表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『三弾一組(フルハウス)! ~鉄壁の説教盾、強火の魔導士、命懸けの神速斥候~』  作者: ヤンヤン
第2章:【評価改竄】――Fランクが書き換える世界の理
17/28

第17話:召喚の残滓、あるいは王子の帰還

 聖都の黄金色の輝きが地平線の彼方へと消え、キャンピングカーのヘッドライトが照らし出したのは、荒涼とした岩山に囲まれた「始まりの地」だった。


 そこは三人がこの世界に初めて降り立った、名もなき召喚の祭壇がある場所。


 周囲数キロメートルにわたって植物は枯れ果て、大気中には今なお強引な時空転移によって引き裂かれた魔力の残滓が、不気味な紫色の火花となってパチパチと弾けている。


 ナツキは助手席で、窓の外に漂う光の粒を眺めながら、ストロング系の新しい缶を無造作に開けた。


 プシュッ、という快音が、静まり返った夜の荒野に異質な生活感を放り込む。


「ここか。なんだか、メンタルがざわつく場所だな」


「当然だよ。無理やり僕たちをこの世界という『箱庭』に引き摺り込んだ座標だ」


 カズヤは運転席で、ダッシュボードに設置した複数の端末を同期させていた。


 画面には、空間の歪みを等高線のように視覚化した立体マップが表示され、中央の祭壇付近から異常なノイズが噴き出している。


「分析完了。召喚のコード、あまりに乱暴すぎて、この地点の物理演算がバグってる」


「バグってるって、放っておいても大丈夫なのか?」


「効率は最悪だね。今、僕のスマホ経由で空間のパッチを当ててるから、崩壊はしないよ」


 カズヤの指が、空中投影されたキーボードの上で神速のダンスを踊る。


 彼がこの世界の管理者権限(ルート権限)の一部を手に入れたことで、召喚の傷跡さえも、今や「修復可能なデータ」の一部でしかなかった。


「よかばい! おいたちが初めて腹を空かせた場所に戻ってきたたいね!」


 後部座席では、マルモが巨大な中華鍋をコンロの上に据えていた。


 ここは、三人が召喚された直後、右も左もわからぬままマルモが最初に飯を作った場所でもある。


「庄田国の王子、再降臨の祝宴ばい! メニューは、原点回帰の『特製・黒豚チャーハン』たい!」


 マルモが指先から漆黒の焔を解き放つ。


 強烈な火力によって、鍋の中の冷めた米粒が一瞬で躍り上がり、香ばしい醤油と卵の香りが、召喚の残滓が漂う不浄な空気を暴力的に浄化していく。


「おいたちを呼んだおじさん、今頃どこで震えとるばいね?」


「さあな。召喚主オーナーが誰にせよ、俺たちの旅費の清算はさせてもらうぜ」


 ナツキは差し出されたチャーハンを蓮華で掬い、豪快に口に放り込んだ。


 ナツキの『全方位メンタルガード』は、召喚の地に今なお残留している「強制帰還魔法」の呪縛を、一切の抵抗なく無効化している。


 本来なら、召喚主の意志によっていつでも「再召喚」や「抹殺」が可能なはずの呪いだが、ナツキが「俺は俺だ」と定義している限り、その命令はただの無駄な文字列に過ぎない。


「うまっ。やっぱり、この場所で食うマルモの飯が、一番しっくりくるな」


「だろ? 最高のスパイスは、過去を笑い飛ばす余裕たい!」


 マルモは満足げにエプロンの上から腕組みをし、カズヤの分をトレイに載せて運転席へと届けた。


 カズヤは視線をタブレットに向けたまま、器用に蓮華を使い、分析と咀嚼を同時にこなす。


「特定した。召喚に使われた魔法回路、その末端が『庄田町』の神社の桜に繋がってる」


 カズヤがさらりと告げたその地名に、マルモの肩が大きく跳ねた。


「庄田町ばいか!? おいの治める……もとい、おいの愛したあの町内会……じゃない、国ばいか!」


 マルモは一瞬だけ素に戻りそうになったが、すぐに髪をかき上げて王子のポーズを取った。


「くっ。やはり、邪悪なる召喚術師は、おいの高貴なルーツに目をつけたということばいね」


「……マルモ。あそこの神社、この前お前が掃除当番サボったところだろ?」


 ナツキの冷ややかな指摘を、マルモは華麗なターンで無視した。


「それは世を忍ぶ仮の姿たい! 真実は、あの桜の根元に眠る太古の契約がおいたちを呼んだばい!」


 マルモの厨二病全開の演説を、カズヤはデータのみを追う冷たい瞳で遮った。


「その『太古の契約』か何かは知らないけど、確かにあそこの桜の木、通信ゲートになってる」


「マジかよ。神社の桜がサーバーの入り口か。おじさんたちも、粋なことするね」


 ナツキがスマホを弄りながら、画面に表示された神社の衛星写真を拡大した。


 そこには、三人がよく知る、何の変哲もない小さな町の風景が映し出されている。


「分析によれば、その桜の木を通じて、この異世界のデータが庄田町に逆流し始めてる」


「逆流? それって、町内がパニックになるってことか?」


「効率が悪いね。下手をすれば、庄田町のスーパーのタイムセールが異世界の魔物で台無しになる」


 カズヤの不敵な笑みが、青白い画面の光に浮かび上がる。


 キャンピングカーは、召喚の祭壇を完全に無視し、自分たちの日常の象徴である「庄田町」へ繋がる座標を逆走するように、夜の闇を切り裂いて進んでいった。


「よかばい! 庄田国の王子の帰還に、町内会の連中もひれ伏すばい!」


「ひれ伏さないだろ。せいぜい回覧板が回ってくるくらいだよ」


 ナツキのツッコミが響く中、前方の空間が、カズヤのハッキングによってバキバキと音を立てて剥がれ始めた。


 その裂け目の向こうには、見慣れた神社の、淡いピンク色の花びらを散らす桜の姿が、不気味なノイズと共に浮かび上がっていた。


「パキンッ」


 ナツキが指を鳴らした。車がその空間の裂け目に接触した瞬間、ナツキの「拒絶」が、異世界と現実を隔てる障壁を無理やりこじ開けた。


「俺たちの帰路に、許可なんて必要ない。メンタルが不自由になるからな」


 ナツキの言葉と共に、キャンピングカーは異世界の荒野を捨て、懐かしき庄田町の、しかし何かが決定的に狂い始めた景色の中へと、猛スピードで突入していった。


 空間の裂け目を突き抜け、キャンピングカーのタイヤが馴染み深いアスファルトを噛んだ。


 そこは庄田町の外れにある、小さな神社の境内だった。夜の帳が下りた境内には、街灯の頼りない光が落ち、三人がよく知る「いつもの風景」が広がっているはずだった。


 しかし、御神木である巨大な桜の木は、季節外れの満開を迎え、その枝先からはピンク色の花びらではなく、バグった電子ノイズのような紫色の火花が絶え間なく降り注いでいた。


「分析通りだ。この桜の木が、異世界の魔力を庄田町の光回線に流し込んでる」


 カズヤが運転席から降り立ち、タブレットを桜の幹にかざした。


 画面には、根を伝って地中の通信ケーブルへと侵入する、どす黒いバイナリコードの奔流が映し出されている。


「効率が悪すぎる。このままだと、庄田町の全世帯のWi-Fiが魔界に繋がるよ」


「マジかよ。夜中に動画見てて、いきなり魔王の説法とか流れてきたらメンタル死ぬぜ」


 ナツキが助手席から降り、ストロング系の空き缶を境内のゴミ箱へ無造作に放り込んだ。


 「パキンッ」と、静寂を切り裂く乾いた音が響く。


 ナツキの『全方位メンタルガード』が、桜の木から放出される「現実改変」の波動を、一瞬で無力化していく。彼にとって、この異様な光景も「近所の不法投棄」程度の認識でしかなかった。


「おじさん。……桜の木の影に隠れてないで、さっさと出てきたらどうだ?」


 ナツキが冷ややかに虚空を睨む。


 すると、桜の幹がドロドロと溶け始め、その中から一人の老人が這い出してきた。


 庄田町の歴史編纂に関わっていたとされる、偏屈な隠居老人の姿をした「召喚の実行犯」だ。


「……バカな。……聖域の封印を、ただの若造が指先一つで解くだと!? ……貴様ら、庄田国の王子の帰還を祝うべきこの儀式を、何だと思っている!」


「王子? ……おじさん、それ、おいのことば言いよるばいか?」


 マルモが、重厚な足取りで老人の前に立った。


 彼はエプロンの紐をゆっくりと締め直し、髪をかき上げて月光を浴びた。


 そこには、町内会の掃除をサボる中年男ではなく、一国の運命を背負った(と思い込んでいる)厨二病の権化が立っていた。


「よかばい。…おいたちを呼んだのは、おいの『高貴な血』が欲しかったからばいか?」


「……そうだ! 枯渇しゆく現実の活力を補うには、この庄田町に古くから伝わる『伝説の王子』の熱量が必要だったのだ!」


 老人が狂気染みた笑みを浮かべ、桜の根元にある「古びた石碑(実は異世界の制御端末)」を叩いた。


 瞬間、マルモの足元から巨大な吸引魔法……もとい、重力改変プログラムが発動し、彼の漆黒の焔を吸い上げようとする。


 だが、マルモはその場から一歩も動かず、ただ不敵な笑みを浮かべた。


「おじさん。…おいの火は、発電機の燃料じゃなか。庄田町の夜明けを照らす、希望の火たい!」


 マルモが右手を軽く握りしめた。


 すると、桜の木を通じて逆流していた異世界のコードが、マルモの漆黒の炎によって一瞬で焼き尽くされ、真っ白な灰となって夜風に舞った。


 老人が守ろうとした「庄田国の再興」という妄想は、マルモの圧倒的な自己完結力の前では、ただの燃えカスに過ぎなかったのだ。


「カズヤ。…仕上げ、頼むばい」


「了解。この桜の木のアクセス権、僕の個人サーバーに完全移行させたよ」


 カズヤの指が、タブレットの上で光速の演算を完了させた。


 庄田町の霊的な中枢は、今やカズヤのスマホを介してのみ管理される「プライベート・クラウド」へと書き換えられた。


 もはや何者も、カズヤの許可なくこの町に異世界のバグを持ち込むことはできない。


「分析完了。マルモ、君の『王子』としての設定だけど。この桜の木に残された、千年前の『暇つぶしの落書き』がソースコードになってたみたいだね」


「落書き? ……よか響きばいね。つまり、おいこそが歴史の正当なる継承者ってことばいか?」


「主観的にはね。でも、明日は町内会の溝掃除の日だよ。……忘れないでね」


 カズヤの冷淡な言葉に、マルモは満足そうに頷き、再び「王子」のポーズを崩さなかった。


 彼は腰を抜かした老人の前に、キャンピングカーのキッチンで作った「特製・黒豚チャーハン」のパックを置いた。


「おじさん。これを食べて、自分が何ばしよったか、しっかり思い出しんしゃい。…伝説なんて、腹の足しにもならんたい」


 老人は、震える手で割り箸を取り、チャーハンを一口口にした。


 その瞬間、彼の瞳から濁った光が消え、大粒の涙が溢れ出した。


 マルモの火が、彼の老いた精神にこびり付いていた

「特別な自分でありたい」という呪縛を、優しく焼き払ったのだ。


「うまっ!おじさん、泣くほど美味いなら、次は町内会の炊き出しを手伝いなよ」


 ナツキが最後の一缶を飲み干し、三人は桜の木に背を向けた。


 もはや、この異変に留まる理由は一つもない。

 三人はキャンピングカーに乗り込み、明日の「日常」を守るために、夜の庄田町へと滑り出した。


 車内。カズヤは運転席で、激しく明滅するスマホを手に取った。


 画面は真っ赤に染まり、これまでの定型文ではない、むき出しの「執着」がスクロールされていた。

『……サクラ・ノ・シタ・デ・マッテ・イタ・ノ・ニ。……マルモ。……ボク・ヲ・ヒトリ・ニ・シナイ・デ。……ボク・ハ・キミ・タチ・ノ・ドコ・ニ・デモ・イル・ノ・ダカラ』


 それは、世界を管理するOSが、庄田町の桜という端末を通じて、三人への歪な愛と「侵食」を開始した、終わりなき旅の序奏だった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ