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外れスキルの【停止時能力向上】実は世界最強でした〜夢記録に刻まれた800年の真実〜  作者: 滝本りお


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理由のない引っかかり

ヴァイスを外へ連れ出してから、最初の数日は妙に落ち着かなかった。


第一区の者たちは、リオが連れてきた“黒銀の長髪の女”をどう扱っていいのか分からず、遠巻きに見たり、見ないふりをしたりしていた。

だが、リオが普通に話しかけ、ヴァルがいつも通り軽口を叩き、ノアが穏やかに受け入れてしまったことで、空気は少しずつ馴染み始めている。


それでも、ひとりだけ明らかに様子が違う者がいた。


ミアだった。


ヴァイスを見かけるたび、止まる。

ほんの一瞬、息を忘れたみたいに固まる。

それから何でもない顔を作ろうとして、うまくいかずに目を逸らす。


ヴァイスの方も同じだった。


ミアが近くを通ると、話の途中でも一度だけ視線がそちらへ流れる。

顔に出さないようにしている。

だが、見ている方には分かる程度には、分かりやすかった。


レインは三日で気づいた。


「……あいつら、何なんだ?」


夕方、第二区の作業終わり。

資材置き場の端でパンを齧りながら、レインは露骨に顔をしかめた。


隣で釘の箱を仕分けていたタオーが、きょとんとする。


「誰と誰?」

「ヴァイスとミア」

「えー、仲悪いの?」

「仲悪いっていうか」

レインは眉間を押さえた。

「お互い気になるのに、近づくと変な顔して固まる」

「見てるこっちが気持ち悪い」


その表現はひどかったが、かなり正確でもあった。



その日の夜。


第一区の中央広場では、いつものように人が集まり始めていた。

大広間の前では簡易の屋台が並び、火の魔術で温められた鍋から湯気が上がる。

噴水のまわりでは子どもたちが追いかけっこをしていて、遠くの壁上では夜番の交代が始まっている。


ミアは、配布用の布袋を抱えたまま、噴水の脇で一度立ち止まった。


正面からヴァイスが歩いてきたからだ。


黒銀の長い髪。

青白い肌。

人の形をしているのに、人ではない深さをまとった女。


それだけならいい。


問題は、ミアの身体が、ヴァイスを見るたび勝手に反応することだった。


胸の奥が、きゅっと縮む。

喉の奥が少し熱くなる。

何かを思い出しそうになるのに、思い出せない。

懐かしいような、悲しいような、でも自分の記憶じゃない気がする。


「……っ」


思わず、布袋を抱える手に力が入る。


ヴァイスも気づいたらしい。

二歩手前で止まった。


「……ミア」


呼び方はやわらかかった。

けれど、その一言だけでミアの目が少し揺れた。


「な、なに」


「少しだけ」

ヴァイスは静かに言う。

「顔色が悪い」


「だいじょうぶ」

ミアはすぐに答えた。

「ほんとに」


だが声が少しだけ掠れていた。

それが、自分でも嫌だった。


ヴァイスは一歩近づきかけて、やめた。

代わりに少しだけ距離を取る。


「……近いと、つらいですか」


ミアは、すぐには頷けなかった。

認めたくなかったのかもしれない。

でも、嘘もつけなかった。


「つらい、っていうか」

「変」

「ずっと」

「なんか……引っかかる」


ヴァイスは、その言葉に小さく目を伏せた。


「そうですか」


それだけだった。

説明もしない。

問い詰めもしない。


なのに、その返しがあまりにも静かで、ミアは逆に困った。


「ヴァイスは」

ミアが先に聞いてしまう。

「なんともないの」


ヴァイスは、少しだけ考えるように黙った。


噴水の水音が、その間を埋める。


「……なんともなくは、ありません」


「じゃあ、なんで平気そうなの」


「平気そうにしているだけです」


その言い方が妙に正直で、ミアは少しだけ拍子抜けした。


ヴァイスは続けた。


「あなたを見ると、少し困ります」


「……困る?」


「はい」

ヴァイスはミアをまっすぐ見た。

「知らないはずなのに、知っている気がするので」


その一言で、ミアの胸の奥がまた大きく揺れた。


まさに、自分もそうだったから。


知らない。

会ったことなんてない。

なのに、見た瞬間からずっと、知らないままではいられない感じがしている。


「わたしも」

と、ミアは小さく言った。

「そんな感じ」


ヴァイスの表情が、ほんの少しだけ動く。


「そうですか」


また、それだけ。


でも今度は、その短い返事の中に少しだけ救われたようなものが混じっていた。


二人とも、理由が分からないまま、同じ場所で立ち止まっている。


その事実だけで、少しだけ息がしやすくなった。



だが、息がしやすくなっただけで、問題が消えたわけではない。


翌日も。

その次の日も。


ヴァイスが近くにいると、ミアはうまく喋れなくなる。

ヴァイスの方も、ミアを見ると何か言いかけて、結局飲み込む。


レインは、三度目でついに我慢が切れた。


「お前らさ」


第三区の整備予定地。

まだ測量と地ならしが始まったばかりの開けた土地で、レインは露骨に眉をひそめた。


そこにはちょうど、三人が揃っていた。


左にヴァイス。

真ん中にレイン。

右にミア。


ヴァイスは、新しく運ばれてきた石材の配置を確認していた。

ミアはその少し後ろで、作業班の人数を数えていた。

レインは、それを横目で見ていて、ついに言わずにいられなくなった。


「いつまでウジウジしてんだよ」


ヴァイスが静かに振り向く。


ミアは「え」と声を漏らした。


「見てると気持ち悪いんだよ」

レインは容赦なく続けた。

「お互い、なんか不思議な術式か異能みたいなもので繋がってるかもしれないって思ってるんだろ?」


ミアが目を見開く。


「べ、別にそんな……」


「思ってるだろ」

と、レインは即答した。


ヴァイスは否定しなかった。

それが答えだった。


レインは呆れたように息を吐く。


「だったら、こうして――」


そう言って、先にヴァイスの手首を掴んだ。


「レイン?」

と、ミア。


次の瞬間には、ミアの手首も掴んでいた。


「ちょ、ちょっと」


「うるさい」

レインは真顔だった。

「こうして、握手でもしろよ」

「いつまでも変な顔で見合ってる方が意味分かんねえ」


ヴァイスが何か言いかけた。

ミアも止めようとした。


でも、その前だった。


レインの掌を起点に、緑色の光が走った。


いや、光というより、雷に近い。

けれど普通の雷よりもっと不気味で、もっと生っぽい。


《接続》


三人の間を、一瞬でそれが貫いた。


「――っ!!」


まず、レインの身体が大きく揺れた。


ヴァイスの指先。

ミアの指先。

その二つの間を、レインという媒介が無理やり繋いだのだ。


緑の異光が一度だけ強く弾ける。


その瞬間。


ミアの瞳が、見たことのないほど大きく見開かれた。


知らない景色が、流れ込む。


白い布。

笑う女。

幼い手。

温かい家。

土の匂い。

誰かの背中。

抱き上げられた記憶。

逃げる足。

泣き声。

遠ざかる家。

戻れない土地。


ヴァイスの方も同じだった。


幼い娘。

成長した少女。

その子が母になる姿。

赤子を抱く腕。

守れなかった時間。

遅すぎた怒り。

飲み込まれる地。

置き去りになった願い。


レインは、その中心で全部を通した。


「――ぐ、っ」


次の瞬間、その場に崩れ落ちた。


「レイン!!」


近くにいた作業員たちが一斉に振り向く。

運搬中だった魔人まで足を止める。


ミアはその声にも反応できなかった。


ヴァイスも同じだった。


二人とも、その場で立ち尽くしたまま、目にいっぱい涙を溜めていた。


理由を説明できない。

何を見たのか、まだ言葉にできない。

でも、確かに何かが流れ込んできた。


悲しい。

懐かしい。

苦しい。

あたたかい。

失いたくなかった。

会いたかった。


それが誰の感情なのかも、まだ分からない。

でも、自分の中に落ちてきたことだけは分かる。


ぽろ、と。


先に涙を落としたのはミアだった。


それを見た瞬間、ヴァイスの方も堰が切れたように涙が溢れた。


言葉にならない。

ただ、涙だけが次々とこぼれ落ちる。


「……っ」

「……あ……」


声にすらならない。


そこへ、異変を聞きつけたリオたちが駆け込んできた。


「何があった!?」


最初にレインへ飛びついたのはリオだった。

ヴァルとノアもすぐ続く。


「倒れてる!」

「医務室へ運ぶ!」

「道を開けてください!」


レインの意識は浅い。

息はある。

脈もある。

だが、目は閉じたままで、額にはびっしりと汗が浮いていた。


「レイン!」

リオが呼ぶ。

「聞こえるか!」


返事はない。


ヴァルが、顔つきを変える。


「運ぶぞ」

「今すぐだ」


リオがレインを抱え上げる。

周囲の魔人たちもすぐ道を開け、作業員たちは息を呑んで見送るしかなかった。


その間も、ミアとヴァイスは動けなかった。


ただそこに立ったまま、涙を流していた。


リオが、一瞬だけ振り返る。


「……二人とも」


だが、その先が出なかった。


今はまずレインだ。

そう判断して、リオたちは第二区の医務室へ向かって走り出した。


残されたのは、まだ泣いている二人。


ヴァイスが、震える声でようやく言葉を絞り出す。


「……あなたは」


ミアも、涙で濡れた目のままヴァイスを見る。


「わたし……」


でも、その先はまだ言えなかった。


言葉にするには、流れ込んできたものが重すぎた。


夕方の第三区予定地に、風が吹く。

石材の影が長く伸び、まだ何も建っていない土地の真ん中で、二人の涙だけが静かに落ち続けていた。


理由は、まだ分からない。


でも、もう戻れない。


レインの《接続》は、確かに何かを繋いでしまった。

血。

残滓。

記憶。

感情。


その答え合わせは、もうすぐ来る。

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