違いないの。けれど今あるものをしっかりと理解しているだけでそれ以上にいくかどうかは環境、つまり為政者が悪いんじゃないかな。魔法使いたちは犠牲者のようなものなの」
栄生さんはアナーキー、これは間違いない。
「雨崎くん、わたし思うの。人には明確なゴールを見せてあげなきゃいけないんじゃないかな。それでゴールに向かうためのチェックポイントを設置するの。それを通過する度にゴールに向かっているということを痛感するんだよ。雨崎くんの見た世界はこれをしないんだよ。先を見せてあげることが出来ないんだよ。想像も創造も理想像ありきなんだよ」
「えっと、栄生さんは今の政治に不満でもあるのかな」
「雨崎くん、今わたしたちが話をしているのは現代の話ではないの。独裁政治は悪いことではないけれど、正しく導ける者が頂きに立ってこそなの。そう、今わたしたちに求められているものは革命なの。さあ立ち上がるの、魔法使い雨崎。君を旗頭にこの世界を正すのよ」
「今日の栄生さんはどこに行きたいのかな。それとも栄生さんが偽物なのかな」
「よくわかったわね。わたしはあなたの知る栄生美紗ではないの。パラレルワールドから来た別の栄生美紗なの」
もうね本当ね、助けてください。




