30.第二王子
セレスト王国王太子であるウィリアムの誕生日パーティーまであと五日。朝からウィルは執務室でジョンの話を聞いて固まっていた。
「悪い、もう一度言ってくれ」
「だーかーらー、今日ソフィーはマーガン先生からお許しもらって侯爵領の下町に行ってるって言ったんだ」
「その前だ!」
「その前?あー、歩けるようになるか分からないからパーティーを出席するか分からないって話な。多分出席しないと思うぞ?」
パーティーまで残り五日となり、出席するかどうかを出すのは二日前までであるため、残り三日でソフィアが歩けるようにはならないだろうと判断したジョンはウィルにそのことを話した。
パーティーなど本当は出たくないウィルにとってはソフィアに会えることが唯一の楽しみであり、踊る相手もソフィアだけだと自分の中で決めていた。そのために、それがなくなればウィルにとってのパーティーなど全く意味のないものになるのだ。
「俺は誰と踊ることになるんだ......」
「一人は絶対だろー?ソフィーだって女だぞ?」
「いや、ソフィーは別だ。他の女みたいに俺に色目も使わないし媚びたりしない」
「断定かよ....まあそうだな、王妃様とでも踊れば良いんじゃないか?」
「....本気で言ってるのか?」
「スミマセンデシタ」
睨まれたジョンはすぐにカタコトでウィルに謝った。
ウィルは王妃と仲が悪い、というより女性が嫌いになった理由を作ったのは王妃であるため苦手としているのだ。
大きなため息をついて考え込んだウィルの部屋にノックの音が響き誰か入ってくる音がした。それを見たウィルはすぐに表情を戻し、入ってきた人物に優しく微笑みかけた。
「久しぶりだなサミュエルにルーク、元気にしていたか?」
「は、はい!兄上もお元気そうでよかったです」
「あにうえあにうえ!」
入ってきたのは今年十三歳になる第二王子であるサミュエルと、五歳になる第三王子であるルークであった。
手を上げて抱っこを迫るルークを望み通りに抱え上げたウィルはサミュエルをソファへと座らせ自分もルークを膝に乗せ、ジョンの隣へと腰かける。
「ジョンはまた来ていたんですか、仕事はちゃんとしないとダメですよ」
「サミュエル様、俺はちゃんと仕事をしてからこちらへお邪魔していますよ。しかしなんだろなぁ、年下に説教されるのって案外くるな」
「本当のことだろ」
ウィルに言われたジョンは、まあなと開き直り全く反省していなければダメージも受けていなかった。
「それでサミュエル、今日はなんで来たんだ?」
「あ、そうでした。兄上がパーティーで誰と踊るのかをこっそり聞いてこいと父上に言われまして」
「サミュエル様、それではもうこっそりではありません」
別の仕事をしていたレオンが執務室へと戻り、サミュエルに声をかけた。
「お、レオン戻ったかー!フィルのとこに行ってたんだろ?」
「ええ、そうそう今回のパーティー、フィルは出席をしないそうです」
ドブリス・フォン・マイヤーの息子であるフィル・フォン・マイヤーは父親の不正に責任を感じ、パーティーには出席しないことになった。そして彼は財務部にいるため、書類をよく届けるレオンは度々会話をしていたのだ。
「へぇ、あいつはてっきり出席するかと思ったんだけどなぁ、まあいいや。んで?ウィルは誰と踊るんだ?」
「そうです兄上教えて下さい!僕は誰にも言いません!」
「陛下の頼みをあっさり放棄なさるんですねサミュエル様は」
レオンの呟きはさらりと無視され、サミュエルは更にウィルを問い詰める。
「兄上にはお好きな女性がいないんですか?父上は兄上には気になる女性がいるからきっと踊るのもその方だとおっしゃっていました!僕も協力するのでその方に是非会わせて下さい!」
「協力って、お前はまだ社交デビューもしていないだろう、どうするんだ」
「変装して忍び込みます!大丈夫です、僕も兄上ほどではありませんがダンスも結構出来ますしバレません」
「いやそれは............あーわかった話す。だから落ち着いてくれ」
サミュエルの興味津々な問いかけの熱に負けたウィルは結局ソフィアの事情をサミュエルに話した。
「ではその方は今回は欠席なさるかもしれないんですね」
「ああ」
「では兄上は他のどちらのご令嬢と踊られるのか決めなければなりませんね」
「そうなんです、サミュエル様。ですが殿下は女性が苦手でいらっしゃいますから踊るのも嫌なんだそうです」
「そんな.....兄上必ず一人とはダンスを踊らなければならないんですよ?」
「分かってる......」
七歳も年下のサミュエルにでさえ注意されたウィルは無理やり話を終わらせようとする。
「まぁいい、こんなことは当日に決めよう。まだソフィーが来るかもしれないからな」
「そうですね、兄上の言う通りです。父上からの頼みは聞けませんでしたが僕も当日を楽しみにしています」
「あぁ、サミュエルもあと二年で社交会に出るからな。色々学んでおいて損はないだろう」
「ええ、僕も兄上のように立派になりたいですから」
実際、サミュエルはウィルほどではないがとても優秀であり、こなすべき学問は全て修めているため家庭教師も今はもうついていない。
そして話が終わり部屋から出て行こうとするサミュエルとルークをウィルは見送るため立ち上がろうとする。
「兄上、今度一度稽古をつけてください!」
「ああ、もう訓練をしているのか。凄いなサミュエルは」
「いいえ兄上に比べたらまだまだです」
サミュエルは学問を修め終わり、今度は体を鍛えるために剣を毎日振ろうと思ったが、成長期の途中の不安定な体では危険だということで週に二、三回振っている。
それを聞いたウィルは頑張るサミュエルの頭に手を置きポンポンと軽く叩いたあと、抱えていたルークを部屋の扉の前で下ろした。
「それでは兄上今日はありがとうございました」
「いや、こっちこそありがとな。サミュエルが来てくれたおかげで少し考えが変わった」
「そう言っていただけると嬉しいです。ほら、ルークおいで」
「あにうえまたねー!」
「ああ、ルークも元気でな」
そして二人はウィルの部屋から来た時と同じように手を繋いで出て行った。
「いや〜まさかサミュエル様が来るとは思わなかったぜ。また一段と賢くなられたな」
「ええ、本当に素晴らしい方です。殿下、サミュエル様にはああおっしゃられましたが、実際どのようにパーティーをのりきるおつもりですか?」
「言った通りだ、当日にでも考えるさ。ソフィーの手紙に書いてなかったということは、ソフィーは来ようと思っているんだろう」
あれからウィルとソフィアは一度きりではなく手紙を送りあい、文通を行なっていた。手紙の最後にはいつもお互いに花言葉を意識した花の名前を書き、自分の思いを伝えている。
ジョンとレオンと話し終えたウィルは今日送られてきたソフィアからの手紙を手に取り、机の中にそっとしまう。五通ほど机の中には手紙が入っていて、ウィルはよくそれを取り出しては読んでいる。
今日の手紙にもパーティーのことは書かれていなかったため、来るかもしれないと思ったウィルはそのことには触れず、ソフィアへ返事の手紙を書いた。
「パーティーより、来られなければソフィーと話す機会がなくなる。そこは考えているだろうなジョン」
「分かってる、そうかっかするなって。俺と親父で一応話し合ってパーティーの後じゃなく、次の日にしようと考えてる。パーティーの時は人が大勢入るから危険だしな」
「分かった。もしソフィーが出られないことがあれば次の日にしよう」
「はいはい」
政策についてソフィアとパーティーのときに話そうと思っていたウィルは、ソフィアが来れないかもしれないと分かりジョンに予定を確認した。
その後もソフィアのことが気になっていたウィルは、何度かいつもはしないような書類ミスをしながらレオンと共に仕事を片付けていった。
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「お嬢様お疲れでしょう。ただいまお茶をお持ちいたします」
「ありがとうミリー」
人と関わることが怖かったソフィアは、今日初めて町へと出てみて色々な人と接したため疲れてしまい、屋敷へと帰ってきた。
しかし疲れてはいるが、自分が意外と普通に人と関われたこと、美味しい食事や面白い物を沢山見られたことにソフィアはかなり喜んでいた。
(とても楽しかった。もう少し体力があればきっともっと見ることができたのに、ミリーにも申し訳なかったわ)
「お嬢様、お茶をお持ちいたしました」
「ありがとう、ミリーごめんなさい」
「お嬢様が気になさることではありません。また今度行く時は美味しいデザートを食べましょう」
「そうね、次に行く時が楽しみね」
ソフィアの言葉の意味を瞬時に理解したミリーはソフィアを安心させようとして自分の願望を言ってしまう。そんなミリーを面白く思いながら相変わらず変わらない表情でソフィアは返事をした。
「ミリーも一緒に休みませんか」
「はいお嬢様」
ミリーが侍女となってから一週間ほど経ち、ソフィアは常にそばにいるミリーに心を許せるようになっていた。
美味しいお菓子などがある時には二人でお茶をしたりする。はじめミリーは断っていたが、お菓子が食べられることやソフィアが寂しそうな顔をすることもあり最近はもうあまり断らなくなっている。
ソフィアはお菓子を食べられない、というより食べると夕食が食べられなくなってしまうため、あまり口にしない。しかしせっかく作ってくれたお菓子をそのままにするのももったいないのでミリーを誘ってお茶会のようなことをするのだ。
「お嬢様、本日はもうお休みになられますか?夕食の時間になったらお呼びしますが」
「........そうですね、休みます。お願いできますか?」
「任せてください!」
お茶をし終わったソフィアを休ませるためミリーは着替えを手伝い、部屋から出て行った。
しかしそのままベッドへ行くと思われたソフィアは、何故かミリーが出て行った扉の方へと歩き、杖も壁も使わずに歩く訓練を始めた。
(あと五日.......今回は難しいかもしれない)
パーティーに行くことが出来ないと思いながらもソフィアは休まずに歩く訓練をし続けていた。マーガンに無理をすることはやめるよう言われていたため、ソフィアはバレないように毎日訓練をしていた。
「はぁはぁはぁはぁはぁはぁ」
(まだ......大丈夫)
歩き始めてから二時間が経ち、途中転んだり座ってしまったりするものの、ソフィアはずっと部屋の中を歩き続けていた。
前よりもかなり歩けるようになったソフィアはそろそろ休もうとベッドの方へと足を向け歩こうとした。
しかし、その時突如ソフィアの体を激痛が襲い、驚いたソフィアはその場に倒れてしまう。
「ぐっ、あぁ!はぁ、はぁ」
痛みは一瞬でひいたものの、ソフィアはその場から立ち上がらなくなってしまう。
(何が......)
しばらくして体に力が入るようになったソフィアは壁を使ってベッドまで歩き、ようやくベッドへと入った時には気絶する様に眠ってしまった。
コンコンッ
「失礼いたします。お嬢様、体調はいかがでしょうか。もうすぐお夕食となりますが」
部屋から出て四時間後、ミリーはソフィアを呼びに部屋へとやってきた。しかしいつもならすぐに返事をするソフィアから全く返事がないのを不思議に思ったミリーはソフィアの様子を見に寝室へと入った。
特に変わったところはなかったがソフィアはぐっすりと眠っていて、何故か大量の汗もかいていた。
不思議に思ったミリーだったが部屋が暑かったのだろうと思いソフィアを起こす。
「お嬢様お嬢様、お夕食のお時間です」
「ゃ、めて......ごめん.......なさぃ」
何かに必死に謝るソフィアを見て悪夢を見ているのだと思ったミリーはいつもより大きな声でソフィアに呼びかけた。
「お嬢様!!」
「はっ!は、い」
「良かったですお嬢様、体調はいかがですか?」
ようやく目覚めたソフィアを見て、ミリーはほっと息を吐き体調を尋ねた。
「大丈夫.....です、ごめんなさい、何度か起こしてくれましたか?」
「ええ、ですがお嬢様がぐっすりお眠りになられていたので少し迷いました」
「ごめんなさい、ありがとうございますミリー」
笑顔で言ったミリーに謝ったソフィアはベッドから起き上がり、汗をかいていたのでミリーに湯浴みを手伝ってもらい、水色の足首まであるオフショルダーのワンピースを着てダイニングルームへと向かった。
いつも通り、家族と話しながら食事をしていたソフィアだったが悪夢のせいかいつもより食事が進まない。
「どうしたソフィー、体調悪いのか?」
「あら大丈夫かしら?熱は?気持ち悪いところは?」
「だ、大丈夫です。ご心配おかけして申し訳ありません」
ソフィアは心配する四人に謝り食事を進めた。
「ソフィア、体調が悪い時は無理をしなくていい。ちゃんと言いなさい」
「ありがとうございますお父様。ですが今は大丈夫ですので」
「そうか、それならいい。ところでソフィア、パーティーのことなんだが」
シリウスはソフィアを心配するあまり少しきつい口調で注意をしてしまった。しかしソフィアはそのことを理解し、しっかりと返事を返した。
そしてシリウスが話そうとしたところをレイラが制し、話し始めた。
「私から話します。ソフィア、今回のパーティーだけれど残念ですが貴女は欠席で出します」
「はい、分かりました」
「足は無理をしないようにとマーガン先生からも言われております。ゆっくり治してね、ソフィア」
「はいお母様、ありがとうございます」
ソフィアは結局パーティーには参加できなくなったが、予想していたことだったためそれほどショックではなかった。
「それとソフィア、お前の書いたレポートを殿下にお見せしたところ、殿下が色々話したいことがあるとおっしゃってな。パーティーの次の日に王宮に行けるか?」
「は、はいもちろんです」
シリウスが言ったことにソフィアは疑問を覚えたため、質問した。
「あの、私の書いたレポートは何かいけなかったのでしょうか?」
「いや、むしろいいことだからそこは安心していいと思うぞソフィー」
「そうですか.......」
いい事だとジョンから伝えられたソフィアは少し安心し、パーティーではないがウィルと会えるということに内心とても喜んでいた。
そしてその気持ちをソフィアは自覚していなかった。




