城が見える
第四地区の高台から、さらにその先を見れば、王国の広がりがよくわかった。
第一地区。
中枢として灯りを絶やさない地。
第二地区。
第一部隊《黎牙》が牙を研ぐ実戦地区。
第三地区。
開拓と運用の中継点として、昼も夜も人と物が流れ続ける地。
そして第四地区。
これから“鍛える国”の核を置こうとしている、余白を残した地。
そのさらに先――
空を断つように、まっすぐな断崖絶壁が見えていた。
「……やっぱ、あれ何回見てもおかしいな」
タオーが素直に呟く。
グラーも今日は否定しない。
「ええ」
「自然物に見えないもの」
「だって自然じゃねえからな」
と、ザルクスが笑う。
あの断崖は、ザルクスが作り上げたものだ。
削るでも、積むでもない。
まるで最初からそこにそうあるべきだったみたいに、地そのものを立て直したような壁。
しかも、ただ高いだけではない。
何十もの結界が重ねられている。
さらに、その全ての上からノアの多重超結界が幾重にも被せられていた。
第五地区。
その最奥では、すでに城の輪郭が少しずつ姿を現している。
まだ完成には遠い。
だが、遠くからでもわかる。
あれはただの建物じゃない。
王国の最後の“顔”になるものだ。
リオはしばらく黙って、その城を見ていた。
「……もう、着工からかなり進んだな」
「2年ですからね」
と、ノア。
「進んでいない方が問題です」
「相変わらず厳しいな」
「事実です」
「それもそうか」
高台を渡る風の中、レインがふと別の方へ目を向ける。
「でも、城だけじゃない」
「今、進んでるのは」
その視線の先にあるのは、第四地区のさらに脇。
いくつもの掲示板と、人だかり。
武器を背負った者たち。
鎧姿の者たち。
軽装の者たち。
明らかに“街の住人”とは違う目つきの集団。
冒険者たちだ。
ヴァイスが静かに言う。
「増えましたね」
「前よりずっと」
ノアが頷く。
「アストラ・エクリプス王国の名が立って以降、さらに流入が増えました」
「特にダンジョン目当ての者たちが多いです」
タオーが首を傾げる。
「そういや今、ダンジョンってどれくらい見つかってるんだ?」
それに答えたのは、グローダだった。
「確認されている主なダンジョンだけでも、かなりの数です」
「そのうち、継続的に探索が進んでいるものは十ほど」
「十か……」
と、レイン。
「思ったより多いな」
「ですが、まだまだ未知のものが多い」
グローダは淡々としていた。
「地脈と記録が濃いこの土地では、見えていないだけで存在する迷宮がさらにあると考えるべきです」
リオが少しだけ目を細める。
最初に見つけたダンジョン。
ヴァイスがいた、あの迷宮。
「あっちは、今どこまで行ってる?」
ヴァイスが静かに答える。
「第120階層まで到達しています」
タオーが目を剥く。
「ひゃ、120!?」
「数字だけ聞くと意味わかんねえな……」
と、グラー。
リュメリアが腕を組んだまま、小さく言う。
「でも、まだ終わりじゃないのよね」
「ええ」
ヴァイスは頷く。
「深さの感触からして、まだ先があります」
レインが地図へ目を落とす。
「他の十も進めてる」
「でも、それでもまだ未知が多い」
「だったら――」
「だからこそ制度が要る」
と、ノアが引き取った。
その言葉に、ミアが静かに頷く。
制度。
もうそれが必要な段階まで来ている。
ノアは淡々と続けた。
「すでに、冒険者ランクは整備済みです」
「GからSまで」
「この王国内では、その規程に従って動いてもらいます」
タオーが「おお」と感心したように言う。
「ちゃんと冒険者の国っぽくなってきた」
「ぽくじゃないの」
と、リュメリア。
「もう、そうなのよ」
ノアはさらに告げる。
「申請が通った者だけが、ダンジョンへの侵入を許可されます」
「無許可での進入、深層素材の隠匿、階層記録の偽装は重く扱います」
サイラスなら厳しく聞こえたろう。
だが今のノアの声には、それが必要だと全員が思えるだけの重みがあった。
レインが少しだけ笑う。
「昔なら、そういうの全部ぐちゃぐちゃだったろうな」
「今も油断するとぐちゃぐちゃになります」
と、ノア。
「だから整えるんです」
第一地区には、王国の総合ギルド。
第二地区には、実戦と外縁対応に強いギルド。
第三地区には、運搬・建築・探索支援を兼ねたギルド。
第四地区には、鍛錬と選抜、若手の育成を担うギルド。
すでにそれぞれの地区にギルド長が置かれ、冒険者たちも区域ごとに動き始めている。
それだけではない。
冒険者自身が作った独自ギルドも発足してから、もう1年以上が経つ。
「群れて、競って、潰れずに生き残る」
ヴァルが笑う。
「冒険者ってのはそうでなくちゃな」
「そこで酒場も回るしな」
と、ザルクス。
「そこに戻るのやめてくれる?」
と、リュメリア。
だが、誰も本気では止めない。
実際、酒場も情報もギルドも、もう全部がつながって回っているからだ。
リオは、遠くの第五地区へもう一度目を向けた。
ダンジョン。
冒険者。
ギルド。
各地区の機能。
その全部が、最終的にはあの城へ集まっていく。
「……城が見えるって、こういうことか」
誰へ向けたわけでもない独り言だった。
でも、全員に通じた。
昔は遠かった。
王国という言葉も。
拠点も。
部隊も。
ギルドも。
ダンジョン制度も。
城も。
今は違う。
未完成ではある。
それでも、目に見える形で積み上がっている。
見上げれば、ちゃんとそこにある。
レインが、第五地区を見ながら小さく言う。
「戻れないところまで来たな」
「嫌?」
と、ミア。
「いや」
レインは少しだけ笑う。
「むしろ、やっとここまで来たって感じだ」
グローダも静かに続ける。
「城が完成すれば、また国の顔が変わるでしょう」
「ですが、その前に」
「足元を固める必要があります」
「第四地区、だな」
と、リオ。
「はい」
ノアが頷く。
「鍛える場を作る」
「若い戦力を育てる」
「冒険者たちにも明確な上がり先を見せる」
「それが今、最も自然な次の一手です」
リオは、ゆっくりと頷いた。
第五地区の城が、遠くで白く光っている。
まだ骨組みの多いその姿が、かえって生々しい。
完成していない。
だが、確かに“できていく”。
アストラ・エクリプス王国は、もう夢の中の仮名ではない。
目の前で、石と血と人でできていく国だ。
その高台で。
リオたちはしばらく、誰も言葉を足さずに城を見上げていた。
もう戻れない。
でもそれは、怖さではなく、ようやく辿り着いた場所の輪郭だった。




