37.二人の天才
「まずここなんだが、なぜ平民の医療費を全額無償化しようと思ったんだ?」
「侯爵領の町を歩いていた際、私は一人の男性が家族の病気を治すための治療費がなくてひったくりをしているのを見かけました。そのときはどうにか収めることが出来ましたが、貧困というものは人の心も卑しくしてしまうのです。今、この国では医療は貴族のものという考え方が根付いてしまっていて、平民の皆さんは簡単に治療を受けることが出来ません。ですから、まずはそれぞれの領地に医療施設を建て、平民の医療費は領主が全額保障するという形を取るのが良いと思ったのです」
「なるほど、そうすれば平民は治療を簡単に受けられる。国民の平均寿命も延びるだろうな」
ウィルとソフィアの二人は次の議会で決定事項にしようとしている政策について、お互いに真剣な眼差しを向けながら話しをしていた。
二人は領主が領民の医療費を全額負担することによって、医療費が払えず治療を受けることが出来ない平民をなくそうという考えについて話していた。しかしここで今まで静かに隣で話を聞いていたジョンがこの政策の危惧する点について質問してきた。
「けどそれって貴族からの反発が大きくなるんじゃないか?自分たちの金が減るんだから」
「はい、その通りですお兄様。ですが貴族、つまりそれぞれの領地の領主の年間の収入を簡単に計算してみたところ、領民が納めている金銭がなくても十分に貴族らしい生活をしていけるほどの蓄えがあることが分かりました。つまり本来であれば徴収しなくても良い金銭を領民に納めさせているのです」
「そうだな、それは俺も知っている」
「貴族たちは各地で様々な事業を展開していますし、セレスト王国はこのディラント大陸でも一、ニを争うほどの大きな国ですから他国に手を伸ばして事業を展開させている方々もいらっしゃいます。これだけでも十分生活していけるはずなのに、さらに領民から絞り取ろうとすることは平民を苦しめているだけです。ですが領主も自分の稼ぎから大勢の他人に施しを与えるのは嫌な顔をするでしょう。ですから領民が領主に納めている金銭で医療費を全額保障するという形をとれば貴族の方々は納得するのではないかと思います」
普段から自分の考えをあまり話さないソフィアがここまで饒舌に語るのを見て、三人は心底驚いた顔をしていた。
ソフィアは自分がかなり話してしまったことを恥ずかしく思い反省していたが、ウィルはそんなソフィアを楽しそうに見つめていた。
「なるほど、元々平民が納めた金銭を医療費の全額保障に回すというのは非常に画期的な考えですが、それぞれの領地に医療施設を設けるというのは........多すぎるのでは?」
「はい、それについてはレポートに記載はしていません。あの.....私の考えを話してもよろしいでしょうか?」
「ああ、話してくれ」
本来であれば文官でもないただの貴族であるソフィアが王子に自らの意見を言うことは容易ではない。しかしレポートに書かれていなかったソフィアの案がどのようなものなのかウィルは純粋に興味があった。
そして、できることならソフィアと一緒に国についていつまでも話し合いたいと思うほどに女嫌いであるはずのウィルはソフィアのことを気に入っていた。
ウィルは今まで己が天才すぎるがために、周りに考えを理解されないことがしばしばあり、それは長い付き合いで幼なじみでもあるジョンとレオンでさえそうであった。
ウィルはそのことを仕方ないと考えていて、諦めて周りが理解できる範囲で色々なことを進めてきた。しかしソフィアという自分と同じ頭脳かそれ以上を持った存在が現れたことにより、ウィルは自分の考えを伝えても理解してくれるのではないか、もう諦めることをやめでもいいのではないかと思い始めていた。
それはソフィアも同じで、今までレポートを大量に書いてマリアに提出しても、褒められはするが今のような活発な討論がされることはなかった。しかしウィルとの話し合いで自分の考えを受け入れて理解してくれる場所ができたことにより、ソフィア自身は気付いていなかったが、心の中に僅かな満足感や充実感を感じていた。
「私はこのセレスト王国を医療に特化した国にしてはどうかと考えています」
このソフィアの発言には三人全員が言葉を失った。
「セレスト王国は今は軍事国として大陸を支配しています。それはそのままでも良いのですが、武力以外に特化したものがなければ大陸で生き残ることは出来ません。この国は国土は大きいですが、それを支える人々が圧倒的に少ないのです。それは国を支えている平民に多くの負担や障害があることが原因です。大きな国ではありますが、このままではいずれこの国は腐敗していきます。ですからセレスト王国が医療に力を注ぎ、身分など関係なく治療がほどこされるような国にできれば、流行病や本来であれば助かる病気で亡くなっていく方も減っていくでしょう。子どもが病気で亡くなることも減り国の人口を増やすことが出来ます。人が増えればその分できることも増えますし、国内での生産量も増やすことが出来ます。他国に医療が盛んな国は今はありませんし、セレスト王国より大きい国もまたございません。これを実行するのは早いほうが良いと思います」
「「「........」」」
すっかり黙り込み、考え込んでいるような三人の様子をおそるおそる見ながらソフィアは小さく声をかける。
「あの、申し訳ございません、出過ぎたことを申しました」
「いや.....つまりソフィーは平民の生活を保障していかなければ国はいつか滅びると思っているのだな?」
「は、はいそうです。そもそも、物を生産しているのも売って納めているのも平民であって貴族ではありません。平民の方々が作られた物を私たち貴族が買うことによってお金を回しています。つまり国を根底から支えているのは貴族でも王族でもなく平民の皆さんなのです。いつの時代も平民の生活が困窮したままの状態で存在していられた国はございません。つまり国を発展させていくためには平民の暮らしを豊かにすることが前提にあります」
「ああ、俺もそう思う。いま平民には七割の金銭を納めさせていてそのうち三割は領主に、四割は国に納めさせている。しかしこれを俺は全体を六割に減らし、うち二割を領主に四割を国に納めさせてはどうかと議会で提案した」
「そうですね、納める割合は今よりもそちらの方が良いと思います。医療費は二割の中からでも十分に賄えますし........あの、これはお聞きして良いか分からないのですが、国に納めた四割の使い道はどのようになっているのでしょうか」
その疑問はウィルがあらかじめ予想していたものであり、そのために用意をしていた二種類の書類をレオンに持ってこさせ、ソフィアに渡した。ソフィアは貰った書類にすぐに目を通して内容を頭にたたき込んでいた。
「こっちがその予算になっていて、こっちは最終的な支出になっている」
「これは....貴族への褒賞が大部分を占めていますね。他は...備蓄食料、他国への祝い品...」
「それはもっと前から変えたい問題だったんだが、貴族からの反発が大きくてな。特にうるさ.......騒がしい貴族からは抗議文書も届けられる。近々変えていく予定の予算案がこれだ」
ウィルが考えている新しい予算案を受け取ったソフィアはそれに書かれている内容を見て表情は変わらないがとても驚いていた。それは自分と考えていることが同じであり、費やすべき項目も進言しようと思っていた内容も全く変わらなかったからである。
(これは....さすが殿下です。すべて理解されていらっしゃるのですね)
「素晴らしい案だと思います」
「ソフィーの話を聞いて考えが同じだと思ったんだが」
「はい、全く同じです」
「ははっ、すごいな。そこに書かれてある通り、四割のうち二割は災害や飢饉などの時のための蓄えに、他の二割は民への保障や軍事費、少しの褒賞にまわそうと考えている」
「私は良いと思います」
「それと前回の議会で提案した案があるんだが.......」
前回の議会で使われた資料を見せながら、ウィルはその時提案した案を話した。ソフィアは自分では思いつかなかった案に興味が湧き、その疑問点や改善点を挙げながら話し続けた。
「良い案だとは思いますが、一番稼いだときの給料の十二年分だとするとそれがいつかを把握するのが大変ですね」
「それは俺も考えた。だが記録は取ってあるし時間はかかるが問題はないだろう」
「.........あの、職業ごとに賃金を決めてはいかがでしょうか」
「職業ごと?」
「はい、例えば農業に従事するものは毎月金二枚、銀五枚銅一五枚といったように賃金を固定化すれば記録を取らなくてもその賃金の一二年分を六十歳になってお渡しすればいいわけですから、記録をとっても時間はかからないはずです」
「なるほど、賃金の固定化か」
ウィルが納得したところでこの提案に対してレオンが口を挟んだ。
レオンは医者のように専門性の強い職や一定以上の能力が必要な職を希望する者には試験を受けさせ、合格すれば働けることにし少し賃金を上げてはどうかという話をした。
ソフィアはレオンの話に賛成し、専門性の強い職業や能力を必要とする職業は試験を受け、賃金を上げることに決めた。その後も次々と意見が出たことにより大体の政策の目処がたった。
六十歳まで職に従事した者は長年国に納めてきた四割の金銭の中から今後一二年分の賃金をもらうことができる。また、ジョンから職業によって賃金を決めるのはいいが、何かの都合で働かない日があった場合も同じ賃金なのは良くないのではないかという意見が出たため、一時間にでる給料を決めることで決定した。
平民の医療費を無償化することについてだけ話し合おうと思っていたウィルとレオンだったが、話しているうちにどんどん新しい政策案が浮かんでしまい、結局五時間も話し込んでしまった。
「これで大体は話し終えましたね殿下」
「ああ、思った以上に話し込んでしまったな」
「ったく話しすぎたよなぁ、ソフィー大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
ジョンは「疲れたー」と言いながらソファにだらしなく腰をかけてくつろぎ、隣にいたソフィアはそんな様子を見て小さく苦笑した。
「ジョン、私はこれから民部に行ってきますから、あなたも早く馬車の手配をしてはどうです?」
「お、そうだな。じゃあちょっと行ってくるかぁ」
レオンがさりげなく気を利かせ、それに気づいたジョンはニヤニヤしながらウィルとソフィアを見て部屋を出ていった。
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「それにしても、ソフィア様には驚かされましたよ」
「なー、俺も少し疑ってたとこあるんだよな。もしかしたら何かからとって書いたんじゃないかってさ。今は疑ってた自分が恥ずかしいぜ」
部屋から出たレオンとジョンは先程までの四人での話し合いについて話している。
「ええ、本当に。殿下が天才であることは知っていましたが、二人も揃うと恐ろしいですね」
「.....天才なんて言い方は良くねーのかもな。二人を見てると常に何か考えてるし、思考はぶっ飛んでるけどその分人の何十倍、何百倍も努力しているし苦労もしてる」
「そうですね、あなたでもたまには良いこと言うじゃありませんか」
「たまには余計だ、でもま、あの二人が凄いことに変わりはないけどな。ウィルはそれを自覚しているがソフィーは全くの無自覚、それが怖いな」
自分の能力をソフィア自身が自覚していないことで、誰にその考えを利用されるのか分からないという恐怖がジョンにはあった。
「まあ当分は問題ないでしょう。今回の件も殿下が考えたことにいたしますし」
「そうだな、今は心配する必要はないと思うし、とりあえず俺らは二人を見守ってようぜ」
「ええ、少しでもお二人で時間を過ごせるように私たちが動かないとですからね」
「ま、俺らはさしずめ二人のキューピットってところだな!」
ソフィアの存在を嬉しく思いながらウィルの将来を想像していた二人。
この時、二人はウィルとソフィアのやわらかく暖かな関係がいつまでも続くものだと思っていた。
今後の投稿が不定期になります。読んでくださっている皆様、大変申し訳ございません、今後とも宜しくお願いいたします。




