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45.自分の足で



(怖い、でも.......)



「よ、よろしくお願いします」



仲良くなりたいというリリーの言葉にソフィアは少し戸惑いながらも答えた。



「私のことはリリーおねえ......ゴホン!リリーと呼んで。仲良くなるのだから二人だけの時は敬語もいらないわ。私もあなたのことをソフィアと呼んでもいい?」

「は、はい!私のことはソフィアと呼んでくださいリリーさん」

「敬語はなくていいって言ったのに」

「ご、ごめんなさい.......あの、わ、私は普段からこの喋り方なので......」

「そう、ならそのままでいいわ!仲良くしてねソフィア!」



敬語がなくなると意外とさっぱりとした女性なのかもしれないという第一印象を抱いたソフィアは差し出された手を軽く握り返した。



その後はお互いに年齢や家族構成などの基本的な話をしながら好みや考え方を聞いていった。最も好みについてはリリーが一方的に話すだけであったが。

初めは恥ずかしさもあってギクシャクしていた二人だったが、話をしていくうちに徐々に打ち解けて仲良くなっていった。


そして今、ソフィアはジョンとリリーが婚約者同士という話を初めて耳にして驚いていた。



「では、リリーさんはジョンお兄様と仲がよろしいのですか?」

「というか.......その、ジョン様とはよく話しをするだけで、仲がいいわけでは......ないの....。で、でも仲が悪いわけではないのよ!」



顔を赤くしながら話しをするリリーにソフィアは自然と笑みが溢れた。



「それよりも、さっきはごめんなさい。ジョン様の妹だと分かったら嬉しくなってしまって.....」



急に謝られたソフィアは何のことだか分からずに首を傾げた。そのことに気づいたリリーはすぐに説明を加えながら話した。



「さっきいきなり手を握ってしまったことよ。私はずっと妹が欲しかったから、貴女が妹だと分かってつい舞い上がってしまったのよ、ごめんなさい」

「いいえ!そんな、こ、こちらこそ驚いて手を振り払ってしまって......申し訳ありませんでした」

「いいのよ、気にしないで」



そう言って優しい微笑みを向けられたソフィアはリリーを太陽のような人だと感じた。



一通り話し終えてしまった二人はお互いに今まで友達というものがいなかったこともあってか、どのように会話を進めていいか分からず静寂が部屋を覆った。



ソフィアは背筋を伸ばしたまま膝に置かれた手を見つめ、リリーは自分の入れたアッサムティーを飲んではほっと息をついていた。



居心地の良いとは決していえない空気がようやく限界にきたところではじめに静寂を破ったのは意外にもソフィアの方であった。



「あの.....リリーさんがこのお店を建てようと思った理由は何ですか?」



ようやく部屋に会話が流れ始めたかと思えば突拍子もない質問をするソフィアにリリーは目を丸くした。



「興味ある?」

「は、はい」




リリーの声が低くなったことに緊張しながらも知りたいという好奇心にはソフィアは抗えなかった。



「少し長くなるかも」

「はい、構いません」

「.......昔ね、私のデビュタントの時に男性が女性のことを話しているのを聞いたことがあるの。その時の話を聞いてしまったせいかおかげか、私はその時から女性の社会的地位について考えるようになった」



リリーは思い出すようにぽつぽつと話し始めた。



「その場にいた男は『女性なんて男に養ってもらわなければ生きていけない。出来ることはせいぜい体を売るくらいだ』って言って女性の尊厳を踏みにじるように言ったの。でも、当時の私はそれを否定できなかった。子どもだったこともあるけれど、それ以上に私は貴族の令嬢であって嫁ぐための花嫁修行くらいしかきちんと学んでいなかったし、実際私のお母様はお父様に養われていた。だから言えなかった」



当時の気持ちを思い出し沈んだ表情で話すリリーをソフィアは静かに聞きながら見つめていた。



「私はそれがとても悔しかったの。女性が女性でいることには価値がない、意味がないって言われているみたいで.....悔しかったの。でもね、女性だって働いて稼ぐことができる!こうしてアクセサリーや服を売って自分の力でお金を稼ぐことができるのよ。私は、それを証明したかった。そしていつか胸を張って『そんなことない』って言うことができるくらい、考え方を変えられるくらいにしてやろうって思って店を建てたのよ。だから私の店は女性だけしか働かせないことにしているの。まあ元々男性があまり得意じゃないっていうのもあるのだけど」

「そう、だったのですね」



最後に堂々と自分の夢を語ってみせたリリーはどう?と自信たっぷりの顔をして、はにかみながら少し照れ臭そうに笑っていた。



女性が一人でも生きていけるような社会を作るためにリリーは自分の店を増やして実際に行動している。そんな自分の夢に自信を持ってどんどんと道を切り開いていくリリーの姿を見たソフィアは、少し嬉しいような寂しいような恥ずかしいような気持ちになっていた。



「リリーさんは、素敵です」

「え?!ふふ、ありがとう。そ、ソフィアは?」

「はい?」

「何かしたいこととか、やってみたいこととかないの?」



(私のしたいこと........)



「......今は、特に思いつきません」

「そう.....まあきっとそのうち見つかるわよ。そうそう、やりたいことがない時は、とりあえずいろんなことに挑戦してみるといいわよ」

「それは、社交界ということでしょうか?」

「そうね。私ももうずっと社交界には出なければいけないもの以外参加していないけれど、ソフィアが参加するならたまにはしてみようかしら。もう婚約もしているし」




縁談話にうんざりしていたリリーはデビュタント以来、殆ど社交界へ顔を出すことがなかったが、ソフィアと友人になったこともあって少し社交界に前向きになっていた。




「ソフィア、やりたいことが見つかった時は言ってね、私に出来ることがあれば協力するから」

「は、はい、ありがとうございます」




話にひと段落ついたところで丁度時間を確認したリリーは、「もう少し町を見たいでしょ」と言ってソフィアとの話を終わらせ、ソフィアを見送るために一緒に階段を降りて行き店のホールへと出た。


そしてソフィアが挨拶をしてドアノブに手をかけた時、リリーは慌ててそれを引きとめて、前から作らせていたプレゼントを急いで自室から取ってきてソフィアへと手渡した。



「いつか会った時にお渡ししようと思っていましたの。お屋敷に帰ってから開けてください。もし気に入ったら着てくれると嬉しいですわ」

「よ、よろしいのですか?」

「ソフィア様のために作っていたものですから」

「.......ありがとう.....ございます」



そう言われた途端、自分の顔が熱を帯びたことにソフィアは気がついた。しかし、それを隠そうとはせず、それを見たリリーは妹を見るような優しい瞳でソフィアを眺め、周りにいた店員たちも同じように微笑みかけていた。



ソフィアはリリーの店を出たあと、道ゆく人が向ける視線の中を歩きながら様々な店を見てまわった。



ソフィアが立ち寄った店にはいつの間にか人だかりができあがり、女性はソフィアが買ったものと同じものを、男性は女性への贈り物を買っていった。



テリナスは侯爵領でも二番目に大きな町であるためソフィアの足では全て見ることは出来なかったが、この町の活気と人々の温かさを知ることができた。そして人と関わることに臆病になっていたソフィアは町を歩いたことでその気持ちが少し薄くなっていた。



ようやく日が暮れはじめた頃、ソフィアは馬車の待つ方へと向かって歩き、今日一日何もなかったことに安堵していた。



ソフィア自身シリウスやレイラが心配してくれたように何か起きたらと一日中不安で仕方がなかった。もし何かあれば侯爵家の迷惑になるばかりではなく、また来ることができなくなってしまうと考えていたからだ。しかし、結果的にそんな考えは杞憂に終わり何事もなく帰れるだろうと安堵していた時、それは現れた。



「ねぇねぇ君!ここで何してるの?」

「暇なら一緒に来て遊ばない?」



ソフィアを覗き込むようにしながら二人の男が突然前に立ちはだかった。



一見第三者から見れば「下手なナンパだ」と思われて軽くあしらわれるようなお決まりの言葉も、世間知らずのソフィアにとってはいきなりのことであり、それがただの質問だと思ったソフィアは「こ、これから帰るところです」と馬鹿正直に男に向かって答えてしまった。



「ええ?もう帰っちゃうのー?そんなのつまんないじゃん!」

「ほらほら俺らといいことして遊ぼーぜ!」

「やっ!あの」



そう言って手を掴まれた時、ソフィアは手を振りほどこうとしたが元々大した力もないため男の力で握られれば抵抗することができない。



あっという間に男たちの誘導で路地裏へと連れて行かれたソフィアは身を震わせることしかできなかった。



(だめ、めいわ、く、をかけては.......)



目の前が真っ暗になったソフィアはこんな時でも自分の身の安全や逃げることを第一には考えていなかった。



「うわ白!この子めっちゃ細いし肌もすべすべしてる!」

「ああ、これはボスのとこ連れて行く前に味見しとかねーとなぁへへへ」



頭の上で両手を押さえつけられ、体中を無造作に触れてくる男たちの手に気持ち悪さを覚えながらソフィアはあの塔で私兵であった男たちにされていた出来事を思い出していた。





『や、めて......ください』

『おい、お前足持てよ。鎖が取れないようにな』

『おいおいここまでやっていいのか?』

『いいんだよ、どうせ一生出られないんだ。俺らで快楽を与えてやらないとだろ?』


あの頃のソフィアは知らない男たちに蹂躙される毎日で、叫んでも誰も助けには来ない。反応することすらも馬鹿馬鹿しく思うようになり、いつしか人形のように振る舞い何も感じないと自分に言い聞かせ、ソフィアという一人の人間を殺し続けてきた。





ーーーどうして今こんなことを思い出すの。




「そうそう、おとなしくしようねぇ〜」

「あ、もしかしてして貰いたかった?なーんて!はははっ」



二人のうち一人は黙り込んだソフィアの体を地面に押さえつけ服の上から胸を触り、もう一人の男はワンピースの裾に手を入れた。




ーーー夕方までに帰らないと。




叫んでも助けは来ないのだと学んでいたソフィアが今この状況で考えてついた最善の答えは大人しくしていることだった。


下手に抵抗すればその分時間がかかってしまい、「夕方までに屋敷に帰る」というレイラとの約束が果たせなくなってしまう。それがソフィアにとっては何より優先されることだった。



「何にも喋らねーぞ?おーい?お嬢さーん!」

「おいおい反応なしじゃつまんねーよ!」



ソフィアが全く反応しないことに苛つき飽きたのか、一人がソフィアの鞄から金を取り、もう一人の男がソフィアの服を脱がせにかかったその時だった。



「うわっ!!!ぐはっ!」



突然上から降ってきた背が高く身軽な格好をした男は金を奪っていた男を勢いよく蹴り倒し、蹴られたことによって路地裏から道に出た男は腹を押さえながら起き上がれずに呻いていた。



「俺はなぁ、女は好きだが無理やり啼かして傷つけるのは趣味じゃねーんだよ」

「な、何言って!こ、この女がどうなってもいいのか!」



パキパキと指を鳴らしながら向かってくる男に、ソフィアを抱えた男はどこから出したのか、小型のナイフをソフィアの首に当て人質にとった。


急な男の行動にも驚かず腰に手を当て「はぁー」っと長いため息を吐いた男はその場でぶつぶつと文句を言った。



「ったく、俺はこういうの専門じゃないんだけどな!っと」

「なな、な、なんだ!」

「いーやなんでも〜」


そう言った瞬間、男はソフィアと男に向かって飛び上がり、後ろからナイフを突きつける男の顔面めがけてかかとを振り下ろした。


かかと落としをくらった男は顔面を押さえながら奇声を上げ泣き叫んでいたが、男はそんなことは気にせずに普段通りの飄々とした口調でソフィアに話しかけた。



「っと、嬢ちゃ、お嬢さん大丈夫ですか?」



男の手から解放されたソフィアはようやく瞳に光を取り戻し目の前の助けてくれた男の顔を見て驚いた。



「ディルクさん......」



そう、ソフィアを助けてくれたのは以前こことは別の町で出会ったディルクであった。


ソフィアがディルクだと認識するのに少し時間がかかったが、ディルクはそれがソフィアだと気づいていた。


実は彼はローエン侯爵お抱えの裏組織、秘密諜報機関である「コウモリ」のリーダーでありトップであるのだが、ソフィアはまだそのことを知らないでいた。



「立てるか?」

「.......はい」



ソフィアは差し出された手をわざと掴まず、自分の足ではだけた服を直しながら立ち上がった。



「お見苦しいものを見せてしまい申し訳ありませんでした。助けてくださってありがとうございます」

「いや........それより体は大丈夫か?念のため医者に」

「いいえ!」



医者に見せた方がいいとディルクが言う前に、ソフィアはその体からは到底出るとは思えないほどの大きな声でそれを拒んだ。


ディルクはソフィアがいきなり大きな声を出したことに驚いたが、俯いている白い髪の少女を見下ろしその頭をぽんぽんと軽く叩いた。



「.............ください」

「ん?」

「今日のことは誰にも言わないでください」 



頭に乗せていた手をそっと下ろしたディルクはその言葉に何も言えず、結局馬車の方へと駆けて行くソフィアの背中が見えなくなるまで眺めていた。




襲われそうになっていたというのにもかかわらず、世間知らずの白髪の少女は全く表情を変えず冷静に、まるで何もなかったかのような口調で話しをしていたのだ。それどころか「本当にありがとうございました。門限がありますので今日はこれで失礼いたします」と言ってさっさと馬車のある方へと歩いて行った。



「おいおい嘘だろお嬢様」



ディルクはその場でうずくまり、ソフィアの異常さを思い出しながら頭を抱えた。










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