第11話:昇格試験、あるいは『神速』のデモンストレーション
バザールの冒険者ギルド。
その地下に広がる「特級演習場」は、魔法耐性の高い石材で囲まれた無機質な空間だ。
そこには、三人のFランク冒険者を「再鑑定」するために集まったギルドの幹部たちと、試験官を務めるBランク冒険者・ゴルドが待ち構えていた。
「ふん。ビッグ・ワイルド・ボアの件は運が良かっただけだろう。
貴様らのような、魔力も筋力もゴミ屑同然の者が、本当にBランク以上の実力を持っているというのなら、この私の『鋼鉄の拳』を前に証明してみせろ。
不合格なら、虚偽申告の罪で即座に投獄だ」
ゴルドが身の丈を超える大槌を肩に担ぎ、鼻で笑った。
それに対し、カズヤは無造作にスマホを取り出し、画面上のARウィジェットを操作して空間の座標を固定した。
「ナツキ、マルモ。周辺の障害物と重力加速度、それに空気抵抗の計算は終わったよ。
試験官の筋肉量は素晴らしいけど、その分、初動の予備動作が大きすぎて、僕の目にはスローモーションのコマ送り映像にしか見えないな」
「カズヤ、あんまり苛めてやるなよ。
おじさん、自分の『強さ』を信じ切ってるんだ。それを論理的に解体されるのが一番メンタルにくるんだからさ。
ま、さっさと終わらせて、マルモの特製弁当でも食べようぜ」
ナツキが欠伸をしながら壁に寄りかかる。
その余裕に、ゴルドの顔が怒りで真っ赤に染まった。
「舐めるなぁぁ! 叩き潰してくれるわ!」
ゴルドが地面を爆砕する勢いで踏み込み、大槌を振り下ろした。
Bランクの剛力。並の冒険者なら、その衝撃波だけで肉片になる一撃。
だが、カズヤは動かなかった。いや、正確には「動く必要」がなかった。
「パキンッ」
大槌がカズヤの鼻先一ミリを通過し、地面に巨大なクレーターを作った。
砂埃が舞う中、カズヤは悠然と、一歩も動かずにスマホを弄っている。
「なっ……なぜ当たらん!? 避けた様子もなかったぞ!」
「避けてないよ。……君の筋肉の収縮パターンから、着弾地点を三秒前に予測して、そこに立たなかっただけだ。
防御力1の僕にとって、攻撃を避けるのは『技術』じゃない。『生存のための最低条件』なんだよ」
カズヤの瞳に、電子的なログが流れる。
『残機ゼロの神速』
その瞬間、カズヤの姿が完全に消失した。
演習場内に、甲高い金属音が数千回、同時に鳴り響いたかのような錯覚。
ゴルドは、自分が何に攻撃されているのかすら理解できなかった。
ただ、自分の鎧の継ぎ目、関節、急所に、目に見えない「指先」が正確に、そして冷徹に触れていく感覚だけが残る。
「0.05秒。これで君の急所に、仮想的な『致命傷』を120箇所刻み込んだ。これ、本物のナイフだったら、君は今頃パズルみたいにバラバラになってるよ」
カズヤが、再び元の位置でスマホをポケットに収めた。
ゴルドの全身の鎧が、一斉に「カシャンッ」という音を立てて崩れ落ちた。
ベルトや留め具だけが、超高速の振動で完璧に断ち切られていたのだ。
「う……あ……。な、なんだ今の速度は……。魔力反応がなかったぞ……。魔法じゃないというのか!?」
「魔法? そんな非効率なものじゃない。
ただの物理演算と、少しばかりの自重制御だよ。
君たちの言う『速さ』は、まだ大気との摩擦すら計算に入れていないだろう?
そんな原始的な運動エネルギーで、僕に触れようとするなんて、論理的に言って失礼だと思わないか?」
カズヤの冷徹な正論が、ゴルドのプライドを根底から突き崩していく。
観覧席の幹部たちは、開いた口が塞がらないまま、手元の評価シートを震わせる。Fランクのステータスに隠された、あまりにも「異質」な強さ。
それは、この世界のランク制度という常識を、物理的に破壊するデモンストレーションだった。
「よし、カズヤ。いい汗かいたな。
次は防御の試験だったっけ? おじさん、まだ立ち上がれるか? 俺の番、退屈させないでくれよな」
ナツキがゆっくりと歩み寄る。
マルモはその後ろで、重厚な腕組みをして満足げに頷いた。
「さすがカズヤたい。おいの右腕として、相応しい仕事ぶりばい。
おじさん、次はナツキの『壁』に挑んでみんね。おいの出番までに、心が折れんければの話やけどね」
マルモの不敵な笑みが、演習場の空気を支配する。
カズヤのスマホに、一件の通知が届く。
『……ハヤスギ・テ・ミエナイ』
カズヤはそれを鼻で笑い、次の試験に向けて、静かにシステムの最適化を始めた。
第2章の幕開けは、ギルドの英雄候補を「裸」に剥くという、あまりにも一方的な蹂躙から始まった。




