36.久しぶりの再会
パーティーの翌日、ウィルは執務室でいつも通り政務に勤しんでいた。のではなく、執務室の中をぐるぐると歩き回っていた。
「殿下、なぜそんなにも部屋の中を歩き回っておられるのですか。考え事でも?」
「あ、ああ、考え事をしていた。何か言ったか?レオン」
「いいえ、ただもう殿下が歩き回られてから一時間ほど経ちますが、いつまでそのようにされるのかと思いまして」
レオンに指摘され、歩いている足をようやく止めたウィルは不思議そうに首を傾げた。
「どうして俺は歩き回っていたんだ......」
「はぁ、知りませんよそんなことは。ソフィア様がいらっしゃるんですよ、しっかりしてください。今日は政策について話し合われるのですから、誰にも聞かれないよう部屋もご用意いたしました」
「ああ、助かる」
挙動不審なウィルを見ながらもレオンは仕事をする手を止めず、ウィルに仕事をするよう促した。
自分が全く仕事に手をつけていないことに気づいたウィルは急いで執務用の椅子へと座り、仕事を片づけながら話の続きをし始めた。
「レオン、ソフィーが来るのは何時頃だった?」
「丁度もうすぐ到着なさる頃だと思いますよ」
「!では早く終わらせないといけないな」
「ええ、殿下の無駄な一時間がなければ今頃は終わっていましたよ」
「......厳しいなレオンは」
「私はジョンとは違いスパルタですから」
お互いに言いたいことを言った後は黙々とひたすらに仕事をこなし続け、わずか三〇分という早さで仕事を終わらせた。
仕事をしていたウィルはおよそ人間とは思えないほどの早さで書類に印を押し、処理した書類を執務机の上に積み上げた。それを驚きながら見ていたレオンは「普段からそれくらいやってくれれば良いのに」と静かに愚痴をこぼしていた。
「ふぅ、これで一通り終わったな」
レオンの苦労など全く知らないウィルは、その場で腕を上げて体を軽く伸ばした後、少し嬉しそうに立ち上がりレオンに声をかけ部屋を出ようと扉に手をのばした。
「よし、行こうかレオン」
「はい?どこにです?」
「ソフィーの迎えだ。決まってるだろう」
「殿下それはいけません。殿下が行けば密かにこちらに来るソフィア様が悪目立ちしてしまいます。残念が殿下は用意した部屋でお待ちになっていてください」
レオンにソフィアの迎えに行くことを止められたウィルは、少し不機嫌そうに眉を寄せながらも反撃する。
「ここを発つときは見送ったのに来るときはだめなのか?」
「あのときはソフィア様は一応殿下の客人として保護されていましたし、夜で暗かったですから。まあ何人かには見られてしまいましたが口止めはしてありますし」
「今回も口止めすればいいだろう。パーティーで仲良くなった令嬢だとでも思わせておけば良い。パーティーのあとにしたのはそのためだろう?」
珍しく食い下がるウィルを意外に思いながらもレオンは嗜め続けた。
普段のウィルであれば細かいことを言わなくても分かってくれていた。しかし今回は久しぶりにソフィアと会うからか、普段の冷静すぎる思考も少し鈍っているようだった。
「今回は完全に密会の形をとってお二人は会われるのです。このことは国王陛下や宰相でさえ知らないことです。そしてソフィア様も来るのは正門からではありませんし、ジョンと侯爵には絶対に見つからないようにと兵の巡回経路や時間帯をずらしてもらっています。つまり!ここで殿下が行けば目立って見られて全ては無です!お分かりいただけましたか」
「わ、分かった悪かった。俺が冷静さに欠けていた」
結局、ウィルはレオンの必死な説得にようやく納得し、ソフィアが来るまではレオンが用意してくれた密会部屋で待っていることにした。
一〇分ほど経ち、部屋でウィルがソフィアの書いたレポートを読み直していたところに執事であるギールが扉をノックして入ってきた。
「殿下、ソフィア様がいらっしゃいました」
その言葉にウィルは書類を机の上に置いて立ち上がり、ギールの後ろを見た。
しかし、そこにいると思ったソフィアの姿は見当たらない。
どういうことかと疑問に思ったウィルは、すぐにギールに問いかけた。
「ソフィアはいないようだが?」
「ええ、足がお悪いためゆっくりとこちらに向かっております。とりあえず来たことだけ伝えて欲しいとソフィア様が」
「そういうことか、分かった」
「王宮にはいらっしゃいますので迎えに行かれますか?」
「いや、ここでソフィアを待つ」
てっきりすぐにソフィアを迎えに行くと思っていたギールはウィルの判断に少し驚き、理由を聞いてみた。
「殿下はすぐに行かれると思いましたが」
「.......私は迎えに行きたいが、ソフィアが一生懸命歩いてくるのを邪魔したくはないからな」
「なるほど、左様ですか」
本当の理由はそれだけではなかった。ウィルは助けられてばかりなのは嫌だというソフィアの気持ちをきちんと理解していたため迎えに行くのはやめて待つことに決めていたのだった。迎えには行けなかったものの、もし迎えに行けたとしてもウィルはゆっくり隣を歩くだけで手を貸しはしないと初めから決めていた。
「ギール、話が長くなるだろうからちょっとした菓子も用意しておいてくれ」
「かしこまりました」
「それと、今日のことは父上や宰相には言うなよ」
「心得ております」
しっかりとウィルに口止めをされたギールは静かに部屋を出て行き、入れ違いに軽いノックをしたジョンが入ってきた。
そしてその後ろには杖をつきながらも綺麗な姿勢で立つソフィアがいた。
「よぉウィル!きたぞ〜」
「ああ、ご苦労だったな」
今、密会の部屋にはウィル、レオン、ジョン、そしてソフィアの四人だけしかいない。ジョンは部屋といる人の顔を見て口を開きいつもどおり軽く話し始めた。その声はどこか緊張していた空気を吹き飛ばしてくれた。
「この四人でいるのも久々だなー」
「そうですね、ジョンは来なくても良かったんですよ?あなたは喧しいだけですからね」
「あ、ひどいぞレオン!ソフィーの前でかっこわるいだろ!」
「あなたはいつでもかっこわるいですよ」
いつも通り軽口をたたき合っている二人を他所に、ウィルとソフィアの二人は視線を交わし、見つめ合いながらその場に固まって立っていた。
二人の様子にようやく気がついたジョンとレオンも一旦話を止め、二人の様子を見てからヒソヒソと話し始めた。
「おい、これどういう状況だ、なんでお互い何もしゃべらない?」
「私が分かるわけないでしょう!殿下はソフィア様と手紙のやりとりをなさっていましたからそのことと関係があるのでは?」
「え!なにあれ一回だけじゃなかったのか!じゃあ二人とも文通してんのかよ、はぁ~まめだねぇ」
さすがのジョンでも口を挟みづらい雰囲気であることを察したのか、しばらくの間は何も話さなかった。
しかし、次の瞬間誰も予想していなかった意外な方向から、ウィルとソフィアの間に流れる微妙な空気は壊されることとなった。
「お、お嬢様!どこに行ったかと思いましたらこんなところに、はぁはぁ、お探ししました」
「ご、ごめんなさいミリー。荷物を持ってきてくれたのですね、ありがとうございました」
「いいえ、大丈夫です。それではわたくし、は、これで.......」
ミリーはソフィアの姿しか目に入ってなかったのか、目の前にウィルやレオンがいることにようやく気づき、慌てて頭を下げた。
「も、申し訳ありません!うぃ、ウィリアム王太子殿下だとは思いもよらず、大変失礼を致しました!」
「いや、大丈夫だ。君は誰か聞いてもいいか?」
「は、はい。畏れながら、私は二週間ほど前よりソフィア様の侍女を務めさせていただいております。ミリーと申します」
「ああ、そうか君がミリーか。ソフィーから聞いている。これからもよろしく頼む」
「は、はい!精一杯勤めさせていただきます!それでは失礼致します!!!」
半ば逃げるようにミリーは部屋をあとにしたが、ミリーの心境とは逆に、部屋の空気は先ほどまでと違い少しだけ暖かいものになっていた。
「はっははははっやべー!ミリーやべー!ちょー面白い!よくやった!」
「全く、ローエン侯爵家ら変わった使用人がいますね」
「ははは!面白かった。彼女はいい侍女になるだろうな」
ジョンは笑い、レオンは呆れ、ウィルはミリーを褒めた。そんな三人のいつもの姿を見ることがソフィアはとても好きだった、
「殿下、ご挨拶が遅くなり申し訳ありません。こ、こちらを殿下にお渡ししたくて」
「なんだ?」
話しやすい雰囲気になったところで、ソフィアはウィルに挨拶をし、ミリーが持ってきてくれたものをすぐにウィルに手渡した。
「これは......ありがとうソフィー、大切に飾られてもらう」
「ありがとうございます殿下。またこうしてお会い出来たこと、とても嬉しく思います」
「あぁ、俺も嬉しいよ。その.......髪を切ったんだな、以前も綺麗だったが今はもっと綺麗だ」
「あ、ありがとうございます」
二人の間には、もう先ほどまでの気まずさのようなものはすっかり消え、優しい空気だけが流れていた。そして顔を赤らめながら話す二人をジョンとレオンは苦笑しながら見守っていた。
「あの空気は.....俺には毒だな」
「なんです?」
「いやぁ、俺もああいう感じになりたいと思っただけー」
「あなたに二人のようになるのはもう無理でしょう」
「....分かってるっての」
ジョンとレオンは二人だけの空間に入ることが出来ず、また邪魔をしたくないとも思っていたが、そういうわけにもいかず、時間もないためジョンは無理矢理二人の間に入って話を進めた。
「おーい、時間がないから早く話をするぞ」
「ソフィア様、こちらの椅子へどうぞ」
「ありがとうございますレオン様」
四人が椅子へと座り軽く話をした後、本題である政策についてソフィアが書いたレポートを机の上に広げて話を始めた。
ちなみに席はウィルとレオン、ソフィアとジョンが隣同士で座り向かい合わせになって座っている。
席に着いたとき、丁度お茶と菓子を持ったギールが部屋へと入ってきた。その完璧で絶妙なタイミングに四人は驚かされ、今までの話を聞かれていたことを少し恥ずかしく思った。
「ま、長くなるんだからさっさと始めようぜ。俺もソフィーも今日中に屋敷に帰らないと行けないんだからな」
「分かっている、それにそんなに長くはならないだろう。ソフィーに聞きたいのはこの案を採用していいかということと疑問に思ってることを相談することだけだ」
「はい、私は構いませんが.......その案でよろしいのですか?」
不安そうにウィルに尋ねるソフィアを見て、ウィルだけでなく、他の二人も笑った。
「この案がダメなら全ての案が満足のいくものではなくなるだろうな」
「ソフィー自信もてって!大丈夫、俺の妹だから!」
「それは関係ありません。しかし、本当に素晴らしい案ですソフィア様。恥ずかしながら宰相である父や私でさえこのように思い切った案をたてることは出来ませんでした」
一気に三人に褒められてしまい、少しだけ戸惑ったソフィアだったがこの三人が褒めてくれるのなら大丈夫だろうと顔を上げ、しっかりと正面からウィルを見て話し始めた。
結局四人の話し合いに区切りがついたのは、それぞれの家で夕食を食べはじめるような時間であった。




