第10話:温泉地での休息、そして『神の視点』
連戦連勝の料理対決と、ギルドの常識を塗り替える納品ラッシュ。
交易都市バザールを騒乱の渦に叩き込んだ三人は、喧騒を逃れるようにして、地図にも載っていない秘境の渓谷へとキャンピングカーを走らせていた。
そこは、切り立った岩壁の間から乳白色の熱水が溢れ出す、天然の露天風呂地帯。
カズヤが衛星データ(もどき)を解析して見つけ出した、この世界最強のリフレッシュ・スポットだ。
「ふー。……この温度、42.5度。計算通りの完璧な湯加減だね。ナツキ、マルモ。この温泉の成分、分析してみたら驚いたよ。
含有される魔力粒子の濃度が、王宮の聖水よりも高い。これに浸かっているだけで、細胞の修復速度が通常の300パーセントまで跳ね上がるよ」
カズヤが防水加工を施したスマホを湯船に浮かべ、プカプカと漂いながら淡々と告げた。
ナツキは岩場に背中を預け、キンキンに冷えた(インベントリ直出しの)ラムネを喉に流し込む。
「理屈はどうでもいいんだよ。……美味い飯を食って、熱い湯に浸かる。
これこそが、ブラック企業で摩り下ろされた俺のメンタルを繋ぎ止める唯一の術なんだ。
おじさんたちが魔王だの勇者だの騒いでる間、俺たちはこうして『異世界の休日』を独占させてもらうさ」
ナツキがビー玉を鳴らして笑う。
その傍らで、マルモは大きな岩の上に仁王立ちになり、腰に手を当てていた。
「よかばい、ナツキ! この湯煙の向こうに、庄田国の未来が見えるごたっね!
……ばってん、カズヤ。おいの『変火』でこの源泉ばもっと加熱して、サウナ並みの熱さにせんといかんとじゃなかか? 王子たるもの、整うのにも妥協は許されんばい!」
「やめてくれ、マルモ。
……これ以上の熱量は生態系を壊す。今はただ、その溢れるエネルギーを休ませておけよ。
庄田国の王子だって、たまには羽を伸ばす権利があるだろ?」
カズヤの珍しく穏やかなツッコミに、マルモは「それもそうたいね」と豪快に笑い、湯船へと飛び込んだ。ドォォン! と大きな水しぶきが上がり、静かな渓谷に笑い声が反響する。
だが、その平和な時間の裏側で、カズヤの瞳だけは、湯船に浮かぶスマホの画面に映る「ある数値」を捉えて離さなかった。
「……パキンッ」
ナツキが、カズヤの顔色の変化に気づき、ラムネの瓶を置いた。
「カズヤ。……さっきから何をそんなに凝視してるんだ? 温泉の美少女ランキングでも作ってるのか?」
「……。いや、さっきから、この温泉の底から発信されている『信号』が止まらないんだ。
……ナツキ、これを見て。……これはただの自然現象じゃない。
この世界の地脈……いや、『システム』そのものが、俺たちの存在をバグとして処理しようとしているログだ」
カズヤが差し出した画面には、複雑に絡み合う幾何学的な魔力回廊の図面が表示されていた。
それは、この世界の物理法則を司る根源的なプログラムの断片。
「神の視点、なんて大層な名前をつけてるけどさ。……結局、この世界は一つの精巧な箱庭なんだ。
そして、俺たちの持ち込んだ現代文明の『正論』と『技術』は、この箱庭のルールを根底からバグらせている。……ナツキ。
俺たちが強くなればなるほど、この世界は壊れていくのかもしれない」
カズヤの言葉は、温泉の熱気を一瞬で凍りつかせるような、冷徹な響きを持っていた。
だが、ナツキは鼻で笑い、新しいラムネの栓を抜いた。
「壊れる? ……上等じゃないか。……もし、この世界が俺たちの『自由』をバグだと言うなら、そのシステムそのものを論破してやるまでだ。
……おじさんたちの都合で作った箱庭なんて、俺たちのストロング缶一発でひっくり返してやるよ。だろ、マルモ?」
「おう! おいの『強火』に、耐えられんルールなんてなかばい! 壊れたら、おいの手で美味しく焼き直してやるだけたい!」
マルモの力強い言葉に、カズヤはふっと表情を緩めた。
彼はスマホの画面をスワイプし、不穏な警告ログを「非表示」のフォルダへと追い出す。
「そうだね。論理的に考えれば、俺たちが負ける確率は0.0001パーセント以下だ。
さあ、休みは終わりだ。次の目的地、聖騎士団の駐屯地へ向かおうか。
彼らの『正義』が、どれだけ熱効率の悪いものか、教えてあげなきゃいけないからね」
「パキンッ」
三人が湯から上がり、銀色のキャンピングカーへと戻っていく。
その足跡が残された岩場に、誰もいないはずの虚空から、一筋のノイズが走った。
『……カンソウ・キボウ』
カズヤのスマホに刻まれたその最後の一行は、もはやバグの範疇を超え、意志を持った何者かの「観測」のようでもあった。
三人の休息は終わり、物語はついに、この世界の「理」を破壊する第2章へと突入していく。




