初めての第二地区の外側、チーム編成
第二地区外縁へ向かう話が決まると、城の中の空気は一気に実戦の色を帯びた。
だが、その緊張感を最初に壊したのは、案の定ヴァルだった。
「いやいや」
酒杯を揺らしながら、ヴァルが肩をすくめる。
「俺らはそんなに行く必要ないだろ?」
ザルクスがすぐ笑う。
「だよなあ」
「リオ一人で片付くだろ」
ノアの視線が、すっと二人へ向く。
笑ってはいない。
怒鳴りもしない。
ただ、目だけが冷たい。
その隣で、リュメリアが腕を組んだまま言う。
「じゃあ、あとは私だけで十分ね」
「いやお前も行く気満々じゃねえか」
と、ザルクス。
「当然でしょう」
リュメリアは平然としている。
「観察する価値があるから行くの」
「殲滅なら、たしかにリオだけで足りるかもしれないけど」
「今回はそういう話じゃない」
「ノアも同意見?」
と、ヴァル。
ノアは静かに頷いた。
「はい」
「今回は“片付けること”より、“何が増えているのかを見て、どう処理するかを測ること”が重要です」
「術鬼となったレイン様の適応も観察する必要があります」
ザルクスが楽しそうに口を開く。
「だから、リオ一人で十分って――」
その瞬間。
アヴニールが、すっとリオのすぐ横へ立った。
「わたしのリオ、手を出しちゃ駄目よ」
ザルクスが吹き出す。
「出た」
「その言い方」
アヴニールは無視して、ノアとリュメリアの方を見もせず続けた。
「あなたはとっても強いんだから、すぐ終わっちゃうでしょう?」
「今回は見守るくらいでちょうどいいわ」
そして、リオへだけ軽くウィンクする。
「ね?」
空気が、ぴしりと鳴った。
ノアが笑う。
「……へえ」
怖い。
リュメリアは露骨に眉をひそめた。
「その“わたしの”っていう言い方、まだ続けるの?」
「続けるわよ」
アヴニールは涼しい顔だ。
「事実だもの」
「事実ではないです」
と、ノア。
「塵にしますよ」
「ノア」
リオが慌てて割って入る。
「その台詞、最近軽すぎるからやめて」
「軽くはありません」
「十分重いんだよ」
タオーはそのやり取りを見て、目をきらきらさせていた。
「すげえ」
「やっぱりリオってモテるんだな」
「今そこじゃない」
と、グラーが即座にはたく。
「いてっ!」
ヴァイスはその横で、静かに目を伏せていた。
だが口元だけが、ほんの少しだけゆるんでいる。
レインは、そんな混線した空気の真ん中で、片手を額に当てた。
「話、進めていいか」
「いいわよ」
と、リュメリア。
「このままだと本当に日が暮れる」
「もう半分暮れてるけどな」
と、ザルクス。
「黙りなさい」
そこでようやく、メンバー選定の話が本筋へ戻った。
ノアが、机の上に第二地区外縁の簡易図を広げる。
「同行するのは、騎士団の見届け役を含めて最低限に絞ります」
「ただし今回は、“実際に見てほしい者たち”も連れていきます」
ゼルクが少し前へ出た。
「我らも同行する」
「騎士団として、第二地区外で何が起きているのかは把握すべきだ」
サイラスも頷く。
「見届け役だけでなく、判断材料として必要だ」
「特に、“魔害”とやらが実際にどういうものかは確認しておきたい」
ノアが頷く。
「承知しました」
その上で、城側のメンバーが絞られていく。
ノアが淡々と読み上げた。
「騎士たち以外での基本同行者は――」
「リオ様」
「わたくし」
「リュメリア」
「レイン様」
リオは小さく頷く。
そこへリオ自身が口を挟んだ。
「あと」
「ミア」
「ヴァイス」
「タオー」
「グラー」
タオーが跳ねる。
「えっ、俺も!?」
「やった!!」
グラーがすぐ睨む。
「浮かれるな」
「連れていくってだけで、戦っていいとは言ってないからね」
「う……」
リオは、ちゃんとそっちを見て言う。
「そう」
「今回、俺とノアとリュメリアは手を出さない」
ザルクスが、すぐに笑った。
「おお、言うねえ」
「縛るのか」
「縛る」
リオははっきり頷く。
「今回はレインの実戦試験だ」
「レイン一人で対応できるか、どこまでできるかを見たい」
レインが、わずかに目を細める。
「厳しいな」
「厳しいよ」
と、リオ。
「でも、その代わりちゃんと線は引く」
リオは、ミアたちの方を見る。
「レイン一人では無理な場合」
「ミア、ヴァイス、タオー、グラーは参戦可」
「ただし、俺が判断する」
「勝手には動かないで」
ミアは静かに頷いた。
「わかった」
ヴァイスも頭を下げる。
「承知しました」
グラーは短く答える。
「了解」
タオーだけが、少し口を尖らせる。
「えー」
「勝手に行ったらダメなの?」
「ダメだよ」
と、リオ。
「たぶんお前、最初に突っ込んで最初に転がる」
「ひどい!」
「でもたぶん合ってる」
と、レイン。
部屋に少しだけ笑いが起きる。
その空気の中で、ノアが改めて全員を見回した。
「確認します」
「今回の主戦力はレイン様」
「補助・援護候補はミア、ヴァイス、タオー、グラー」
「リオ様、わたくし、リュメリアは原則不介入」
「ただし、全滅や想定外の拡大が起きる場合のみ介入」
リュメリアがすぐ補足する。
「あと、見届け役の騎士団は絶対に先走らないこと」
「勝手に前へ出たら、今回は私が沈めるわよ」
ゼルクが表情一つ変えずに言う。
「心得ている」
「本当に?」
リュメリアが細い目を向ける。
サイラスが低く返す。
「少なくとも、あなたの“沈める”は比喩ではないと理解している」
ザルクスが笑う。
「学習したなあ」
「いいことだ」
ヴァルはそこまで聞いて、ようやく杯を置いた。
「まあ妥当だな」
「俺は行かなくていいんだろ?」
「駄目です」
と、ノア。
「なんでだよ」
「行ったら面白がって余計なことをするでしょう」
「するな」
「でしょう?」
「……するかも」
「ほら」
アヴニールは、そのやり取りを壁際から眺めていた。
最後に、リオへだけ視線を向ける。
「本当に手を出さないの?」
「出さない」
「我慢できる?」
「たぶんね」
「たぶん、なのね」
「でも、信じてよ」
アヴニールは、それに少しだけ口元をゆるめた。
「あなたがそう言うなら、信じる」
「でも、危なくなったら手を出しなさい」
「死なれたら困るもの」
「はいはい」
と、ザルクスが口を挟む。
「結局みんな甘いんだよな、リオには」
ノアの視線がまた鋭くなる。
「黙っていてください」
「はい」
珍しく、ザルクスが素直に引いた。
リオは、その一連を見ながら小さく息を吐く。
騒がしい。
でも、この騒がしさの中に、ちゃんと今の自分たちの形がある気がした。
レインが、ゆっくりと立ち上がる。
まだ完全に落ち着いてはいない。
だが、その背中の影はさっきより濃い。
術鬼の気配は、もう隠しきれないところまで来ている。
「じゃあ」
レインが静かに言う。
「行くか」
タオーが拳を握る。
「おう!」
「お前はまず落ち着け」
と、グラー。
ミアは小さく息を吸う。
ヴァイスは目を閉じて、一度だけ静かに頷く。
ノアが扉の方へ向き直る。
「第二地区外壁、西側より出ます」
「準備を」
騎士たちも、そこでそれぞれ気配を締め直した。
見届ける者。
試す者。
見守る者。
そして、まだ手を出さないと決めた者たち。
第二地区の外には、魔虫も魔獣も魔害もいる。
森の生態系を壊しかねない、増えすぎた“害の気”も。
その最前線へ、いま新しい編成が向かおうとしていた。
リオは、最後にもう一度だけレインを見た。
レインもそれに気づいて、ほんの少しだけ笑う。
「任せろ」
「うん」
リオも頷く。
「まずは見せて」
そして一行は、第二地区の外へ向かうことになったのだが…




