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外れスキルの【停止時能力向上】実は世界最強でした〜夢記録に刻まれた800年の真実〜  作者: 滝本りお


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目覚めた媒介

レインが目を覚ましたのは、夜が明けきる少し前だった。


第二区の医務室には、まだ薄い灯りだけが落ちている。

窓の外は青く、朝と呼ぶには少し早い。

薬草の匂いと、遠くで始まりかけた炊き出しの煙が、静かに混じっていた。


最初に聞こえたのは、すすり泣くような、でも必死に我慢しているような声だった。


「……っ、まだ起きないのかよ」


レインは、重たい瞼をゆっくり開けた。


ぼやけた視界の向こうに、丸い頭が見える。

小さな背中。

両手をぎゅっと握って、寝台の横で椅子にも座らず立ったままの少年。


「……タオー?」


その名を呼んだ瞬間、少年の肩がびくりと跳ねた。


「えっ」


ぱっと顔が上がる。

眠れていなかったらしい。目の下がほんの少し赤い。


「レイン!!」


医務室中に響く声だった。


「うるさ」

と、レインは反射で言ったが、声は思ったより掠れていた。


タオーはそんなことお構いなしに、勢いよくベッドへ身を乗り出す。


「起きた!」

「起きたよな!?」

「生きてるよな!?」

「生きてる」

「死ぬかと思った!」

「大げさなんだよお前は……」


そう言いながら、レインは少しだけ笑った。


本当に、少しだけ。

でも、その小さな笑いで、張り詰めていたものが解けたらしい。


タオーの目にじわっと涙が浮かんだ。


「泣くな」

「泣いてない!」

「今のは泣いてる」

「泣いてないって!」


言い返す声まで震えていて、全然説得力がなかった。


そのやり取りでようやく、レイン自身も“戻ってきた”感覚を掴み始めた。


身体はまだ重い。

頭の奥に薄い痛みがある。

胸の内側に、誰かのものだったかもしれない感情の残り熱が、まだ少しだけ沈んでいる。


でも、生きている。


「……どれくらい寝てた」


タオーは鼻をこすりながら言った。


「半日ちょっと」

「みんな、ちょくちょく見に来てた」

「リオも?」

「いちばん来てた」

「そっか」


その返事が、妙に静かだった。


タオーはそこで少しだけ表情を変える。


「……怖かったか?」


レインは、すぐには答えなかった。


何が見えたのか。

何が通ったのか。

全部はまだ整理できていない。


ただ、あの瞬間、自分が“ただ繋いだ”だけでは済んでいないことだけは分かっていた。


「怖いっていうか」

レインは小さく息を吐く。

「重かった」


「重い?」


「うん」

「人って、あんなにいろいろ抱えてんだなって思った」

「……うまく言えねえけど」


タオーは難しい顔をした。

たぶん、あまり分かっていない。

でも、分からないなりに一生懸命受け止めようとしている顔だった。


「じゃあ」

と、タオーは言う。

「もう勝手に変なことすんなよ」


「お前に言われたくねえ」


「俺は変なことしても倒れないもん」

「それもどうかと思うぞ」


小さな言い合いのあと、医務室の扉が静かに開いた。


入ってきたのはリオだった。


寝台の上で起き上がっているレインを見た瞬間、その顔がわずかにやわらぐ。


「起きた」


「起きた」

と、レイン。


リオは、近づきながら心底ほっとしたように息を吐いた。


「よかった」

「ほんとに」


タオーがすぐに言う。


「ほら! 俺が起きるまで見てるって言った通りだったろ!」

「うん、えらい」

と、リオは笑って、タオーの頭をくしゃっと撫でる。


タオーは少しだけ得意そうな顔をしたあと、

「じゃあ俺、みんな呼んでくる!」

と飛び出していった。


嵐みたいなやつだ、とレインは思う。

でも、ああいうのが近くにいると、不思議と息がしやすい。


リオは寝台の横の椅子に座った。


「どう?」

「死んではない」

「それは見れば分かる」

「じゃあ聞くなよ」


そんな軽いやり取りのあと、少しだけ間が空く。


リオは、そこで真顔になった。


「何か残ってる?」


レインは、天井を見たまま答えた。


「残ってる」

「でも、言葉にしようとすると逃げる」

「ヴァイスとミアの間にあったものが、ほんの少し俺にも流れ込んだ感じがする」

「全部じゃない」

「でも、たぶん……」

「俺、すげえことしたんだろうなってのは分かる」


「したね」

と、リオはあっさり言った。


レインが少しだけ顔をしかめる。


「軽いな」

「軽く言わないと、今のお前たぶん余計に考え込むでしょ」

「……否定できない」


リオは少し笑った。


「ミアとヴァイスも、今は落ち着いてる」

「まだ整理はできてないみたいだけど」

「そっか」


「あと」

リオが少しだけ間を置く。

「騎士団の人たちも、だいぶ変わったよ」


レインが目を向ける。


「騎士団?」


「うん」

「ゼルクさんたち、前よりずっと自然にこっち側に入ってきてる」


ちょうどその時だった。


医務室の外から、控えめなノックが響く。


「入っていいか」

低い、落ち着いた声。


リオが返す。


「どうぞ」


扉を開けて入ってきたのは、ゼルクだった。

その後ろにサイラス。

さらに少し遅れて、四天槍のうち二人も顔を見せる。


前なら、こういう場所に騎士団がそろって入ってくるだけで、空気が少し堅くなっていた。

でも今は違う。


ゼルクは寝台の前まで来ると、静かに言った。


「目が覚めたようだな」


「……どうも」

と、レイン。


サイラスが腕を組んだまま少しだけ目を細める。


「無茶をする」

「お前にだけは言われたくないんだけど」


その返しに、四天槍の一人がふっと吹き出した。


空気がやわらかい。

もう“別陣営の騎士団”ではない。

完全に身内でもない。

でも、その中間の一番いい場所まで来ている感じがあった。


ゼルクは、レインの様子を見てから続ける。


「医師からは、目覚めれば大事はないだろうと聞いていた」

「だが、念のため顔を見に来た」


「……ありがとう」

レインは素直に言った。


以前のレインなら、もう少し意地を張ったかもしれない。

でも今は、それをそのまま受け取れるくらいには、この土地が変わっていた。


サイラスがそこで、少しだけ低い声で言う。


「それと」

「お前が倒れた後、第三地区の予定地は我々が一時的に抑えた」

「作業を止め、外周警戒も引き上げた」

「無断で動かしていない」


レインが少し驚く。


「え」


ゼルクが頷いた。


「今のあの土地で起きる異変は、まだ軽く扱うべきではない」

「前なら我らも、そこまで迅速には動けなかったかもしれん」

「だが、成埜の地で学んだ」


その言葉は、変に飾っていなかった。

でも、重みがあった。


騎士団も変わっている。

見極める側だった者たちが、今では一緒に支える側へ少しずつ移ってきている。


四天槍のひとりが、少しだけ照れくさそうに言う。


「あと、タオーに三回怒鳴られた」

「うるせえから静かにしろって」

「それは正しい」

と、レインが即答した。


「お前もそう思うのか」

「タオーはだいたい正しい時だけ声がでかい」


ゼルクの口元が、ほんのわずかに緩む。


それは以前なら見られなかった顔だった。



騎士団が去ったあと、レインはしばらく黙っていた。


リオが横で待つ。


やがて、レインがぽつりと言った。


「変わったな」


「何が?」


「みんな」

「騎士団も」

「この場所も」

「……俺も、たぶん」


リオは頷く。


「うん」

「変わった」


「でも」

レインは、少しだけ目を細める。

「まだ、足りない気がする」


リオは笑わなかった。

その“足りない”が、強さの話だけじゃないと分かったからだ。


「足りないって思えるなら、まだ先に行けるよ」

と、静かに言う。


レインは、その言葉をしばらく黙って受け取っていた。


それから、ゆっくりと息を吐く。


「……なあ、リオ」


「ん?」


「また、やるんだろ」

「そのうち」


何を、とは言わなかった。

でも二人とも分かっている。


《接続》のことだ。


リオは、少しだけ笑った。


「うん」

「またやるよ」


「今度は、ちゃんと準備して」

「分かってる」


「あと、もう少し加減しろ」

「それはレインの方でしょ」

「……それもそうか」


その返しに、ようやく二人とも笑った。


医務室の窓の外では、朝が本格的に始まりかけている。

第二区の向こうで、また新しい作業の音が立ち上がる。


騎士団も、王国の民も、グレイランの者たちも、魔人も。

みんなが少しずつ、この土地の一部になり始めていた。


そしてレインもまた、ただ守られる側では終わらない。

媒介となり、繋ぎ、倒れて、それでもまた起き上がる。


それはきっと、次の大きな何かの前触れだった。


寝台の上で身体を起こしたレインは、まだ少し重い頭のまま、それでも前を見ていた。

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