SSSギルドの本当の始まり。オルビス・ノヴァの一味
第一地区の仮拠点には、さっきまでとは違う静けさが落ちていた。
幹部。
第一部隊。
第一部隊長。
第三地区と第五地区を見据えた拠点構想。
そこまでが決まった今、部屋の空気はもう“ただの話し合い”のものではない。
誰が座るか。
誰が従うか。
誰が外に立ち、誰が中へ入るか。
その線引きだけが、まだ残っていた。
ノアが、机の端へ指を置いたまま、静かに視線を上げる。
「では、次です」
その一言で、騎士たちの空気がわずかに張る。
ノアの視線はまっすぐだった。
「王直属の騎士たち」
「隣国の騎士たち」
「確認します」
部屋の奥で、灯りがひとつ揺れる。
「あなた方は」
「この国の外に立つのですか」
「それとも」
「この国の中へ入るのですか」
誰も、すぐには答えなかった。
軽く返していい問いじゃないからだ。
その場にいる全員が、もうそれを知っている。
リオは黙っていた。
ここで先に何かを言うべきではないとわかっている。
問われる側が、自分で言葉を選ばなければ意味がないからだ。
最初に口を開いたのは、王直属側の騎士のひとりだった。
年嵩の騎士で、言葉も立ち姿も固い。
だが、その目にはこの地で見たものが確かに残っている。
「確認したい」
ノアが頷く。
「どうぞ」
騎士は、ゆっくりと言葉を選んだ。
「我らは王へ剣を捧げる者だ」
「だが、いまこの地で起きていることは、もはや一地方の問題ではない」
「王に忠を尽くすことと」
「オルビス・ノヴァの中へ入ることは」
「両立するのか」
その問いは、王直属の騎士たち全員の本音でもあった。
ノアは即答しなかった。
代わりに一度だけ、リオを見る。
それは「答えなさい」という視線だった。
リオは小さく息を吐いて、一歩前へ出た。
「両立はできる」
静かに落ちた言葉に、騎士たちの視線が集まる。
「王を裏切れとは言わない」
「この国を捨てろとも言わない」
「でも」
「この土地の未来に本気で関わるなら、半端な立場ではいられない」
その一言が、部屋へ深く落ちた。
リオは続ける。
「外から見届けるだけなら、いつでもできる」
「でも中へ入るなら」
「守るだけじゃ足りない」
「作る側にも回ることになる」
騎士の目が、わずかに揺れる。
リオは、そのまま言葉を置く。
「だから問うんだろ」
「ここに座るのか」
「それとも、ここから見ているだけで終わるのかを」
沈黙。
ザルクスが、そこで小さく笑う。
「いいねえ」
「やっとリーダーっぽいこと言ったな」
「お前は黙ってろ」
と、リュメリアが即座に刺す。
「へいへい」
今度は、隣国側――絶騎士団のゼルク・アーヴェンが前へ出た。
大柄で、無駄に動かない男だ。
だが、その沈黙の重さは他の誰よりも際立っていた。
「我らは騎士だ」
それだけで、部屋の空気が一段静まる。
「だが、ただ王に剣を捧げるだけでは守れぬものがあると知った」
「成埜の地」
「第二地区の外」
「そして、お前たちの戦い」
ゼルクは、リオとノア、ラルラゴたちを順に見た。
「問う」
「オルビス・ノヴァに加わるとは」
「何を捨て、何を守ることになる」
それはさっきの問いより、ずっと重かった。
リオが答えるより先に、ノアが静かに口を開く。
「捨てるのは、古い枠だけで構いません」
ゼルクの目が向く。
ノアはまっすぐ返した。
「ですが、覚悟は一つでなければ困ります」
「忠誠が複数あってもよい」
「ですが、決断が割れては意味がない」
リュメリアも低く続ける。
「都合がいい時だけこちら側に立つ者はいらないわ」
「加わるなら、ちゃんと責任を持ちなさい」
ヴァルが杯を持たない今日は珍しく真面目な顔で言った。
「戦うだけの話じゃない」
「今後は、開拓、運用、治安、統治、外交」
「全部絡む」
「つまり、お前らが入るなら“戦場の助っ人”じゃ済まなくなる」
ゼルクはしばらく何も言わなかった。
サイラスが、その少し後ろから一歩出る。
「ひとつ、よろしいか」
「どうぞ」
と、ノア。
サイラスの目は細い。
だが、ただ疑っている目ではない。
見極めようとする者の目だった。
「オルビス・ノヴァは、何をもって“国”とする」
「城か」
「軍か」
「王か」
「それとも、この場にいる者たちか」
その問いに、今度はラルラゴが答えた。
「全部だ」
短い。
だが、重い。
サイラスがわずかに眉を動かす。
ラルラゴは続ける。
「城が要る」
「軍も要る」
「顔となる王も、いずれ必要だろう」
「だが、最初に立つのは“意志”だ」
「この場にいる者たちが、何を守り、何を変えるのか」
「それが先だ」
ヴァイスが、静かに目を伏せる。
レインも黙って聞いていた。
ミア、タオー、グラーもまた、いまは軽口を挟まない。
ラルラゴの声は、さらに低くなる。
「だから問われているのは、席ではない」
「お前たちが、この意志の中へ入るのかどうかだ」
サイラスは、それを受けて深く息を吐いた。
「……なるほどな」
そこで、王直属の騎士側から別の声が上がる。
「では我らが加わった時」
「この国における立ち位置はどうなる」
「王直属のままか」
「それとも、お前たちの指揮下へ完全に入るのか」
ノアは答える。
「段階を踏みます」
「すぐに全てを切り替える必要はありません」
「ですが、少なくともこの土地と拠点に関する決定については」
「オルビス・ノヴァの中で話し合い、従っていただきます」
「つまり」
リュメリアが補足する。
「王都の命令系統とは別に、この地ではこの地の理が優先される」
「飲めないなら、外に立ちなさい」
言葉は冷たい。
でも、正しい。
ゼルクが目を閉じる。
サイラスも、短く黙る。
王直属側の騎士たちもまた、それぞれの中で答えを探っている。
沈黙は、長かった。
その間、誰も急かさない。
急かして決めるような話ではないからだ。
やがて、最初に膝をついたのは、王直属側の騎士のひとりだった。
「……私は入る」
その声は震えていない。
「外から見ているだけでは、もう守れぬものがあると知った」
「ならば、中へ入る」
続いて、もう一人。
そして、さらに一人。
決して全員ではない。
だが、確かに動き始める者がいる。
隣国側では、サイラスが先に膝を折った。
「絶騎士団幹部、サイラス」
「私はこの地へ関わる」
「国へ戻っても、もはや前と同じ枠へは収まれぬ」
「ならば、ここで役目を持つ方がよい」
ゼルクは、最後まで立っていた。
誰もその沈黙を壊さない。
やがてゼルクは、ゆっくりとリオを見る。
「リオ」
「ん」
「お前は、我らを部下にしたいのか」
その問いは鋭かった。
けれど、嫌な鋭さではない。
リオは少しだけ考えてから、正直に答えた。
「違う」
ゼルクの眉がわずかに動く。
「従ってほしい時はある」
「でも、部下が欲しいわけじゃない」
「一緒に作る側が欲しい」
その返答に、ゼルクの口元がほんの少しだけ動いた。
「……そうか」
そして、膝をつく。
床へ落ちたその音は、やけに重く響いた。
「絶騎士団団長、ゼルク・アーヴェン」
「この地の未来を見届けるだけでは足りぬと判断した」
「ゆえに、オルビス・ノヴァと共にある」
一拍。
「ただし」
「従うだけではない」
「必要とあらば、異を唱える」
リオは、それを聞いて笑った。
「それでいいよ」
ノアが静かに頷く。
「承知しました」
「それでこそ、迎える価値があります」
こうして、空気が変わった。
誰が入るのか。
誰が外に立つのか。
それがようやく、言葉として定まったのだ。
タオーが、こっそりグラーへ小声で言う。
「なあ」
「これ、めっちゃ大事な瞬間じゃね?」
「今さら?」
「いや、ずっと大事なんだけど!」
「静かにしなさい」
ミアが珍しく先に言った。
ヴァイスが、ほんの少しだけ笑う。
第一地区の仮拠点。
未完成の壁。
仮の机。
足りない椅子。
それでも、ここはもうただの建物ではなかった。
国の骨格。
その最初の部屋だ。
ノアが最後に、全員を見回す。
「では、席を作りましょう」
その一言に、部屋の空気が静かに満ちる。
座る者。
立つ者。
加わる者。
育つ者。
全てが揃って初めて、国は形になる。
そして今、その最初の椅子が、ようやく埋まり始めた。




