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外れスキルの【停止時能力向上】実は世界最強でした〜夢記録に刻まれた800年の真実〜  作者: 滝本りお


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小さな城へ帰る夜

最初のダンジョンから戻った翌日。

オルビス・ノヴァの一行は、朝のうちに王都へ入っていた。


第一区の会議室で一晩整理した内容は、すでに簡単な文書に落とされている。

だが、今回ばかりは紙だけで済ませるわけにはいかない。


成埜の地近郊に確認された最初の穴。

浅層の時点で見えた異常。

そして、ダンジョンという存在そのものの重さ。


王へ直接、報告する必要があった。



王城の会議室は、いつもより人が少なかった。


王。

側近。

騎士団上層。

記録官。

最低限の重臣だけ。


余計な耳を入れないためだろう。


王は、入ってきたリオたちを見て、すぐに本題へ入った。


「どうだった」


短い問いだった。


だが、その一言の中に、期待も警戒も含まれている。


ラルラゴが一歩前へ出る。


「浅層確認は完了した」

「結論から言う」

「成埜の地近郊のダンジョン群は、通常型ではない」


王の目が細くなる。


「……やはりか」


リュメリアが卓上に簡易地図を広げた。


「入口の時点で、残留記録が濃すぎます」

「壁面の傷、敵性存在の混ざり方、構造の不自然さ」

「どれも自然発生の迷宮としては整いすぎている」


ユリウス・セルヴァンが、王国側記録として補足する。


「浅層で確認された敵性存在は、“実体と記録の混合型”と推定されます」

「通常素材としての価値は低い」

「しかし、記録密度は高い」

「今後の発生物、階層変質、深層危険度の上昇が懸念されます」


王は静かに聞いていたが、やがてリオを見る。


「お前はどう感じた」


リオは少しだけ考えてから答えた。


「穴、というより」

「見られてる感じがしました」


会議室が少しだけ静まる。


王は、その言葉を軽く扱わなかった。


「歓迎ではなく?」


「たぶん違います」

リオは首を振る。

「敵意とも少し違う」

「でも、“何者かを測ってる”感じはありました」


王の隣にいた側近が、小さく息を吐いた。


ラルラゴがそこで、昨日の会議で整理した言葉を置く。


「ダンジョンは、ただ地に開いた穴ではない」

「死んだもの、戦ったもの、封じられた術式、壊れた理」

「そうした痕跡が地脈と魔気に沈殿し、ある条件で空間そのものが変質した領域だ」


王が、ゆっくり頷く。


「世界が忘れきれなかった傷、か」


「そう捉えて差し支えない」

ラルラゴは答えた。


会議室の空気が、さらに重くなる。


ただ危険だから封鎖する、という話ではない。

そこには過去が沈んでいる。

力が沈んでいる。

場合によっては、国すら動かすだけの履歴が埋まっている。


王はしばらく黙っていたが、やがて言った。


「方針は」


今度はリュメリアが答える。


「当面、すべてオルビス・ノヴァ管理下で内部調査」

「外部への開放はしません」

「浅層・中層・深層の分類、入口ごとの性質差、連結の有無」

「それらを確認してからです」


「妥当だ」

王は即答した。


「他国には?」

と、側近。


王は短く言う。


「まだ見せぬ」

「少なくとも、二度三度は内側だけで触れろ」

「外へ見せるのは、こちらが“見せてよいもの”を選べる段階になってからだ」


ザルクスがそこで鼻で笑った。


「珍しく真っ当だな」


「珍しく、は余計だ」

と、王。


ヴァルが肩を揺らす。


「いいではないか」

「今日は王もまともだ」


「今日は、って何よ」

リュメリアが呆れる。


少しだけ笑いが起きる。


王も、ほんのわずかに口元を緩めた。


「では、その方針で進める」

「国としても、最初の二、三回の探索は“非公開・内部確認”として扱う」

「必要な記録官と監理官は出す」

「だが、余計な口は入れぬ」


ラルラゴが短く頭を下げた。


それで十分だった。



報告を終え、王城を出た頃には、陽がだいぶ傾いていた。


王都の石畳はまだ温かい。

行き交う人々の顔は、以前より少し変わって見える。


オルビス・ノヴァ。

成埜の地。

第一区と第二区。

それらはもう噂ではない。


日常の中に、確かに入り始めている。


だが、その日の帰路でリオが選んだ行き先は、第一区ではなかった。


「……小さな城、寄らない?」


その一言に、ヴァルが先に笑う。


「お、いいな」

「久しぶりだ」


ノアの光が、ふわりと嬉しそうに揺れた。


「わたくしも賛成です」


ラルラゴは何も言わなかった。

だが、否定もなかった。


そうして一行は、かつて拠点としていた小さな城へ向かった。



小さな城は、以前と同じ場所に、以前と同じ形で立っていた。


もちろん、周囲の景色は変わっている。

街道は整い、警備も増え、遠くには成埜の地へ続く発展の線が見える。


だが、この城そのものは不思議なくらい変わっていなかった。


石造りの壁。

少し古びた回廊。

最初に夜会を開いた広間。

王国の使いが朝一番で駆け込んできた窓の下。


全部、そこにある。


リオは、玄関をくぐったところで少しだけ足を止めた。


「……なんか」

「帰ってきた感じするね」


「実際、ここが最初の帰る場所だったからな」

ヴァルが言う。


広間に入ると、少し埃の匂いがした。

今は主拠点ではない。

それでも定期的に整えられているらしく、荒れてはいない。


長机もある。

暖炉もある。

あの夜会の名残みたいに、椅子の配置まで何となく覚えていた。


リオは、ふっと笑って椅子に腰を下ろした。


「ここで色々決まったよね」


「ええ」

ノアが静かに言う。

「たくさんの始まりがございました」


ザルクスがその辺を勝手に歩き回っている。


「俺、ここちゃんと入るの初めてかもな」

「しれっと城の中にいたくせに?」

と、リュメリア。


「それは別だろ」

「別じゃないわよ」


ヴァルは暖炉の前に立ち、懐かしそうに言う。


「最初の夜会、ここだったな」

「グレイランの連中を連れてきて、騎士団が硬い顔して」

「タオーが騒いで、公爵が泣いて、ドラゴンまで来た」


「思い返すと、本当に滅茶苦茶ですね」

ユリウスがぼそっと言ってしまい、珍しく全員が同意した。


「ええ」

「滅茶苦茶だったわ」

「今もだいぶ滅茶苦茶だけどな」

と、ザルクス。


ラルラゴが、しばらく黙って広間を見渡していた。


それから、低く言った。


「いるはずのない、お前が帰ってきた。過去の記憶をなくして、未来の記憶だけを頼りに」


リオが顔を上げる。


「ああ」

「そうだったね」


「王国の使いが来て」

「未開拓地から魔気が観測されたと報せた」

「お前は一人で行くと言った」


「Eランク冒険者だからね、って言ってた」

ヴァルが思い出し笑いをする。


リオが、少しだけ恥ずかしそうに顔をしかめる。


「それ、まだ言うんだ」


「一生言う」

と、ヴァル。


小さな笑いが広間を回る。


でもその笑いの下で、全員が少しだけ同じことを考えていた。


ここから始まったのだ。


王との再会。

成埜の地。

ノア。

グレイラン。

レインとミア。

外の国。

ザルクスの帰還。

そして今、地下のダンジョン群にまで話が伸びている。


小さな城は、最初の“器”だった。


まだ何も持っていなかった頃の拠点。

だけど、何もなかったからこそ、ここで火がついた。


リオは、暖炉の上に手を置いて言う。


「なんか、不思議だね」

「今は第一区があって、第二区があって、壁もできて」

「でも、ここに来ると全部まだ途中だった時の感じを思い出す」


ノアの光が、やわらかく揺れた。


「途中であったからこそ、美しかったものもございます」


「今も美しいだろう?」

と、ヴァル。


「今は今で、騒がしいだけよ」

と、リュメリア。


「ひどいなあ」


リオは、そのやり取りを聞きながら少し笑った。


「……でも、たまに戻るの、いいかも」


ラルラゴが短く頷く。


「忘れぬためにはな」


「何を?」

と、リオ。


ラルラゴは、少しだけ間を置いて答えた。


「始まりをだ」


その一言は、この小さな城によく似合った。


外では、夜が静かに降りてきていた。

第一区ほどの賑わいはない。

だが、その静けさの中に、確かに昔の熱が残っている。


小さな城は、もう中心ではない。

だが、それでもなお、彼らにとって最初の火が灯った場所だった。


そしてその夜、オルビス・ノヴァは久しぶりに、小さな城でゆっくりと過去を振り返った。


成埜の地の未来へ進む前に。

地下の領土へ踏み込む前に。

自分たちがどこから歩き始めたのかを、もう一度確かめるために。

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