35.不穏
「いらっしゃい、ダラス」
「待ってくれていたのかオリビア」
「ふふ、当たり前じゃない。あなたは私の愛しい人だもの、んっ.....ぅん....」
そう言ってボブリン子爵であるダラスの首に腕を回し深い口づけをした女性は、二ヶ月ほど前までマイヤー邸にあった塔でソフィアを虐げ、いたぶり続けてきた元マイヤー伯爵夫人であるオリビアであった。
ダラスはそんなオリビアを愛おしげに見つめ寝室へと歩みを進めていく。
「オリビア、お前のおかげでまとまった金が手に入りそうだ」
「あら、私は世間話をしただけよ?」
「ああそうだな、私もお前もただ世間話をしただけだ」
「ふふっ、ええそうよ。あっ........ん.....」
ベッドの上で愛し合った後、二人は今日あったことについて話していた。
「今日のパーティーはどうだったの?目当ての子はいたかしら?」
「いや、どうやらローエン侯爵家に養女として匿われているらしい」
「.......ローエン侯爵家ねぇ」
自分よりはるかに身分の高いところにソフィアがいることを知ったオリビアは眉間に少しシワをよせ、自身の背中まである長い黒髪を指で遊びながらダラスの話を聞いていた。
「ああ、あそこはかなり警備が厚い。外からは難しいだろうからな、中から入ることにする」
「あら、確実に実行できる自信があって?」
「安心しろ、もう手は打ってある。アルビノ、しかも女のとくれば隣国では金百、いやそれ以上の価値があると聞く。オークションにも三十年に一度出されるかという代物。これを手に入れることができれば私は..........ふふふはっははは!全て教えてくれたお前のおかげだオリビア」
「あら、私は世間話で隣国の話をしただけよ。実行するのはダラスであって私じゃないわ」
まるで自分に責任はないとでもいうように、オリビアはダラスの横で口元に笑みを浮かべながらうつ伏せで横たわっていた。
「ふ、分かっている。この件はモンズリー伯爵にも手伝っていただく。まあ彼は少女の体が目当てのようだがな」
「.........貴方は違うのかしら?ダラス」
「私にはお前がいる、金が入ったら正式にわたしの妻となってくれるな?」
「ふふっ考えておくわ」
偽りの笑顔を向けたオリビアは隣にいたダラスに口づけをし、それを合図に二人は深い夜を過ごし始めた。
翌日、オリビアは部屋の中で一人、ダラスから聞いた話を思い出し苛立っていた。
「あの子が侯爵家?私より高い身分?ありえない!あの子は私から何もかも奪った悪魔よ、そんなこと許されるはずがない。死んだと思ったのに生きていたのね、しぶとい子。でももうすぐよ、もうすぐ殺してあげるわセシル。痛めつけて苦しめて、生きていることも嫌になるくらいに辱めて殺してあげるわ」
誰もいない部屋の中でオリビアは歩き回りながらブツブツと呟いていた。
そのときのオリビアの瞳の奥には激しい殺意が静かに蠢いていた。
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「ミリー、お願いがあるのですが、いいですか?」
「はい、お嬢様のお願いならなんでもお聞きします!」
第一王子であるウィリアム王太子の誕生パーティーがあった翌日、ソフィアはローエン侯爵家の自室で刺繍をしながら侍女のミリーに話しかけた。
「その........髪を少し切りたいのですが、お願いできますか?」
「お、お、お嬢様?!だ、どうされたのですか?何か嫌なことでも?!!」
「ち、ちがうんです、少し長すぎると思ったので」
ソフィアの白髪のような白銀のような髪はソフィアの膝の後ろの辺りまで伸びている。眠る時とても邪魔だと感じていたソフィアはついに髪を切ることにしたのだった。
「まさか失恋!」と一瞬考えたミリーはソフィアの至って普通の理由に素直に納得し、胸を撫で下ろしてすぐに落ち着きを取り戻した。
「ゴホンっ!取り乱してしまって申し訳ございませんでした。分かりました、そういうことでしたら専門の方をお呼びしましょう」
「専門の方、ですか?」
「はい、髪を切るのがとてもお上手で退職後は散髪屋を営みたいそうです。ただいま呼んで参りますね」
そう言ってミリーはソフィアの部屋から出ていき、しばらくすると一人の四十前後と思われるふくよかなメイドを連れて戻ってきた。
「失礼いたします、お初にお目にかかりますソフィアお嬢様。こちらの侯爵家のメイドをしておりますヨンスと申します」
「挨拶ありがとうございますヨンス。それであの、話はお聞きしていますか?」
「はい、髪をお切りになりたいということでよろしいですか?」
「そうなんです、お願いできますか?」
「もちろんでございますとも」
メイドというより町のおばさんを思わせるヨンスは、にっこりと笑いながら気前良く返事をし、失礼しますと言ってソフィアの髪に触れた。
ミリーは手早く髪を切っても部屋のカーペットが汚れないように準備をし、ソフィアの下や周りに大きな布を敷いた。
「ソフィア様の御髪は本当にお綺麗でいらっしゃいますね。こんなに綺麗な髪を見るのは生まれて初めてでございますよ」
「そ、そうなんですか?あまり外に出ないので良く分からなくて........珍しいんでしょうか?」
「はい!それはもう滅多にないお髪と瞳にございますよ。きっとソフィア様は神に選ばれた方でいらっしゃいますわ」
「そ、それはないと思います」
ソフィアと話していたヨンスは「そうでしょうか?」と軽く言い話を続けていたが、ソフィアの中にはヨンスの言葉がまだ残っていた。
(神に選ばれた.........もしそうであるなら神は私に何か試練をお与えになっているのでしょうか)
ぼんやりと考えながらヨンスの話を耳半分で聞いていたソフィアだったが、ミリーの「お嬢様」と呼ぶ声で我に返った。
「ご、ごめんなさい何か言っていましたかミリー?」
「いいえ、ただお嬢様が心ここにあらずといったご様子でしたので。何か心配なことでもありましたか?」
「だ、大丈夫ですよ。ありがとうございます」
「あ、これから王宮に行かれるからですか?緊張しますよね!私暖かいお茶をお持ちいたします!」
次の言葉を発する間も無くミリーはまた部屋を出て行った。
「ほほほ、騒がしい子ですねぇ。ソフィア様、ミリーは優秀ですがうるさいようでしたら叱ってくださってよろしいですからね」
「ええ、ありがとうございますヨンス」
「使用人に敬語は必要ありませんよソフィア様。ところでどれくらいの長さまでお切りいたしますか?」
「これはもう癖なので、すみません。そうですね、ヨンスに任せてもいいですか?」
「はい、分かりました。では終わった後の楽しみということで」
「よろしくお願いします」
人と関わるのが苦手なソフィアもヨンスの暖かく優しい雰囲気のおかげか、いつもより緊張せずに話をすることができていた。
ソフィアは慣れた手つきをして切っていたヨンスと家族はいるのか、好きな花は何かといった話をし、そんな話しているうちに髪は切り終わった。
ヨンスは自信たっぷりといったように鼻を鳴らし、鏡を持ってソフィアへ切り終わった後の髪を見せた。
「ソフィア様いかがでしょうか?」
「素晴らしいです、ありがとうございますヨンス。またお願いしてもいいですか?」
「もちろんにございます。いつでも申しつけください」
そう言ってヨンスは切った後を片付けると部屋を出て仕事へと戻っていった。
「お嬢様、遅くなり申し訳ありません!ハーブティーをお持ちいたしました。それとお嬢様宛に手紙が届いておりま.........す、素敵です!神々しいです!流石でございますお嬢様!」
「あ、あのミリー?て、手紙を.........」
お尻まであった髪を肩甲骨より少し下の部分までカットしたソフィアの姿を見て、ミリーは感激に目を光らせて興奮しているため、ソフィアはなかなか声をかけることができない。
しかし、そうしてソフィアが戸惑っているところに一つの救いの手が差し伸べられた。
「いでっ!な、なにするんですかイリアさん!」
「お嬢様が困っていらっしゃるでしょう。お嬢様が素敵で可愛くて美しいのはよく分かりますが興奮するのは自分のなかだけにしなさい」
「うっ、はい、申し訳ありません。お嬢様、困らせてしまい申し訳ございませんでした。以後気をつけます」
ミリーの謝罪にソフィアは微笑み、「気にしなくて大丈夫ですよ」と言ってその場を収めた。
「あ、そのそれで、どうしてイリアがここに?」
「はい、申し遅れました。もう少しで王宮から迎えの馬車が来ますのでその前にお嬢様の着替えを手伝うようレイラ様に言われてきました」
「お母様にですか?」
「はい、本当はご自分がしたかったようですが今回は時間もありませんので、レイラ様の意志を受け取った私が行くことで我慢していただきました」
「そ、そうですか。ではお願いしていいですか?」
「はい、お任せください。申し遅れましたが、その髪型はお嬢様の魅力をとても引き立てる良い髪型だと思います」
「ありがとうございます」
いつもなにを考えているかよくわからない表情をしたイリアから髪型を褒められたソフィアは少し恥ずかしがりながらお礼を言い、ミリーとイリアとともにドレスルームへ入って行った。
「やっぱりお嬢様はとても腰が細くていらっしゃいますからスレンダーラインのドレスがお似合いだと思います!マーメイドも素敵です!」
「そうですね、しかし今日は殿下とお話しをするだけと聞いております。それはまた今度、パーティーや舞踏会があるときにしましょう」
「そうですか、残念です。ではいつもどおりでAラインのドレスがいいですね」
「ええ、それがいいでしょう。お嬢様にはこちらのオフショルのドレスがお似合いだと思います」
「あ!私もそれ思ってました!さすがイリアさんです!」
ソフィアのドレスを決めるのに、全く本人の意見を聞かず話を進めドレスを選んでいくミリーとイリアはとても生き生きとして楽しそうにしている。
その間、そばにある椅子に座って二人の様子を見ていたソフィアは、急にあることを思い出し急いでミリーにお願いしようと声をかけた。
「じゃあこれで決まりですね!お嬢様、ドレスが決まりました、こちらでいかがでしょうか?」
「ミリー!急いでお願いがあるのですが頼んでいいですか?」
「は、はい、なんでしょう!」
ソフィアの頼み事を聞いたミリーは笑顔で返事をし急いで準備をしに行く。そしてソフィアもまた急いでイリアとミリーが選んでくれた水色をしたAラインのオフショルドレスを着せてもらい、イヤリングやネックレスなどのアクセサリーを最小限身につけ、少しだけ化粧をした。
そしてすぐにソフィアは頼まれごとから戻ってきたミリーとともに、待っている馬車へ杖をつきながら乗り王宮へと向かっていった。
今日はずっと手紙でやりとりをしていたウィルと久しぶりに会うということで緊張もあってか、ソフィアの心臓は王宮へと向かう道中ドクドクと小さく音を立てて鳴っていた。




