第9話:料理対決?――いや、これは『虐殺』だ
交易都市バザールの広場。
そこには急ごしらえの調理台が二つ並び、周囲を何重もの観衆が取り囲んでいた。
一方は、西の隣国から招かれたという宮廷料理人・デュカス。彼は金色の刺繍が入った贅沢な絹のエプロンを纏い、十人近い助手たちにテキパキと指示を飛ばしている。
対するもう一方、ナツキたちの調理台には、マルモが一人で腕組みをして立っているだけだった。
「おい、カズヤ。あのデュカスっておっさん、さっきから『真実の味』だの『歴史の重み』だの、抽象的な単語を並べて悦に浸ってるけどさ。
料理に歴史が必要なら、俺たちは教科書でも食ってればいいのか?
観客の期待を煽る前に、まずはその不潔な助手の数、どうにかした方がいいんじゃないか?」
ナツキが広場の隅で、キャンピングカーのステップに腰掛けながら冷たく言い放った。
カズヤは手元のタブレットで、デュカス側の火力をサーモグラフィで監視し、リアルタイムで食材の表面温度をログに記録している。
「ナツキ、論理的な批判は勝負の後にしてよ。
……あ、デュカスの火加減、今ちょうどメイラード反応のピークを過ぎたね。
タンパク質の熱変性を無視して、視覚的な『焼き色』だけを優先した。
あのアプローチじゃ、肉汁が流出してパサパサになるのは目に見えてる。
計算するまでもない、ロジックの敗北だよ」
「よかばい、二人とも! 庄田国の王子の流儀、そろそろ見せつける時が来たばい。
おいの『変火』は、ただ焼くためだけにあるんじゃなか。食材の細胞ひとつひとつに、最高の目覚めを与えるための福音たい!」
マルモが調理台の前に立つ。彼は助手を一人も使わず、代わりにインベントリから「異形の魔導具」を取り出した。
それは、カズヤが現代の設計思想を魔法回路に落とし込んだ、特製の『真空低温加熱槽』だ。
「な、なんだあの不気味な箱は!? 料理は火と鉄のぶつかり合いだろうが! 貴様、そんな小細工で我が『王道』に勝てると思っているのか!」
デュカスが咆哮し、巨大な魔獣の心臓を豪快にフランベして炎を上げた。
観衆からは歓声が上がるが、マルモはそれを見向きもせず、ビニール袋に密封された肉を、一定の温度に保たれたお湯の中へ静かに沈めた。
「『王道』ね。おじさん、その言葉は便利だけど、思考停止の言い訳にしかなってないばい。
火が強ければ美味い? 煙が立てば情熱的?
……そんなの、ただの蛮族の焚き火と変わらんばい。
本当の『高貴なる食事』っていうのは、食材のポテンシャルを1パーセントの無駄もなく引き出す、究極の慈愛たい」
マルモの指先が微かに動き、槽の中の魔力濃度を微調整する。
肉の内部温度を、タンパク質が凝固する直前の63度で完全に固定。
外側は後でカズヤの『神速』による超高速摩擦熱で一瞬だけ焼き固める。
それは、この世界の料理人が一生かけても辿り着けない、科学的な「正解」への最短距離だった。
一時間後。審査員たちの前に、二つの皿が並べられた。
デュカスの皿は、豪華な装飾と立ち上る香辛料の香りで圧倒していた。
一方、マルモの皿は、驚くほどシンプルに切り分けられた肉が、ただ一枚置かれているだけだった。
「勝負あったな。……見たまえ、この美しき焼き色を! これこそが、我が国が誇る最高峰の料理だ!」
自信満々に叫ぶデュカス。
しかし、審査員の一人がマルモの肉を口にした瞬間、その表情は劇的に凍りついた。
噛む必要すらない。肉は口内で解け、溢れ出す旨味の洪水が脳の快楽中枢を直接殴打する。
それは「美味い」という感情を超え、生命としての根源的な充足感に近かった。
「パキンッ」
ナツキが、呆然とするデュカスの背後から、逃げ場のない正論を突きつける。
「おじさん。あんたの負けだよ。
あんたは『自分を見せる』ために料理を作った。
でもマルモは『肉を美味しくする』ために、自分というエゴを極限まで削ぎ落として、技術という透明なフィルターを通したんだ。
プライドっていう重しを捨てられないあんたに、この境地は一生理解できないだろ」
デュカスは力なく膝をつき、自慢のコック帽が石畳を転がった。
マルモは、勝利の余韻に浸ることなく、エプロンを丁寧に畳むと、観衆に向かって深々と、しかしどこか傲慢なほどに優雅な礼をした。
「……王子として、当然の結果たい。おいの火に、嘘はなかばい。
さて、ナツキ。次の街では、もっとマシな挑戦者ば探そうや。おいの『変火』が退屈して泣いとるバイ」
マルモのその一言は、もはやエセ王子のハッタリではなく、本物の強者としての重みを帯びていた。
広場を支配していた熱狂は、一転して、未知の技術に対する「畏怖」という名の静寂へと変わっていく。
「パキンッ」
カズヤのスマホに、またしても無機質なログが刻まれる。
『……オカワリ・キボウ』
カズヤはそれを鼻で笑い、三人を促してキャンピングカーへと戻った。
彼らの「料理」という名の虐殺は、異世界の文化という土壌を、容赦なく現代の科学で焼き尽くし、再構築し始めていた。




