39.休息
「殿下、失礼致します」
「入れ」
ジョンとソフィアがローエン侯爵家へと帰った後、レオンはウィルのいる執務室へ入ってきた。
「今日はもう帰っても良かったんだが、何か報告があるのか?」
「いいえ大きな報告は特にありませんが、今日中に次の議会に向けての資料を作ろうと思いまして。見落としがあってはいけませんから」
「そうだな、俺もそうしよう」
ウィルも議会に向けての準備をしようとしたが、レオンはそれを止めさせるため口を開いた。
「殿下はもうお休みになってください」
「いや、いつもレオンにだけ任せてしまっているからな。手伝う」
「ウィル」
レオンは聞かない主人に対し、いつもの穏やかな臣下としての口調ではなく、友人の間違いを咎めるような少しきつい口調で名前を呼んだ。
レオンに名前を呼ばれた瞬間、ウィルはギクッと動かそうとしていた手を止めレオンの方にそっと顔を向けた。
「まったく...昼から少し熱があるでしょう?早く寝てください部屋は準備させてあります」
「....ああ」
ため息をつきながらウィルを寝室へと追いやったレオンは書類を整理しながらもう一度深いため息をついた。
「はぁ...ソフィア様といい、才ある人は自分の病気を隠そうとする特徴でもあるんですかね」
隠される身にもなって欲しいと一人でぶつぶつと文句を言いながらも仕事をする手を止めなかったレオンは、二時間後には議会の資料を完成させさっさと屋敷へと帰っていった。
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レオンが執務室で黙々と仕事をしているとき、部屋から追い出されたウィルはレオンが用意したと言っていた寝室の扉を開け中へと入った。
部屋の中には既に整えられたキングサイズのベッドがあり、その横に置かれた椅子にはレオンに呼ばれたのか、王宮専属医師であるマーガンが座っていた。
「マーガンか、悪いな。少し体調が悪いらしい」
「はい、レオン様から聞き及んでおります」
「着替えを済ませてくる。今日はエミリアはいないんだな」
「ええ、もう少しで行われる王宮医師の試験に向けて勉強していますので、診察はソフィア様だけ見ていると言っていました」
セレスト王国には医師の資格というものは存在していない。医師になるときは今まで師事していた人からの許可証さえ持っていれば医師としては働くことが出来るからだ。しかし王宮に仕える医師だけは別であり、王族や貴族、他国の要人など身分の高い人の体を診察する医師は王宮医師登用試験といわれる超難関の試験を突破した者しかなれないのである。そして、この試験はこの国で国吏試験と同じかそれ以上に難関と言われる試験であり、合格率は毎年一割に満たないとまで言われている。
「そうか、あの試験はなかなか大変だからな。最後の実践と面接で落とされる者が多いと聞くし、頑張るよう伝えてくれ」
「はい殿下、エミリアに伝えておきます」
話している間に着替えを済ませたウィルは用意されていたベッドへと腰を掛け、マーガンはウィルの体に触る許可を貰ってから脈を計り、顔色や喉を見ながら診察をしていった。
「風邪ですな」
「そうか、まあすぐ治るだろうな」
「ええ、殿下は体がお強いですからな、明日の朝には治りましょう」
「正直あまり体にだるさも感じていないし眠たくないんだ。マーガン、眠るまで少し話でもしないか?」
「殿下は昔から熱を出すとよく私と話をしていましたな。まあ昔は話をするだけでは満足せずに外へと抜け出して体調を悪化させていましたが」
マーガンは昔のウィルを懐かしみながら語っていたが、ウィルは恥ずかしそうに「昔のことは忘れろ」と言ってすぐに話を変えた。
「そういえばマーガン、ソフィアはもうすぐで歩けるようになりそうか?」
「ええ、ソフィア様はあと一週間ほどで歩けるようになるでしょうな」
「そうか、ならよかった。秋の舞踏会で一緒に踊ることを約束したんだ」
熱があるせいかいつもより柔らかい表情で饒舌に話すウィルをマーガンはまるで孫の話を聞く祖父の様な心境で聞いていた。
ウィルが幼い頃からの主治医であるマーガンは、もう二十年近くウィルの成長を間近で見てきたためか、マーガンはときにいつも側にいるジョンやレオンよりもウィルを理解していることがあった。
「殿下とソフィア様は似ていますな」
そんなマーガンが放った言葉にウィルは少し驚いた顔をした。
「ソフィアと考えはよく似ていたな」
「そうおっしゃることが出来るくらい話しをしたのですね」
「ああ、俺はソフィアが.....」
そこまで言ってウィルは続きの言葉を言うことが出来なかった。しかしそんなウィルを見ていたマーガンにはウィルが言おうとしたことが何となく分かっていた。
「.....殿下そろそろお眠りになりましょう、熱が上がってしまいます」
「ああそうだな、そろそろ寝る。ありがとうマーガン」
「はい、では私はこれで失礼します。どうぞ良い夢を」
マーガンが部屋から出て行った後、ウィルは瞼を閉じて今日のソフィアとの時間を思い出していた。
「ソフィーに会いたい........」
ベッドの中で小さく呟くとウィルは夢の世界へと入っていった。




