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外れスキルの【停止時能力向上】実は世界最強でした〜夢記録に刻まれた800年の真実〜  作者: 滝本りお


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1ヶ月半の現実

静かだった。


夢記録の世界では、城のざわめきがあり、夜会があり、鍛錬の音があり、人の気配も、魔の気配も、絶えずどこかで揺れていた。


だが、今いるこの場所は違う。


音が薄い。

空気が重い。

何より、時間の進み方そのものが違う。


リオは、寝台の上で半身を起こしかけたまま、しばらく動けなかった。


目の前にいるのはラルラゴだ。

夢の中の存在ではない。

現実の世界の、ラルラゴ。


その事実だけで、頭の中の層が何枚もずれていく。


「……夢世界では」


喉が少し乾いていた。

それでも、リオは言葉を絞り出す。


「5年は、ゆうに経ってたよな……?」


ラルラゴは、静かに頷いた。


「そうだ」


短い返事だった。

だが、その一言に現実の重みが乗っている。


リオは、自分の膝に置いた手を見る。

夢の中で何度も剣を握った。

術を使った。

戦った。

人に触れ、土地を歩き、笑い、怒り、泣いた。


それだけの時間を生きた。

たしかに、生きたはずだ。


なのに。


「まだ……」

リオはゆっくり顔を上げる。

「あと795年、あるのか」


ラルラゴの目が、わずかに細くなる。


「ある」


その答えは冷たくはなかった。

だが甘くもない。

ただ事実だけを置く声だった。


リオは、そこでようやく自分の足を動かそうとした。


寝台の縁へ体重をかけ、立ち上がろうとする。

だが、その瞬間――


「あ」


思わず、止まる。


頭の中に別の心配が浮かんだ。


「……まずい」

「停止時能力向上スキルが、解除されるか……?」


現実世界で止まっていた時間。

それが能力を押し上げていた。

なら、ここで動いてしまえば、その停止は終わる。

積み上げていたものが切れるのではないか。


夢の中では、何度もその可能性を考えた。

まだ不完全な今の自分にとって、それは見過ごせない不安だった。


だが、ラルラゴはすぐに首を横へ振った。


「その心配はない」


リオが目を見開く。


「……え?」


「すでに夢世界で、レインが接続をした」

「お前の中の停止と、夢記録の層は、もう別の理で繋がっている」


ラルラゴは、一歩だけ近づいた。


「だからもう、心配はいらん」

「こっちの世界で動こうが、能力は向上し続ける」

「リセットされることもない」


リオの呼吸が、一瞬止まった。


「え?」

「……なんだって……?」


ラルラゴの言葉は続く。


「動け、リオ」


その一言に、不思議と強い力があった。


「現実の世界で、お前は1ヶ月半、止まったままだった」

「その間に能力は向上している」

「さらに、夢記録世界で得た魔気や技、魔術――」

「それらは、すべてこちらでも使いこなせる」


リオは、まだ理解が追いついていない顔のまま、ラルラゴを見ていた。


ラルラゴは、はっきりと言う。


「お前はもう、Eランク冒険者ではない」


一拍。


「俺たちとやりあえる、SSS級の力を取り戻している」


沈黙。


リオの瞳だけが、揺れた。


「……うそだろ」


その声は、驚きというより、ようやく現実に追いつけない者の声だった。


ラルラゴは否定しない。


「うそではない」


リオは、ゆっくりと寝台の縁に足を下ろした。


立つ。


今度は止まらない。


床に足がつく。

現実の床だ。

冷たい。

硬い。

だがその瞬間、自分の身体の中に、夢の5年がただの記憶ではなく、すでに染みついた力として存在していることが分かる。


呼吸が違う。

魔気の回り方が違う。

視界の奥行きが違う。


夢で覚えた技が、夢の中だけのものではなかったことを、身体の方が先に理解していた。


「……っ」


リオは、一歩だけ踏み出した。


ふらつかない。


むしろ軽い。


1ヶ月半、止まっていた身体のはずなのに、動きの芯がぶれていない。

夢の中で何百何千と積み上げた動作が、そのまま現実へ接続されている。


「……まじか」


「そうだ」

と、ラルラゴ。


リオは、自分の右手を見た。


圧真。

圧戰。

絶彗呪結。

廃・中和式。

堕使。


夢の中で触れたものたちが、いまもここにある。

消えていない。

遠くもなっていない。


「じゃあ、俺……」

「このまま」

「こっちでも、あれ全部使えるのか」


「使える」

ラルラゴは答えた。

「まだ精度は上がる」

「だが、もう“夢でだけ使える力”ではない」


リオは、しばらく黙った。


夢と現実の境目が、ゆっくり崩れていく。


今まで、自分は二つの世界を行き来しているつもりだった。

だが違う。


もう二つは、別のものではない。


繋がってしまった。


その時、ラルラゴがもう一つ、静かに言った。


「それだけではない」


リオが顔を上げる。


ラルラゴの目は、いつも通り深い。

だがその奥に、ほんの少しだけ“確かめるような色”があった。


「お前が過ごした夢記録の世界、あの5年の記憶は――」

「俺や、ヴァル、リュメリア、ザルクス、ノア」

「それに、もう一人の中にも接続されている」


リオの表情が止まる。


「……は?」


ラルラゴは、言葉を選ばなかった。


「俺たちの記憶も塗り替えられている」

「だから、夢の世界で起きたことはすべて知っている」


「なんだって……!?」


思わず、声が大きくなる。


ラルラゴは動じない。


「正確には、“塗り替えられた”というより“接続された”だ」

「お前が夢で見て、生きて、選んだ時間の一部が、こちら側の俺たちにも流れ込んでいる」


リオは言葉を失う。


夢の中で、ラルラゴと話した。

ヴァルと剣を交えた。

リュメリアとぶつかった。

ザルクスと笑い、ノアと歩いた。


それらを、現実の彼らも知っている?


「……全部?」


「全部だ」

「少なくとも、お前が“夢だと思っていた時間”は、俺たちにとっても記録として成立している」


「じゃあ……」

リオの喉が鳴る。

「夢の中の5年は」

「夢じゃないのか」


ラルラゴは、ほんのわずかだけ口元を動かした。


「最初から、ただの夢ではなかった」


その答えが、胸の奥へ落ちる。


リオは、その場でしばらく何も言えなかった。


夢記録。

停止時能力向上。

レインの接続。

現実側のラルラゴ。

そして、現実の仲間たちの中にまで繋がってしまった夢の記憶。


ひとつずつなら理解できる。

だが、全部同時に受け止めるにはまだ重すぎた。


「……待ってくれ」


「待つ」

と、ラルラゴ。


「ちょっと整理したい」


「整理しろ」


あまりに淡々と返ってきて、リオは思わず苦笑した。


「お前って、ほんと変わらないな」


「そうか?」

「少なくとも、今の俺にはそう見える」


ラルラゴは少しだけ黙ったあと、低く言った。


「お前の方が、ようやく戻ってきたように見える」


その一言に、リオの胸がわずかに熱くなる。


夢の中でも言われた。

ザルクスにも。

そしていま、現実のラルラゴにも。


自分は、戻り始めている。


まだ全部ではない。

だが、確かに。


リオは、もう一度だけ足元を確かめるように立ち直した。


現実の身体。

現実の床。

現実の空気。


その中でなお、夢の5年は消えていない。


どころか、今の自分を支えている。


「……1ヶ月半か」


そう呟くと、ラルラゴが頷く。


「そうだ」

「まだ1ヶ月半だ」

「だからこそ、ここから先が重要になる」


「ここから先?」

リオが問う。


ラルラゴは、静かに答えた。


「夢で得たものを、現実でどう使うかだ」

「お前はもう、夢の中だけで強くなっている段階ではない」

「現実側の時間も、お前の成長へ繋がり始めている」


リオは、その言葉をゆっくり受け止めた。


夢で積み上げた。

現実で止まっていた。

その二つが繋がった。


なら、ここからは――


「……どっちでも、強くなるってことか」


「そうだ」


ラルラゴは短く答える。


部屋の静けさは変わらない。

だが、その静けさの中で、リオの中の何かだけが確かに動き始めていた。


夢ではあと795年ある。

現実ではまだ1ヶ月半。


その両方が、いま自分の中で矛盾なく並んでいる。


ありえない。

だが、もうそれをありえないとは思えなかった。


ラルラゴは、しばらくリオを見てから、最後にひとつだけ言った。


「驚くのはまだ早いぞ」

「……え?」

「お前が夢で過ごした5年の中で」

「まだ、話していないことがある」


リオが、ゆっくり顔を上げる。


「何が」


ラルラゴは、いつものようにすぐには答えなかった。


その沈黙が、かえって次の扉の重さを教えていた。

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