接続の代償とレインの本性
「……で?」
ヴァルが、酒杯を片手に身を乗り出した。
夢記録世界へ戻ってきたばかりのリオは、寝台から降りたあと、半ば強引に広間の一角へ連れてこられていた。
ザルクス、ヴァル、リュメリア、ノア、アヴニール――いつもの面々が揃っている。
いや、揃ってはいるのだが。
部屋の奥では、まだ空気が物騒だった。
「だから言ってるでしょ、おばさん」
リュメリアが冷えた声で言う。
「帰還直後の頬への口づけは、どう考えてもやりすぎよ」
「おばさんじゃないわ」
アヴニールは涼しい顔で返す。
「それに、挨拶としては軽い方よ」
「軽くありません」
ノアがにっこりと笑う。
「次は灰も残さないようにいたしますね」
「待て待て待て!」
リオが思わず割って入る。
「まだ続いてたの!? もう終わった流れだと思ってたんだけど!?」
ザルクスが腹を抱えて笑った。
「終わるわけねえだろ」
「しばらく続くぞ、これ」
「最悪だな!」
そのさらに少し離れたところでは、夢世界側の騎士団たちが完全に引いていた。
サイラスが小声でゼルクへ言う。
「……この地区、灰になるのも時間の問題では」
「黙っていろ」
ゼルクは低く返したが、額に汗がにじんでいた。
ヴァルだけが楽しそうに杯を揺らしている。
「いやあ、景気がいい」
「帰還直後からこれだ」
「景気で済ませないでほしいんだけど……」
リオが頭を抱えかけたところで、ヴァルが急に真顔になった。
「それより」
「お前、ラルラゴに“帰れ”って言われて、すぐ帰ってきたのか?」
「……うん」
と、リオ。
「ばかだなあ」
ヴァルは即答した。
「え?」
「その“なんとかって部屋”から出てないんだろ?」
「……羅螺蘭の間」
と、リュメリアが補足する。
「そう、それ」
ヴァルは頷く。
「その部屋から、そのダンジョンから出て、現実世界を見て回ればよかったのによ」
「もっと情報も拾えたし、外の空気も読めた」
「もったいないだろ」
リオは目を逸らした。
「そんな余裕、なかった……」
それは本音だった。
現実世界で目を覚ました時点で、頭の中はすでに限界だった。
夢の五年。
現実の一ヶ月半。
ラルラゴ。
アヴニール。
接続。
停止時能力向上。
夢記録の現実固定。
ひとつずつでも重いのに、それを一気に飲まされたのだ。
外の世界を見て回る余裕など、正直、かけらもなかった。
ヴァルは、そこで少しだけ笑った。
「まあ、らしいけどな」
「最初から器用に全部拾えるやつなら、あそこまで遠回りしない」
「褒めてんのか、それ」
「半分な」
ザルクスが、そこで急に手を打った。
「あーーー!」
「よし、レインを連れてこい!」
「また接続させろ!」
リオが即座に振り返る。
「は!?」
「いや、待って、レインはまだ意識戻ってないんだから――」
言いかけたところで、リオの顔から血の気が引いた。
「……え?」
ザルクスの軽口を流しかけて、そこでようやく意味が刺さる。
まだ意識が戻っていない。
それはつまり。
自分と接続した反動が、それだけ大きかったということだ。
「……そんな……」
リオの喉が、静かに詰まる。
胸の奥に、遅れて冷たいものが広がっていく。
罪悪感だった。
自分が頼んだ。
自分が必要だと思って繋いだ。
でも、その結果レインはまだ眠ったままなのかもしれない。
「悪いことしたな……」
リオが小さく言う。
「レイン、ごめん……」
だが、ザルクスはそこで首を振った。
「あーー、違う違う」
「あいつは大丈夫だ」
「大丈夫って……」
リオが眉を寄せる。
「なんだよそれ」
「ずっと寝たままなんだろ?」
「まあ、寝てるのは寝てる」
ザルクスは頭をかいた。
「なんていうかなあ……」
「《接続》ってスキルの“癖”だな、ありゃ」
「癖?」
リオが即座に突っ込む。
「なんだよ、癖って!」
「意味わかんない!」
「だよなあ」
ザルクスは笑う。
「俺も最初そう思った」
リュメリアが冷たい目で横から口を挟む。
「適当に言わずに説明しなさい」
「はいはい」
ザルクスは肩をすくめた。
「つまりだな、《接続》ってのは、ただ繋げるだけじゃない」
「うん……」
「接続された後に、相手の中で“接続相手の情報”が整理されるんだよ」
「しかも、その情報量が膨大なほど、一度そいつ自身の“コア”を再構築する必要がある」
リオは黙って聞いている。
だが表情はまだ晴れない。
ザルクスは少しだけ言い直した。
「つまり、まあ……リブートだ」
「再起動みたいなもん」
「……難しいな」
と、リオ。
「難しいぞ」
ヴァルが横から笑った。
「ザルクスの説明だから余計にな」
「うるせえ」
ザルクスは続ける。
「アホみたいな異能力と、両親の情報と、夢世界と現実世界を行き来するお前だ」
「そんなやつに深く接続したら、レイン程度の器じゃそりゃ一発じゃ耐えられねえ」
「だから、今あいつの中では、情報処理がずっと続いてる」
「整理して」
「分解して」
「組み直して」
「“レイン自身”のコアを、今の接続に合わせて再構築してる最中ってわけ」
リオは、それでもまだ納得しきれない顔だった。
「……でも」
「俺が原因なのは変わらないだろ」
「原因って言い方が違う」
ザルクスは少しだけ真面目な声で言う。
「謝ることでもないんだ、あれは」
「そうね」
リュメリアも珍しくあっさり同意した。
「そもそも、あなたが無理やり踏み込んだわけじゃない」
「レイン自身が、あなたに届こうとして選んだ結果よ」
「でも……」
その間にも、奥ではまだ空気が物騒だった。
「おばさん、まだいるの?」
「あなたこそまだいたのね」
「塵にする準備はできています」
「やってみなさい、穣天使」
「やめろって!!」
夢世界側の騎士たちは、もはや完全に壁際へ退避していた。
「……ほんとに、この地区が灰になるのでは」
と、サイラス。
「口に出すな」
と、ゼルク。
「出した瞬間に現実になる」
ヴァルが、そのやり取りを横目で見ながら、ぽつりと言った。
「レインはな」
「目覚めた時、真っ先にリオへ謝りに来るぞ」
「それから礼を言う」
リオが、ゆっくり振り向く。
「……意味がわからない」
「まず謝る理由だ」
ヴァルは酒杯を机へ置いた。
「お前の過去や、背負ってきたものを、あいつはかなり深いところまで見てしまった」
リオの表情が少し硬くなる。
「だから接続してしまって、見てしまったことそのものに、まず罪悪感を持つ」
「“ごめん”って言うだろうな」
「……いや」
リオはすぐ首を振る。
「それは俺がお願いしたことで――」
「お前は当事者だからそう言える」
ヴァルが遮る。
「客観的に見てみろ」
「お前、絶望的な人生を送ってきたはずだ」
静かだった。
ザルクスも、ラルラゴも、誰も軽口を挟まない。
ヴァルの言葉はやわらかい。
だが、逃がしてはくれない。
「幼い頃から、何も知らず」
「自分の立ち位置も知らず」
「力も、血も、夢の意味も知らず」
「それでも前へ出てきた」
「それをレインは見た」
「そりゃ、まずは謝る」
リオは言葉を返せなかった。
ヴァルは続ける。
「で、礼を言う理由は別だ」
「……礼?」
「“怪神族”は器用なのは知ってるよな」
と、ヴァル。
リオは頷く。
「数ある種族の中でも、長けているのは」
「理解力」
「応用力」
「そして適応力だ」
「うん……」
「しかもレインは、その中でも能力が高い方だ」
ヴァルの目が細くなる。
「接続と、“怪神族”の適応能力は相性がいい」
「お前が最近思い出した――いや、編み出した異能の“応用”を」
「レインは使いこなせるはずだ」
リオの目が大きくなる。
「……え」
「思い出せ」
ヴァルが静かに言う。
「一回目の接続で、あいつはお前の剣術の芯を掴んだ」
「全部じゃない」
「だが、“どう振るうか”の本質を持っていった」
「……うん」
「なら今回は、それ以上だ」
ヴァルは断言した。
「本来の“怪神族”の力も、ここから引き出すだろう」
「本来の……」
「腕を増やす」
「皮膚を硬化する」
「骨格を変える」
「筋肉の流れを再構成する」
「それくらいは当然だ」
ザルクスがにやっと笑う。
「そっから先が面白いんだよな」
ヴァルも頷く。
「リオの接続で得た力を、自分なりに適応して変化させたオリジナル異能」
「それを、あいつは身につけるはずだ」
リオの喉が鳴る。
「名前は?」
ヴァルの口元が、少しだけ上がった。
「術鬼」
その二文字が落ちた瞬間、部屋の空気が変わる。
「やつは、鬼になる」
ヴァルは静かに言う。
「体を自由自在に変化させ」
「お前の剣術や異能を、自分なりに解釈して術式へ変える」
「化け物になるぞ」
リオは、しばらく何も言えなかった。
レインが眠っている理由。
ごめんと言う理由。
ありがとうと言う理由。
全部、ようやく一本の線になる。
「……じゃあ」
リオはゆっくり息を吐く。
「レインが目覚める時って」
「ただ起きるだけじゃないんだな」
「そうだ」
と、ヴァル。
「目覚め直すんだよ」
ザルクスが笑う。
「“レインとしてのレイン”を、な」
その言葉を聞きながら、リオは少しだけ目を閉じた。
ごめん、と言われるのはつらい。
でも、ありがとうと言われる未来があるなら。
その先でレインが新しい自分へ辿り着くなら。
待つしかない。
その時、部屋の奥でまた空気が鳴った。
「おばさん、まだ塵になってないの?」
「ノア、先にあなたから消されたいの?」
「喜んで」
「やめろって!!!」
夢世界の騎士団たちが、一斉に顔を引きつらせる。
ゼルクが、低く呟いた。
「……本当に、この地区はいつか灰になるな」
リオは、その光景を見て、ようやく少しだけ笑った。
重い話も。
恐い未来も。
わけのわからない接続も。
その全部の真ん中で、こうして騒がしさがあるのが、自分の今の世界なのだと思った。




