44.ソフィアとリリー
「お嬢様、本日はお一人で町へ行かれると聞きましたが本当ですか?」
ソフィアは今日町へ出かけるために、ミリーに髪を梳かじてもらいながら話をして身支度をしていた。
「ええ、ミリーは反対しますか?」
「いいえ!私が反対することなどございません!ですがお嬢様は綺麗すぎるので変な男に捕まらないか心配です」
「........大丈夫だと思いますよ」
「変な男」という言葉にソフィアは一瞬塔にいた頃を思い出して眉を潜めたが、大丈夫だと自分に言い聞かせて顔を上げ右手の指先を左手で強く握った。
「お嬢様、本日のお召し物はこちらになりますがいかがでしょうか?」
ミラーが見せたのは薄いピンクの下地に花柄模様が描かれたオフショルダーの足首まである広がりのないワンピースで、腰がキュっとくびれたデザインであるため、着る人によってはなんとも言えなくなってしまいそうなワンピースであった。
しかし、くびれた腰と豊満な胸をもつソフィアであればきっと着こなしてくれると思ったミリーは、このワンピースをあえてソフィアに勧め、それを着たソフィアを見て目をキラキラと光らせた。
「やっぱり!このワンピースはソフィアのために作られたものですわ!素敵です!」
「そ、そうでしょうか?」
「これはますます男が近づかないか不安になりますね、そうです!お嬢様、こちらを持っていってください」
手渡されたのは花を切るときのハサミで、これを向ければ問題ないとミリーは笑顔で物騒なことを言ったが、ソフィアはミリーの案をやんわりと断り、「ありがとうございます」と言って広間へ向かった。
「夕方までに帰ります」
「分かったわ、気をつけて行ってくるのよ。それと!変な人がいたら逃げるのよ!」
「はいお母様」
レイラの心配するような目を微笑むことで受け流したソフィアは御者に「よろしくお願いします」と挨拶をしてから馬車へ乗り、テリナスという侯爵領の中でも二番目に大きな町へと向かった。
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「いらっしゃいませー!そこのお嬢さん、クルカはいかがですか?甘くてとっても美味しいですよ」
「あ!綺麗なお嬢さん、こっちの耳飾りも見ていっておくれよ〜!」
「今なら野菜が二割引!買うなら今だよ〜!」
ローエン侯爵領で二番目に大きな町テリナスでは、自分の商品を売るために多くの人が汗を流しながら笑顔で声を上げ、道行く人々はそれを聞いて楽しそうにしながら店へと入ったり、お茶をしたりしている。
(す、すごい人です)
テリナスへと着いたソフィアは町の人の多さに驚きながらも馬車から降りて、御者に礼を言ってからゆっくりと町の中へと入っていった。
「おい、あの美少女は誰だ?連絡」
「どっかの貴族か?」
「綺麗な子だけど、ここら辺では見ない子だねぇ」
ソフィアを見た人たちは、そのあまりの美しさに声や足を止め、ひそひそと話し始めた。
しかし、そんな町の人の視線に気づいたソフィアは自分に何かおかしなところがあるのかと不安を感じていた。
(こ、こわい。色んな人に見られている気がします)
初めて一人で町へと出たソフィアは、自らの美しさが人を惹きつけているとは知らず、自分の存在が町の邪魔になってはいないか、侯爵家に迷惑をかけないかといったことばかり考えていた。
(........こんなことばかり考えていてはだめですね)
気を取り直したソフィアはどこの店から回ろうかと辺りを見渡していると、窓が一切なく店中の様子が分からない、花の塀で囲われた少し変わった店を見つけたため入っていった。
「いらっしゃ、まぁ!とっても綺麗なお客さん!真っ白な髪に赤い瞳だなんて初めて見ますけど旅のお方ですか?」
店に入るなり、店員と思われる女性に急に話しかけられたソフィアは元々人と接することに慣れていないため、そのフランクな接し方に戸惑い一歩下がってしまった。
「あぁ、申し訳ありませんこの子ったら。綺麗な人をみるとすぐに声をかけてしまう癖があって」
それを見たもう一人の女性店員がすぐに駆け寄ってきて、ソフィアへ謝った。
「い、いえ。あの、こちらの首飾りを見てもいいでしょうか?」
「ええ!是非見ていってください!この店は町の女性にはとても人気がありまして、安くて良い品ばかりなんです!」
女性店員の話を聞いたソフィアは隣にあった首飾りを見つめ、それに付いている宝石を見てとても驚いた。それはそこらで作られた宝石に似せただけの安物ではなく本物の宝石であった。
(安価な方ではあるけれど、銀十枚にはなる本物の宝石です。良いものを安く........なるほど)
「とても素敵で素晴らしいですね」
「ありがとうございます!他にも服や化粧などもございますのでゆっくりご覧になっていって下さいね!」
初めにソフィアに勢いよく駆け寄ってきた元気な店員は、下を向いていた顔をパッと上げて目をキラキラとさせながらそう早口に言った。
店には女性客しかおらず、雰囲気は静かで落ち着いていてとても良いため、ソフィアはしばらく店内を見ることにした。
商品を見ていると、服や靴の生地、化粧に使われている成分の素となるものが貴族の使うものと何ら変わらないことに気づいたソフィアは、なぜかずっと側で自分を見つめている女性店員に小さく声をかけた。
「あ、あの......」
「はーい!はいはい何でしょう!試着でしょうか?出来ますよ!化粧は私がやりますね!手が汚れてしまいますから!こちらへどーぞ!」
相変わらずの勢いの良さに断ることの出来なかったソフィアは、結局聞きたいことが聞けずに女性店員の思うままとなってしまい、真っ白なブラウスと紺色の膝丈スカートを手渡されて試着室へと放り込まれてしまった。
(こ、これを着ればいいのでしょうか?)
渡された服を着たソフィアがおそるおそる試着室から顔を出すと、理性的な先輩女性店員が元気すぎる店員を叱っている姿が見えた。しかし女性店員二人は出てきたソフィアに気づくと、急に会話をやめてポカンとした様子でソフィアをじっと見つめた。
「あ、の、どこかおかしなところがありますか?」
「いい、え.....とんでもありません!す、」
「素晴らしいです!素敵すぎます!やっぱり華やかで清楚な服もとてもお似合いでしたがこういったシンプルな服はお客様の魅力が最大限に引き出されると思います!」
先輩店員の言葉を遮ってまでソフィアに感想を言った元気な店員はその後もソフィアの体を見ながらこんな服やあんな服も似合うだろうとブツブツと呟いていた。
「いい加減にしなさい!お客様が困っているでしょ!」
「え?あ!も、申し訳ありません!」
「いいえ、いろいろと良くしていただいてありがとうございます」
ソフィアが笑顔を向けると二人の女性店員だけでなく、周りにいた女性客たちまでソフィアの美しい表情に見惚れて、動かしていた手を止めてしまった。
「あ、あの!も、もうすぐ店長が来るのですが、よろしければお会いになられますか?」
「よろしいのですか?」
実はソフィアはこの不思議な外観の店に足を踏み入れ、店員二人から店の商品についてやコンセプトについて話を聞いてから、誰がこの店を作ったのかがとても気になっていた。
品質が良く、それでいて良心的な価格で商品を売っている店は滅多にない。しかし、そう言った店を少しでも増やし、国民がお金に囚われすぎずに安心して生活できるような社会を作っていきたいとというのはソフィアがずっと考えてきたことの一つだった。そしてそれを実行している店の店長に会えると知ったソフィアは普段からは想像がつかないほど心の中で興奮していた。
「いらっしゃいませー!あ、店長が来ました!お客様、今いらっしゃった方が当店の店長でございます」
入り口のベルが鳴り、店へと入ってきた腰まであるキャラメル色のストレートの髪に夕焼け色の瞳を持った女性を見た女性店員はソフィアにその女性を紹介しようとする。
(あの方が........)
近づいてきたソフィアに、入り口の側で店員と話をしていた女性はすぐに気づき、その髪色と瞳の色を見て一瞬言葉をなくしたが、すぐにそんなことはなかったように自然と話しかけてきた。
「こんにちは、いらっしゃいませ。本日はご来店いただきまして誠にありがとうございます。何か気になった商品はございましたか?」
「え!あ、その、どれも素敵な商品ばかりで迷ってしまいますね」
「ふふふ、ありがとうございます」
一瞬戸惑ったソフィアだったが、すぐに社交辞令だと気づき無事に挨拶を終えることができた。
「申し遅れましたが、私この店の店長をしているリリー・フォン・ビネガーと言います。これからも店をよろしくお願い致しますね」
「あ、私はソフィア・フォン・ローエンと申します。こちらこそよろしくお願いします」
「........ローエン?」
リリーはソフィアの自己紹介を聞いて一度聞き返した。しかしすぐに「白髪に赤い瞳.........」とぶつぶつと呟いた後、瞳を夕焼け色の瞳を光らせ、ソフィアの手をガッと両手握り締めた。
「っ!.....」
急に触られたソフィアは驚きと恐怖で手を反射的に振り払ってしまった。
「も、申し訳ありません!」
「いいえ、私が急に手を握ったから........ソフィア様はローエン侯爵家の方でいらっしゃいますか?」
「「え?!侯爵家?!!?!」」
「は、はい」
ソフィアが侯爵家の人間だと聞いた二人の店員はリリーを見ながら驚いた顔をして固まった後、慌ててソフィアの方を振り返った。
「えー!?どこかいいところのお嬢様かとは思いましたけど!侯爵家の方だったなんて!も、申し訳ありません!無礼な態度をお許しください」
「い、いえそんな。わたしは何もしていませんから」
頭を下げる店員に対し同じように頭を下げて、手を振りながらオロオロとしているソフィアの本質を見極めるようにリリーはじっと見つめた。
そこにはリリーの嫌いな貴族だからと傲り高ぶるような人の姿は一切見えず、寧ろ自分は底辺の、末端の人間だとでも言いたげな謙虚すぎる姿勢に驚きを通り越して呆れた。
「ソフィア様、少し時間はありますか?私、あなたと少しお話しがしたいのですが」
「は、はい時間はありますが、夕方までには屋敷に帰らなければならないのでそれまででしたら.......」
「嬉しいですわ。ここではなんですから、応接間に行きましょうか。近くのおいしいお菓子を買ってきたんです」
リリーの経営する一つであるこの店は二階建てとなっていて、一階には店があり二階には店員として働く人達のための更衣室や、経営に関わる人との話ができる応接間がある。
その普段は人が来ない場所にリリーはソフィアを案内してテーブルにお茶とお菓子を置いた。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
礼を言ったソフィアを見ながらリリーは少し微笑み話を始めた。
「ソフィア様は、名前を言った時に私がビネガー侯爵家の人間だと気付いていましたね?」
「........はい」
全ての貴族の名前を覚えているソフィアは、リリーが名乗った時点ですぐに彼女が侯爵家であるということに気がついた。
しかし、ソフィアはリリーのように確認をとるようなことはしなかった。それはリリーが侯爵家であるということを周りに隠していた場合、自分の一言でバレてしまってはいけないというところまで考えていたためだった。
本来貴族の令嬢、それも侯爵家の令嬢が店を経営しているなどおかしな話だ。そしてそのことを多くの人々が知れば「令嬢の気まぐれ」「令嬢のままごと」だと言って片付けるのが大半だろう。ましてや貴族に反感を抱いている平民からすれば自分たちの暮らしを馬鹿にしているとしか思われないだろう。
ソフィアはそのことを十分に理解した上でリリーの立場を考え、言葉に気をつけながら会話をし、自分が貴族であるということも明かした。
リリーはそんなソフィアの気遣いに気づき理解してもらったことに対して礼を言った。
「ソフィア様は本当に賢いのですね。よろしければ敬語はなしで気楽にお話ししませんか?その......私、ソフィア様と仲良くなりたいのですが」
婚約者であるジョンの妹がソフィアであることを知ったリリーは、二人きりになった途端に仲良くなりたいと笑顔でソフィアへと迫った。
ソフィアは迫ってきたリリーになんと答えたらいいのか分からなかったが、ソーサーにお茶の入ったカップを置くと小さな口を少し開いて恥ずかしそうに答えた。
「あの.....こちらこそ、よ、よろしくお願いします」




