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外れスキルの【停止時能力向上】実は世界最強でした〜夢記録に刻まれた800年の真実〜  作者: 滝本りお


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初めての魔害、初めての連携

逃がすな


第二地区の外、そのさらに奥へ入ると、森は別の顔を見せ始めた。


外壁のすぐ外にいた魔虫や魔獣は、まだ“襲ってくる敵”だった。

だが、奥へ進むにつれて増えていくものは、もっと嫌だった。


木が黒い。

葉が垂れている。

幹の途中に、まるで血管みたいな濁った筋が走っている。

地面は柔らかいのに、踏むたびにぬるりとした反発が返る。


生きている森ではない。

害を溜め込んだ森だった。


ノアが、少し前で立ち止まる。


「この先です」


リオも足を止めた。

そのさらに一歩前にはレイン。

後ろに、ミア、ヴァイス、タオー、グラー。

騎士団たちは少し離れた位置で見届けの陣形を取っている。


リュメリアは腕を組んだまま、周囲の空気を見ていた。


「ここから先は濃いわね」

「まともに踏み込むと、普通の人間は数刻でやられる」


ゼルクが低く言う。


「我らでもか」


「あなたたちでも」

リュメリアは即答した。

「でも今日は、あなたたちが前に出る日じゃない」


サイラスが頷く。


「見届ける」

「それが今回の役目だ」


レインは正面を見たままだった。


右腕の文様は、さっきより濃くなっている。

術鬼は静まったわけではない。

むしろ、敵が濃くなるほど喜ぶみたいに、身体の内側でざわついていた。


タオーが小声で言う。


「なあ……」

「これ、ほんとに俺も来てよかったのか?」


「いまさら言うの?」

と、グラー。


「いや、来たかったけど!」

「来たかったけど、思ってたよりだいぶ“外”なんだけど!」


ヴァイスが静かに呟く。


「ここはもう、森というより傷口ですね」


その一言が、一番しっくりきた。


ミアは少しだけ目を閉じている。

耳で聞いているようには見えない。

けれど、何かを拾っている顔だった。


「……いる」


レインが短く返す。


「うん」

「しかも、知ってる」

「知ってる?」

タオーが目を丸くする。


ミアがゆっくり目を開く。


「言葉になりきらない声がある」

「三つ」

「四つ」

「いや……もっと重なってる」

「でも、中心は一つ」


ノアが低く告げた。


「来ます」


次の瞬間だった。


森の奥で、地面そのものが脈打った。


どくん、と。

心臓みたいな音が、足裏から全身へ伝わる。


そして、木々の間の暗がりが、ゆっくりと持ち上がった。


最初、リオはそれを巨木の根だと思った。


だが違う。


根ではない。

脚だ。


太い。

節だらけで、虫のようでもあり、獣の骨格にも近い。

その一本だけで人の胴ほどある。

さらにもう一本。

もう一本。


全部で八本。


その脚に持ち上げられるようにして現れた本体は、あまりにも醜かった。


頭部は獣に近い。

だが口が縦に裂けていて、顎の内側にさらに虫じみた口器がある。

目は左右に三つずつ。

そのどれもが濁った黄で、知性だけが妙に残っている。


背中には黒い瘤がいくつもあり、そこから害の気が煙みたいに漏れていた。

腹の下には、黒く濁った卵にも見える塊がいくつも揺れている。


魔虫。

魔獣。

魔害。


その全部を無理やり混ぜて、一つの“生き物のようなもの”へ仕立て上げた存在だった。


タオーが思わず後ろへ一歩下がる。


「うわ……」

「なにあれ」

「きっしょ……」


グラーの顔も引きつる。


「……見るからに本命ね」


ヴァイスの目が鋭くなる。


「あれは、逃してはいけません」

「害の中心です」


その異形が、ゆっくりと頭をもたげた。


そして、口を開く。


「ニンゲン……」

「マタ、キタカ」


カタコトだった。

だが、ちゃんと“言葉”だった。


騎士団たちの空気が一気に変わる。


サイラスが低く漏らす。


「話すのか」


「話しますね」

ノアの声もわずかに低くなる。

「しかも、かなり知性が残っています」


異形は、目をぎょろりと動かした。


最初にレインを見る。

次にミア。

ヴァイス。

タオー。

グラー。

最後に、後ろで手を出さず見ているリオへ、目が止まった。


そして、にたり、と裂けた口が歪む。


「オマエ……」

「リオ……」


場が、ぴたりと静まる。


リオの目が細くなる。


「……俺を知ってるのか」


「シッテル」

異形は、ぬらりと喉を鳴らした。

「チノ、マオウ……」

「ソラノ、ニオイ……」

「ユメ、キロク……」

「クサイ……クサイ……」


ザルクスがいないこの場で、その気配だけを嗅ぎ分けている。

厄介だ。

しかも、ただの獣ではない。


レインが、低く言う。


「こいつ、いつも逃げるタイプだろ」


ノアが頷く。


「ええ」

「こういう中核は、自分が不利だと判断するとすぐに核を移し、森の奥へ退きます」

「だから今までは取り切れなかった」


レインの目が変わる。


「じゃあ、今回は逃がさない」


異形が、また嗤った。


「ニゲル?」

「ダレガ?」

「オマエラ、ココデ、クサル」


その瞬間、周囲の地面が一斉に裂けた。


小型の魔虫が十、二十、三十。

さらに魔獣の群れが左右から飛び出す。

しかも全部、さっきの異形と同じ黒い害をまとっている。


「来た!」

タオーが叫ぶ。


だが、レインは前へ出た。


「散れ!」


その一声で、背中の影が一気に増える。


三本。

四本。

五本。


全部は実体化しない。

だが、そのうち二本が一瞬だけ腕となって現れた。


一体目の魔虫へ、右腕の手刀。

切断。


二体目へ、影腕の突き。

貫通。


三体目の魔獣へは、左腕を硬化させて顎を受け、そのまま首をひねり潰す。


速い。

さっきより明らかに速い。


ヴァルもザルクスもいない。

それでも、今の場にいる全員が分かった。


レインは、もう目覚めた直後のレインじゃない。


戦いながら、術鬼が馴染んでいる。


だが、数が多い。


しかも本命はまだ後ろで見ている。


ミアが、一歩前へ出た。


「レイン!」

「一手先、右!」

「次、二手先、後ろの木の上!」

「その次、地面から来る!」


その声は、いつものミアの声なのに、どこか違った。


聞いているのは目の前の音じゃない。

もっと先。

もっと重なった“未来の声”を拾っているみたいだった。


レインが、反射で右へずれる。


本当に来た。


右から魔虫。

次の瞬間には後ろの木から魔獣。

さらにその足元から、黒い害の槍が突き上がる。


「見えてるのかよ……!」

と、レイン。


「聴こえる」

ミアが短く返す。

「まだ薄いけど……三手先まで」


その瞬間、ミアの瞳の奥に、わずかに王冠みたいな黒い光が走った。


リュメリアが、そこで初めて目を細める。


「……出始めたわね」


ミアの周囲の空気が、少しだけ歪む。


彼女が低く、ほとんど祈るみたいに呟く。


「檄魔術……覗く王の魔」


風が変わる。


ミアの視界の中だけ、敵の軌道が遅くなったように見える。

いや、見えているのは“起こる前の気配”だ。


「レイン、左は捨てていい!」

「本命、次に前脚二本で来る!」

「三手目で腹の下が開く!」


レインの目が冴える。


「助かる!」


そこへ、甲高い声が割って入る。


「じゃあ、俺もやる!!」


タオーだった。


グラーが「待て!」と言うより先に、タオーは両手を口元へ当てた。


吸う。

そして、叫ぶのではなく――鳴らした。


「ッ――ァ!!」


声だった。

だが、ただの声じゃない。


空気の表面がびり、と震える。

高い。

でも耳で聞くより先に、骨へ来る。

森の葉が一斉に裏返り、魔虫たちの節が共振し始める。


「な、なにそれ……!」

グラーが目を剥く。


タオー自身も驚いた顔をしながら、でも止まらない。


「これ……」

「いける!!」


二度目。


今度は高音の上に、もっと低い響きが重なる。

声と、超音波。

しかも一つじゃない。

複数の層へ分かれて、敵の外殻、内側の液、魔害の膜、それぞれへ別々に当たっていく。


魔虫が一斉にのけぞる。


「ギッ……!」


節が乱れ、脚の動きがずれる。

飛び込もうとしていた群れが、その場で一瞬だけ止まった。


ノアが、わずかに目を開く。


「……複雑ですね」

「声だけではない」

「内部振動まで届いています」


タオーが汗を流しながら叫ぶ。


「グラー姉!!」

「今!!」


グラーは、もう前へ出ていた。


遠距離が本職。

だが近接もできる。

それが彼女の強みだった。


右手を前へ突き出す。

そして、ゆっくり握る。


「握れ」


その一言と同時に、止まった魔虫の一体が――


ぐしゃっ。


外からではない。

内側から潰れた。


「は」

レインが一瞬だけ笑う。

「やるじゃん」


「当然」

グラーは冷静だった。

「手のひらで掴める距離なら、向こうも同じように握れるのよ」


さらに二体。

三体。


手を握るたびに、敵の関節や頭殻が内側から圧し潰される。


しかもそのまま前へ出る。


「遠距離だけだと思った?」


グラーはそう言って、腰を落とした。


近づいてきた魔獣の顎へ、肘を叩き込む。

膝で喉元を跳ね上げる。

そのまま開いた掌を横へ払い、別の個体の頬骨を砕く。


「肉弾も、普通にやるわよ」


「姉ちゃんかっけえ!!」

タオーが叫ぶ。


「うるさい、手を止めるな!」


その間にも、本命はまだ動かない。


裂けた口で、こちらを見ている。


「イイ……」

「イイナ……」

「タノシイ……」


その声に、ヴァイスの空気が変わった。


彼女は、ゆっくり前へ出る。


今まで静かだった。

冷静に見ていた。


だが今、その目の奥にあるものが少しだけ深くなる。


「不快です」


短い一言。


そして、次の瞬間。


ヴァイスの背後に、黒銀の角のような影が立つ。

長い髪がふわりと浮き、肌の青白さがさらに透ける。

足元の影が円を描き、その内側の空気だけが古くなる。


「……魔神」

サイラスが、思わず漏らす。


ヴァイスは、本来の気配を少しだけ解いた。


それだけで、森の空気が震える。


「久方ぶりですね」

「本来の私の仕事というものは」


彼女が片手を上げる。


指先から黒銀の糸のようなものが伸び、本命の四肢へ絡みつく。

ただの拘束ではない。

存在の格で押さえつける縛りだ。


本命が、初めて大きく唸る。


「ギ、ギィイ……!」


「動かないで」

ヴァイスの声はやわらかい。

「見苦しいので」


その一言で、異形の脚のうち二本が地へ沈む。


レインの目が、そこで完全に冴えた。


「今だな」


ミアがすぐ叫ぶ。


「次、三手先で逃げる!」

「左後方の根!」

「核を移す!!」


本命の目が揺れる。


図星だった。


「ニゲル……!」

「イヤ、チガウ……!」

「ノコル……!」

「クウ……!」


「逃がさねえって言ったろ」

レインが低く言う。


本命が、腹の下の黒い塊をずらす。


核だ。


やはり移すつもりだった。

だが、それをもう全員が見ている。


「タオー!」

「おう!!」


タオーが今度は、息を吸い込みすぎて頬を赤くした。


「ッ、ァアアアアッ!!」


高い。

低い。

その中間。

複数の震えが、今度は一点へ集まる。


超音波の複雑な層が、本命の腹の下だけを穿つ。


外殻は壊れない。

でも、中に隠れていた“核の位置”だけが、びり、と浮き上がる。


「そこ!!」

ミアが叫ぶ。


グラーが、右手を握った。


「潰れろ」


本命の腹部が、内側から一瞬だけ軋む。


完全には潰れない。

だが、逃走のための移し替えが一拍遅れる。


その一拍で十分だった。


レインは、もう走っていた。


影腕が、今度は六本まで増える。


全部は実体化しない。

でも、一本一本が別の役割を持って動いている。


二本が脚を押さえる。

一本が顎をずらす。

一本が背の瘤を裂く。

一本が核の逃げ道になっている腹の下の靄を掻き分ける。


最後の一本は、レイン自身の右腕へ絡みついた。


術鬼の文様が、腕を超えて肩、胸、首筋へ走る。

それはもはや“補助”じゃない。

レインの肉体そのものを、術式へ変えていた。


「術鬼――」


レインの声が、そこで一段低くなる。


「魔術起動」


リオの目が開く。


「魔術まで……!」


レインの足元に、淡い灰黒の陣が一瞬だけ浮かぶ。

リオの圧とも、ミアの覗きとも、ヴァイスの格とも違う。


怪神族の適応。

接続で得た理解。

それを自分の術へ組み替えた、レインだけの魔術。


「術鬼魔術《鬼写・裂圧》」


右腕へ、魔力が一気に走る。


圧真の模倣ではない。

圧戰の劣化でもない。


“圧を断つ”という発想を、術鬼の肉体と怪神族の応用で無理やり再解釈した、歪な一撃。


レインの手刀が、本命の腹の下へ深く食い込む。


「――喰らえ!!」


ずん。


見えない何かが、内部で裂けた。


本命の目が見開かれる。

腹の下から、黒い核が半ば飛び出す。


「ヴァイス!」

と、レイン。


「ええ」


ヴァイスの指が、わずかに動く。


黒銀の糸が、核を空中で縫い止める。


「タオー!」

「任せろ!!」


超音波が核だけへ集中する。

核が震える。

殻がずれる。


「グラー!!」

「やってる!!」


握る。


今度は核そのものが、ぎし、と音を立てる。


ミアの目が揺れる。


「次が最後!」

「レイン、まっすぐ!!」


「わかった!」


レインが跳んだ。


影腕が全開になる。

六本の影が、全部一瞬だけ実体を持つ。

鬼の腕。

術の腕。

人の腕ではない何か。


そして、その中心にいるレイン本人の右腕だけが、静かに澄んでいた。


「術鬼――喰解」


今度は、迷いがない。


核へ、一直線。


指先が触れた瞬間、レインの術式が中へ潜る。

理解する。

噛み砕く。

組み方を剥がす。

害として成立していた核の理屈そのものを、内側から崩す。


本命の体が、大きく痙攣した。


裂けた口が、最後に何かを言いかける。


「リ……オ……」

「オマエ、ハ――」


最後まで言わせず、核が砕けた。


ぐしゃあっ。


森の中に、重い沈黙が落ちる。


黒い害の気が、一気に薄くなる。


木々に絡んでいた濁りがほどける。

地面を這っていた黒い筋が、じわじわと色を失う。

風が戻る。


ただの風だ。

上にも下にも裂けない、普通の森の風。


レインは、その場で片膝をついた。


息が荒い。

腕の文様はまだ濃い。

だが、目は死んでいない。


タオーが真っ先に叫ぶ。


「勝ったあああああ!!!」


グラーが深く息を吐く。


「うるさい……」

「でも、まあ」

「……勝ったわね」


ミアはその場で膝をつきそうになるのを、ヴァイスに支えられた。


「……終わった」

「ええ」

ヴァイスの声も少しやわらかい。

「今回は、逃がしませんでした」


ノアが、そこでようやく一歩だけ前へ出る。


「見事です」

「レイン様」


リュメリアも腕を組んだまま、短く言う。


「合格、とまでは言わないけど」

「想定以上だったわ」


リオは、そこで初めて門の外の本当の意味での“緊張”を解いた。


一歩。

また一歩。

レインのそばまで歩いていく。


レインは、顔を上げる。


少しだけ笑った。


「どうだよ」


リオも笑う。


「すごかった」

「ちゃんと、見せてもらった」


その言葉に、レインの肩から少しだけ力が抜ける。


第二地区の外。

魔虫、魔獣、魔害。

その本命を、今回は確かに仕留めた。


そして、術鬼となったレインは、ここでただ“強くなった”のではない。

自分がどう戦うのかの最初の答えを、ちゃんとこの森へ刻みつけたのだった。


彼らはまだ知らない。その先に起きる更なる試練と、大きすぎるSという文字の重みを。

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