王の2度目の来訪。
久しぶりに小さな城へ戻った一行は、ようやくひと息ついていた。
第二地区の外。
王都での交渉。
ゴルダンの帰属。
国名の決定。
ここ数日、あまりにも多くのことが一気に動きすぎていた。
小さな城の広間には、いつもの空気が戻っている。
ヴァルは酒を片手に機嫌がいい。
ザルクスは椅子へだらしなくもたれかかっている。
リュメリアは呆れた顔をしながらも、どこか少しだけ肩の力を抜いていた。
ノアは静かに控え、アヴニールは窓際で外を眺めている。
レイン、ミア、タオー、グラー、ヴァイスたちも、それぞれようやく落ち着いた顔をしていた。
「……なんか」
タオーがぐったりした声で言う。
「濃すぎなかった?」
「何が」
と、グラー。
「全部」
「第二地区の外も、王都も、ゴルダンも、国の名前も」
「ちょっと数日でやる量じゃないって!」
「それはそう」
と、レイン。
リオは小さく笑った。
「でも、やっと少し落ち着いたな」
その時だった。
こん、こん。
扉を叩く音がする。
広間の空気が、わずかに変わる。
タオーが首を傾げる。
「誰だ?」
「この時間に?」
ノアが静かに立ち上がる。
だが、その前にザルクスが「俺が出る」と手を振りかけたところで、リオが先に扉の方へ目を向けた。
「……開けてみよう」
がちゃ。
扉が開く。
そこに立っていたのは――王だった。
しかも、一人ではない。
側近と護衛を複数従えている。
だが、その顔ぶれは“威圧のため”ではなく、“正式な来訪”のためと分かるものだった。
「なっ……」
タオーが飛び上がる。
「王!?」
グラーがすぐに背筋を正す。
ミアも、ヴァイスも、一気に立ち上がる。
リオも、さすがに少しだけ慌てた。
「へ、陛下……?」
「どうしてここに……」
王は、そんな一同を静かに見渡したあと、小さく笑った。
「突然すまない」
「だが、今日は使いを出すより、私自身が来るべきだと思った」
その一言だけで、空気がぴんと張る。
王は広間の中央まで進み出る。
護衛たちもそれ以上は前へ出ない。
そして、まず最初に言ったのは――謝罪だった。
「ゴルダンの件だ」
リオの表情が変わる。
王は、そのまま続ける。
「最初から承知していたことでもある」
「だが、王都の場では周囲の者たちが、失礼な態度を取った」
「まずはそれを詫びたい」
そのまま、王は本当にわずかに頭を下げた。
広間の全員が息を呑む。
タオーが、ほとんど声にならない声で呟く。
「……王が、頭下げた……」
リュメリアの目も、少しだけ細くなる。
ノアは静かに目を伏せた。
ラルラゴでさえ、その一瞬だけ王をまっすぐ見ている。
王は顔を上げた。
「むしろ私は、あの提案を受ける前から」
「いずれ自らここへ赴くつもりではあった」
「遅くなったことも含め、すまない」
リオは、少しだけ息を整えてから言う。
「……頭を上げてください」
「俺たちは、もう受け取ってます」
王は静かに頷いた。
「ありがとう」
「では、その上で話したい」
広間に椅子が整えられる。
だが王は、座る前に言葉を続けた。
「ゴルダンの件」
「一旦、あの時の提案は保留にしたい」
タオーが目を丸くする。
「え?」
「保留?」
リオも、王をまっすぐ見返す。
「……理由を伺っても?」
「当然だ」
王は頷く。
「簡単だよ」
「今のゴルダンを、ただ“お前の領地”とするだけでは足りなくなった」
場が静まる。
王の声音は落ち着いている。
だが、その中身は重かった。
「ゴルダンは今や、人も物も、金も、思惑も集まる場所だ」
「そしてこれからは、王国を支える盾にも、槍にもなりうる」
一拍。
「だから、頼みたい」
王の視線が、リオへ真っ直ぐ向く。
「ゴルダンに武力を与え、強化し」
「王国を守る手助けをしてほしい」
その言葉に、騎士団たちの目も変わる。
リオが、ゆっくり問う。
「……武力を?」
「そうだ」
王は頷く。
「リオ殿が決めた者たち」
「その者たちは、リオ殿直属の団とする」
「そして、王が認める直属の王騎士団としての地位も与える」
「……王騎士団?」
と、グラー。
「うわ」
と、タオー。
「急にすごい話になってきた」
サイラスが、低く息を吐く。
「王が、そこまで出すか」
王は続ける。
「その代わり、たった一つだ」
静かだった。
だが、その静けさの方がずっと重い。
「この国を守ってくれ」
その一言で、広間の空気が変わった。
もうこれは利権の話でも、領地の話でもない。
国そのものの話だ。
王が、王として頼んでいる。
ノアが、静かにリオを見た。
ラルラゴも、アヴニールも、ザルクスも、ヴァルも、誰も先に口を挟まない。
決めるのはリオだと分かっているからだ。
王は、さらに続ける。
「今後のゴルダン発展も、リオ殿の国に任せる」
「この小さな城も、引き続き好きに使ってよい」
「必要なら、さらに支援も出そう」
レインが少しだけ目を細める。
「……本気だな」
「本気だ」
と、王。
そして王は、最後にもう一段深い話を置いた。
「近く、協定を結んだ隣国の王と対談がある」
「その時に正式に、国の王として」
「リオ殿と、その者たちを招待したい」
部屋の空気が、また一度張る。
「国交と協定を結ぶのだ」
「アストラ・エクリプス王国として」
その言葉に、ミアが小さく息を呑む。
ヴァイスの目も静かに揺れる。
グローダは表情を変えないが、気配だけが少し深くなる。
王は、リオを見て言う。
「リオよ」
「私は君たちを、全力で応援する」
「支援する」
一拍。
「だからどうか」
「この国を、共に守ってほしい」
沈黙。
広間にいる全員が、リオの言葉を待っていた。
リオは、しばらく何も言わなかった。
ゴルダン。
第二地区。
第一地区と第三地区の拠点。
第五地区の城。
第一部隊。
幹部。
王騎士団。
そして、アストラ・エクリプス王国。
全部が、今この瞬間ひとつの線へ繋がろうとしている。
やがてリオは、ゆっくり立ち上がった。
「……受けます」
その声は、静かだった。
でも揺れていない。
「ゴルダンの発展も」
「この小さな城も」
「王騎士団の地位も」
「全部、受ける」
王が、深く頷く。
リオはそのまま続ける。
「その代わり」
「俺たちは、俺たちのやり方で守る」
「作る」
「育てる」
「それでよい」
王は即答した。
「むしろ、それを望んでいる」
その瞬間、広間の空気が、ようやく動いた。
タオーが小さく「うわあ……」と漏らし、グラーに肘で黙らされる。
ヴァルは静かに笑い、ザルクスは「いい顔になってきたな」と小さく呟く。
ノアは目を伏せ、アヴニールはゆっくりと微笑んだ。
王は最後に言った。
「では、近いうちに正式な使いを出そう」
「その時は、国の王として来てくれ」
リオは、深く頷いた。
「わかりました」
小さな城。
その仮初めの広間で。
王は、自らの国の未来を、もう一つの国へ託した。
そしてリオたちは、ついに“守る側”として正式に立つことになったのだった。




