ダンジョンという領土
第一区の会議室兼、ギルドメンバーの寝泊まりする大広間には、夜の灯りが静かに落ちていた。
外では宴の続きをしている者たちの笑い声が、薄く壁を叩いている。
だがこの部屋の中は、その熱から半歩だけ離れた場所だった。
卓の上に広げられているのは、成埜の地周辺の地図。
第一区、第二区、整備中の街道、今後の拡張予定地。
そして、その外縁に赤く印された複数の地点。
リオは、その印をしばらく見つめてから口を開いた。
「……まず確認したいんだけど」
ラルラゴが視線を向ける。
「この世界で、ダンジョンってそもそもどういう扱いなんだ?」
「いや、危ないとか、素材が取れるとか、そういうのは分かるんだけど」
「国とかギルドとか、誰がどう管理してるのかを、ちゃんと聞いておきたい」
その問いに、ヴァルがにやりと笑った。
「いい質問だ」
「そういうのを知らずに潜ると、後で面倒なのは魔物より書類の方だからな」
「それは嫌だな」
と、リオ。
「嫌で済めばいいけどね」
リュメリアが静かに言った。
ラルラゴが、卓の上の地図を指先で軽く叩く。
「なら最初から整理する」
「ダンジョンとは何か」
「誰のものか」
「誰が入れるのか」
「何を持ち出せるのか」
「そして、成埜の地の近郊にあるものを、今後どう扱うか」
と、リュメリアが続けた。
リオは頷いた。
「うん、それを知りたい」
ラルラゴは短く息を吐く。
「ダンジョンは、ただの穴ではない」
その一言で、部屋の空気が少し締まった。
「地脈、魔気、記録、異界の残滓」
「そういったものが一点に集まり、空間そのものが変質した領域」
「それがダンジョンだ」
リオが少し目を細める。
「記録、っていうのは……」
「昔そこにいたもの、死んだもの、戦ったもの、封じられた術式、壊れた理」
リュメリアが補う。
「そういう“痕跡”が残るのよ」
「だから、ただの地下迷宮とは限らない」
「深いものほど、過去や異界に近くなる」
ヴァルが肩をすくめた。
「要するに、資源の山でもあり、災害の口でもある」
「うわ、嫌な二面性」
と、リオ。
「実際そうだ」
ラルラゴが言う。
「放置すれば魔物が溢れる」
「だが、手を入れれば希少素材、地脈資源、古代遺物、時には失われた術式まで出る」
「だから国は、ダンジョンを“宝”としても“火種”としても扱う」
ノアの光が、卓の上でやわらかく揺れた。
「ゆえに、民の暮らしに近いダンジョンほど、国家の管理下に置かれるのでございますね」
「そう」
リュメリアが頷く。
「この世界では、領地内で発見されたダンジョンは原則、国家優先管理よ」
「個人のものにはならない」
「貴族の領地内にあっても、まず国への届け出義務がある」
リオが少し驚く。
「領主のもの、ってわけじゃないんだ」
「なりにくいわね」
リュメリア。
「危険度が高すぎるもの」
「下手に一貴族へ握らせると、軍事・流通・素材市場が全部歪む」
「だから王国法で、まずは国家が危険度と価値を査定する」
ヴァルが指を折りながら言う。
「そこで三つくらいに分かれる」
「王国直轄」
「騎士団管理」
「認可ギルド管理」
「浅くて安定してるものなら、認可ギルドに任せることもある」
「逆に深層や特殊核を持つものは、まず王国直轄だ」
ラルラゴが言った。
リオは卓の赤い印を見た。
「じゃあ、成埜の地の近くのやつらは……」
「普通なら、最初からかなり厳重」
リュメリアが即答する。
「しかも今回は、ただの辺境の新規ダンジョンじゃない」
「成埜の地の中心部と、下で繋がっている可能性がある」
「より厳しい扱いになるのが自然よ」
ザルクスが、椅子に深くもたれたまま口を挟む。
「普通の国ならな」
「でも、ここは成埜の地だ」
「普通の制度だけで測ると、逆に判断を誤る」
「だからこそ、最初に決めておく必要があるのよ」
と、リュメリアが冷たく返す。
ザルクスは笑った。
「真面目だなあ」
「誰かがやらないと、あなたが全部ぐちゃぐちゃにするからでしょう」
「否定できねえ」
ヴァルが吹き出す。
リオも少し笑ったが、すぐに真顔へ戻る。
「他国や、別のギルドが入りたいって言ったら?」
「簡単には無理」
ラルラゴが言う。
「王、またはそれに準ずる権限者の許可が要る」
「保証金の預託、人数制限、持ち出し素材の申告義務」
「場合によっては記録官と監査役の同行」
「無断深層侵入は重罪」
「重罪?」
と、リオ。
「場合によっては死罪でもおかしくないわ」
リュメリアが淡々と返す。
「ダンジョンは軍事機密にも資源にもなる」
「深層情報の持ち逃げ、地脈構造の流出、遺物の横流し、核への干渉」
「どれも一国を傾けるには十分よ」
「うわ、本当に領土だ」
リオが小さく言う。
「その通り」
ラルラゴが頷く。
「ダンジョンとは領土だ」
「地上の村や街と違って、見えにくいだけでな」
その言葉が、妙に重く響いた。
ヴァルがそこで、今度は少し軽い口調で続ける。
「で、当然ながら中で取れたものも好き放題にはならん」
「通常素材なら、探索者取り分が主だが、それでも国家取り分はある」
「希少素材、ボス素材、古代遺物はもっと厳しい」
リオが眉を上げる。
「どれくらい持ってかれるの?」
「素材の格で変わる」
リュメリアが答える。
「浅層の一般素材なら、探索者優先」
「ただし国家管理下ダンジョンなら、一定割合は上納」
「希少素材やボス素材は国家取り分が一気に増える」
「古代遺物や禁呪系、地脈核に関わるものは原則すべて報告義務」
「無断私蔵は重罪」
「夢があるようで、だいぶ世知辛いね」
と、リオ。
「夢だけ見て死ぬ探索者が多いから、制度は世知辛くなるのよ」
リュメリアが言う。
ノアがやわらかく補った。
「ですが、その厳しさがあるからこそ、民が安心して暮らせる面もございます」
「ダンジョンからの氾濫や、危険物の流出を抑える仕組みでもあるのです」
リオは頷いた。
「なるほど……」
「じゃあ、ギルドっていうのも、かなり立場が重いんだね」
「重いぞ」
ヴァルが笑う。
「ギルド長なんて、会社の社長と現場責任者と外交窓口を全部一人でやるようなもんだ」
「人をまとめて、国と交渉して、死人が出たら責任を取って、必要なら先頭にも立つ」
「全然やりたくないな」
リオが即答する。
「もうやってるわよ」
と、リュメリア。
「そうだった」
「そうよ」
ザルクスが、そこでくつくつ笑う。
「しかもお前んとこは、普通のギルドじゃないしな」
「探索特化でも、依頼特化でも、混成でも、国家協力型でもない」
「もうほとんど“王国直結の特例勢力”だ」
「特例すぎるのよ」
リュメリアが言う。
「でも、否定はできない」
ラルラゴが、そこで卓の上の赤い印をもう一度叩いた。
「話を戻すぞ」
全員の意識が戻る。
「成埜の地近郊のダンジョン群は、今の時点で複数確認されている」
「だが性質は未分類」
「深部で繋がっている可能性も高い」
「よって、現段階では外へ開かない」
リオがゆっくり言う。
「つまり、最初は僕たちだけで見る」
「そうだ」
ラルラゴ。
「少なくとも一回目と二回目は、オルビス・ノヴァだけで触る」
リュメリアが続ける。
「構造、危険度、核との距離感、反応」
「全部こちらで先に把握する」
「その上で」
ノアが言う。
「将来的に浅層の一部を自国向けに訓練場や素材採集場として開くか」
「あるいは隣国・協力ギルドへ限定的に解放するかを判断する、ということですね」
「そういうことだ」
ラルラゴが頷く。
そこで、リオがふと思い出したように言った。
「でも、それなら最初の探索って、国としても誰か来たがるんじゃない?」
「監視とか、記録とか」
その問いに、ヴァルが楽しそうに笑った。
「来るだろうな」
「むしろ来ない方がおかしい」
「すでに王国にも話は通してある」
リュメリアが言う。
「最初の探索には、国から派遣された監理官兼記録官が同行する予定よ」
「監視役、ってこと?」
と、リオ。
「半分はそう」
リュメリアは頷いた。
「でも、ただの見張りじゃない」
「国家側の正式な目であり、証人であり、記録者」
「後で公開範囲や管理権を決める時、その記録が要る」
ザルクスが鼻で笑う。
「書類好きの国らしいな」
「あなたが好き放題しすぎるから、記録が必要なのよ」
と、リュメリア。
「否定できねえな」
ザルクスはまた笑った。
リオは少し考え、それから頷く。
「分かった」
「なら最初は、僕たちと、その監理官」
「オルビス・ノヴァだけで潜る」
「そうだ」
ラルラゴが言う。
「外へ見せるのは、それからだ」
会議室に、しばらく静かな空気が流れた。
外ではまだ宴の笑いが遠くに聞こえる。
けれど、この部屋の中で今決まったことは、それよりずっと先の未来に響くものだった。
ダンジョンは穴ではない。
資源であり、災害であり、領土であり、時に国そのものの骨になる。
その事実を、リオは今ようやく本当の重さで受け止め始めていた。
「……じゃあ」
リオが地図を見る。
「最初のやつ、行こうか」
ラルラゴが短く頷く。
「まずは最初の穴だ」
灯りが、卓の上の赤い印を静かに照らしていた。




