名を持つ国
ゴルダンの話がひととおり落ち着いたあと、部屋には短い沈黙が降りた。
誰もが、それぞれの頭の中で同じことを考えていた。
都市。
部隊。
幹部。
拠点。
そして、国。
この土地はもう、ただの開拓地ではない。
誰の目にも、それがはっきりし始めている。
その沈黙を破ったのは、今までずっと口を閉ざしていたアヴニールだった。
「リオ」
その声だけで、場の空気が少しだけ変わる。
アヴニールは椅子に浅く腰掛けたまま、頬杖をついてリオを見ていた。
静かな目だ。
でも、その奥にはどこか愉しげな熱がある。
「素敵」
タオーが「え?」という顔をする。
グラーがすぐ肘で黙らせた。
アヴニールは、そのまま続ける。
「流石、私のリオよ」
「私たちのリーダー」
ノアとリュメリアの視線が、同時に鋭くなる。
「……何?」
と、リュメリア。
「“私の”って、まだ続けるの?」
ノアは笑っている。
だがその笑顔が、いつもより少しだけ怖い。
アヴニールは平然としていた。
「だって事実でしょう?」
「違います」
と、ノア。
「違わないわ」
アヴニールは軽く流し、それから少しだけ真顔になる。
「でも、今のはただの戯れじゃないの」
その一言で、部屋の空気が締まった。
アヴニールは、足を組み替えながら言う。
「リオ」
「ここの発展は、もう他の国も目をつけてる」
「見過ごせなくなってるわ」
リオが目を細める。
「……やっぱりそうか」
「ええ」
アヴニールは頷く。
「あなたが第二地区の外で、レインちゃんの子守りをしてる間――」
「は?!」
と、レインが即座に反応する。
タオーが吹き出す。
「子守りだってよ!」
「うるせえ!」
レインが睨む。
アヴニールは少しも気にせず続けた。
「その間、私とヴァイスとグローダで、隣国の上を少し散歩してきたの」
「空からね」
ゼルクとサイラスの目がわずかに細くなる。
「散歩、だと?」
と、サイラス。
「散歩よ」
アヴニールは涼しい顔だ。
「そうしたらね、目まぐるしくこの土地の話をしていたわ」
「商人」
「建築者」
「鍛冶屋」
「兵站屋」
「輸送屋」
「皆、もうこの地を“匂い”で追い始めてる」
リオの表情が少しずつ真面目になる。
アヴニールは、そこで机の上へ数枚の紙を置いた。
「だから、整理してみたのよ」
「今この発展に関わっている商人と、建築者と、鍛冶屋を」
ノアが目を落とす。
リュメリアもそれを覗き込む。
一覧だ。
しかも、ただ名前が並んでいるだけじゃない。
適性、影響力、他国との繋がり、こちらへの忠誠の強さ、扱う分野までざっくり仕分けされている。
ザルクスが口笛を吹く。
「へえ」
「いつの間にこんなもん」
「私を誰だと思ってるの?」
と、アヴニール。
「面倒くさい女」
と、リュメリア。
「ありがとう」
「褒めてないわよ」
アヴニールは、そのまま紙へ指先を置く。
「数多くいる中に、長けた人材がいたの」
「この土地の商売を任せる者」
「建築を任せる者」
「鍛冶を任せる者」
「そういう“柱”を、今のうちに選出する必要がある」
レインが腕を組む。
「勝手に集まって、勝手に働くんじゃ駄目なのか?」
「駄目よ」
アヴニールは即答した。
「今は勢いで回っているだけ」
「でも、整備も整理もされていないその職人たちを」
「正式に配置して」
「この土地のリーダーが、正式に指示し、任命したことが明るみに出なければ」
そこで、一拍置く。
「他の国に取り込まれる」
「呑まれるわ」
静かだった。
でも、その言葉はずしりと重かった。
リオも、騎士団たちも、誰も軽く流せない。
アヴニールは、まっすぐリオを見る。
「だから、彼らのテリトリーを作るの」
「担当領域を決める」
「商域、建築域、鍛造域」
「その上で、あなたをリーダーとして」
「次期、この国の長として認めさせる必要がある」
リオの眉が、わずかに動く。
「……認めさせる」
「そう」
アヴニールは頷く。
「あなたが実質そうだから、じゃ足りないのよ」
「外から見える形で、そうである必要がある」
ノアが、そこで静かに補足した。
「権限の可視化、ですね」
「はい」
アヴニールは頷く。
「すると、どうなると思う?」
リオは少しだけ考える。
先に答えたのはグローダだった。
「隣国や他国の商業人たちは、勝手に悪さができなくなります」
「この土地における誰の許しが必要かが明確になるからです」
「その通り」
アヴニールは満足そうに微笑む。
「よね、グローダ」
「そして、ヴァイス」
ヴァイスが、静かに一礼する。
「はい、アヴニール様」
その声音に、グローダがほんの少しだけ眉を動かした。
ヴァイスはそのまま説明に入る。
「人は、曖昧な土地には勝手に入り込みます」
「ですが」
「誰が治め、誰が許可を出し、誰が責任を持つのかが見えた瞬間」
「そこはもう“奪える土地”ではなく“交渉すべき土地”へ変わります」
サイラスが小さく頷く。
「なるほど」
「無秩序のまま肥えた土地は、食われる」
「秩序が立った瞬間、食い方が変わるわけか」
「そうです」
ヴァイスは続ける。
「商業も建築も鍛冶も、ただ人材がいればいいわけではない」
「“誰のもとで動いているか”が明確であることが、今後は価値になります」
説明を終えたヴァイスが、少しだけ視線を下げる。
その横で、グローダがぼそりと呟いた。
「……まだまだ未熟よ」
「何?」
と、ヴァイスが静かに振り向く。
「説明が丁寧すぎる」
グローダは淡々としている。
「だが、悪くはない」
「前半は冗長だったけど」
ヴァイスの眉がぴくりと動く。
「……あなたに言われたくないですね」
「わたしは事実を述べただけです」
「言い方の問題よ」
「未熟だから気になるのでしょう」
「一回黙ってくれます?」
「嫌です」
一瞬だけ空気が張る。
タオーが小声で言う。
「うわ、ライバルっぽい」
グラーがすぐ小突く。
「黙ってな」
ザルクスは面白そうに肩を震わせていたが、リュメリアの視線に気づいてすぐ咳払いした。
その一悶着を、アヴニールが片手ひとつで終わらせる。
「そこまで」
声は静かだった。
でも、よく通る。
ヴァイスもグローダも、すぐに口を閉ざした。
アヴニールはそのまま、またリオへ視線を戻す。
「わたしのリオ?」
ノアとリュメリアがまた睨む。
だが今度は、リオもそこへ突っ込まなかった。
アヴニールは、まるで一番大事な話を今思い出したみたいに、穏やかに首を傾げた。
「国の名前」
「どうするか、決めてる?」
その問いが落ちた瞬間、部屋の空気がまた一段深くなる。
第一地区。
第三地区。
第五地区。
拠点。
幹部。
部隊。
ゴルダン。
職人。
商人。
他国の目。
全部が揃い始めている。
なら、次に問われるのは当然だった。
この国は、何と呼ばれるのか。
リオは、ゆっくり息を吐いた。
今まで何度も考えた。
でも、こうして本当に“国の骨格”が見え始めると、名前の重さはまるで違う。
アヴニールの目は静かだ。
でもその奥には、たしかに愉しげな火がある。
ゾクゾクする問いだった。
名を与える。
それは、存在を定めることだ。
そして今、この国は、まさにその一歩手前まで来ている。




