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外れスキルの【停止時能力向上】実は世界最強でした〜夢記録に刻まれた800年の真実〜  作者: 滝本りお


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まだ話していないこと

ラルラゴの沈黙は、いつも短いのに長く感じる。


リオは、その沈黙の意味を知っていた。

この男がすぐに答えない時は、言葉を選んでいるのではない。

言葉の重さに、こちらが耐えられるかを見ているのだ。


静かな部屋に、二人の呼吸だけが落ちていた。


やがてラルラゴが、低く言う。


「その前に、確かめろ」


「……何を」


「お前自身だ」


リオが目を向けると、ラルラゴは部屋の中央を顎で示した。


「立て」

「歩け」

「魔気を回せ」


短い指示だった。


けれど、その意味はすぐに分かった。


夢で得た五年。

それが本当に現実へ来ているのか。

記憶だけではなく、力として、術として、身体の使い方として、こちらに根づいているのか。


それを、今ここで確かめろということだ。


リオは、ゆっくり息を吐いた。


そして一歩、踏み出す。


床は冷たい。

硬い。

現実の感触だ。


だが、違和感はなかった。


むしろ逆だった。


「……軽い」


思わず、そう零れる。


一ヶ月半、止まっていた身体のはずなのに、重さがない。

筋肉が鈍っている感じもない。

足を出せば、そのまま次の一歩が自然に繋がる。

重心がどこにあるのか、どうずらせばいいのか、考えるより先に身体が知っている。


リオは、もう一歩進んだ。

さらにもう一歩。


足音が小さい。


夢の中で、何度も何度も繰り返した歩法。

剣を持つ時の間合い。

術を差し込む時の踏み込み。

全部が、そのまま現実の身体へ入っている。


ラルラゴが問う。


「どうだ」


リオは、自分の手を見ながら答えた。


「覚えてる、とかじゃない」

「……染みついてる」


「そうだ」


ラルラゴは頷く。


「夢で積んだものは、記憶の棚にしまわれたのではない」

「お前自身の層として、すでに現実へ重なっている」


リオはそこで、ゆっくり右手を開いた。


呼吸を落とす。

意識を少しだけ深く沈める。

夢の中で掴み始めた感覚を、現実側へ寄せる。


圧真。

圧戰。

絶彗呪結。

廃・中和式。

堕使。


全部を出す必要はない。

ただ、“そこにある”ことが分かればいい。


指先の周りの空気が、ほんの少しだけ張る。


見えない。

でも確かに、そこだけ密度が変わる。


リオは目を細める。


「……ある」


ラルラゴは淡々と言う。


「当然だ」


「当然って言うなよ」

リオは苦笑した。

「こっちは、まだ半分夢見てる気分なんだぞ」


「なら、もう半分も現実へ寄せろ」

「簡単に言うな」


ラルラゴは少しだけ口元を動かした。

笑ったのかもしれない。


リオは今度は魔気を流してみる。


胸の奥。

腹の底。

肩口。

腕。

指先。


流れが、前よりずっと太い。

そして速い。

夢の中で鍛えた魔気の巡りが、そのままこっちへ来ている。

しかも、現実側で一ヶ月半“停止”していた蓄積が、その土台をさらに押し上げている。


「……うそだろ」


思わず、また言っていた。


「これ」

「ほんとに、全部ある」


「そう言った」

と、ラルラゴ。


リオはゆっくり息を吸う。


それだけで分かる。

以前の自分ではない。


Eランク冒険者としての身体の使い方では、もうない。

夢の中でラルラゴやヴァルと向き合い、リュメリアやザルクス、ノアと関わりながら積み上げた“別の次元の基準”が、現実の身体へすでに入っている。


「……じゃあ、俺」

「こっちでも、あのまま強くなっていくのか」


「いや」

ラルラゴが言う。


リオが顔を上げる。


「“あのまま”ではない」

「ここから先は、もっと厄介だ」


「厄介?」


「夢で積んだ分は、もうお前の土台になった」

「そしてレインの接続で、それは現実へ固定された」

「だから今後は、こっちで動くたびに」

「夢で得た力も、技も、記録も、連動して育つ」


リオは、言葉の意味を飲み込むまで少し時間がかかった。


夢で強くなった。

現実では止まっていた。

それだけでも十分おかしい。


だが、さらにその先がある。


「……動いても、伸びるのか」


「そうだ」

ラルラゴは答える。

「お前はもう、“止まって伸びる者”ではない」

「動いてなお、伸び続ける」


静かな言葉だった。

だが、その内容は恐ろしいほど重い。


リオは、自分の掌をもう一度見た。


夢と現実が繋がった。

それは便利な奇跡ではない。

むしろ、成長の限界線が一段おかしくなったということだ。


「……なんか」

リオは、半分呆れたように言う。

「普通じゃなくなる一方だな」


「今さらだ」

と、ラルラゴ。


「それもそうか」


部屋の空気が少しだけやわらぐ。


だが、ラルラゴはすぐに本題へ戻した。


「さて」


その一言で、空気がまた締まる。


「まだ話していないことがある」


リオも、自然と表情を戻した。


「さっき言ってたやつか」


「そうだ」


「夢の五年について?」

「夢の五年だけではない」

ラルラゴは少しだけ目を細める。

「こっちの世界で、その間に何が起きていたか」

「なぜお前の夢記録が、こちら側へ接続されたのか」

「そして、誰がそれを受け取ったのか」


リオは、無意識に息を呑む。


ラルラゴは、ゆっくりと言葉を置いていく。


「まず一つ」

「お前が夢で過ごした五年の記憶は」

「俺たちの中で、ただ“知っている”だけのものではない」


「……それは、さっき聞いた」

リオが言う。

「接続されてるって」


「そうだ」

「だが正確には」

「“同じ出来事を、お前と違う位置からも覚えている”状態に近い」


リオの眉がわずかに寄る。


「違う位置から?」


「お前が夢で見た時間は、お前だけの主観で終わっていない」

「俺やヴァル、リュメリア、ザルクス、ノア……」

「それぞれの立場の記憶として、こちらにも流れ込んでいる」


「じゃあ」

リオの声が少し低くなる。

「夢の中で、俺が見てないところも?」


ラルラゴが頷いた。


「一部はな」


その答えに、リオの背筋が静かに震えた。


夢だと思っていた五年。

自分が見て、自分が選び、自分が生きた時間。


それが今、現実側では“複数人ぶんの記録”として成立している。


「……なんだそれ」

「理屈はまだ完全には解けていない」

ラルラゴが言う。

「だが、夢記録という異能そのものが、記録世界へ潜るだけではなく」

「周囲の深層記憶を巻き込みながら再構成する性質を持つ可能性がある」


リオは黙る。


難しい。

だが、意味は分かる。


自分が夢へ潜っただけではない。

夢の中で関わった者たちの記録もまた、こちら側へ引きずられている。


「だから」

ラルラゴは続ける。

「夢で起きたことは、俺たちにとっても“なかったこと”ではない」


リオは、少しだけ視線を落とした。


夢の中のラルラゴ。

ヴァル。

リュメリア。

ザルクス。

ノア。


あの五年が、ただ自分だけのものじゃない。

そう思うと、急に重さが変わる。


「……じゃあ、みんな」

「知ってるのか」


「知っている」

ラルラゴは答える。

「お前が何を見て」

「何を掴み始めて」

「どこまで戻ってきたかを」


リオは小さく息を吐いた。


「そりゃ、広場での目も変わるか」


ラルラゴの口元が、ほんのわずかに動く。


「そうだな」


そこで一度、間が落ちた。


部屋の外は静かだ。

だが、完全な無音ではない。

遠いどこかで、石がきしむような音がした気がした。


ラルラゴは、その音に一瞬だけ意識を向けたあと、また話を戻す。


「もう一つ」


リオが顔を上げる。


「“もう一人”についてだ」


その言葉に、リオの意識がはっきりと向く。


さっきも聞いた。

ヴァル、リュメリア、ザルクス、ノア、ラルラゴ。

それに加えて、もう一人。


夢の五年を知っている誰か。


「誰なんだ」

リオが問う。


ラルラゴは、すぐには答えなかった。


いつもの沈黙。

だが今度は、重さよりも、確かめるような間だった。


「お前が夢で過ごした五年の中で」

「まだ十分に会話していない者だ」


リオの胸が、どくん、と鳴る。


まだ十分に会話していない。

だが確かにいる。

夢の中で、存在は感じていた。

完全には触れきれていない、もう一人。


「まさか……」


そこまで言いかけた時だった。


部屋の外で、はっきりと足音がした。


一歩。

また一歩。


重すぎず、軽すぎず。

けれど、ただの足音ではない。

扉の向こうの空気だけが、静かに深くなる。


ラルラゴが、ほんの少しだけ視線を扉へ向ける。


「……ちょうどいい」


リオの喉が鳴る。


「来たのか」


「来た」

ラルラゴは短く言う。

「お前の夢の五年を、俺たちと同じように知っているやつが」


足音が、扉の前で止まる。


部屋の空気が、静かに張る。


リオは無意識に半歩だけ身を起こしていた。

夢の中で見たのか。

現実ではまだ会っていないのか。

それとも、会っていたのに知らなかったのか。


分からない。


だが、ここからまた何かが繋がる。

それだけははっきりしていた。


扉の向こうにいる“もう一人”が、次の扉を開ける。

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