32.いもうと
「じゃあ、行ってくるわね」
「ソフィアなるべく早く帰ってくるから」
「いいえ、お気になさらないでくださいお母様、リアンお兄様。お二人ともお気をつけて」
夕方、日ももうすぐ落ちるという時刻になりソフィアは王宮へ誕生パーティーへと行くレイラとリアンを見送っていた。
杖がなくては歩けないソフィア以外は全員、王宮のウィリアム王太子誕生パーティーに五大侯爵家の筆頭として行かなくてはならない。
そのため今日ソフィアは屋敷で一人で過ごすことになるのだ。
二人を見送ったソフィアは屋敷の中へと入り、夕食を食べるためにダイニングルームへと向かった。
ダイニングルームはいつもと違い賑わった雰囲気はなく、どこか冷たさの残る広々とした部屋に大きなテーブルがポツンとあるだけだ。
(いつのまにか私はあの空気に慣れていたのね)
ソフィアはそんな部屋を見て少し寂しさを覚えている自分に気づいた。
「お嬢様、お夕食になさいますか?」
「ええ、そうします。せっかくですから使用人の皆さんも一緒に召し上がらないか聞いてきて欲しいのですけど」
「はい、かしこまりました」
大きなテーブルを一人で使うのももったいないと思ったソフィアは誰かと一緒に食事をしようと思いミリーに頼んだ。
しばらくして誘いに応じた者がミリーと共にやってきた。
「ソフィア様、私たちがご一緒してもよろしいですか?」
「自分の作った料理を初めから全て食べられるのは久しぶりですな」
「お嬢様、よろしければこちらの部屋にこの花を飾ってください」
ソフィアの誘いに応じてダイニングルームへと入ってきたのはレイラの侍女兼護衛のイリアと料理長であるアーサー、そして庭師であるトリスだった。
「はい、私のわがままを聞いてくださり皆さんありがとうございます」
「いいえ、わがままではありませんよソフィア様」
「そうですお嬢様!むしろお嬢様はもっとわがままをおっしゃるべきです!」
ミリーの言葉にソフィアは苦笑いをした後皆に座るように促し、調理人が持ってきた食事を食べ始めた。
「トリス、口についてるわよ」
「え?あ、ありがとうイリア」
トリスとイリアの仲が良すぎるのを見たミリーは先輩であるイリアに話しかける。
「あのー、イリアさんとトリスさんって.......」
「ああ、恋人よ」
「イリアは僕の恋人なんだ、とっても可愛いよ」
「ええええ!!!!」
ミリーは大きな声で驚いたあとはっとしてソフィアの方を振りかえり謝った。
「申し訳ありませんお嬢様、大きな声を出してしまって」
「いいえ、いいのよミリー」
「お嬢様は知っていらっしゃったんですか?」
「ええ、トリスから聞いたことがあったの。とても仲が良いそうよ」
よく庭でトリスと話すソフィアは毎回イリアとの惚気話を聞いていたため二人が恋人であることは知っていた。
そして食事はいつもとは違う空気ではあるが賑やかなものとなり、ソフィアも嬉しさが伝わるように一生懸命口角を上げ笑顔を浮かべた。
「あの、以前からお聞きしたいことがあったのですが」
「はい、なんでしょう?私たちでお答えできることならば」
「はい、えっと昔こちらにはお兄様たちの妹がいらっしゃったんですか?」
「.........何故そのようなことを?」
ソフィアの発言で暖かかった空気が急に冷たいものへと変わり、イリアの声でそのことにすぐに気づいたソフィアはすぐに謝り、話を終わらせようとした。
しかしその前にイリアが話しをし始める。
「失礼いたしました。そうですね、あれだけ妹が欲しかったという皆様を見ていれば気になるのも分かります」
「え、えっと......すみません」
「ソフィア様が謝ることではありません。僭越ながら私がお話しさせていただきます」
「あ、ありがとうございます」
イリアはゆっくりと静かにローエン侯爵家の過去についてソフィアに話した。
「ジョン様とをお産みになったレイラ様は当時二十歳でいらっしゃいました。その二年後にリアン様がお産まれになり五年ほどは今のように四人での暮らしが続いていたのです。しばらく経ち、ジョン様が七歳の時レイラ様はお子様を授かりました。ジョン様はもちろん侯爵家全員が喜び出来れば女子が良いといい、女の子が産まれてくるのを皆心待ちにしておりました」
ここまでのイリアの話は至って普通の暖かい話であり、ソフィアや他の四人も落ち着いて聞いていた。
「しかし出産の際レイラ様はちょうど外へと出かけていらっしゃって、破水してから屋敷までお戻りになるのはあまりに大変でいらっしゃいました。当時の御者はどうしたら良いのか分からず、もし出産できなかったとき自分が責任を負わされると考えたのでしょう。その町に破水したレイラ様を一人置ざりにしたのです。結局レイラ様は誰もいない中で産もうと試みました。そこには私もいましたが医者を呼びに行った時にはすでに流産されていて...........」
イリアは当時のことを思い出したのか、いつも冷静な顔に辛い色を浮かべ俯いてしまう。そんなイリアの肩をトリスは優しく抱きしめ、他の三人も黙りこんだ。
しばらく誰も話さない居心地の悪い時間が続いたが、それを破ったのは明るいミリーの声だった。
「で、でも今はお屋敷の皆様も幸せに暮らしていらっしゃいますし、これからだって幸せです!」
「.......ええ、そうねミリーの言う通りだわ」
「私も皆様をしあわせにするとっておきの料理をお作りしますよ」
ミリーの言葉にイリアは優しく頷き、アーサーも励ますように言った。
優しい屋敷の皆を見たソフィアは静かに微笑み、食事の時間は穏やかに過ぎていった。
(今頃はきっとパーティーね............)
食事の後、部屋へと戻ったソフィアは窓際に飾られたポピーの花を見ながらウィルのことを考えていた。
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「皆今日は王太子であるウィリアムの誕生パーティーに急な知らせにもかかわらずよく来てくれた。今日は楽しんで行ってくれ」
国王であるダニエルの言葉を合図に演奏が始まり、貴族たちはワインなどを片手に談笑し始め、交流を深めたり探りあったりする。
「お久しぶりですモンズリー伯爵、ご無沙汰しています」
「おおボブリン子爵、貴公もこのパーティーに来ていたのか」
「ええ、勿論ですとも。あの話が本当だとしたら来ないわけにはいきませんからな」
「ああ、最近通っている女に聞いた話か。しかし本当なのか?」
「ええ、おそらく殿下の近くにいる者が例の少女でしょう」
パーティーで会った貴族派であるダラス・フォン・ボブリンとラモン・フォン・モンズリーは小さな声でひっそりと周りに聞こえないように話し始める。
「ダラス、例の手筈は整っているだろうな?」
「ええ、もう商人にあたりもつけました。あとは少女がいればうまくいきます」
「よし、とにかくあの小僧の目がこちらに向く前に動くんだ。議会は二週間後だ、それまでに有益な政策を考えられるはずがない」
「正直言って先日提案された政策には驚かされましたがね。しかし穴がありすぎる、まだ大丈夫でしょう」
「ああ、次の議会では」
しかし二人が話しをしていたところに突如一際大きな歓声が響き渡り、その声に驚いた二人はワルツが始まったことに気づいた。
「ふん、ダンスが始まったか」
「どうやら殿下が踊られているようですな、例の少女やもしれません」
「なに?見に行くとしよう」
二人は広間の真ん中へダンスを踊っているはずのウィルを見に貴族たちの人混みをかき分けて進んでいった。
ダンスを踊っている人々の周りには貴族の若い女性達が集まっており、踊っているウィルをうっとりとした眼差しで眺めている一方で、その隣にいる少女には羨望と嫉妬の眼差しが突き刺さっていた。
はじめ、女性たちは自分が誘われるのではないかと皆ソワソワとしていたが、ウィルが手を引いて踊りはじめたのは金色の髪に翡翠の瞳をもった可愛らしい少女だった。
「誰よあの子!私が殿下と踊るはずだったのに!」
「ちょっとあなたじゃないわ私よ!」
「はじめじゃなくてもいいから今日誘われたいわ」
格好良すぎるウィルと親しくなりたいや王太子という肩書きから近づきたいなど近づきたい理由は様々であるが、女性達は踊っているウィルと少女を見ながら自分の思いを吐露していた。
そんな中ようやくウィルのワルツをしている姿を見られるところまでやってきたモンズリー伯爵とボブリン子爵はその光景を見て驚き、また話し始めた。
「おい、あの少女はアルビノではないぞ?!」
「いえ、おそらくあの少女ではないでしょう。彼女が言うには、年は十六歳ぐらいで小柄、白銀の髪に赤目です。それとかなり胸があるとか」
「ほう、それは是非一度目にしたいものだな」
「ええ、商人に渡す前に一度見るのも良いかと。アルビノの少女は珍しいですからな」
「それはいい、連れてきた時は連絡しろ」
二人は同時に下品な笑みを浮かべながら、ウィルと踊る少女をもう一度じっくりと見た。
「あれは......どこを見ても凹凸のある体ではないな。それにまだ幼い」
「ええ、金髪に翡翠ですからな。全く違います」
ウィルのそばに少女がいると思った二人だったが、探しているような姿をした者は会場には見当たらず、結局今日のパーティーでは見つけることができなかった。
しかしボブリン子爵が頭を働かせ、会場の人目のつかない所にいた一人のメイドに声をかけた。
「君、少しいいかな?」
「はい、何か御用でしょうか」
「ああ、実は以前この城で私のハンカチを拾ってからくれた白髪に赤目の女の子がいたんだが、礼を言いたいので教えてもらえないかな?」
ボブリン子爵は優しい顔をしたまま何も知らないメイドから言葉巧みに情報を引き出そうと話を続ける。
「はい、それはもしかしてソフィア様のことではございませんか?」
「ソフィア様?王族の方々の中にそのような姫君がいらしたかな?」
「いいえ、ソフィア様はローエン侯爵様のご令嬢です。なんでも養女になられたのだとか」
「ほう...........ローエン侯爵のか。ありがとうこれで礼が出来る」
探していた少女であるソフィアの居場所を知ることのできたボブリンは、去って行くメイドを横目にすぐにそのことをモンズリー伯爵に伝えに行った。
「ちっ、よりによってローエン侯爵のもとにいるのか」
「まあ大丈夫でしょう。いつものように我々の『ハト』を使えば」
「ローエン侯爵は守りが強い、外からでは無理だろうからな、なかからいくしかあるまい」
「.....では手配しておきましょう」
「ああ任せたぞボブリン」
頷いたボブリン子爵は適当な女性と一曲踊った後、早々に踵を返し屋敷へと帰っていった。
モンズリー伯爵は酒に酔いながら、若い女性たちとダンスを踊り満足していた。




