46.夢
前の投稿からかなり間が空いてしまってすみません。
「おかえりなさいませおじょ........おおおお嬢様!そのお姿はどうなさったのですか!一体なにが」
約束どおり、ソフィアは夕方までに屋敷へ帰ってくることができた。
しかし、間に合ったことに安心しながらソフィアが屋敷の中へ入ると、そこには今にも倒れそうなほど顔を真っ青にしてこちらを見ているミリーの姿があった。
その視線の意味を瞬時に理解したソフィアは目の前で慌てふためくミリーへと説明をした。
「ま、町で騒ぎ過ぎて転んでしまったんです。服を汚してしまって申し訳ありません」
「そ、そうですか?」
ソフィアが騒ぐということ自体普段の様子からは全く想像のつかなかったミリーは訝しげに首を傾げながらも頷いた。
「誤魔化すことは出来たかな」と思いながらも未だに不安そうにこちらを見てくるミリーにソフィアは微笑みを向け、汗をかいたからと湯あみをするために急ぎ足で部屋へと向かった。
ミリーは不安を覚えながらもソフィアにお茶を入れようと考え、湯あみや夕食の準備もしなければと周りにいるメイド達にテキパキと指示を出し始め仕事へと戻った。
♢
部屋へと行き服を脱いでバスルームへと入ったソフィアは用意されたお湯を使わずに冷水を頭からかぶった。
本来であれば凍えてしまうのではないかというほど冷たいのだが、ソフィアはその水に冷たさを感じていなかった。マイヤー邸の塔では水しか出なかったためソフィアは寒いことに慣れていた。
冷水を何度も浴びたソフィアは鏡に映る自分の体を見て顔を歪めすぐに体を洗うための石鹸とタオルを手に取った。
「汚い.......」
そう言ってソフィアは体が赤く腫れ上がるのではないかというほど何度も何度も体を擦った。
町へと出かける時、帰りを待っていると言っていたレイラは用事ができたため出迎えることが出来ず、屋敷の出迎えはミリーだけであった。
ソフィアは、屋敷へ帰ってきた時のミリーの青ざめた顔は凄かったと改めて思い出すと同時に、レイラやシリウス達が出迎えにいなかったことは今回は不幸中の幸いだったと冷え切った頭で考えていた。
冷水を浴びたソフィアは用意されたお湯にようやく手を伸ばすと、一度だけお湯をかぶりバスルームから出てあらかじめ用意していた服を身に纏った。
用意していたのは花柄の肩紐にフリルがついているのが魅力の足首まであるワンピースなのだが、ソフィアは気にせず上からガウンを羽織りその魅力の一つをあっさりと隠してしまった。
貴族のほとんどが、湯あみをする時や着替える時といった支度をする際には必ず三人以上の使用人が付き添いながら至れり尽せりの状態で手伝いをするのだが、ソフィアは一人の使用人も付けずに全て一人で行っていた。
ミリーや使用人には体を見られることが恥ずかしいからと伝えていたソフィアだったが、体の傷を見られたくないというのが本当の理由だった。
塔に囚われていた時、ソフィアはオリビアやメイドや兵たちから口にすることも憚られる仕打ちを毎日のように受けていた。マーガンの治療のおかげで大きな傷はすっかり綺麗になり、小さな傷も気にならない程度には綺麗になっている。
しかし、ソフィアはもはや自分の体を醜いとしか思えなくなっていた。
「お嬢様、旦那様からお手紙が届いております」
「はい」
カモミールを入れて髪を結ってくれたミリーに礼を言いながらソフィアは手紙を受け取った。
「.......ミリー、今日は食事は必要ないみたいです」
「かしこまりました、料理長にもそう伝えておきます」
手紙には四人全員の帰りが遅くなるため食事が要らないということがシリウスの手によって書かれていた。それを聞いたミリーは料理長であるアーサーへと伝えに行き、ミリーが出ていった扉を見ながら部屋に誰もいないことを確認したソフィアは胸を撫で下ろしながらホッと一息ついた。
ーーー変じゃなかったわよね.......
ソフィアは今日の出来事を自分の中で完全に無かったことにしようと帰りの馬車の中で決めたものの、ずっと心配そうにこちらを見てくるミリーに不安を感じていた。
テリナスはローエン侯爵領の中でも大きな街であり、人通りも多く、今回起きたことがどこから知られてもおかしくはない。助けてくれたディルクには口止めをしたが、それも守ってくれるかは分からない。
これ以上考えてもきっと答えは出ないだろうと思ったソフィアはそこで考えることをやめた。
するとタイミングよく扉が叩かれ料理長のところへ行っていたミリーが帰ってきた。
「お嬢様失礼致します。今日のお夕食は如何なさいますか?お部屋で取られるでしょうか?それともダイニングで?」
「......すみませんミリー、料理長には申し訳ないのですが、疲れていてあまり食欲がないので今日はこのまま眠ってもいいですか?」
「はい..........お嬢様、何か悩みがございましたらいつでも相談してくださいね」
「ありがとうございます」
ミリーは帰ってきてからのソフィアの様子がおかしいことになんとなく気がついてはいたものの、理由が分からずなんと声をかけていいか分からなかったため、そのまま部屋を後にした。
部屋はまた誰もいなくなり、ソフィアはミリーに言った通り寝室へと向かい、しわ一つなく整えられたベッドへと横になりいつものように眠りについた。
いつもならベッドに入っても眠りにつくまで二時間以上かかってしまうソフィアだが、街に行ったことで思った以上に疲れたのか瞳を閉じるとすぐに眠りに落ちてしまった。
ーーー声が聞こえる
ソフィアは暗闇の中でぼんやりと声のする方へと歩いていきその光景を見た瞬間、目を見開いて固まった。
それはソフィアが塔にいる時、義母であるオリビアによって痛めつけられている時の光景だった。
『穢らわしい!その体でドブリスをたぶらかしたのね!あの女と同じ!』
目の前には鞭で打たれ続ける自分が倒れ、罵倒され続けている。
『お前なんていらない子よ!死ね!死ね!死ね!』
バシッバシッと響き渡る中ソフィアは呆然と立ちすくしている。
やがて目の前の風景が変わり一人の黒い服を着てフードを被った少女がソフィアの前に立ち、うっすらと笑みを浮かべて話しかけてきた。
『あなた、いつまでそこいるつもり?』
ソフィアの心臓が跳ねた。
『周りのみんなはとっても優しいわね。可哀想なソフィア、憐れんでもらえて嬉しかった?』
「そ、そんなこと!」
『そうかしら?ならどうして叫ばなかったの?』
少女は今日ソフィアが男たちにされそうになった時のことを知っているような口ぶりで聞いた。そしてソフィアもまた、少女の言葉の意味が分かって黙り込んだ。
『また憐れんで欲しかった?心配して欲しかった?可哀想って匿って欲しかった?そうよね、貴方は昔からずーっと閉じ込められて自由もなくて痛めつけられて辛い思いをしてきたものね!分かって欲しいわよね!』
目の前で踊るようにクルクルと回りながら言う少女が何を言っているのかソフィアは理解できなかった。けれどそんな思いは全くないとは言えず、ただ迷惑をかけないように、心配させないようにと思っていた傍らでソフィアの中にも微かにそういう思いもあったかもしれなかった。
『ねぇソフィア、あなた本当にしたいことがないの?あるんじゃないの?』
2人の間にはしばらく時間が流れ、考え込むように俯くソフィアを見て少女は先ほどまでとは違い優しい声色で話しかけるように言った。
優しい声に少し緊張がほぐれたソフィアはゆっくりと顔を上げ、目の前にいる少女をしっかりと見た。
『ふふふ、ここは夢の中、言ってみれば?誰も見てないし聞いてない!私しかいないわ』
手を広げて周りを駆け回るあどけない少女を見ているとなんだか小さい子どもの相手をしているようでソフィアは思わずしたいことを言ってしまった。言った後にはっと我に帰ったが、聞いていた少女はにっこりと微笑みを返しただけだった。
『面白そうね、やってみれば?シリウスは反対するかもしれないけど迷惑とは思わないわ!そもそも!人間なんて迷惑をかけあって生きているの!貴女は貴女の自分の道を進めばいいのよ』
「あ、ありがとうございます」
そのとき、人差し指を立て説教をするようにソフィアに言っていた少女の体が徐々に浮きはじめ、暗闇の上へと上がっていく。
驚いたソフィアは思わず少女の裾を掴んでしまったが、少女は掴まれた手をそっと剥がし、微笑んで言った。
『もう時間ね、そろそろ行かなくちゃいけないの』
「い、行くってどこにですか?」
『人生を楽しんでねソフィア、ずっと見守ってるわ』
消えていく一瞬、少女の姿が成人女性に見えた気がしたソフィアだったが、考える間もないままソフィアの意識も遠ざかっていき、気がつけばいつもの天蓋ベッドで目が覚めていた。
「あれは......」
ソフィアは目覚めてすぐにベッドの上で体を起こし、夢のことを考え始めたが、さっきまで話していたはずの少女の姿を思い出すことはできなかった。
ソフィアの朝はいつも早く、家族全員の中でも一番早いのだが、それを知るのはミリーと料理長のアーサー、そして庭師であるトリスの三人だけだった。しかしソフィアは早く起きてもたまに調理場に行って挨拶をしたり庭の花を見たりしているだけで部屋から出ることがあまり無いため、早起きを知っている三人もソフィアが正確に何時頃起きているのかは把握してない。
そんなソフィアは今日に限って一時間も早く目が覚めてしまい、モヤモヤとした気持ちのまま、ソフィアはいつも通り一人で服を選び一人で着て勉強部屋に行き本を読み始めたがあまり集中することが出来ず一時間ほどで読むことをやめ、ソファに腰をかけた。
そこで先日ウィルから手紙が届いていたことを思い出したソフィアは手紙を返そうと便箋を持ってきてすぐに書こうとしたが、いつもは踊るようにスラスラと進むペンが今日は進まずなかなか書くことが出来なかった。
(全然書けない.......どうしよう)
早くウィルに返事を書こうと思えば思うほど考えはまとまらなくなり手紙ではなくなっていく。
何度も何度もぐしゃぐしゃと紙を丸めて捨てていくそれを見て無駄遣いと思ったソフィアは結局書くことも諦め立ち上がり、窓の近寄り外を見た。
(暗い.....)
辺りはまだ暗く朝日が上っていないことに気づいたソフィアはしばらく外を見ていると、山の奥から少しずつ朝日が上り始めてきた。
「きれい.....」
朝日が上る瞬間のあまりの綺麗さに思わず言葉が漏れてしまったソフィアだったが、自分が言ったことには気が付かず朝日が上り切るまで外を見つめ、屋敷の中を使用人の足音がし始めてようやく窓から離れた。
窓から離れて部屋を出ようとするソフィアの顔は起きた時の不安そうな表情とは打って変わり、何かを決意したように部屋を出ていきダイニングルームへと歩いて行った。
今回はソフィアの心の成長する前段階を書きました。




