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外れスキルの【停止時能力向上】実は世界最強でした〜夢記録に刻まれた800年の真実〜  作者: 滝本りお


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第二地区の外

第二地区の西門が開いた時、外の空気はすでに“中”とは別のものになっていた。


重たい扉が低く軋み、左右へゆっくりと割れていく。

その隙間から吹き込んできた風は、冷たいだけではなかった。


濃い。


湿っているのに乾いている。

森の匂いがあるのに、どこか鉄に似た魔気の匂いも混じっている。


門の向こうには、深い森が広がっていた。


第二地区の壁の内側から見慣れている木々とは、色からして違う。

緑が黒へ寄っている。

葉の裏にまで魔気が染み込み、地面の苔や草にも、じわじわと害の気が這っているのが見えた。


西門の前で、一行は足を止める。


先頭に立つのはノア。

その少し後ろにリオとリュメリア。

そしてレイン。

さらにミア、ヴァイス、タオー、グラー。

その後方に、見届け役として騎士団たちが続いていた。


ゼルクが低く言う。


「……これは、想像していた以上だな」


サイラスも目を細める。


「魔物反応だけではない」

「土地そのものが濁っている」


ノアが静かに頷く。


「はい」

「第二地区外縁、西側一帯に“魔害”が広がり始めています」

「魔虫、魔獣、そして土地由来の害の気が重なっています」


タオーが、ごくりと唾を飲み込む。


「まがいって、やっぱりやばいやつなんだよな……?」


グラーが短く答える。


「見ればわかるでしょ」


「いや、見ただけでもうやばいけど!」


ミアは門の外を見たまま、小さく呟く。


「……濁ってる」

「奥の方、かなり強い」

「しかも、ただ増えてるだけじゃない」

「森の流れが変わりかけてる」


ヴァイスも目を細める。


「食べ物が減れば、こちら側に寄っていた魔獣たちがまず困るでしょう」

「縄張りも崩れます」

「放置すれば、いずれ第二地区外縁の生態そのものが壊れますね」


リオは一度だけ大きく息を吐いた。


目の前の森は、ただの狩場じゃない。

ここはこれから守らなければいけない土地の一部だ。

その上で、今日は“殲滅”だけが目的ではない。


リオは、レインの方を見る。


「覚えてるよな」

「今回、俺とノアとリュメリアは手を出さない」


レインは門の少し前で立ち止まったまま、低く返す。


「わかってる」


「お前が一人でどこまでやれるかを見る」

「ただし、無理なら無理って言え」

「言った瞬間、ミア、ヴァイス、タオー、グラーは参戦可」

「でも、勝手に飛び出すな」


「了解」

と、グラー。


「うん」

と、ミア。


ヴァイスも静かに頭を下げる。


「承知しました」


タオーだけが、少しだけ口を尖らせた。


「俺も一応、勝手には行かない……」

「一応って何」

と、グラー。

「信用できないんだけど」


「信用してくれよ!」


リュメリアが、そこで初めて口を開く。


「タオー」


「は、はい!」


「あなたは“勢い”で動くと死ぬ側よ」

「だから、本当に合図があるまで動かないこと」


「……はい」


普段より素直だった。

たぶん、本気のリュメリアの声色だからだ。


ノアが一歩前へ出る。


「では、始めます」

「レイン様」

「最初は、相手の性質を測ってください」

「殺すより、読むことを優先して」


レインは、自分の右手を一度だけ見下ろす。


術鬼。


まだ自分でも全部を掴んでいない。

腕を増やす。

皮膚を硬化する。

剣術の芯をなぞる。

でも、それだけでは終わらない気がしている。


「……やる」


それだけ言って、レインは西門の外へ一歩踏み出した。


その瞬間。


森の奥から、音が消えた。


鳥の声が止む。

葉擦れが止む。

風が一瞬だけ、そこで切れる。


ノアの目が細くなる。


「来ます」


次の瞬間だった。


地面が弾ける。


黒い影が、土の下から一斉に噴き上がった。


魔虫。


だが、普通の虫ではない。

人の胴ほどもある節の太さ。

鎌のように細い前脚。

表面は濡れた鉄みたいな黒褐色で、頭部の裂け目の奥に赤い魔気が脈打っている。


「うわっ!」

タオーが思わず半歩下がる。

「でかい!!」


それだけでは終わらない。


木々の間から、低い唸り声。


四足の魔獣が、三体。

さらに奥から、もう二体。

狼に似ているが、背骨の途中から棘のような骨が突き出し、脚の関節が一つ多い。

しかもその足元には、黒い靄のようなものが絡みついていた。


「……魔害をまとってる」

ミアが、息をひそめるように言う。


「完全に浸食されてますね」

ヴァイスも低く続けた。


ゼルクが、騎士団へだけ聞こえる声で告げる。


「前へ出るな」

「今回は見届ける」


サイラスも短く頷いた。


レインは動かない。


ただ、正面を見ている。


最初に来たのは魔虫だった。


横から低く滑るように走り込み、そのまま鎌状の脚を振り抜いてくる。

音が遅れてくるほど速い。


レインは、半歩だけずれた。


紙一重で避ける。


その避け方に、リオが目を細める。


夢世界で見てきた剣士の動き。

そしてリオ自身の“芯”。

それをどこかでなぞっている。


レインは、避けざま右腕を振るった。


何も持っていない。

なのに、その軌道は“剣”だった。


魔虫の胴が、斜めに裂ける。


「え」

タオーが目を丸くする。

「なんで切れた!?」


レイン自身も一瞬だけ驚いた顔をした。

だが、そこで止まらない。


「……これか」


右腕の皮膚が、一瞬だけ黒く硬質化する。

爪先ではない。

肉体そのものが刃へ寄る。


次の魔虫が真上から落ちてくる。


その瞬間、レインの背中の影がぶれた。


一本。

二本。


腕のような輪郭が、背後に薄く浮かぶ。


「っ……!」


増えた影腕の一本が、一瞬だけ実体を持った。


ばきっ。


魔虫の顎が下から砕ける。


その隙に、本体の右腕がもう一度薙ぐ。

切断。


地面へ黒い体液が散った。


グラーが、顔をしかめる。


「ほんとに“鬼”って感じだな……」


リュメリアは腕を組んだまま、その一部始終を見ていた。


「まだ荒い」

「でも、反応そのものは悪くない」


ノアも静かに告げる。


「肉体変化に、術式の模倣が混ざっています」

「想定通り……いえ、想定以上ですね」


リオは黙って見ている。


出たくなる気持ちはある。

だが、今回は出ないと決めた。

レインが自分で、自分の力を知るための戦いだからだ。


そこで、森の奥の気配がまた変わった。


魔獣たちが一斉に吠える。


その足元にまとわりついていた黒い靄が、急に濃くなった。

いや、靄ではない。

地面そのものから、害の気が滲み出してきている。


草が触れた端から黒ずむ。

木の根元がざらつく。

地表を這う苔が縮み、枯れる前のように丸まっていく。


ノアが、低く言う。


「……魔害」


「見た目以上に厄介ね」

と、リュメリア。


レインは、そこではじめて眉を寄せた。


魔虫や魔獣は切れる。

殴れる。

崩せる。


でも、あの黒い靄は違う。


斬る相手ではない。

壊して終わる相手にも見えない。


魔獣が一体、真正面から飛び込んできた。


レインは左腕でその顎を受けた。


がつん、と鈍い音。

皮膚が一瞬だけ硬質化し、牙を受け止める。


そのまま背後の影腕がもう一本増える。


一本が首を抑え、一本が腹へ食い込み、レイン本体の右腕が急所へ差し込まれる。


「――っ!」


魔獣が崩れる。


だがその死骸の下から、また黒い魔害が這い出す。


「くそ……!」

レインが舌打ちした。

「きりがない!」


ミアが、反射的に半歩前へ出る。


「リオ」

「まだ」

リオが短く制する。


ミアは止まる。


「……うん」

「でも、あれ」

「レイン一人じゃ、処理の仕方を掴むまで時間がかかる」


ヴァイスも頷く。


「魔虫と魔獣は対処できています」

「ですが魔害は、別の解法が必要ですね」


レインは、その会話を聞いていた。


魔虫は斬れる。

魔獣も捌ける。

でも魔害だけは残る。


残るだけじゃない。

踏み込むたび足元へ絡みつき、死骸から滲み、空気にも薄く混ざろうとしてくる。


「……そういうことか」


レインの目が変わった。


リオが、その変化に気づく。


「レイン……」


レインは自分の右腕を見る。


術鬼。


これはただ腕を増やす力じゃない。

ただ硬くなる力でもない。


もっと、“理解して、自分用に変える”側の力だ。


「俺の術鬼」

「腕増やして終わりじゃねえんだな」


誰に向けた言葉でもなかった。

でも、その場の全員に聞こえた。


レインは、ゆっくりと黒い魔害の方へ歩いた。


「待て」

と、ノア。


「近づきすぎれば侵されます」


「たぶん、それじゃ足りない」

と、レイン。

「これ、読まないと駄目なやつだ」


そのまま、黒い靄の中へ半歩だけ踏み込む。


タオーが叫ぶ。


「レイン!?」


黒い害の気が、すぐ右腕へ絡みついた。

まとわりつくのではない。

食い込もうとしている。


だが次の瞬間、右腕の表面に黒い文様が浮かんだ。


首筋へ出たものと同じ。

術式にも傷跡にも見える線。


レインの顔が少しだけ苦しげに歪む。


「……っ、重い」


それでも、引かない。


魔害が腕へまとわりつく。

だが、そこで止まる。

逆に、レインの方がそれを“読んでいる”。


「理解した」


低い声だった。


次の瞬間、右腕の文様が濃くなる。


レインは、黒い魔害へ向かって腕を振るった。


刃ではない。

拳でもない。

術鬼で変質した肉体そのものが、害の気の構造へ触れ、無理やりその“組み方”を崩していく。


ぐしゃり。


黒い靄が、音もなく潰れた。


消えたのではない。

霧散したのでもない。

構造そのものが崩され、別の無害な流れへ押し戻されたように見えた。


ミアが、小さく息を呑む。


「……壊した?」


「違う」

ヴァイスがすぐに言う。

「構造を読んで、別の形へ崩しました」

「術式に近いですね」


リュメリアの口元が、そこで初めてほんの少しだけ動いた。


「やっぱり厄介」

「理解したものから、適応して、自分の中へ落とし直す」

「怪神族らしいわ」


ノアも、静かに頷く。


「術鬼」

「単なる肉体変化ではありませんね」


レインは、息を荒げたまま振り返らない。


「リオ!」


「ん!」


「まだ一人で行ける!」

「見てろ!」


リオは、その背中を見て少しだけ笑った。


「うん」

「見てる」


門の内側で震えていたレインは、もういない。


第二地区の外。

魔虫、魔獣、魔害が蠢く森の入口で、術鬼となったレインは、ようやく自分の最初の答えへ手をかけ始めていた。

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