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外れスキルの【停止時能力向上】実は世界最強でした〜夢記録に刻まれた800年の真実〜  作者: 滝本りお


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それが、それだ

レインの休養は、まだ少し続きそうだった。


命に別状はない。

けれど《接続》の反動は思った以上に深く、医務室の寝台から起き上がれる時間は日に日に増えていても、まだ本調子とは言えない。


それでも、見舞いは絶えなかった。


タオーは毎日来る。

来るたびに何かしら食べ物を持ってきて、勝手に食って、勝手に怒られて帰る。

その姉も、少し控えめに顔を出すようになった。

ミアは静かに椅子へ座り、あまり多くを喋らず、それでも帰る時だけは必ず「また来るね」と言った。

ヴァイスもまた、日に一度は姿を見せた。最初の頃は医務室の空気そのものが張りつめたが、もう今では誰も露骨には驚かない。


そんな時間の流れの中で、第三区の開拓は着実に進んでいた。


地ならしは終わり、基礎線は引かれ、魔人と人の共同作業はもはや珍しい景色ではなくなっている。

そして、その第三区の中央でもっとも目立つ建造物――いや、これから目立つことになる建造物があった。


大聖堂。


聖人族が集うための、あまりにも巨大なそれは、まだ完成したばかりの匂いを残していた。

白い石材。

高い天井。

人の祈りよりも先に、空気そのものが上へ抜けていくような構造。

神聖、という言葉だけでは足りない。

どこか、世界そのものへ向けて口を開いているような建物だった。


その日、リオはたまたまそこへ立ち寄った。


本当に、たまたまだった。

第三区の進み具合を見て、少しだけ内部の様子も見てみようと思っただけだ。


けれど、中へ入った瞬間に気づく。


先客がいる。


祭壇の奥、まだ人の祈りが一度も満ちていない空間の真ん中で、ザルクス=ガイアがひとり、長椅子の背にもたれていた。


「……何してんの?」


リオが言うと、ザルクスは振り向きもせずに笑った。


「さあな」

「お前こそ何してんだよ」


「いや、なんとなく」

「大聖堂って完成したばっかりだし、ちょっと見たくて」


「ふーん」


ザルクスは、そこでようやく顔だけを向けた。


相変わらず、気の抜けたような顔をしている。

なのに、目の奥だけはどこかずっと先を見ている。


リオはそのまま中央まで歩いていき、ザルクスから少し離れた長椅子に腰を下ろした。


大聖堂の中は静かだった。

外の工事音も、ここへ入ると薄くなる。

天井が高すぎるせいか、二人きりの気配さえ少し遠く感じた。


しばらく何も言わない時間が流れたあと、先に口を開いたのはザルクスだった。


「リオ」


「ん?」


「お前、800年後に復活する予定だったのに、5年で帰ってきたよな」


その言い方は軽かった。

でも、リオは少しだけ眉を寄せた。


「……そう、らしいね」


「そうらしい、か」

ザルクスは小さく笑う。

「まあ、そこはいいんだよ」


「いいの?」


「いい」

「問題はその先だ」


ザルクスは、長椅子から立ち上がり、ゆっくりと祭壇の方へ歩いた。


「それまでのお前のここでの生活は、記憶にないんだよな」


「……ない」

リオは正直に答える。

「っていうか、こっちで生きてないから、記憶も何もないって感じだけど」


「だよな」

ザルクスは振り返らずに言う。

「俺たちがどうやって出会ったか」

「どうして仲間になったのか」

「なんで命を賭ける仲になったのか」


そこで、少しだけ肩をすくめる。


「ま、こんなこと説明しても、お前にはまだ理解できねーけどなー」


「ひどい言い方だな」

リオが苦笑する。


「事実だろ」

ザルクスはようやく振り返った。

「お前はいま、断片しか戻ってない」

「でもまあ、それでもお前はお前だ」

「そこが腹立つんだけどな」


リオが目を瞬く。


「腹立つ?」


「昔からだよ」

ザルクスは笑った。

「俺は昔から、お前が羨ましかった」

「勝手にライバルだとも思ってた」


その言葉に、リオは黙る。


ザルクスがそんなふうに言うのは、少し意外だった。

いつも何でも軽そうに言うくせに、こういう時だけ妙にまっすぐで困る。


「でもなー」

ザルクスは、天井を見上げた。

「なかなか届かないことってあるんだよなー」


「……届かない?」


「お前、アホみたいに強いし」

「笑うしかないだろ、あれ」

「ラルラゴだぞ? あのラルラゴを怯ませたやつなんて、普通いるか?」

「敵うわけねーよな」


リオは、困ったように息を吐く。


「そんなこと言われても」


「でもな、リオ」

ザルクスの声音が、少しだけ落ちた。

「まだまだ力、戻らないだろ?」


その一言に、リオの表情が変わる。


自分でも分かっている。

剣を置いた時の感覚。

ダンジョンの一室で思い出しかけた本来の戦い方。

レインが不完全に繋いだ断片。


戻っている。

でも、まだ届いていない。


「……うん」

と、リオは認める。


「だよな」

ザルクスは笑った。

「ちょうど良かった」


「何が?」


「肩慣らししないか?」


リオは一瞬、意味が分からずにザルクスを見る。


「俺と?」

「いや、違う違う」

ザルクスは手を振った。

「俺じゃなくて、別の存在だけど」


「別の存在?」


ザルクスは、その場でくるりと身を翻した。


「俺がやる“魔の族を操作する力”があるだろ?」

「だから今、こうして魔獣や魔人や魔神が共存してるわけだ」


「うん」

「でもな、この土地は厄介でだな」


そこで、ザルクスは珍しく少しだけ笑みを薄くした。


「俺と対立する組織っつーか、なんつーか」

「グループ、みたいなのが計三つある」


リオが眉をひそめる。


「三つも?」


「ある」

「まあ、俺が勝手にそう呼んでるだけだけどな」

「で、そのうちの一つが、いまこっちに来てる」


大聖堂の空気が、そこでほんの少しだけ重くなった。


リオは反射的に周囲を見る。


「え」

「だってここ、入れないよね?」

「結界あるし」


「うーん」

ザルクスは首を傾げた。

「違うのだよ、リオくんよ」


「何が」


「さっき“俺と対立する”って言ったよな?」


「うん」


「雑魚が俺と対立できるわけないだろ?」


その言い方は、妙に自信満々だった。

そして、その自信が冗談じゃないことを、リオはもう知っている。


「……ってことは」


「とんでもなく強い」

ザルクスはにっと笑った。

「半分正解で、半分間違いだな」


「どういうこと?」


「まあ、見ればわかるよな」


ザルクスはそう言って、ゆっくりと顎をしゃくった。


「ほら、リオ」


「ん?」


「後ろ見てみろ」


大聖堂の空気が、そこでぴたりと張った。


リオは反射的に振り向く。


祭壇のずっと後ろ。

まだステンドグラスすらはめ込まれていない、高い壁際。

そこに、いつの間にか“何か”が立っていた。


最初は、人影に見えた。


だが違う。


人の形に近い。

けれど、人ではない。

輪郭が揺れている。

黒い。

いや、黒だけじゃない。

土色と、深い緑と、乾いた血みたいな鈍い赤が、重なり合って輪郭を作っている。


背は高い。

肩幅もある。

角のようなものがあるのか、あるいは頭部そのものが歪んでいるのか、一目では分からない。


なにより、その存在だけが、大聖堂の空間から少しだけ浮いていた。

そこにいるのに、そこに馴染んでいない。


「……何、あれ」


リオの声が、わずかに低くなる。


それは、怯えではない。

戦う前の、身体の芯が静かに目覚める時の声だった。


ザルクスが、横で楽しそうに笑う。


「それが」


そこで、一拍。


大聖堂の高い天井から、遅れて気配が落ちてくる。

“それ”の視線が、まっすぐリオを射抜いた。


次の瞬間。

ぞわり、と全身の毛が逆立つ。


強い。

だがそれだけじゃない。

こちらを知っている目だ。


ザルクスは、くつくつ笑った。


「それが、それだ」


その瞬間だった。


黒い影が、音もなく消える。


「っ!」


リオの身体が先に動いた。


振り向きざま、反射で身を沈める。

次の瞬間、さっきまで首があった位置を、見えない何かが横薙ぎに通り抜けた。


――ごっ!!


背後の長椅子が、音を立てて真っ二つになる。


木片が舞い、大聖堂の静寂が完全に裂けた。


「ははっ!」

ザルクスが笑う。

「いい反応だ!」


リオは床を蹴って距離を取る。


さっきまで壁際にいたはずの“それ”は、もう十歩前に出ていた。

速い。

しかも、ただ速いだけじゃない。

存在の重なり方がおかしい。


一歩踏み出すたび、床石が沈む。

でも音が遅れてくる。

まるで地面そのものが、この存在に追いついていないみたいだった。


「名前は!?」

と、リオが叫ぶ。


「知らん!」

と、ザルクス。


「知らないの!?」

「いつも適当に呼んでる!」

「最悪だな!」


そのやり取りの最中にも、“それ”は止まらない。


右腕――と呼んでいいのか分からない、土塊と骨と魔気を無理やり束ねたような腕が、ゆっくりと持ち上がる。


大振りだ。

避けられる。


そう思った瞬間。


リオの中の何かが告げた。


違う。


リオは剣に手をかけかけて、止めた。


違う。

この相手に、今の自分の剣筋だけをぶつけても浅い。


前にダンジョンで思い出しかけた、あの感覚。

剣を置いた瞬間に噛み合った、自分本来の戦い方。


それが、今また喉の奥まで上がってくる。


「……ちょうどいいかもな」


リオは、小さく息を吐いた。


その声に、ザルクスの目が少しだけ細くなる。


「お」


“それ”の腕が、振り下ろされる。


大聖堂の空間そのものを叩き潰すみたいな一撃。

だがリオは、もう剣を抜かなかった。


一歩、前へ。


右手を軽く開く。


落ちてくる圧の軌道へ、自分の“術”を差し込む。


空気がきしむ。


床が鳴る。


“それ”の腕が、途中でほんのわずかに沈んだ。


「――!」


リオの目が鋭くなる。


「いける」


ザルクスが、愉快そうに笑う。


「だろ?」


次の瞬間、大聖堂の中で初めて、リオの本来の戦い方がもう一度、はっきりと牙を剥いた。

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