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外れスキルの【停止時能力向上】実は世界最強でした〜夢記録に刻まれた800年の真実〜  作者: 滝本りお


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術鬼、目覚める

レインが眠る部屋は、ここ数日ずっと静かだった。


いや、正確には――

静かすぎた。


夢記録世界の城には、いつだって何かしらの音がある。

外では工事の槌音が響き、鍛錬場では剣がぶつかり、広間では笑い声や怒鳴り声が飛び交う。

この城だけが、完全に無音であることなど、本来はありえない。


なのに、レインの部屋の周囲だけは違った。


空気が薄く張っている。

誰も騒いでいないわけではない。

むしろ、人は集まっていた。


ミア。

ヴァイス。

タオー。

その姉のグラー。

少し離れてノア。

もっと離れてヴァルとザルクス。

リュメリアは窓際に立ち、何も言わずにレインを見ていた。


静かなのではない。

皆が、起きる瞬間を待っていたのだ。


タオーが、そわそわしながらレインの寝顔を覗き込む。


「なあ、まだ?」

「まだだと思う」

と、ミアが小さく答える。


「なんでわかるの?」

「……まだ、揺れてるから」


タオーは難しい顔をした。

たぶん分かっていない。

でも分からないなりに、ミアがそう言うならそうなんだろうと思っている顔だった。


ヴァイスは、寝台のすぐそばに立っている。


その目は静かだった。

けれど、ただ見守っているだけではない。

彼の中で、何かが組み換わり続けているのを見ている目だった。


「終盤ね」

と、リュメリアが不意に言う。


ザルクスが壁にもたれたまま口角を上げる。


「だろ?」

「もうそろそろだ」


「そろそろ、で済ませるにはずいぶん物騒よ」

リュメリアは視線をレインから外さない。

「さっきから三回、右腕の骨格が変わって戻ってる」

「おっ、見えてるか」

「見えてるわよ」

「私にはまだ見えてない……」

と、タオーが小さく言う。


ヴァルが杯を持ったまま笑う。


「見えなくていい」

「見えてたらお前も怪物側だ」


「ひどくない!?」


その時だった。


寝台の上のレインの右手が、ぴくりと動いた。


全員の気配が、一瞬で張る。


ノアの光が細く揺れる。

ミアが息を止める。

グラーがタオーの肩を掴んだ。


レインの指先が、もう一度動く。


今度ははっきりと。


しかも、ただ動いたのではなかった。

爪先から手首にかけて、ほんの一瞬だけ皮膚の色が変わった。


黒ずんだわけではない。

硬質化だ。


人の肌ではない、甲殻に近い光沢が一瞬だけ走り、次の瞬間にはまた元へ戻る。


「うわっ」

タオーが思わず後ずさる。

「今の見た!?」

「見た」

と、グラー。

「見たけど、見なかったことにしたい……」


ザルクスは楽しそうに肩を震わせる。


「いいねえ」

「再構築が表に漏れてきたな」


「そういう言い方やめなさい」

リュメリアが冷たく言う。

「少なくとも、寝ている人間に向ける言葉じゃないわ」


「人間って言い切っていいのか?」

と、ザルクス。


「今はまだそうしておくの」

リュメリアの声は平坦だったが、少しだけ本気で釘を刺していた。


寝台の上で、レインの眉がわずかに寄る。


苦しそう、というより――

深い場所から浮上してきているような顔だった。


ミアが、そっと一歩近づく。


「レイン……」


呼びかけに反応するように、レインの喉が小さく鳴る。


そして、ゆっくりと目が開いた。


最初は焦点が合っていなかった。


天井を見る。

光を見る。

それから、視界の端で揺れている人影を、一人ずつ認識していく。


ミア。

ヴァイス。

タオー。

グラー。

ノア。

ヴァル。

ザルクス。

リュメリア。


最後に、少し遅れて部屋へ入ってきたリオの姿が見えた瞬間、レインの目の奥が揺れた。


「……あ」


それだけだった。

でも、その一音に全部入っていた。


リオは、部屋の入口で一瞬だけ足を止めた。


ずっと会いたかった。

でも、少し怖かった。


自分のせいで眠っていたかもしれない相手。

自分のせいで、いらないものまで見せてしまったかもしれない相手。


そのレインが、いま目を開けている。


「……レイン」

と、リオ。


レインは、数秒だけリオを見たままだった。


それから、ゆっくりと上半身を起こそうとする。


その瞬間。


右腕が一瞬だけ膨らんだ。


筋肉が増えた。

いや、違う。

筋繊維の編み方そのものが変わったような、不気味な膨張。


「っ……!」


レイン自身も驚いたらしい。

すぐに腕を見る。


だが変化はすぐ収まった。

何事もなかったように元の腕へ戻る。


タオーが叫ぶ。


「いま増えた!?」

「増えてない」

と、レイン。

「……いや、増えかけた?」

「どっちなのよ」

と、グラー。


部屋の空気が一瞬だけ緩む。

でも、その次にはまた張った。


レインが、リオから目を逸らさないからだ。


そして、開口一番――


「……ごめん」


部屋が静まる。


リオの喉が詰まる。


レインは、少しだけ目を伏せた。


「見たくなかったとかじゃない」

「でも……」

「見てしまった」


「レイン」

と、リオ。


だがレインは続ける。


「お前の過去」

「お前が背負ってたもの」

「知らないままの方がよかった、って意味じゃない」

「でも」

「勝手に触れた気がして」

「……悪かった」


静かな声だった。

飾っていない。

言い訳もない。


ただ、接続した者としての後悔だけがあった。


リオは、しばらく何も言えなかった。


ザルクスが言っていた通りだと思った。

こいつは目覚めたら謝る。

本当に、その通りだった。


リオは、ゆっくりと寝台のそばまで歩く。


レインの前に立つ。


そして、短く言った。


「それは違う」


レインが顔を上げる。


「俺が、お願いした」

「お前が勝手に覗いたんじゃない」

「だから、ごめんは違う」


沈黙。


レインはその言葉を、まっすぐ受け取っていた。


やがて、少しだけ口元が動く。


「……やっぱり、そう言うよな」


「そう言うよ」

リオが答える。

「だから、もうそれはいい」


レインは、そこで初めて少しだけ肩の力を抜いた。


それから、もう一つ言う。


「……ありがとう」


今度は、部屋の空気が違う意味で変わった。


タオーが、は?という顔をする。

グラーも目を瞬く。

ミアは少しだけ泣きそうな顔になった。


リオが問う。


「何が」


レインは、自分の両手を見た。


「まだ全部わかってない」

「でも、変わった」

「中身が」

「骨も、肉も、魔気の流れも」

「前の俺じゃない」


ヴァルが、そこで小さく笑う。


「ほらな」


レインは続ける。


「お前と繋がった時」

「最初は、ただ重かった」

「情報が多すぎて、潰れるかと思った」

「でも、寝てる間ずっと、整理されてた」


「リブート、ってやつ?」

と、リオ。


「たぶん、そう」

レインは頷いた。

「で、ただ戻ったわけじゃない」

「いろんなものが、自分の中で噛み変わってる」


そこで、ゆっくりと右手を持ち上げる。


「例えば、これ」


何も握っていない。

剣もない。

だが、その手の構えだけで、ヴァルの目が細くなった。


リオの剣筋の芯に近い。

でも、同じじゃない。


レインは指を少しだけ曲げる。


その瞬間、右腕の輪郭がぶれた。


一本だったはずの腕が、影だけ二本、三本に増えて見える。

そのうち一本が、実体を持ちかける。


「うわ」

と、タオー。


「気持ち悪い」

と、グラー。


「正直だな」

と、レイン。


だが次の瞬間、影の腕のうち一本が実体化した。


肩口からではない。

肘の裏側から、もう一本の腕が“生えた”。


完全な腕ではない。

まだ不安定だ。

皮膚も、半分は人のもの、半分は硬質な黒い殻に近い。


「……っ」

ミアが息を呑む。


ヴァイスの目が細くなる。


ノアの光も、わずかに強まった。


レインは、その異形の腕を見下ろして言う。


「こういうの、多分普通にできるようになってる」

「腕を増やす」

「皮膚を硬化する」

「筋肉を別の流れで組む」

「……なんか、思えばそのまま形になる感じだ」


ヴァルが、机を軽く叩く。


「それだ」


レインが目を向ける。


「怪神族の本来の適応能力だ」

ヴァルの声は愉快そうだった。

「理解して終わる器じゃない」

「咀嚼して、自分のものにして返してくる」


ザルクスも笑う。


「しかもこいつ、リオのを飲んだしな」

「そりゃこうなる」


リュメリアが静かに言う。


「本当に厄介」

「でも、まだ不安定ね」

「そうだな」

と、レイン。

「まだ、勝手に形がぶれる」


その時だった。


レインの皮膚が、また一瞬だけ変わる。


今度は首筋から右頬にかけて。

黒い文様のようなものが浮かび、すぐ消えた。

術式にも見えるし、傷跡にも見える、妙な線だった。


リオが小さく言う。


「それ……」


レインは、少しだけ笑った。


「名前、ついてるっぽい」


「え?」


レインは、自分の増えかけた腕を見ながら、静かに言った。


「術鬼」


その二文字が落ちた瞬間、部屋の空気が少しだけ深くなった。


ヴァルが頷く。


「やっぱりな」

「そうなると思った」


レインは続ける。


「鬼っていうほど綺麗じゃない」

「でも、ただの変形でもない」

「術式で肉体を組み替えてる感じがある」

「しかも」

「お前の剣術とか、お前が最近思い出した異能の“使い方”が、なんとなく中にある」


リオが目を見開く。


「そんなの、もうわかるのか」


「全部じゃない」

レインは首を振る。

「でも、わかる」

「お前がどう斬るか」

「どう呼吸するか」

「どこで魔気を切り替えるか」

「そういう“芯”みたいなやつは、残ってる」


その言葉に、リオの胸の奥が熱くなる。


レインは、自分の手を握り直した。


増えた腕は、そこで一度消える。

だが完全には消えない。

背中の影だけが、まだ少し多かった。


「……化け物になるぞ、こいつ」

と、ザルクス。


「もうなってる」

と、リュメリア。


「褒め言葉として受け取っとく」

と、レイン。


「褒めてない」

リュメリアは即答した。


その時、タオーがようやく爆発した。


「レインすげええええ!!!」

「腕生えた!!」

「生えたっていうか、増えた!!」

「俺もほしい!!」


「いらねえだろ」

と、グラー。


「えー!!」


その騒がしさに、ミアが小さく笑う。


ヴァイスも、ほんの少しだけ目元をやわらげた。


リオは、そんな中でようやく少し息を吐く。


謝られた。

礼も言われた。

そして、ちゃんと戻ってきた。


いや、戻っただけじゃない。

新しくなって起き上がってきたのだ。


レインは、そんなリオを見て、少しだけ真顔になる。


「……でも」

「一個だけ、言っとく」


「何」

と、リオ。


「お前」

「これからもっと厄介になるぞ」


「俺が?」

「お前が」

レインは即答した。

「お前とまた深く繋いだら、俺もまた変わる」

「でも逆に、俺を通してお前も変わる」


リオが眉を寄せる。


「それって」


「お互い、前みたいに一人じゃ進まなくなるってことだ」

レインの声は静かだった。

「悪く言えば、面倒」

「よく言えば」

「……相棒、ってやつかもな」


その言葉に、部屋の空気が少しだけ変わる。


タオーが「おお……!」と変な声を出し、すぐグラーに頭をはたかれた。


リオは、少しだけ笑った。


「それ、悪くないな」


レインも、同じくらい少しだけ笑う。


「だろ」


夢世界の城の中で。

一度壊れかけた接続の先で。

レインは、“レインとしてのレイン”を新しく目覚めさせた。


そしてその目覚めは、次の歴史を動かす準備でもあった。

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