34.望まぬ婚約者(リリー視点)
「.........お父様?」
「いや、お前もそろそろ婚約するべきだろう?もう一八になるのだしそろそろ身を固めなければと思って」
「余計なお世話です!なぜそんなにもお見合いをさせたがるのですか!私はずっと一人がいいんです!」
「リリー、お前は子を作りビネガー家を発展させようとは思わないのか!」
言い合っているのは私、リリー・フォン・ビネガーとその父であるアレクセイ・フォン・ビネガーつまり当主のビネガー侯爵である。
私ははセレスト国の五大侯爵家ビネガー家の長女で今年一八歳になる。この国の女性は大抵一六歳までには婚約し、二十までには結婚する。逆にその歳までに結婚ができなければ社交界では腫れ物扱いされるかどこかに問題のある令嬢として認定される。全くもって酷い話だと思う。
結婚しなければ女性には価値がないのだろうか。男女差別がこんなところに出ているのが腹立たしい。だから私は結婚をしなくても自分で稼いで生活していけることを証明したいと思った。
そしてそのために四年前から町で店を経営している。
初めは小さな店だったが父の協力もあり、今はあちこちに店舗がある。店では女性が普段着るワンピースやドレス、アクセサリーや化粧品を主に開発していてそれを安く売っている。勿論品質は良すぎない程度に良く出来ている。
売れ行きは絶好調で貴族よりも平民に人気がある。もちろんそれを目指していたので満足している。
つまりそう、私は今仕事に生きているのだ。
それなのに父は早く結婚させたがり、私は父のもってくるあらゆる縁談を断り続けたために社交界では顔も見せられないくらい不美人だと噂されているらしい。
婚約したくない私にとってその噂は万々歳であり、その噂にのって社交界にもデビューして以来殆ど出なかった。しかしそれを見兼ねた父がついに今回断れない縁談をもってきてしまった。
「見合い相手はお前と二つしか違わないしいいだろう?リリー、これは断れないんだ一度だけでいい、受けてくれ」
「........はぁ、仕方ないですね今回だけですよ。これ以上はしませんよお父様」
「ああ!今回だけでいい!」
「それでお見合いはいつですか?」
「明日だ」
私は驚いた。当然何週間何ヶ月後の話だと思っていたためそんなに急とは思わなかったからだ。
「...........お父様」
「わ、分かっているぞリリー、急すぎると言いたいんだろう。だが先月からお前に言おうと思ってたんだが、お前は店のことで手一杯で話しかけられなかったんだ」
「分かっています。今から準備をしますのでこれで失礼いたします」
「あ、ああ」
全く父は何を考えているのか。お見合いする時は普通は二週間以上前から準備するものだというのに、これではお見合い相手のことを調べたり新しいドレスを新調する時間もない。
しかし、父のあの様子からするとよほどいいところの家が相手なのだろうか。まあいい、明日会えば分かることだ。
ぐるぐると考えを巡らせながら私は侍女やメイドたちと明日に備えて準備をした。
次の日
私は見合い相手を見て少し驚いた。身長はかなり高く、すらりとした体をしているが弱さを感じさせない、むしろ考えられないほどの強さをもっているのではと思わせる青年がわたしの目の前に立っている。
「初めまして、私はジョン・フォン・ローエンと申します」
「は、初めまして、私はリリー・フォン・ビネガーと申します」
正直驚いた。今まで見合いをしてきた人たちは皆ビネガー家と繋がりをもちたいと思っていたり、私を気持ち悪い目で見たりすることがほとんどでこんな好青年は初めて見たからだ。
しかもローエン侯爵家といえば国王から厚い信頼を受けていて、ビネガー家と同じ侯爵家といえど全く格が違う。
「とりあえず二人でゆっくりしていて頂戴、私たちは少しお話をしてきますから」
ローエン侯爵夫人の言葉でローエン侯爵や母や父が部屋から出ていき、ジョン様と二人きりになってしまった。
(どうするべきかしらこれ?)
様子を見ようとジョン様の方に視線を向けるとお互いにバッチリと目が合ってしまった。
「リリー嬢は何か趣味がありますか?」
「ええ、町の店を見ることです」
「町に?一人でですか?」
「ええ、いけませんか?」
いつもの見合いのように、私は殿方が「世間知らずのお嬢様」と思うように話を進めていくことにした。
「いいえ、私も町にはよく出るので好きですよ。リリー嬢の好きなものは何ですか?」
「お金です。あれば多くの人の助けになりますし、今は自分で稼いだお金が欲しいです、か、ら......ジョン様?」
話をしていると何故か彼は下を向きながら肩を震わせている。怒っているのかしら、それとも令嬢なのにはしたないとまた言われるのかしら。どちらにせよやっぱり今回の縁談も破棄ね、あーよかった。
そう、私は縁談が破棄されることを喜んでいたのにまさかこんなことになるなんて思ってもみなかった。
「く、くくく.....あははははっ!あーやばいな面白い」
「あ、あのジョン様、私がなにか?」
「お嬢様のくせに金が好きとか!ははははは!」
私は先ほどまでと全く違う彼の様子に戸惑ってしまい、驚いて目を見開くことしかできない。
「ああ、悪い悪い、俺こっちが素だからさ。がっかりした?」
「いいえ全く。私も人前では猫をかぶりますので、というか皆さんそんなものでしょうし」
「へー、もっとお嬢様お嬢様してるのかと思ってたんだけど、案外さっぱりしてるのな」
「いけませんか?」
「いいや、俺は好きだよそういう子」
さらっと吐く言葉がいかにも女の子慣れしていそうで私は一瞬眉を寄せたが、わたしのこんな姿を見ても下心なしでしっかりと向き合ってくれる彼に少し興味が湧いた。
「まあいいです。私この縁談は断るつもりなのでそのように。貴方も乗り気ではないでしょう?」
「........何でそう思った?」
「初めからめんどくさそうな顔をしていました」
「ふーん......俺あんまり表情から感情読み取られたことないんだけどな」
「ふふふ、私にとって貴方は分かりやすいですよ」
いつもの見合いの時とは違い、お決まりの挨拶ではなく普通にお互い殆ど素で話をしていることが少しおかしかった。
「へぇ、面白いな。なあリリー嬢は金が好きなんだろ?」
「ええ、大好きです」
「くくくっ、じゃあその金が手に入ったら何に使いたいんだ?」
何が面白いのか分からないが私は聞かれたことに素直に答えた。
「そうですね、まずは町に医療所を建てて平民でも簡単に病気をみて貰える環境を作ります。他にも子ども向けの施設を増やしたり、あ!子どもを預かる施設なんかもいいですね。働きながら子育てをしていく女性にはいいはず!他にも安くて美味しいレストランやカフェを増やしたいですね」
「あっはっははははは見事に全部町の発展だな!自分のためには使わねーの?」
「使いませんわ。私は十分恵まれていますし、足りていないものはありません。お金は自分がしたいことに費やしますが、それが私の場合は個人的なものではなく町の建設という方向に向かっただけです。凄いことではありません」
「リリー嬢、あんた変わってるし面白いな」
その後ずっとお互いに普段どんなことをしているのか、好きな食べ物は何かなど他愛もない話をしているうちに時間は過ぎていった。
「もうそろそろだな」
「ええ、今日は思っていたより楽しめました。いつかお会いする機会があればお話できると幸いです」
「ははっ!そうだな、でもその機会はすぐに来ると思うけどな」
ジョン様の言葉の意味が理解できず聞き返すと、彼は意地悪な笑みを浮かべてこちらを見た。
「俺はこの縁談を受ける」
「え?ちょ、ちょっとお待ち下さい!貴方先ほど受けないと!」
「俺は受けないとは、言ってないぞ?リリー嬢の勘違いだ」
「え、ええ?」
思い返してみると確かに私が彼の表情から読み取ったとしか言ってない。考えてなかった展開に私は驚き、慌てて取り消させようとしたが失敗に終わる。
「ですが私と婚約してもいいことはございませんし、お金も繋がりも貴方の方が多くもっています。それに私はきっと冷めているので貴方が得するようなことは何一つありません。お考えなおしください」
「本当に面白いな、そこまで自分を遠ざける令嬢は初めてだ。が、俺はこの縁談を受ける、破談にするつもりもない。考えておいてくれ」
私はガックリと肩を落とし、ジョン様たちが帰ってもしばらく落ち込んでいた。せっかく今回はお互いの同意のもと綺麗に見合いを断れると思っていたのに。
でもそれ以上に少しだけ、本当に少しだけ心の中で喜んでいる自分がいることが腹立たしかった。
「リリー!よくやった、今回の縁談を受けるとローエン侯爵から先ほど聞かされた!ローエン侯爵家と繋がりが持てる、これで我がビネガー家は安泰だ」
「お父様、私はこの縁談お断りします」
その瞬間父の顔が険しいものへと変わり、それに気づいた普段あまり話さない大人しい母が珍しく口を開いた。
「リリー、ジョン様は何か嫌なところがあったの?」
「そうなのかリリー?」
「そ、そういうわけではありませんが」
むしろ普段の見合いの何十倍もいい人で私には勿体ないくらいの殿方だった。
「ジョン様もかなり遊んでいるという噂は耳にするが、まあ誰かが勝手に流した噂だろう。地位があればあるほどそういった噂は増えていくものだ。リリーお前も噂ではなく相手自身を見て見極めなさい」
「..........はい」
そんな噂があるとは知らなかったが、その噂は本当なのでは?と先ほどまでの彼との会話を思い出して考えていたが、ジョン様の名誉のために今は口にしないでおいてあげよう。
「分かりました。その縁談お受けします」
「おお!良かった!ついにリリーにも婚約者が!これで孫の顔が見られる!」
どれだけ先の話をしているんだと思ったが、つっこむ気にもなれずに失礼しますと言って部屋へと戻った。
ついに婚約してしまった私は軽いショックで部屋へと篭っていたのだが、長年支えてくれている侍女のミモザが慰めてくれた。
「お嬢様、こう考えて下さい。歳の離れた変な殿方に嫁ぐより、歳の近いかっこいい殿方に嫁ぐことができて良かったと!」
「元々私は婚約なんてしたくなかったのよ」
「しかしお嬢様は侯爵家の令嬢ですし、それは難しいですわ」
「そうね.........もうこうなったら割り切って考えるしかないわよね」
「ええ、もしかしたらジョン様には弟や妹がいるかもしれませんし、そうなればお嬢様にもご兄妹ができますわ!」
「それは無理よミモザ、ローエン侯爵家にはジョン様と私と同い年の次男が一人しかいないわ。せめて妹なら着せ替えをしたり、一緒にお出かけしたり楽しくできたのに」
上に一人兄がいるだけで下に兄妹がいない私はずっと弟か妹が欲しかった。そしてそのことも含めて言っても仕方ないと分かっていても言わずにはいられなかった。
なにせ一八年間ずっと縁談を断り続けてきたのに今になってこんなことになるとは思っていなかったのだ。
ずっと落ち込んでいても意味がないので私は店のことを考えながら落ち込むことにした。そうしているうちにだんだんと縁談のことも前向きとまではいかないが納得して受け入れた。
(もう落ち込んでも仕方ないわ。別に何が変わるわけでもないし)
婚約してから一週間後、ジョン様は屋敷へと訪れた。
「リリー嬢、婚約を受け入れてくれて本当にありがとう。これからは君を幸せにできるよう精一杯努力するよ」
「あ、ありがとうございます」
父も隣にいるためかこの前とは違う丁寧な言葉遣いに戸惑ってしまった。父は隣でなぜか涙しているため私は少し恥ずかしい。
「ジョン様、少し屋敷で休んでいかれてはいかがですかな?リリーと話をされては?」
「そうですね、ではお言葉に甘えて休ませていただいてもよろしいですか?」
「ええ、ええ!勿論ですとも」
ジョン様を応接室に案内し父は私と彼を二人きりにして早々に出て行った。
「ち、父が申し訳ありません」
「いいえ、構いませんよ」
「あの、もう話し方を戻しても.......」
そう言うと彼は苦笑いをし、扉の前に立っている私の方へと歩いてきた。
「あ、あのジョン様?」
自分の口元に人差し指を立てて「しー」っという仕草が妙に色っぽく、私の胸は思わずドキッと跳ねてしまった。
そしてもう少しで背中に腕が回ると思ったとき、私は目を瞑ってしまった。
「ぎゃ!」
想像とは少し違う声に私は目をおそるおそる開き、声の聞こえた方を振り返った。すると、扉が開かれた床には父が倒れていて、すぐに状況を察した私は彼に謝った。
「も、申し訳ありません父が!お父様、今すぐ出て行って!」
「は、はい」
まさか父が聞き耳をたてているとは思っていなかっので驚いてしまい、同時に彼に何かされると思った自分がとても恥ずかしかった。
「ジョン様、申し訳ありません」
「いやぁ、驚いたな。ビネガー侯爵はとても愉快だな」
彼が普段の口調に戻したということはもう扉の外には誰もいないということなのだろう。私はこちらの話し方の方が好きだ。猫をかぶっている時の彼はとても胡散臭くて、どこかでナンパをしている人に見えてしまう。
「それで、今日は何か用事が?」
「いや、まあさっき言った通り婚約を受けてくれたお礼と少し報告があってな」
「報告?」
そして彼は先日ローエン侯爵が養女を迎えたことや、その子が私の義妹になることを話してきた。
「その子は平民の子ですか?孤児であるとか?」
「いや、貴族の子だ。訳あってうちが養子として引き取ることしたんだ。詳しいことは話せないけどいい子だよ」
「そうですか、分かりました。それで、私はその義妹さんにはいつお会いになれますか?」
「........ごめんな、しばらくは無理なんだ。何せ人見知りだからな、まず家に慣れてもらわないと。会えるようになったらまた教えるから」
自分に念願の義妹ができると知り、そのことを私はとても嬉しく思っていたのだがいつ会えるか分からないことを残念に思った。しかし、会う時までに渡すドレスやアクセサリーを作ったりすることも出来るので楽しみが一つ増えた。
「その義妹さんの瞳の色と髪色を教えていただいてもいいですか?出来れば身長や体つきも分かる限りで」
「いいけど、何に使うんだ?」
「会う時までにドレスやアクセサリーを作ろうと思いまして、趣味なので」
「へー、分かった。髪は白で尻くらいまである、瞳はルビーのような赤色で体つきは細くて華奢.........かな。身長はリリー嬢よりも七センチくらい低いな」
かなり細かい体の特徴を教えてくれた彼に私は礼を言い、その後はここ一週間の話や今後の話を軽くして帰っていった。
意外と話が弾んだことに嬉しくなりながら、次はいつ会えるだろうかと考えていた。そんな自分に不思議と悪い気はしなかった。
私はこの日から義妹ができることもあり、初めに考えていたより、婚約するのも悪くないかなと思い始めていた。




