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『三弾一組(フルハウス)! ~鉄壁の説教盾、強火の魔導士、命懸けの神速斥候~』  作者: ヤンヤン
第3章:【貢物略奪】――過剰な献身が暴く「忘却」のバグ
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第23話:境界の難所、あるいは暴君の呼び声

 肆号中学校で手に入れた「古びたテニスラケット」。


 それが放つ異様な振動に導かれるように、『トリオ・ハウス』は庄田町の外縁、地図にない山岳地帯へと分け入っていた。


 道は次第に険しさを増し、アスファルトは剥がれ、代わりに赤黒い鉱石が剥き出しの牙のように地面から突き出している。


「効率の概念が崩壊していくよ。空間の密度がこれまでの数倍だ。一歩進むだけで、OSおじさんの執着が物理的な重圧になってのしかかってくる」


 カズヤが唇を噛み、ハンドルを握る手に力を込めた。車窓の外では、世界のテクスチャがバグを起こしたように激しく明滅し、現実と異世界の境界線が歪な音を立てて軋んでいた。


 背後からは、三人の「離脱」を許さない世界の意志が、巨大な影となって追いすがってくる。


「おい、カズヤ、マルモ。湿っぽい顔してんじゃねえぞ!来やがった。歓迎式典にしては、いささか柄が悪いがな」


 ナツキがサンルーフから身を乗り出した。彼の視線の先、背後の崖を粉砕しながら、数千本のガットが絡み合った巨大な「絡繰からくりの蜘蛛」が迫っていた。


 おじさんのストーカー気質が、今度は「絶対に逃さない」という拘束の形をとって具現化したのだ。


「よかばい! おいたちの行く手を遮る糸なら、まとめて一本残らず焼き切るばい!」


 マルモが車内に備え付けられた「魔石コンロ」のツマミを最大まで捻った。


 彼は共有インベントリから、特注の巨大な中華お玉を取り出し、それを魔導剣のように構える。


「ナツキ! カズヤ! おいたちの連携、見せてやるばい! …火力全開、地獄の油通したい!」


 マルモがお玉を一閃させると、車体後方から噴射された漆黒の焔が、巨大な円月を描いて蜘蛛の脚を一本ずつ切断していった。


 だが、切断された箇所からは、粘着質な「後悔」と「執着」のメッセージが溢れ出し、即座に肉体を再生させていく。


「…くっ、キリがないね。ナツキ、例のラケットを使って! スキルの指向性を一点に絞るんだ!」


「わかってる! あいつの魂がこもったラケットだ、こんな鉄屑に負けるもんか!」


 ナツキが背中のラケットを引き抜き、盾の前面に固定した。


 その瞬間、ラケットのガットが共鳴し、ナツキの『全方位メンタルガード』が、防御ではなく「純粋な突進力」へと変換された。


 三人の意識が、共有ステータスを通じて一つに溶け合う。


「…ポーカー・フォーメーション、起動。『フラッシュ』! 五枚じゃないけど、僕たちの意志は一直線だ!」


 カズヤの叫びと共に、キャンピングカーが光の弾丸と化した。


 ナツキのラケットが放つ「現実の力」が、蜘蛛の吐き出す拘束の糸を次々と中和し、マルモの焔が推進力となって空間を焼き抜く。


 三人はそのまま、庄田町と「その先」を隔てる、巨大な断絶の谷へと躍り出た。


「……見ろよ。あそこが、おじさんの領域の終着点だ」


 ナツキが指差した先。谷の向こう側には、これまで見てきたドタバタな異世界とは明らかに異なる、禍々しいオーラを放つ「黒い城」が聳え立っていた。


 三人の胸を締め付ける、奇妙な懐かしさと、耐えがたいほどの威圧感。


 そこから響いてくるのは、かつてのやんちゃな親友の声でありながら、同時に世界を塗り替えようとする、傲慢な響きだった。


「あいつ、あんなところにいたのか。一人で、何してやがんだ」


 ナツキの呟きが、荒野を吹き抜ける風に消える。

 三人の目の前に広がるのは、もはや遊び場ではない。


 かつての友が「魔王」という役割を押し付けられ、孤独に君臨する、絶望の領域への入り口だった。


 『トリオ・ハウス』のフロントガラス越しに広がるのは、庄田町の穏やかなパステルカラーとは切り離された、漆黒と紫のグラデーションに染まった空だった。


 境界の谷に架かるのは、巨大な鎖で吊られた一本の吊り橋。そこには、城から放たれた刺客……魔王の側近を自称する、漆黒の甲冑に身を包んだ騎士が、巨剣を突き立てて待ち構えていた。


「これより先は、唯一無二の暴君が統べる絶対領域。……名もなき三羽烏よ、その歩みを止めよ」


 騎士が剣を振るうたび、空間が裂け、重力そのものが三人の車を押し潰そうと牙を剥く。だが、三人の反応は、騎士の想定を遥かに超えた「日常」の延長線上にあった。


「……名もなき、だって? 心外だな。僕たちは、この世界のOSにさえ愛されすぎている、最凶のバグ・トリオだよ」


 カズヤが後部座席から、ウェアラブル端末と連動した「改造くすぐりドローン」を複数機、射出した。ドローンは騎士の重力結界を嘲笑うようにすり抜け、甲冑の隙間へと滑り込んでいく。


「効率的に無力化させてもらうよ。…一撃のダメージはゼロだけど、その痒みは精神を崩壊させる」


「ひゃっ、ははは! なんだ、この…脇の下が……!? 貴様ら、卑怯だぞ!」


 厳格だった騎士の声が、一瞬で裏返った。カズヤの『多段くすぐりヒット』の波動が、ドローンを通じて増幅され、騎士の威厳を根こそぎ奪い去っていく。


 その隙を、ナツキとマルモが見逃すはずがなかった。


「卑怯で結構。俺たちは、あいつに会わなきゃいけないんだ。邪魔する奴は、メンタルごとへし折る!」


 ナツキが車から飛び出し、背負ったテニスラケットを、自身の鉄壁の盾に強引に叩きつけた。


 『全方位メンタルガード』がラケットのガットを伝わり、共鳴する。ナツキが放つのは、物理的な衝撃ではない。


 騎士が抱く「魔王への狂信的な忠誠心」を、「ただの思い込みだろ」という圧倒的な拒絶で無効化する精神の弾丸だ。


「よかばい! 仕上げは、おいたちの友情を込めた特大のデザートたい!」


 マルモがキャンピングカーの屋根に立ち、漆黒の焔を纏わせた中華お玉を天高く掲げた。


ポーカー・フォーメーション『スリーカード』。

ナツキの拒絶が騎士の盾を砕き、カズヤのくすぐりが意識を散らし、そこへマルモの火力が一直線に叩き込まれる。


「強火なんて生易しいもんじゃないばい! ……庄田国・最終奥義『焦熱の爆裂宴ばくれつえん』たい!」


 轟音と共に、漆黒の焔が騎士を包み込み、境界の橋を塞いでいた闇を焼き払った。騎士は悶絶しながら谷底へと消え、三人の前には、魔王の城へと続く一本の道が拓かれた。


 だが、その瞬間。城の頂から放たれたのは、対話のための言葉ではなく、世界のOSが外部入力を拒絶する際に出力する、「無機質なエラーログ」の奔流だった。


『【警告:外部端末の不正侵入を確認】……【排除シーケンス:暴君(TYRANT)を起動】……【対象……不明……削除……削除……削除……】』


 黒い稲妻が降り注ぐ中、城の塔の上に立つ「魔王」の影は、ピクリとも動かない。


 かつてのやんちゃな親友、ユタカの姿をしているはずのその影は、感情を一切持たない精密機械のように、ただ冷淡に城門を見下ろしている。


 彼自身の意志はスキル『ぼーくん』という強制プログラムに完全に塗り潰され、三人の記憶さえも「不要データ」として既に破棄されているようだった。


「あいつ、俺たちのこと、欠片も覚えちゃいねえな。…完全に、おじさんの部品になっちまってやがる」


 ナツキが吐き捨てるように言い、テニスラケットを強く握り直した。


 カズヤは黙って端末を操作し、ユタカの精神を繋ぎ止めている「支配ログ」の解析を始める。マルモは次の火力を、今までで一番静かに、そして激しく練り始めた。


「……行くばい。……あいつをぶん殴って、システムの鎖を全部焼き切るばい。……その後で、いつものようにバカ笑いさせるのがおいたちの仕事たい」


 三人を乗せた『トリオ・ハウス』は、エラーメッセージが物理的な壁となって迫りくる中、城の正門へと全速力で突っ込んでいった。


 それは、世界を救うためでも、王を討つためでもない。


 ただ、システムの一部に成り下がった親友を、力ずくで「人間」へと引き戻すための、三人の死闘の始まりだった。

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