47.家族
その日、ローエン侯爵家当主であるシリウスの一日は騎士団の仕事によって前日の帰りが遅くなったため、いつもより少し遅れての目覚めから始まった。
「........しりうす?」
「すまないレイラ、起こしてしまったな」
隣で眠っていたレイラは「ぅ...ん.....」と少し唸った後身体を起こしガウンを羽織るとシリウスの腰にそっと両手を回した。
結婚して子どもがいれば寝室は自然と別々になっていくものだが、シリウスとレイラはいつでも恋人のように同じ寝室同じ寝台で生活をしている。もちろんレイラにはレイラ、シリウスにはシリウスのそれぞれの部屋があるにも関わらずだ。
その甘々生活ぶりは、息子であるジョンやリアンが目を背けるほどであったが、そのうちその光景にも慣れてしまったのか、ジョンは「ああ、またやってるな」と生活の一部として受け入れるようになってしまった。リアンは未だに顔を赤くしているが。
「おはようシリウス......ん.....」
そんな甘々夫婦はベッドの上でおはようのキスを軽く済ませた後、それぞれ着替えを始めた。レイラは外で待機していたイリアと共に自分の部屋へと戻り、シリウスはその場でサッと着替え髪を整えた後、すぐに部屋を出てダイニングルームへと向かった。
いつもより遅く起きたシリウスではあったが、ダイニングルームにはいつも通りの時刻にロングテーブルの最奥へと着いていた。
着替えを終えたレイラもすぐに部屋へとやって来て、もう一度挨拶をしてからシリウスのすぐ横の席へと着いた。
もう少しで秋ということもあってか、テーブルの真ん中には庭師であるトリスが用意したであろうコスモスやダリア、カルーナといった秋の花が生けて飾られていた。
ローエン侯爵家では家族と食事を共にすることを大事にしているため、シリウスは自分が早く起きても緊急の仕事や朝早くの仕事といったことがない限りは、家族と共に食事を取るために一人で席について皆が来るのを待っているのである。
とは言っても食事をする時刻は特に決まっているわけではなく、皆が来るのを待っていてはシリウスが食べるのが遅くなってしまう。しかし、毎回同じ時刻に食べているためか家族全員のなかでの生活のサイクルは出来上がっているので食事の時刻が大きくずれることはなかった。
そして今日もいつも通りソフィア、リアン、ジョンの順番で部屋へと入って来て、全員が席へ着いたのを見て食事を運ばせた。
「ソフィア、昨日は食事を共に出来ずすまなかった」
テーブルの上に飾られた花を見ていたソフィアにシリウスが声をかけると、ソフィアはすぐに顔をこちらに向けて笑顔で答えた。
「いいえ、昨晩は皆さまお忙しいと聞いておりましたので」
そう言って置かれた料理を食べ始めたソフィアを見た後、シリウスも前にある料理を食べ始めた。
「そういえばソフィー、テナリスに行った感想は?」
しばらく五人は黙って食事をしていたが、その沈黙を最初に破ったのは先にスープを食べ終わったジョンであった。
「はい、とても大きな街で素敵な工芸品がいくつもあり商人が多く出入りしていることに驚きました。侯爵領はここだけではなく港町にもあるはずですが、商品はそちらから運ばれているのでしょうか?」
「ああ、そうだよ。でもテナリスの工芸品だけは少し他とは違ってね、侯爵領の町ではあるけれど特殊な材料を使っているものが多いから貿易が盛んなボブリン子爵の領地から直接運ばれているんだ」
感想のついでにソフィアはジョンに気になったことを聞いてみたが、その質問に真っ先に答えたのはジョンの隣に座っていたリアンであった。
リアンは国吏試験を受けるまでの間、領主としてのシリウスの仕事の半分以上を手伝い、侯爵家の領地の各地を回って調査をしたり町の人と交流を深めていたためその手の質問には詳しかった。
「ソフィー、テナリスで何か変わったものを見かけなかった?」
「はい、アクセサリーの素材が他とは違いガラスではなく水晶や木でできていました」
「そう、水晶は隣国であるフラーデンス国で盛んに採掘される石からできているものでね、とても高価なものだからテナリスでしか扱っていないんだ。木はこの国の木なんだけど、それは水を吸いにくい特殊な木で作られていてその木がボブリン子爵の領地にたくさん生えているから、そこから運んでもらっているんだよ」
リアンの分かりやすい話にもっと聞きたいことが増えたソフィアだったが、今が食事中ということを思い出しそれ以上聞くことを諦めた。
「ありがとうございますリアンお兄様、また一つ新しいことを学ぶことができました」
「どういたしまして」
リアンはもっと知識を得たいとばかりにキラキラと目だけを輝かせたソフィアを見てフッと口元に小さな笑みを浮かべ静かに食事を再開した。
そんな小さな会話を度々しつつ、いつもの穏やかな食事の時間が終わるとシリウスは思っていた。
しかしそれはソフィアの一言で一変することになる。
「あ、あのお父様!」
その声に普段ソフィアが声を張り上げたところ(といってもまだまだ声は小さいのだが)を見たことのないシリウスだけではなく他の三人も少し驚いたが、シリウスはいつものように変わらず落ち着いた声色で「どうした」とソフィアへ聞き返した。
「そ、その、少しお願いがあるのですがよろしいでしょうか?」
「お、ソフィアなんだなんだ?町に出てしたいことが見つかったのか?」
ソフィアのお願い事が気になったジョンは真っ先にソフィアへしたいことを聞こうとする。
「は、はい。私この家を出て町で働きながら生活していきたいと思ったのですが.......」
その言葉を聞いた瞬間、全員がおかしな動きをした。
シリウスは持っていたナイフを落としそうになり、レイラはゴホッと咳込み、ジョンは持っていたパンを落とし、リアンはカップからコーヒーをこぼしそうになった。
「あ、あの、えっと.......」
そんな家族の様子を見て、自分が言ってはいけないことを言ってしまったと思ったソフィアはすぐに訂正しようとしたが時すでに遅し。
先程までの穏やかな空気は一瞬にして掻き消され、全員がソフィアの方を見て呆然とした表情をしていた。
そんな中でも唯一なんとか気持ちを立て直しソフィアへ聞き直すことができたのは母親であるレイラだった。
「そ、ソフィア、どうして町で働きたいの?ここじゃダメかしら?何か不便があったかしら?」
「い、いいえ!とんでもありません!こんなに素晴らしいお屋敷に何不自由なく住むことができて、私は幸せです」
「だったら」
「ですが出生証上実子であるとはいえ、やはり私は他人の子です。これ以上皆様の生活の邪魔をしてはいけませんし、気を遣っていただくのも、その.......申し訳ないです」
きっぱりと他人だと言って線を引いたソフィアを見たシリウスはその表情に小さな引っ掛かりを覚えながらも言葉を発した。
「ソフィア、外へ行って何がしたい?」
聞かれたソフィアは少し戸惑いながらも小さな声で自信なさげに答えた。
「私は、外へ行って働いて、町の人の様子を見たり多くの自然に触れたりしながらこの国をもっと知りたい、です」
十六年間という長い年月をソフィアは塔の中だけで過ごしていたため、人との関わりが極端に少なく、虐げられていたこともあり、人と関わることが苦手で相手を信用するにも多くの時間を要する。
シリウスはそんなソフィアのある意味世間知らずなところも、社交を何度もすれば慣れるだろうと考えていた。しかし、その前にソフィアは自分の欠点を正しく認識した上で町で働きたいと考え、話すのが苦手であるにも関わらずこうしてシリウスに直接家族全員の前で思いを伝えてきた。
そのソフィアの真っ直ぐな姿勢に感心したシリウスは、その上でソフィアの考えを変えようと試みた。
「そうか。ソフィア、それはこの屋敷にいてはできないことか?」
「そ、それは.....で、ですがご迷惑に....」
「ソフィアはこの家が嫌いか?」
「そんなことは!......い、居心地が良い...と思います」
けれど自分がいては気を遣わせてしまい、家族の間にも水を差すことになってしまうだろう。
ソフィアはそのことをもう一度きちんと伝えようと口を開いたが、その前に動揺から立ち直ったジョンが話へと入ってきた。
「ならここから通えばいい。ソフィー、誰もお前を邪魔なんて思ってないし、むしろお前がいなくなると寂しいぞ」
「で、ですが気を」
「気を遣わせることは悪いことか?相手にいい奴だと思われたい、好きになって欲しい、理由は何だっていい。気を遣うってことは相手を大事にしてるってことだと俺は思う。少なくとも俺ら家族は皆ソフィアが大好きで、ここにいて欲しいと思ってる」
頬杖をついたままではあったが、いつも以上に柔らかい声で真っ直ぐに思いを伝えてくるジョンは、兄という存在を知らないソフィアにとって、はじめて本当の「兄」のように思えた。
ーーー私は邪魔じゃない?
ーーー必要とされてる?
ーーーけれど、また「誰か」の代わりだったなら.......
新たな思いが頭の中を駆け巡り、悪い方へと考えがもっていかれてしまう。その時、
「相手のことを考えるのも大切だし、それがソフィアの良いところでもあるんだけど、自分の生きたい道は自分を一番にして考えていいんだよ。どんな道を歩いてもソフィアはソフィアだ。嫌いになったりしないよ」
いつの間にか隣の椅子に座っていたリアンは、ソフィアの頭を優しく撫でながら言葉を紡いだ。そしてその言葉は悪い方に考えていたソフィアの思考を止めさせてくれた。さらにソフィアの中に何かがストンと収まったような、抜けていたピースが一つ埋まったような気がした。
「ソフィーはどうしたい?」
ジョンの問いにしばらく沈黙が続いた。しかし俯くソフィアの肩が小さく震えているのに気がついた全員が驚き、そして温かく見守りながら最後に隣にいたレイラが「ソフィア」と優しく名前を呼んだ。
「わ、わた、しはこ、ここに、こ、の、お屋敷に、ずっといたい、です」
ようやくソフィアが溢すようにぽつぽつと呟いた言葉が聞き返されることはなく、レイラはソフィアを隣からギュッと抱きしめその頭にそっとキスを落とした。
ソフィアは目から出る雫が涙であると分かると恥ずかしくて顔を両手で覆ってしまったが、同時に涙が出るのは悲しい時だけではないことを生まれて初めて知った。
胸が何かに締め付けられるほど痛んだが、それは苦しい時の痛みとは程遠く、どこか心地良い痛みだった。
そして、ソフィアはこの日初めて家族に本当の涙を見せた。
しばらくウィリアムやレオンがいない日々が続き、書いている間とても寂しかったです。
次からようやくウィルが登場します!




