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外れスキルの【停止時能力向上】実は世界最強でした〜夢記録に刻まれた800年の真実〜  作者: 滝本りお


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酒屋と料理人と第二地区と

アヴニールの


「国の名前、どうするか決めてる?」


という一言が落ちたあと、部屋の空気はしばらく静かに揺れていた。


第一地区。

第三地区。

第五地区。

拠点。

幹部。

第一部隊。

ゴルダン。

商人。

建築者。

鍛冶屋。


そこまで話が進んだ今、次に問われるのが“名”であることは、もう誰の目にも明らかだった。


――だが。


「おい」


その空気を割ったのは、ヴァルだった。


しかも珍しく、真面目な顔だった。


酒杯を置き、指を机へとんと打つ。


「忘れてないか?」


リオが目を向ける。


「何を?」


ヴァルは、深刻な顔のまま言った。


「酒が飲める場所と」

「酒が進む最高の料理だ」


一拍。


「酒屋と料理人のことを忘れてないかい?」


沈黙。


そのあとで、ザルクスが吹き出した。


「ははっ!」

「お前、そこかよ!」


「そこだよ」

ヴァルは真顔のままだ。

「国を作るんだろ?」

「なら、酒場と飯処は最優先だ」

「わかってないな、お前たち」

「人はな、拠点と壁だけじゃ定着しない」

「旨い酒と、旨い料理があって初めて“帰る場所”になるんだ」


タオーが、なぜか感心したように頷く。


「……なんか、すげえ説得力ある」


「あるわね」

と、グラー。

「悔しいけど」


アヴニールがそこで足を組み替えた。


「忘れてないわ」


ヴァルがぴたりと視線を向ける。


アヴニールは涼しい顔のまま続けた。


「それは“商人”に含まれるもの」


「だよなーー!」

ヴァルが一転して破顔する。

「そうだよな! 流石だ!」


だが、次の瞬間にはまた真顔へ戻った。


「ところで」

「目ぼしい酒屋と料理人は?」


その問いに、アヴニールの口元がゆっくり吊り上がる。


「ふんっ」

「私を誰だと思ってるの?」


その顔を見た瞬間、リュメリアが小さくため息をつく。


「悪い顔してるわね」


「当然でしょう」

アヴニールは少しも隠さない。

「それは真っ先に――」

「一番最初に手配したわ」


ザルクスが肩を揺らす。


「やっぱりな」


ノアも小さく頷いた。


「納得です」


ヴァルが机へ身を乗り出す。


「どんなやつだ?」

「腕は?」

「酒の趣味は?」

「肉は?」

「魚は?」

「煮込みは?」


「落ち着きなさい」

と、リュメリア。


アヴニールは、そんなヴァルを見て鼻で笑う。


「あなたの次に酒が好きで」

「何より、大喰らいでグルメな私よ?」

「そこを抜かるわけないでしょう」


「最高だな……」

ヴァルが本気で感動している。

「やっぱりお前、そういうところは信用できる」

「“そういうところは”が余計よ」


リオは思わず笑ってしまった。


国の名前。

拠点。

幹部。

外交。

そんな大きな話のど真ん中で、酒場と料理人の話がこうして自然に入ってくる。


でも、それが妙に良かった。


国は、戦うためだけにあるんじゃない。

人が住み、笑い、帰り、食い、飲むためにもある。


ヴァルの言い分は、ふざけているようで本質を突いていた。


その空気が少し和らいだところで、不意にラルラゴが口を開いた。


「……お前たち」


低い声だった。


だが、それだけで第一部隊の面々が自然と姿勢を正す。


ミア。

タオー。

グラー。

レイン。

そして、グローダもわずかに目を向けた。


ラルラゴは静かに問う。


「第二地区の名が、先ほどからほとんど上がらない理由はわかるか?」


タオーが一番に首を傾げた。


「え?」

「なに、忘れてたから言わなかったとか……?」


グラーがすぐに小突く。


「馬鹿」

「たぶん違うでしょ」


リュメリアは何も言わない。

ノアも口を挟まない。


ラルラゴは、そのままレインを見る。


「レイン」

「何故だと思う?」


場が静まる。


レインは、少しだけ目を伏せた。


第二地区。

壁の内側。

外縁。

魔害。

術鬼の初陣。

自分たちが今まさに血と実戦で踏み始めた場所。


その意味を、考える。


やがて、レインが顔を上げた。


「……俺がまとめるからだ」


誰も口を挟まない。


レインは続ける。


「俺たちの地区だから、です」

「ラルラゴ様」


その答えに、ラルラゴは短く頷いた。


「その通りだ」


低い肯定だった。

だが、それだけで十分重い。


タオーが目を丸くする。


「え、そういうことか」

「第二地区って……」

「俺ら側なんだ」


「まだ完全に、ではない」

と、ノア。

「ですが、今後の運用と抑えは、第一部隊とその周辺戦力が主に担うことになります」


グローダが静かに続ける。


「第一地区は中枢」

「第三地区は運用と開拓」

「そして第二地区は、若い戦力と外縁制圧の実戦域」

「名が出なかったのではない」

「“お前たちがまとめる前提”で、あえて譲られていたのだ」


ミアが小さく息を呑む。


グラーの表情も引き締まる。


タオーは、今度はさっきみたいに軽く喜ばなかった。

その意味が、ちゃんと重いとわかったからだ。


レインは、しばらく黙っていた。


それから、少しだけ低い声で言う。


「……勝手に“与えられる”んじゃなくて」

「自分たちでまとめろってことか」


「そうだ」

と、ラルラゴ。


「第二地区は、まだ若い」

「だからこそ、お前たちの色が出る」

「未熟なまま任されるのではない」

「任されることで、未熟を越えるんだ」


その一言に、ミアが目を伏せる。

グラーは静かに拳を握る。

タオーも珍しくふざけない。


レインは、小さく笑った。


「……重いな」


「当然だ」

と、ラルラゴ。


「第一部隊の始まりだぞ」


そこへ、アヴニールがまた穏やかに口を挟んだ。


「いいじゃない」

「やっと“自分たちの地区”って呼べる場所ができるんだもの」


その声はやわらかい。

けれど、ちゃんと現実を知っている声音でもある。


「第一地区は頭」

「第三地区は手足」

「第二地区は、若い牙と爪」

「そういう整理も悪くないわ」


ヴァルが、そこで満足そうに頷く。


「そしてそこに酒場ができる」

「本当にそこへ戻るのね」

と、リュメリア。


「大事だろ」

「大事だけど、順番ってものがあるのよ」


ザルクスは肩を揺らして笑っていた。


「いいねえ」

「頭と手足と牙か」

「だんだん国っぽくなってきた」


リオは、そのやり取りを静かに聞いていた。


第一地区。

第三地区。

第二地区。

それぞれの役割が、少しずつ言葉になっていく。


もう、ただ勢いで広がっているだけじゃない。

誰がどこを背負うのか。

それが見え始めている。


アヴニールが、そこで改めてリオを見た。


「わたしのリオ?」


ノアとリュメリアがまた睨む。


だが今度は、誰も止めなかった。


アヴニールは小さく微笑んだ。


「こうして地区の役割も見えてきた」

「商人も、建築者も、鍛冶屋も整理する」

「酒場も料理人も決まる」

「職人たちのテリトリーも作る」

「第二地区を誰が担うのかも、見えた」


そこで一拍。


「じゃあ、次は本当に決めないといけないわね」


リオが静かに息を吐く。


「……国の名前、か」


「ええ」

アヴニールは頷く。

「ここまで来たら、もう避けて通れない」


誰も笑わなかった。


今この瞬間だけは、酒の話も、料理の話も、嫉妬も、軽口も、全部が自然と脇へ退く。


名を与える。

それは、存在を定めること。


第一地区、第二地区、第三地区、そしてその先へ続くものすべてを、

ひとつの国として呼ぶための最初の言葉。


その夜、ようやくその話題が真正面から卓上に置かれた。

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