第4杯 事情
「Sieg Heil!」(勝利万歳!)
「Heil Hitler!」(ヒトラー万歳!)
『ケーニヒグレッツ行進曲』がドイツ軍のパレードと共に響き渡ります。
1939年11月28日
ドイツ第三帝国
帝都ベルリン
「どうだいイリス?これがドイチュランドだ」
「あの壇上の人が総統閣下?」
「そうだよ。偉大な人さ」
右手を斜め上に挙げる姿、口の特徴的な髭、斜めの髪型。圧倒的な演説はイリスすら魅了する力を持っていました。
「やぁ!久しぶりじゃないか!フランクライヒから戻ってきたのか」
「少佐!」
「…えーっと…どなた様?」
やって来たのは少佐クラスのドイツ軍将校です。綺麗で格好いい黒い制服と軍帽、銀に輝くベルトに階級章。漆黒に存在感を表すモーゼル拳銃。ドイツ人の高い身長がより圧迫感を増します。
「紹介するよ。僕の母親の親友、ヴェスターヴァルト・アイスナー少佐だ」
「イリス・ジャッドです。初めまして。よろしくお願いします」
「初めまして。こちらこそよろしく。この子が君の彼女さんか。噂には聞いていたが、さすが彼が選ぶほどの女性だ。総統閣下への忠誠心、アーリア人の血も混じっているとみた」
アイスナー少佐がイリスの目をゆっくりと覗きます。
「いい女性を手に入れたな。だが溺れるなよ。男は女に弱いものだ」
「分かってますよ。でも、イリスは男に敵うほど強い女性です」
「…というと?」
「イリス、自分の口から言えるよね?」
「うん。私、イリス・ジャッドはドイツ軍部隊に志願いたします!」
フランス人で構成されるドイツ軍部隊は1939年当時存在していませんでした。ドイツ初のフランス義勇兵部隊は1941年に設立されたフランス義勇軍団です。イリスはその先駆者になろうとしていたのでした。しかし、血を流すためではありません。目的は政治家への道として、近道の1つである階級を上げること。これにより上層部に上り詰め関与することだったのです。
「…本気か?フランス人義勇兵なんて聞いたこともない!」
「だったら作ればいいんですよ!」
「無茶なことを。作ることはできんかもしれんが、ヒトラーユーゲントに入隊できる可能性はある。ドイチュランド語も喋れるようだし…」
「うーん…ヒトラーユーゲントってフランス人でも入れるんですか?」
「わからん。だが推奨はしない。総統閣下はフランスを憎んでらっしゃる。何をされるかわからないぞ。しばらくドイチュランドを旅行しててくれ」
そう言ってアイスナー少佐は群衆の中へ消えていってしまいました。
補足しますが、ヒトラーユーゲントはドイツ軍の青年兵で構成された部隊です。1939年当時には800万だと言われています。役割は前線で戦うことではなく、スカウトといった宣伝であったそうです。少なくとも、戦況悪化までは。
「仕方ないイリス。僕の家で暮らそう。別室が空いてるから使ってくれて構わないよ」
「一人暮らしなの?」
「15の頃からね。母親は僕が産まれてから亡くなって、父親はナチスを恐れて僕を置いて逃げたんだ」
「…お金は大丈夫なの?」
「父親は金持ちだったからね。裏社会の人間だったらしい。そのおかげで今も暮らせてるだなんて、イカれた世の中だよ。言っとくけど、僕はしっかり今も働いてるから無職じゃないよ」
「なら良かった。無職だったら帰ってたよ」
「やめてくれよ、いきなり帰りたいなんて」
「うん…」
イリスには一瞬、店長やエマたちの顔と声が過ったのです。ですが、もう後悔しても遅いと思い、その思い出は今、消し飛ばすことにしました。
2日後…
同年11月30日
フランス共和国
首都パリ
同 アンリ・エドゥアール・フレール
「じゃあ、またどこかで会おう。あんたらと関われて良かった」
ヴァーニャ店長は店を畳み、ついにアメリカに渡る時が来たのです。
「我々も同じ気持ちです。お世話になりました」
「いやいや。君らが買いにくるというから繁盛したような店だ。そのありったけの材料は自由に使ってくれて構わない。ただ消費期限は気をつけた方がいいぞ」
「分かってますよ」
「ほらジャンヌ。挨拶しな」
ジャンヌは涙目でいっぱいでした。
「まさかそんなに泣いてくれるとは思ってもいなかったよ。ありがとうな」
ヴァーニャがハグをし、ついに行ってしまいます。
「またどこかで会おう。その時はまた買いに来てくれ」
「もちろん」
「では、さらばだ」
ヴァーニャが去ったこの日、彼女らはそれをずっと覚えていました。この冷たい風が吹き、曇っていた11月30日を。
[速報です。ソビエティックがフィナンドに侵攻したと、フィナンド政府は発表しました。開戦です。フランス政府が支援を行うことを検討中ではないかという専門家からの意見もあります]
1939年11月30日
冬戦争
開戦
12月に突入すると、フランスはさらに冷たくなります。フランスの冬は非常に寒いものです。しかし、今年の12月は冬の中ではまだ暖かい傾向がありました。
「ふわぁ…おはようございます…」
「おはようございますエマさん」
「相変わらず料理人さんは早いね…」
「支度も朝ごはんもありますから。そういえば聞きました?新しい戦争が始まったって」
「うん…物騒な世の中が続いてるね」
朝6時で雨。天気は優れません。朝ごはんを食べ、髪を結びます。パジャマから制服に着替え、この時点で時間は6時40分。どうもジャンヌが起きてきません。
「ジャンヌが寝坊してるけど、随分起きないなぁ」
「ちょっと起こしに行っていただけますか?私、今が手が離せないもので…」
「はーい」
ジャンヌの部屋をノックしても返事はありません。
エマはイリスのように消えてしまったのではないかと感じました。
「ジャンヌー?入るよ?」
心配でいっぱいの中、ジャンヌの部屋に入ると、そこにはうなされているジャンヌがベッドで寝ていたのです。
「…ジャンヌ?大丈夫?」
ジャンヌのおでこを触ると、明らかに自分より熱かった状態でした。顔色も悪いようです。
「…大変!料理人さーん!」
エマは飛び出して料理人さんの元へ向かいました。




