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41.国吏試験


「では父上、母上行って参ります」

「ああ、頑張ってきなさい」

「応援してますからねー!」



今日はセレスト王国の国吏試験と王宮医師登用試験の日である。他にも武官試験や王宮図書館司書試験といった王宮で働くための試験があり、それらはすべて同じ日に行われる。


そしてリアンは今日文官になるための国吏試験を受けに王宮へと行く。そんなリアンに父であるシリウスと母であるレイラは応援し見送っていた。



「あ、あのリアンお兄様、頑張ってください」

「うん、ソフィアありがとう」



ソフィアも兄であるリアンの見送りをするために屋敷の広間まで来ていた。



「お兄様、そ、そのこれを.......ふ、不出来なもので申し訳ないのですが」



差し出されたものは青と白のチェックのハンカチーフであり、そこには金糸でアイリスの花が綺麗に刺繍されていた。それはまるで職人が刺繍したものかと間違うような完璧な刺繍であったが、ソフィアはその凄さに気づいてはいなかった。



「こ、これをソフィアが?」

「は、はい、あの気に入らなければ捨てていただいても.......」



ソフィアはリアンの好みを考えていなかったため、気に入らなければ捨ててもいいと言おうとしたのだが、その言葉はリアンが額に落としたキスによって遮られてしまった。


そしてリアンは贈られたハンカチーフを見て嬉しそうに口元を緩ませソフィアに微笑みかけた。



「ありがとうソフィア、大切にするよ」

「はい、ありがとうございます」



リアンからの言葉に最後にはソフィアも笑みを浮かべて見送った。



__________________________________________________



馬車で王宮へと向かったリアンは王宮に着くと、立っている兵士に試験の場所を確認してから会場へと向かった。


リアンが試験会場に入ると途端に周りはざわつきはじめ、貴族であるにも関わらず最難関の国吏試験を受けるというリアンを鼻で笑い、馬鹿にするような目で見ながらひそひそと話し始めた。



「おい、あいつじゃないか?貴族のくせに国吏試験を受けるとかいうやつは」

「ああ、間違いねぇ。俺たち平民を馬鹿にしに来たんだろ」

「所詮貴族様のお遊びだろうよ。どうせコネでも使って合格するんだろ」



平民と貴族の違いは所作や言葉遣いだけでなく、服装ですぐ分かってしまう。ましてリアンは侯爵家という高位貴族であるため見た目の差は歴然であった。


国吏試験を受ける平民はほぼ全員が二十歳以上であり、リアンより年上の者が殆どであった。



「あっれ〜?リアン様じゃないですか!リアン様、貴族試験じゃなくて国吏受けるんですね!」



年上の平民たちに馬鹿にされていたリアンはそれを全く相手にもせず聞き流しながら自分の席に着こうとしたが、後ろから名前を呼ばれたため、席には着かず声の主を確認しようと後ろを振り向いた。



「あ、いきなりすみません、俺のこと覚えていますか?」

「はい、勿論覚えています。エリックさんも国吏試験を受けるんですね」

「さん付けなんてやめてください、同い年じゃないですか」

「分かりました、では敬語もなしにしましょうエリック」



言われたエリックは嬉しそうに「おう!」と軽い口調で答え、お互いに交流を深めるため試験までの間世間話をしていた。


その様子を見ていた周りの平民は驚いた様子で二人を見ながら「平民と貴族が仲良くなってるぞ」と言ってまたひそひそと話し始めた。





リアンがエリックと知り合ったのは一年前、シリウスの代わりで行った仕事の時であり、農家の作物の収穫量調査を行なっていた時であった。


農家の人間は、毎年自分の畑の作物収穫量を細かく記入したものを必ず提出することになっている。しかし、リアンがエリックの家に用紙を回収しに来た時、エリックの父は記録用紙を紛失してしまったと地面に額をつけて謝ってきた。


記録用紙はリアンが集めて統計をとり、最終的には国に渡さなければならないものだ。それを紛失したとなればエリックの父だけでなく、ローエン侯爵家にも罰が与えられてしまう。


二人はとにかく探そうと言って家の中をリアンも手伝いながら探したものの、結局見つかることはなかった。途方に暮れた二人が諦めて罰を受けようとしたその時、丁度家に帰ってきたエリックが事情を聞いたあと、とんでもないことを言った。



「俺収穫量の記録全部覚えてるぜ?」



リアンとエリックの父は耳を疑った。しかし罰を受けるくらいならそちらに望みをかけてみようと思ったリアンは、急いで記録用紙を用意し書くように言った。

すると驚いたことにエリックは採れた作物の種類からそれぞれの収穫量、最終的には全体の収穫量まで一度も手を止めることなく書ききって見せたのだ。


その恐ろしいまでの記憶力にリアンは感嘆し、それをきっかけにエリックの名前を忘れまいと脳裏に焼き付けていた。





「で?自信はあるのかリアン?」

「それはもちろん」

「ふーん、なら俺と勝負しようぜ!」



試験への自信があると聞いたエリックは、リアンに試験で勝負をするよう持ちかけた。



「負けた方は何をする?」

「うーん、そうだなぁ。じゃあ俺が勝ったらリアンの家に招待してくれよ!負けたらリアンの頼み一つ聞くってことで!」

「分かった、そうしよう」



エリックからの勝負を受け入れたリアンはソフィアからもらったハンカチーフをポケットからそっと出し、固く握りしめた。



「なんだそれ?すっげー綺麗な刺繍だな、恋人からもらったのか?」



リアンがハンカチーフを握る様子を見ていたエリックがすかさず疑問を投げかけた。



「いや、これは妹が来る時にくれたものなんだ」

「へぇ!ローエン侯爵家にお嬢様がいたとは知らなかったな!」



リアンがローエン侯爵家ということに周りの平民たちはまたもや驚いた様子だったが、そんなことは気にせずにリアンとエリックは話を続けていた。



「ああ、体が弱くてあまり外に出られなかったんだ」

「へえ、でも青いハンカチーフにアイリスの刺繍なんて、よくできた妹だなぁ」



エリックの言った意味が理解できなかったリアンはすぐに「そうなのか?」と聞こうとしたがその言葉は試験官によって遮られることになる。



「皆さん着席してください」



試験官は問題用紙と解答用紙を手にし、後ろに三人の兵士を連れて部屋へと入ってきた。それを見たエリックはすぐに自分の席へと戻り、リアンも着席した。


全員が着席したのを見ると試験官は挨拶と試験の説明を始める。



「皆さん私は今日この試験の試験官を務めさせていただくケネスと申します。どうぞよろしく。試験中何か分からないことや困ったことがあれば静かに手をあげて下さい。問題用紙と解答用紙が配られますが、最後はどちらも回収させていただきますのでどちらの用紙にも名前を記入してください。問題用紙にはいくら書き込んでもよろしいですが、解答用紙には答えだけの記入をお願いします。なお、試験中私語が聞こえたり、不正が発覚したりした場合につきましてはこちらにいる兵士がその場で肉刑と致しますので、くれぐれも不正をしないように自力で頑張ってください」



最後の肉刑という言葉を聞いた瞬間、その場にいた全員が背筋を震わせ体を硬直させた。


この脅すような言葉は毎年試験の前に必ず言われていることであり、この言葉を前もって言うことにより試験の不正者はいなくなるのである。それは、たとえ前もって不正をしようとしていた者でも、肉刑になるくらいならば試験に落ちる方がマシだと思うからこそであった。




「では、今から解答用紙と問題用紙を配りますが、はじめという言葉があるまで手は足の上に置いていてくださいね」



ケネス試験官が全員の席へ用紙を配り終えると、問題用紙の量を見ただけで倒れた者が二人ほどいた。二人は兵士に担がれ医務室へと運ばれて行ったが、それを見た者たちの殆どが青ざめた顔をした。



「ああ、言い忘れていましたが、試験は三日間この椅子に座ったまま行われます。毎年早く終わった方は用紙を提出して帰っていいと言ってはいますが今までの早く終わった人でも二日はかかっています。諦めるのがいいでしょう。用足しも睡眠も自由ですが私語や不正はいけませんよ」




三日間にわたって行われることを知っていたリアンとエリック、そして何人かは驚かなかったが、知らなかった者たちは心の中で悲鳴を上げ、中には静かに涙する者もいた。



そしてケネス試験官はそんな平民たちを目にしながらも変わらない笑顔で試験開始の言葉を告げた。




「でははじめ!」



リアンは冊子になっている分厚い問題用紙をめくりながらすぐに解答用紙への記入を始めた。


エリックも同じように筆を走らせ二人は殆ど同じ速度で解答を続けていった。




(ほう、今年は優秀な人材が多いようですね)



ケネス試験官は手元にある余った問題用紙を見て、今年の問題はかなり難しいものだと考えていた。しかし見ている限り筆がずっと止まっているような者はいないため、今年は優秀な者たちが多いと判断していた。



特に三十枚に及ぶ解答用紙を試験開始から五時間で半分まで減らしていたリアンとエリックには驚きを隠さずにはいられなかった。




(エリック・オルコットとリアン・フォン・ローエンですか、あの二人は別格ですね)




試験が始まったのは昼であり、気づけば五時間が経過し日も落ち始めていた。




途中、疲れたのか諦めたのか寝ている者もいたがリアンはひたすら筆を動かし続けた。



(王国暦一八三二年、隣国フラーデンスとの戦争で王国側が勝利した際、譲渡された領地は今のどこにあたるか。また、その領地の現在の場所と特色について全て述べよ......か)




リアンは最後の問題を見てすぐに答えが分かった。しかし、少し迷ったあと、さっと自分の解答を見直して席を立った。



急にリアンが席を立ったため、驚いた兵士は用意していた剣を引き抜こうとしたがケネス試験官がそれを片手で制し、歩いてくるリアンをじっと見つめていた。



リアンが立ったすぐ後にエリックも立ち上がり、二人は問題用紙と解答用紙を手にしてケネス試験官へと手渡した。




「もうよろしいのですか?」

「はい、もう何も書くことはありません」

「俺も同じです」




二人の堂々とした自信に満ちた声を聞いたケネス試験官は、感心しながらもそれを顔や声に出すことなく、静かに兵士に扉を開けさせ二人を退出させた。



僅か十時間足らずでで百問の難問を解いて出ていった二人を他の受験者たちは唖然として見ていた。




ケネス試験官はそんな飄々とした顔で部屋を出て行った二人の解答をまじまじと見つめ、リアンの最後の解答を見ると薄らと笑みを浮かべた。




(リアン・フォン・ローエン.....面白い子ですね)











ケネス試験官が見ていたリアンの最後の回答欄は真っ白のまま何も書かれていなかった。









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