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外れスキルの【停止時能力向上】実は世界最強でした〜夢記録に刻まれた800年の真実〜  作者: 滝本りお


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第二地区の外

レインの目覚めがもたらした熱は、しばらく部屋に残っていた。


術鬼。

その名が落ちてからというもの、誰もすぐには次の言葉へ移れなかった。

ただ、“レインが戻った”では済まないものが、確かにそこに生まれていたからだ。


タオーだけは違った。


「レインすげえええ!!」

「もっかい腕出して!!」

「あと三本くらい出して!!」


「玩具じゃねえんだよ」

と、レイン。


「でも見たい!!」

「却下」


グラーが後ろからタオーの頭をぺちんと叩く。


「うるさい」

「病み上がりなんだから、ちょっとは静かにしな」

「病み上がりで腕生やしてるやつに言うことじゃなくない!?」

「それはそう」


ヴァルが吹き出す。

ザルクスは壁にもたれたまま、面白そうに目を細めている。

リュメリアは冷たい顔を保っているが、レインの皮膚の変質や魔気の揺れをずっと観察していた。


リオは少しだけ離れた場所から、その全部を見ていた。


レインが目を覚まし、謝って、礼を言って、そして術鬼の片鱗を見せた。

あまりにも一気に色々起きすぎて、ようやく今になって少しずつ実感が追いついてきている。


その時だった。


「リオ様」


ノアの声が落ちる。


不思議なくらい静かな一声だった。

それだけで、その場の空気がすっと整う。


リオが顔を向ける。


「ん?」


ノアはいつも通り穏やかだった。

だが、その瞳の奥に少しだけ硬い光がある。


「提案がございます」


ザルクスが、そこで少しだけ眉を上げた。


「お」

「ノアが自分から言うの、珍しいな」


「必要なことですので」

と、ノア。


その一言で、部屋の空気がまた変わる。


リュメリアも腕を組んだまま、ノアを見る。

ヴァルも、杯を持つ手を止めた。


ノアは続ける。


「第二地区の壁の向こうに、無数の魔物反応があります」


レインの表情が変わる。

リオも少しだけ背筋を伸ばした。


「無数って」

と、リオ。

「どれくらい?」


「かなり」

ノアは短く答える。

「多くの凶悪な魔虫、魔獣」

「そして、この土地特有の――魔害が発生し始めています」


その単語に、ミアが小さく目を揺らす。

ヴァイスの目も細くなった。


タオーだけが首を傾げる。


「まがい?」

「なにそれ」

「魔物とは違うの?」

と、グラー。


ノアは視線を少しだけ外へ向けた。


「この土地での魔気が、以前よりも増幅したのでしょう」

「成埜の地そのものが活性化し始めています」

「それ自体は悪いことではありません」

「ですが、濃くなりすぎた魔気は、時として“害の気”となって滲み出ます」


リュメリアが静かに補足する。


「瘴気に近いけど、もっと土地と結びついているものね」

「意志があるわけじゃない」

「でも、放置すると生態系そのものへ歪みを生む」


「そういうことです」

と、ノア。


ザルクスが、そこで小さく舌打ちした。


「ちっ」

「思ったより早えな」


リオがそちらを見る。


「知ってたのか?」


「予想はしてた」

ザルクスは肩をすくめる。

「この土地、今や地も魔も動きすぎてるからな」

「俺ら寄りの魔物や魔獣が集まりやすくなる分、反対側も濃くなる」

「均衡が崩れりゃ、“害”が溜まる」


ヴァルが杯を置く。


「増え続けると厄介だぞ」

「こっち寄りの魔物や魔獣が減る」

「森の食べ物も減る」

「獣の縄張りも壊れる」

「つまり」

「いずれ第二地区の外全体が腐る」


タオーの顔が少し青くなる。


「え……」

「じゃあ、放っといたらまずいの?」


「まずい」

と、ノア。

「かなり」


部屋が静まる。


レインは、その沈黙の中で自分の右手を見ていた。

術鬼の気配は、まだ完全には落ち着いていない。

皮膚の下で、別の流れがうごめいているのが分かる。


ノアが、そのレインへ視線を向ける。


「だからこそ」

「今が試す時です」


レインが顔を上げる。


「……俺を?」


「はい」

ノアは頷いた。

「レイン様」

「あなたが術鬼と変貌を遂げた力を試すには、ちょうどよい」


「ちょうどよい、って」

レインは苦笑しかけたが、ノアの目が本気なのを見て表情を戻す。


「魔害は、ただ切れば終わる相手ではありません」

「形を変えます」

「環境に寄生します」

「群れで圧してくるものもあれば、気配を薄めて染み込むものもある」


リュメリアが小さく頷く。


「適応力を見るにはうってつけね」

「怪神族と接続の相性」

「その結果として生まれた術鬼が、どこまで“生きた現場”へ対応できるか」


ヴァルが、そこで口元を上げた。


「しかも相手は魔虫と魔獣と魔害の混成か」

「こりゃ、寝起きにはちょっと豪華すぎるな」


「豪華で済ませるなよ」

と、レイン。


ザルクスは楽しそうに笑う。


「いいじゃねえか」

「どうせなら派手に試せ」


「お前は黙ってろ」

「いや黙らん」

「こういう時に黙る俺じゃないだろ」


リオがそのやり取りを見ながら、レインの方へ近づく。


「……どうする?」


短い問いだった。


レインは、しばらく答えなかった。


眠っている間、自分の中で何が組み上がったのか。

まだ全部は分からない。

右腕の変化も、影の増え方も、皮膚の硬質化も、全部がまだ“手に馴染みきっていない新しい自分”だ。


でも、だからこそ。


「やる」

と、レインは言った。


その声は静かだったが、はっきりしていた。


「せっかく戻ってきたのに、寝台の上で終わる気はない」

「それに」

「俺も、自分が何になったのか知りたい」


タオーが、そこでぱっと顔を上げる。


「行くの!?」

「お前は来るな」

と、レイン。

「即答!?」

「お前は即死する」

「ひどくない!?」


「事実だ」

と、グラー。


「お姉ちゃんまで!?」


ミアが、小さくレインを見る。


「……大丈夫?」


「わからん」

レインは正直に言った。

「でも、わからんから試す」


その返答に、ヴァイスの目がわずかにやわらぐ。


「それでいいと思います」

「止まったままでは、術は馴染みません」


ノアが、一歩前へ出た。


「第二地区の壁外へ向かいます」

「今回は殲滅だけが目的ではありません」

「観察し、適応し、必要なら撤退も含めて判断する」

「ただし」

「魔害がこれ以上増えれば、取り返しがつかなくなります」


リュメリアがすぐ続ける。


「だから、甘く見ないこと」

「特にレイン」

「あなたは今、自分の体すら完全に制御できてない」

「術鬼は便利な強化じゃないわ」

「一歩間違えれば、自分の再構築に飲まれる」


レインが、少しだけ笑う。


「わかってる」

「たぶん、前の俺なら怖くて断ってた」


「今は?」

と、リオ。


レインは、まっすぐ前を見た。


「今は怖いけど」

「それでも行く」


リオの胸の奥が、少しだけ熱くなる。


ああ、こいつも変わったんだと思う。

自分だけじゃない。

レインもまた、接続のあとで前へ出る側になったのだ。


ザルクスが手を打つ。


「よし決まり!」

「じゃあ第二地区の外だな!」

「久々に壁の外で派手にやろうぜ!」


「お前は本当に楽しそうね」

と、リュメリア。


「楽しいからな」

「最悪」


その時、部屋の奥ではまだ女性陣の空気がわずかに危険だった。


アヴニールが涼しい顔で言う。


「私は同行しないわ」

「ここで待つ」

「その代わり、帰ってきたら報告を聞かせて」


「えらそうだな」

と、ザルクス。


「えらいもの」

と、アヴニール。


リュメリアが鼻で笑う。


「そこだけは認めるのが腹立つわ」


ノアはもう切り替えていた。


「準備を」

「第二地区外縁、外壁西側より出ます」


騎士団たちも、外のざわめきに気づき始めている。

第二地区の向こうに、何かが増えている。

森がざわつき、魔気が濃くなり、生態系そのものが軋み始めている。


レインは立ち上がる。


その瞬間、背中の影が一瞬だけ増えた。


二本。

三本。

腕のようなものが、薄く滲む。

だが今度はすぐ消えず、しばらく揺れたままそこに残った。


ミアが、小さく息を呑む。


「……来てるね」


「うん」

と、ヴァイス。


レインは、ゆっくりと拳を握る。


「術鬼、か」


まだ完全にはわからない。

でも、呼んだ瞬間に少しだけ身体の奥が応える。


「じゃあ行くぞ」

と、リオ。


レインが頷く。


「おう」


夢世界の城の中で生まれた新しい力は、ここから外へ出る。

壁の向こう。

第二地区の外。

魔虫、魔獣、魔害。


術鬼の最初の実戦が、いま始まろうとしていた。

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