盲目の蛇 2
「『歪み』が全て直すべきものってわけじゃない。例えばピカソ作の『ゲルニカ』だってそのまま書いてたらきっと何のメッセージもないような詰まらない絵だったと思う。でもそれはキャンパスの上とゆう『世界』を彼自身が『歪ませた』から認められた」
柴木は何も言わずに少女を睨み続ける。
「愛情だってそう。他人を愛することは『自分を愛すること』を歪ませることによって成り立つ。その『歪み』は他人に届いて同調し新たな『歪み』を作る。そうやって出来た『歪み』はその人以外には影響しないから直す必要はない」
「じゃあ私の『歪み』は直す必要なんてないじゃない!だって私とこの人は愛し合ってるもの!」
柴木は少女の言葉を遮るように叫びながら村瀬を抱きしめた。
「貴女は勘違いしている」
「何が違うって言うの!?この人は私の愛を快く受け入れてくれた!」
「本当に?」
「疑う余地なんてないわ!現に私とこの人の心は一つになれてる!」
「じゃあ彼は何でそんなに脅え、苦しみ、辛そうなの?」
柴木の腕に抱かれている村瀬を指差し少女は問いかける。
「っ!?」
確かに柴木の腕に抱かれている村瀬は身体を震わせて脅えている。その顔は恐怖で歪み今にも気を失いそうなほど堅くなっている。
「そ、それは貴女が急に現れて変な事を口走るからよ!」
「そう。じゃあ直接彼に聞いてみましょうか?」
「聞くまでもないわ!だって…」
「助けてくれ…」
その場に低い男の声が通った。酷くかすれた声だったが確かに村瀬は言った。その言葉に柴木は固まり村瀬を見る。
「ほら。彼は貴女を受け入れていない。疑いようのないか―」
「いやぁぁぁぁぁあぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁあああぁ!?」
少女の言葉を遮るように唐突に柴木が叫んだ。そして彼女は村瀬を掴むと彼が叫ぶ前に口の中に放り込み嚼み砕いた。
「コレデヒトツにナレタ。ヒトツにナレタ!」
村瀬を飲み込むと柴木は満足そうに笑った。だがすぐに何かを思い出したかのようにピタリと動きを止めると目の前にいる少女を見下ろす。
「コロシテヤル。オマえなんかコロシテヤル」
拒絶されたショックからか理性が外れ、目の前にいる少女を血走った目で睨みつける。
「逆恨みも甚だしいわ。あれが彼の本心なのに…」
「ダマレ…」
「それを拒絶したなら貴女は彼を拒絶したのと一緒よ」
「ダマレー!!」
柴木は口を大きく開きそのまま少女を食い殺そうと飛びかかった。少女は携帯電話のボタンを凄い勢いで打ちながら飛びかかってくる柴木を見たまま動かない。「よし」
少女が短く言いながら携帯電話を閉じる。目の前まで柴木は近づいていたが全く気にしていないようだ。突き出された手が少女の身体に…触れられずに弾かれた。
「ナッ…?」
もう一度手を突き出すがやはり少女の身体に触れる前に見えない力によって弾かれる。
「貴女じゃ私に触れない。」
そう言いながらまた携帯を開きまたボタンを打ち出した。その行動に警戒して柴木は距離をとった。
「…よし」
数秒後に打ち終わり携帯を閉じる。そしてそれと同時に柴木の頭上に一筋の光が射した。
「っ!?」
その光から逃げようとしたがまるで壁があるように光から出られない。そして更に上で巨大な杭が現れ柴木めがけて放たれた。
「タスケテ…イヤ…ミノガシテ…!!」
「大丈夫。痛みを感じる間もなく死ねるから」
その言葉と共に柴木政美の存在はこの世から塵一つ遺さずに消え去った。
柴木の消滅と共に黒いモヤは晴れ何時もと変わらぬ公園が姿を表した。その事を確認してから『橋本郁恵』に戻り、足元に転がっていた『歪んだ真珠』を拾いポケットにしまった。そのまま歩き出すとポケットから携帯電話を取り出し慣れた手つきで『世界』に電話をかけた。
「まさかを使うとは思わなかった。…うん…愛って恐いね。…えっ?私は君を信じてる。私のこと好きだよね?…ちょっと、何で黙っちゃうの?ねぇ、ねぇってば!?…もぉ、からかわないでよ」




