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『三弾一組(フルハウス)! ~鉄壁の説教盾、強火の魔導士、命懸けの神速斥候~』  作者: ヤンヤン
第3章:【貢物略奪】――過剰な献身が暴く「忘却」のバグ
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第22話:失われた記憶、あるいは廃校のゴースト・データ

 夜明け前の庄田町に、異様な金属音が鳴り響いた。


 ナツキが背負ったテニスラケットから放たれる「現実の残響」を、世界のOSが物理的な質量を持って圧殺しに来たのだ。


 『トリオ・ハウス』の周囲の空間がガラスのように割れ、そこから現れたのは、巨大な「審判の椅子」に腰掛けた、全身がガットの弦で構成された異形の巨像だった。


「カズヤ、マルモ! …いつまでも寝てんじゃねえぞ、おじさんがラケットを取り返しに来やがった!」


 ナツキが車外へ飛び出すと同時に、巨像が放った超高速の「サーブ」が地面を抉った。


 衝撃波だけで民家の塀が粉砕される。ナツキは『全方位メンタルガード』を足裏に集中させ、砕け散る瓦礫を足場に、垂直な壁を駆け上がった。


「効率が…最悪だ! おじさん、僕たちの共有メモリを物理的に上書き(オーバーライト)する気だね!」


 カズヤは既に車外へ転がり出、ダッシュボードから奪い取った予備の魔石エンジンを片手に、空中投影された座標系を激しく叩いていた。


 彼の周囲には、飛来するガットの矢を自動で「空振り」させる計算領域が展開されている。


「ナツキ、右だ! 三秒後に座標『X-402』が崩落する。そこを起点に跳べ!」


「了解だ、カズヤ! ルートは任せたぞ!」


 ナツキはカズヤの指示通り、崩れ落ちる電柱を蹴り、空中を泳ぐようにして巨像の懐へと肉薄する。


 「パキンッ」と鳴らす隙もなく、敵の巨腕がナツキを叩き潰そうと振り下ろされた。


 だが、その殺意の塊を、ナツキは左手の甲一点で受け流し、逆にその勢いを利用してさらに加速した。


「よかばい! おいたちの青春をゴミ扱いするなら、この町ごと焼却処分たい!」


 キャンピングカーの屋根に立ち、マルモが中華鍋を掲げた。


 彼の背後には、異世界の魔力を「強火」で強制循環させた漆黒の焔が、巨大な円を描いて渦巻いている。


「庄田国の王子のサーブ、受けてみるばい! !

極火・爆裂スマッシュ地獄たい!」


 マルモが中華鍋をスイングすると、漆黒の焔が巨大な火球となって巨像の顔面を直撃した。


 ドロドロに溶け出すシステムの防衛機構。


 だが、巨像は崩れながらも、その指先から数万本の鋭利なガットを射出し、町全体を「檻」のように封鎖し始めた。


「三人で一直線に並ぶぞ! スリーカードで一気にこの檻を突き抜ける!」


 ナツキの号令。カズヤが座標を固定し、マルモが最後尾で火力をチャージする。


 三人が全力で疾走しながら、一直線の陣形フォーメーションを完成させた。


「……加速演算、開始! 摩擦係数をゼロに固定するよ!」


「いくばい! 中火から一気に極限強火へシフトたい!」


 三人の共有ステータスが、臨界点を超えて白熱する。


 マルモが放った推進力の焔が、ナツキとカズヤを包み込み、三人は一筋の紅蓮の矢となって、庄田町の商店街を光速で駆け抜けた。


 行く手を阻むガットの檻が、彼らの通過した熱量だけで一瞬にして蒸発していく。


「…見えた! ラケットの残響が指し示す、データの特異点だ!」


 カズヤが叫ぶ。


 彼らが突入したのは、庄田町の北端に位置する、今は使われていない「旧・肆号しごう中学校」の跡地だった。


 現実世界ではただの廃校だが、異世界のシステムと同期したこの場所は、今や無数のテニスボールが虚空を舞い、重力が狂ったゴースト・データの世界へと変貌していた。


「…ここ、覚えがある。俺たちが集まって、よく遊んでいた場所だ」


 ナツキが校門の前で立ち止まり、背中のラケットを強く握りしめた。


 放課後の喧騒を閉じ込めたような異界の校舎。その窓には、三人の影に混じって、輪郭の定まらない「4人目のノイズ」が、手招きするように揺らめいていた。


 旧・肆号中学校の校舎内は、もはや三人の知る「母校」の物理法則を保っていなかった。


 廊下は無限に伸び、天井と床が交互に入れ替わる万華鏡のような空間。


 その壁一面には、夥しい数のテニスボールが埋め込まれ、三人が一歩踏み出すたびに「……忘レロ……」「……遊ボウ……」という、ノイズまじりの囁きが耳朶を打つ。


「効率が最悪どころじゃないよ! …ここは校舎の形をした、巨大な『記憶のシュレッダー』だ!」


 カズヤが壁を蹴り、反転した天井に着地しながら叫んだ。


 彼はウェアラブル端末を宙に固定し、狂ったように点滅する空間の「繋ぎ目」を繋ぎ止めるために、光速でデバッグ・コードを打ち込み続けている。


 カズヤの背後からは、校舎の壁を突き破って、巨大な「黒板消しの塊」が、情報の抹消という意志を宿して襲いかかってきた。


「パキンッ…なんて、言ってられるかよ。俺の感覚が、ここを『懐かしい』って叫んでやがるんだ!」


 ナツキが空中を飛来する黒板消しの群れを、背負った古びたラケットを振るって薙ぎ払った。


 本来なら一撃で粉砕されるはずのラケットは、ナツキの『全方位メンタルガード』を纏い、世界の理を書き換える「聖剣」と化していた。


 ナツキがラケットを一閃させるたびに、校舎内に充満していた「忘却の霧」が晴れ、白黒の残像だったかつての教室が、鮮やかな色彩を取り戻していく。


「よかばい! おいたちの遊び場を汚す不届き者は、一気に炭にするばい!」


 廊下の突き当たり、体育館の扉の前に陣取るのは、かつての「肆号中・体育教師」の姿を模した、巨大なノイズの塊だった。


 マルモが中華鍋を掲げると、その周囲には「共有インベントリ」から取り出された無数の魔石が浮遊し、連鎖爆発の準備を整える。


「強火じゃ足りんばい! 極限・焦熱・地獄焚き! おいたちの記憶データを、返してもらうばい!」


 マルモが放った漆黒の焔が、廊下を埋め尽くすノイズを焼き尽くしながら突き進む。


 ポーカー・フォーメーション『ワンペア』


 ナツキが前方で敵の「消去波動」をメンタルで受け流し、その隙間からマルモの焔が、体育館の扉を文字通り「消滅」させた。


 開かれた体育館の内部。そこには、バスケットゴールに吊るされた、巨大な「砂時計」が鎮座していた。


 砂時計の中身は砂ではなく、三人の「現実世界での学生時代の映像」が、粒子となって少しずつ零れ落ち、足元の闇へと消えていく。


「…あれが、僕たちの記憶を食ってるサーバーだ。あの中の『空白』を埋めなきゃいけない!」


 カズヤが叫ぶのと同時に、体育館の闇から、かつて自分たちが着ていた制服を纏った「顔のない四人目の影」が、鋭いテニスラケットを構えて立ちふさがった。


 その影が動くたびに、三人の頭の中に激しい耳鳴りが走る。


「……!?ナツキ、マルモ! あの影に触れるな! 記憶が直接書き換えられるぞ!」


「…知るかよ。あいつのフォーム、嫌でも体が覚えてるんだ。…なぁ、お前、本当は……!」


 ナツキが、あえてガードを解いて影へと肉薄する。

 影が放った、物理法則を無視した「神速のスイング」。


 ナツキはその一撃を、背中のラケットで真っ向から受け止めた。


 その瞬間、ナツキの脳裏に、夕暮れのコートで、誰よりも真剣に、けれど悪戯っぽく笑いながら無茶なショットを打ってくる「あの頃のユ█カ」が、鮮烈にフラッシュバックした。


「よかばい! 思い出せ、カズヤ、ナツキ! おいたちと一緒にいつもやんちゃしてくれた、あいつたい!」


 マルモが叫び、三人が三角形の陣形を組む。


 『フルハウス』の予兆

 三人のステータスが共鳴し、体育館の空間そのものが、黄金の光に包まれた。


 ナツキがラケットを叩きつけると、システムの砂時計が粉々に砕け散り、奪われていた記憶の粒子が、三人の胸へと還っていく。


「ああ、そうだ。……ユ█カ。あいつ、テニスやってる時は真剣過ぎて、近寄り難かったけど…頼もしかったよな」


 ナツキが膝をつき、まだ名前の一部がノイズで隠れた「親友」の感触を、魂で掴み取った。


 影は霧散し、肆号中学校のゴースト・データは、朝焼けの光と共に消えていく。


 残されたのは、三人の手元にある、少しだけガットが修復されたテニスラケットだけだった。


 キャンピングカーに戻り、沈黙する三人の前で、スマホの画面がこれまでで最も激しく、血のような赤色で明滅した。

『……マルモ。……イタイ。……オモイダサナイデ。……ボクガ・キミタチノ・全テ・ニ・ナッテ・アゲル。……ユ█カ・ハ・死ンダ。……ボクガ・代ワリニ・愛シテ・アゲル。……次ハ・モット・残酷ナ・オモイデ・ヲ・アゲル』


 それは、三人が「四人目」に近づくたびに、自らが消滅することを恐れる、歪んだ世界の断末魔だった。

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