第7話:お土産は『特上』、ギルドは『混乱』
夕闇が交易都市バザールを包み込み、街路灯の魔導石が淡い光を放ち始める頃。
冒険者ギルド「黄金の盾亭」の重厚な扉が、勢いよく内側に跳ね飛ばされた。
現れたのは、朝方に「Fランク」の烙印を押され、荒くれ者たちの物笑いの種となっていた三人組――ナツキ、カズヤ、そしてマルモだ。
「ナツキ、見てくれよ。あの酒場の連中、まだ俺たちの顔を覚えてるみたいだ。
一斉にこっちを見て、また笑う準備をしてる。学習能力っていう概念、この世界の冒険者には搭載されてないのか?」
カズヤが歩きながらスマホの画面をタップし、ギルド内の喧騒のデシベル値を測定した。
ナツキは肩をすくめ、コンビニのレジ袋をぶら下げるような気楽さで受付カウンターへと直進する。
「いいだろ、笑わせておけば。エンターテインメントを提供したんだから、後でチップでも請求したいくらいだ。
それより、お姉さんに今日の『お土産』を見せてやろうぜ。カズヤ、インベントリの第8スロット、出力準備はいいか?」
「いつでもいける。魔冷房の温度管理はマイナス2度を維持。細胞破壊ゼロ。
表面のドリップも完璧に抑え込んである。市場に出回っているどんな最高級肉よりも、鮮度は上だね」
三人がカウンターに到達すると、例の受付嬢が、溜息混じりに書類を整理しながら視線を上げた。
その瞳には、早くも「不合格」の二文字が浮かんでいる。
「お帰りなさい、新人さん。それで、初仕事の『薬草採取』はどうなりましたか?
まさか、森の入り口で魔獣に吠えられて、手ぶらで逃げ帰ってきたなんて言わないでくださいね」
周囲の冒険者たちがどっと沸いた。だが、ナツキは動じない。
むしろ、その冷ややかな視線を真っ向から受け止め、不敵な笑みを浮かべた。
「薬草? ああ、そんなのもあったな。
でも、森を歩いてたら、もっと『身の丈に合った』獲物が見つかったんだ。
お姉さん、これ。ギルドの規定に従って、解体済みの部位を納品するよ」
ナツキがカウンターに指を差し出し、インベントリのゲートを開放した。
ドサッ!! と、重厚な石の天板が軋むほどの音を立てて、巨大な肉の塊が三つ、目の前に出現した。
それは、ただの肉ではない。ビッグ・ワイルド・ボアの「特上ロース」「バラ」「ヒレ」が、まるで芸術品のような美しさで切り分けられ、一切の血の汚れもなく鎮座していた。
「なっ……これは、ビッグ・ワイルド・ボア!?
しかも、このサイズ……キング・クラスではありませんか! Fランクがどうやって……!」
受付嬢が椅子を蹴って立ち上がった。周囲の笑い声が、一瞬にして凍りついたような静寂へと変わる。
そこにある肉は、熟練の解体師が数時間かけて行う仕事を、細胞レベルで完璧に終わらせた「究極の食材」だった。
「お姉さん、驚くポイントがずれてるよ。どうやって獲ったかより、この『品質』に注目してほしいんだ。見てみなよ。
切り口に一切の迷いがないだろ? これはカズヤの超精密な神速抜刀と、マルモの細胞管理の賜物だ」
「よかばい! おいの目に適わん肉は、納品する価値もなかからね。
お姉さん、その鑑定水晶で、この肉の『魔力含有量』と『鮮度』ば測ってみんね! ギルドの歴史が塗り替わるバイ!」
マルモが豪快にカウンターを叩く。震える手で鑑定器をかざした受付嬢の顔が、驚愕で白く染まっていく。
「……鮮度、120パーセント!? 魔力劣化……ゼロ!? バカな、仕留めてから数時間が経過しているはずなのに、まるで今この瞬間、生命を維持したまま肉になったような数値です! こんなこと、伝説の聖魔導具でもなければ不可能です!」
「パキンッ」
ナツキがすかさず、呆然とする受付嬢に追い討ちの説教を叩き込む。
「『不可能』なんて言葉を安易に使うなよ。
君たちの基準で測れないからって、それを奇跡だの魔法だのと言って片付けるのは、プロとしての思考停止だ。
俺たちが持ち込んだのは、ただの『最高の結果』だ。それをどう評価するかは、ギルドの仕事だろ?
早くランクアップの手続きをしてくれよ。
俺たちは次の美味いもんを探しに行かなきゃいけないんだから」
ナツキの言葉が、ギルド全体のプライドを粉々に粉砕した。
背後で笑っていた冒険者たちは、もはや声を出すことすらできず、ただ圧倒的な「質」の暴力の前に平伏していた。
カズヤはスマホの画面をリフレッシュし、ギルドの評価サーバーが、このありえない数値を処理しきれずに高負荷状態に陥っているのを、冷めた目で眺めていた。
「ナツキ。ギルドのメインフレームが、俺たちの納品物を『バグ』として弾こうとしてる。でも大丈夫。
俺がさっき、評価アルゴリズムにパッチを当てておいた。これで強制的にS級評価として処理されるはずだ」
「仕事が早いな。さて、お姉さん。手続きはまだか? 立ち話をしてる暇があるなら、俺たちの報酬と、新しいランクの証を寄越してくれ。
この街のランク制度が、いかに時代遅れか。それを証明する第一歩としては、上出来だろ?」
受付嬢は、震える手で三人の黒い水晶板を回収し、言葉を失ったまま奥の部屋へと消えていった。
その夜、バザールのギルドは始まって以来の大混乱に陥った。
Fランクの無能者が、一日にして街の全在庫を凌駕する「特上肉」を持ち帰ったという噂は、瞬く間に王宮の耳にまで届くことになる。
「パキンッ」
カズヤのスマホに、また一件のログが流れる。
『……オイシソウ』
カズヤはそれを無視し、マルモとナツキを促して、夕闇の街へと消えていった。
三人の歩みは、もはや誰も止めることのできない「現代文明の侵略」となって、この世界を塗り替え始めていた。




