盲目の蛇 1
柴木政美は恋をしていた。相手は同じ会社に勤めている村瀬詩樹といい、特徴らしき特徴などなく柴木とは何の接点もなかった。柴木が何処に惚れたのか誰にも解らなかった。柴木の同僚は「恋に理由なんてないのよ」と自信満々に言い、村瀬の同僚は「詩樹に脅されて好きなフリをしてるだけ」と笑いながら言い、部長は「仕事に支障をきたさなければいい」と興味なさげに言った。村瀬の方も何故自分が好かれるのか解っていなかった。柴木は村瀬に積極的に愛していることをアピールしていった。
「村瀬君のためにお弁当作ってきたの。残さず食べてね」
そういって四段の重箱を渡し
「仕事一緒にやれば残業なんてすぐに終わっちゃうよ」そういって二人で同じパソコンを使い残業の時間を長引かせ
「終電行っちゃったね。私が送ってあげるよ」
そういって自宅まで拉致しようとする。
それが毎日のように続けば流石に身の危険を感じるだろう。だから村瀬は自分の気持ちを柴木に伝えて全てを終わらせる。そうするために休憩時間に公園に呼び出した。
「村瀬君、話って何?もしかして結婚式の予定?」
「早すぎます。てかそんなつもりはありません」
「えぇ〜」と不服そうに頬を膨らませるが童顔でもない柴木がしても可愛さなどない。
「僕につきまとわないでください」
その言葉に柴木はきょとんとして首を傾げた。
「分からないならはっきり言います。迷惑です。柴木さんは僕のことが好きなのかもしれませんが僕は―」
村瀬の台詞は柴木の手が肩に食い込み、もう片方の手が口を押さえ付けられたことによって遮られた。
「私は村瀬君のことが好き。当然村瀬君も私が好きだよね」
そのときの柴木の目には狂気が宿っていた。しかし村瀬はそれに気づけなかった。
「僕には他にす―」
柴木の両手が村瀬の首に添えられ、きつく絞めた。
「私は村瀬君が欲しい」
「が…あ゛ぁ…」
抵抗するが柴木の力は緩まない。それどころかこの細い腕から有り得ないほど強い力で絞められる。
(なんで振り向いてくれないんだろう)
他人に愛されることに飽きて恋愛自体しなくなった。しかし村瀬と出会ってから他人を愛することを覚えた。彼女は与えられた愛を拒まずにいたから愛することを知らなかった。両者の想いが重なり初めて愛が生まれることを知らなかった。
トクンッ
胸とは違う場所が高鳴った。
(こんなにも気持ちを伝えてるのに)
トクンッ…トクンッ
少しずつ高鳴りが大きくなり始める。
(もう私には村瀬君しか見えない)
トクンットクンットクンットクンッ
『二人っきり』で愛を語らいたい。『二人っきり』で幸せを感じたい。『二人っきり』で静かに過ごしたい。何をするにも『二人っきり』でやりたい。
(だったら二人だけの世界を創ればいい)
ドクンッ
「ダイスキ」柴木の声が重く低い声に変わり周りは黒いモヤに包まれ周囲に人は居なくなっていた。
そして変化が起こり始める。
まず初めに足が無くなった。正確には足は退化しその代わりに蛇の様に胴が伸び始め、最終的には体長10M程になった。手は人一人覆えるほど大きくなり顔は狗の様に代わった。
「これで二人っきりだね」「あ…」
人の顔を失っても尚表情は人でいた頃と然程変わらなかった。
「二人で幸せになりましょ」
「…」
恐怖で脅え言葉を発せない村瀬を見て、柴木は『暗黙の了解』と受け取った。
「大丈夫。誰にも邪魔は出来ない。だってここには私と村瀬君だけしかいないんだから」
「恋の病に薬無し」
不意に透き通る様な少女の声が響き渡った。
「何処にいるのっ!」
悪鬼のような表情で周りを見渡すが誰一人いない。
「恋は盲目」
また何処からか声が聞こえた。
「出てきなさい!そして出ていきなさい!私と村瀬君だけの世界から消えなさい!」
「初恋はみのらない」
それでも姿を現れさない少女の声は止まらない。
「いい気になってんじゃないわよ!」
「そして灯台元暗し」
「っ!?」
その言葉に反応して真下を見てみるとセーラー服を着た少女が立っていた。
「消えろっ!!」
そんな声と共に柴木は拳を少女に向けて突き出した。そのまま拳はコンクリートを破壊するが血は一滴も流れていない。視界の端に動くモノが見えたので視線を動かすと先程の少女が金色の瞳で哀れみを込めた視線を送っていた。




