表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『三弾一組(フルハウス)! ~鉄壁の説教盾、強火の魔導士、命懸けの神速斥候~』  作者: ヤンヤン
第1章:【異世界調理】――現代文明による理不尽な蹂躙
8/28

第8話:王宮の厨房、佐賀弁の旋風

 グランバルト王国の王宮。

 その最深部に位置する「至高の厨房」は、かつてない緊張感に包まれていた。


 磨き抜かれた銅製の鍋、見たこともない魔獣の香辛料、そして数十人の一流料理人たちが、冷徹な視線で三人の闖入者を迎え撃つ。


 三人を呼び出したのは、ギルド経由で「異常な品質の肉」の噂を聞きつけた、王宮の料理長・ボキューズ。


 彼は自慢の白い口髭を蓄え、豪華な刺繍が施されたコックコートを纏って仁王立ちしていた。


「貴様らが、あのビッグ・ワイルド・ボアを持ち込んだという冒険者か。

 フン、見たところただの平民、いや、それ以下の浮浪児にしか見えん。

 あれほどの素材、貴様らのような無作法者に扱えるはずがない。我が厨房の神聖な火を汚す前に、さっさとそのガラクタ車で立ち去るがいい」


 ボキューズの言葉に、周囲の弟子たちが嘲笑を浴びせる。


 その空気の中、ナツキはスマホの画面を眺めながら、片手で耳の穴を掃除するような不遜な態度で一歩前に出た。


「神聖な火、ね。おじさんさ、料理を宗教か何かと勘違いしてないか?

 料理っていうのは、物理現象の積み重ねなんだよ。

祈りで味が良くなるなら、牧師にでも包丁を握らせればいいだろ。

 俺たちがここに来たのは、あんたの説教を聞くためじゃない。この『素材』をどう扱うべきか、実力行使で教えてやりに来たんだ」


「ナ、ナツキ、言葉が過ぎるぞ。……と言いたいところだけど、この厨房の熱効率、計算してみたら笑っちゃうくらい無駄が多いね。

 この古いレンガ窯じゃ、熱が四散して肉の深部温度を一定に保つことすら不可能だ。

 これじゃあ、せっかくの最高級肉も、ただの消し炭予備軍だよ」


 カズヤがタブレットをかざし、厨房内の熱分布をサーモグラフィで可視化してボキューズに突きつける。真っ赤に染まった画面を見て、料理長は顔を真っ赤にして激昂した。


「貴様ぁ! 数百年続く我が王宮の伝統を、その得体の知れぬ板切れ一枚で否定するつもりか! 良いだろう、ならば見せてみろ!

貴様らの言う『物理現象』とやらで、この厨房以上の味が出せるというのならな!」


 マルモが、ゆっくりとエプロンを締め直した。彼はいつもの陽気な佐賀弁を封印し、獲物を狙う鷹のような鋭い眼光で、王宮のコンロの前に立った。


 彼は指先をかざし、魔導式の着火装置を無視して、直接魔力を流し込む。


「よかろう。……おいの火は、王宮の型に収まるような柔なもんじゃなかばい」


 次の瞬間、厨房に蒼白い閃光が走った。


 マルモの放つ『変火』は、単なる熱源ではない。


 食材のタンパク質が変性する1度単位の境界線を見極め、分子の振動を制御する「極限の熱管理」だ。


 ボアの肉が、蒼い焔の中で「鳴き」始めた。パチパチという音は音楽のように調和し、立ち上る香りは、ボキューズたちがこれまで一生をかけて追求してきた「香気」の限界を軽々と突破していく。


「な、なんだこの火は……!? 揺らぎがない……。まるで炎そのものが意志を持ち、肉の意志と対話しているようだ……!」


 ボキューズが震える手で膝をつく。その様子を見下ろしながら、マルモは静かに、しかし絶対的な威厳を持って告げた。


「勘違いせんでよか。おいはアンタを負かすためにここにおるわけじゃなか。……ただ、この肉の『誇り』ば守るために焼きよるだけたい」


 マルモはここで、ふっと肩の力を抜き、かつてないほど気高く、そしてどこか芝居がかった仕草で顎を引いた。


「……下がりんしゃい。おいの食卓に、雑念はいらんばい。これより先は、選ばれし者のみが辿り着ける『真理』の領域たい」


 それは、普段の彼からは想像もつかない、本物の王族すら気圧されるほどの「エセ王子」としての覇気だった。


 ナツキもカズヤも、その気迫に一瞬だけ言葉を失う。


 完成した一皿がテーブルに置かれた時、厨房の喧騒は完全に死に絶えていた。


 ボキューズが、震える手でフォークを肉に突き立てる。抵抗なく吸い込まれる刃。


 口に運んだ瞬間、彼の脳裏には広大な佐賀の平野……ではなく、この世界の理を超越した「味の宇宙」が広がった。


「パキンッ」


 ナツキが、腰を抜かしたボキューズの耳元で囁く。


「おじさん。伝統っていうのは、過去を守ることじゃない。未来を作り続けることなんだよ。

 あんたがこの厨房の『主』であり続けたいなら、その古い教科書は今すぐ暖炉に放り込むんだな。

 ……ま、その暖炉の熱効率も、俺の仲間が全部書き換えちゃったけどさ」


 カズヤのスマホに、一瞬だけメッセージが走る。

『……ヨダレガ・トマラン』

 カズヤはそれを無視し、呆然とする料理人たちを置き去りにして、マルモの背中を叩いた。


「マルモ、今の『王子モード』、正直ちょっと引いたけど、火加減は完璧だったよ。……さて、報酬の金貨を回収して、キャンピングカーに戻ろうか。

 今日の夕飯は、この肉の端材を使った特製チャーハンで決まりだね」


「おう! 任せとかんね! 庄田国のチャーハンは、王宮のフルコースより数倍美味かばい!」


 三人は、王宮の権威という古い衣を焼き捨て、新たな伝説の足跡を刻みながら、バザールの夜へと消えていった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ