29.「コウモリ」
「あちぃー、なんでこの国の夏はこんなに暑いんだクソッ!」
海に面してはいるものの、広大な土地をもつセレスト王国では、数日前から真夏日が続いている。
そのセレスト王国にある領地ーーローエン侯爵領では、町中にいる一人の男が座り込みながら、ぶつぶつと文句を言っている。
通り過ぎるものは皆、男にちらっと目を向け訝んだり怪しんだりするものはいても、助けようと手を差し伸べる者や声をかけようとする者は一人もいない。
ただ一人の少女を除いては。
「あの......大丈夫ですか?」
「あ?」
「い、いけませんお嬢様!そんな者に声をお掛けになっては!」
「ミリー『そんな者』だなんて言ってはいけないです」
「うっ、し、しかし!」
まさか声をかけられるとは思っていなかった男は、横に佇んでじっと心配そうに見つめる赤目の少女にちらりと目を向けると、皮肉混じりの言葉をかけてきた。
「いえいえお嬢様、俺は大丈夫ですよ。どうぞそちらの侍女さんと一緒に放っておいて下さい」
「あ、あなた!なぜお嬢様だとお気付きに?!」
「あんたがさっき自分で言ったんだろ」
「あ、そっか」
少し抜けている侍女を横目に、赤目の少女を見た男は何も言わずに隣のカフェへと歩き出した少女を、「ほらやっぱりな」という呆れた気持ちで見ていた。
少し低めに声をかければこんなもの。善人ぶっても所詮は人、怖くなればみんな逃げていく。
「あ、お嬢様お待ち下さい!」
しかし、行ってしまったと思った少女がしばらくして杖をつきながら戻ってきたのを見て男は驚きに目を見開いた。
「あ、あのこれをどうぞ」
「は?いや、いいよあんた震えてんじゃん。そこまでして恩を売りたいわけ?」
「あなたお嬢様になんてことを!」
「いえ、ただ苦しそうにしていたので。震えているのは......人が少し怖いんです」
水を差し出された男は断り、次の瞬間何が面白かったのか少女の答えにケラケラと笑い始めた。
「はーはっはっはは!人が怖い!なのに俺なんかに声かけたのかよ!あっはっはっははぁあーあ腹いて」
「苦しそうだったので......」
「いや、ありがとな。実はかなり喉乾いてたんだよ。なにせこの暑さだろ?」
「やっぱもらうわ」と言って少女の手からカップを受け取った男は、入っていた水を一口でいっきに飲み干した。
「っかー!生き返ったぜ!ありがとな〜嬢ちゃん」
「いえ、よかったです」
無表情ではあるが纏う空気が安堵のような色に変わったのを見て、男は少女に少し興味を抱いた。
「んで?あんた見たとこいいとこのお嬢様かなんだろ?こんなとこで何してる?」
「あなたに関係ないでしょ?!」
「俺はそこのお嬢様に聞いてるんだ、あんたには聞いてない」
鋭い眼光と冷たい声で睨んできた男にミリーは寒気を覚え、うっとし引き下がった。
「少しアクセサリーなどを見にきていたんです。そしたらあなたが倒れていたので」
「あー、なるほどなるほど。そんじゃ礼ってことで俺がアクセサリーの店まで連れてってやるよ」
「いえ、お礼をしてもらいたいわけではないので......ですがこちらからお願いしてもよろしいですか?」
「はっはっはっ!!!やっぱりあんたおもしれーな!お礼じゃなくて普通にお願いとかふはははは!」
盛大に笑っている男を少女は首を傾げ不思議そうに見ていた。
「あーははは、笑った笑ったぁ。俺はディルク、嬢ちゃんは?」
「私はソフィアといいます、道案内どうぞよろしくお願いします。こっちは私の侍女のミリーです」
「.........よろしくお願いします」
ミリーは不服そうにしながらもソフィアの言う通りにした。
そしてディルクにアクセサリーが売っている店まで案内してもらった二人はゆっくりと店内を見てから二つ隣にあるカフェへと入り、ディルクとともに軽く食事をしていた。
「嬢ちゃん、そんなスープだけで大丈夫なのか?ほっそい体してるし、もっと食わないとダメだぞ」
「ありがとうございます、ですが少しずつ食べるので大丈夫ですよ」
「お嬢様はあまり多く食べれないんです、強要しないでください」
ミリーに強く注意をされたディルクは気にせずソフィアへ言葉をかける。
「そういえば、なんでこんな暑いのに帽子も手ぶくろもしてるんだ?足が悪いことと関係があるのか?」
「いいえ、足は悪いというより筋力があまり無いので杖をついているんです。歩けるようになれば杖は要らないんです。帽子と手ぶくろは暑いのですが、体が焼けてしまわないようにとミリーに言われて」
「ええ、お嬢様は日焼けをすると体が痛くなってしまいます。ですからこうした対策をしなければならないのです」
「ああ、日焼けを予防するためか。女は大変だよなぁ」
二人の言葉で納得したディルクは、帽子でよく顔が見えないソフィアを見ることを諦めしばらく黙って食事をしていた。
「ディルク様は何かお仕事をなさっているのですか?」
「俺?俺はーあー.......人を護る仕事といろいろ調べる仕事をしてるんだ」
「護衛ということでしょうか?素敵ですね」
「全然、仕事が入らなければ行かないしなぁ」
「そうなのですか?」
「そ、まあ俺なんかより嬢ちゃんはどこの令嬢だ?ここはローエン侯爵様の領地だしそこそこ裕福な家庭もあるが、嬢ちゃんのその身なりと仕草はそこそこじゃねーだろ?」
よく観察しているディルクに一瞬驚いた二人だったが、それを警戒したミリーはすぐに反応した。
「お嬢様の家を知ることであなたに何かあるのですか?」
「いや?ただ今は仕事中じゃないが、俺の主人に何かあったら困るからな。女を密偵として送るなんてよくある話だ」
どこかの領地の令嬢がローエン侯爵領にこっそり調査にきていると思ったディルクだったが、すぐに違うことに気づき軽い口調で質問の意図を話した。
「まぁ嬢ちゃんたちが違うのは分かる。密偵ならこんな堂々とお嬢様の格好なんてしねぇからな」
「わ、わかればいいんです」
「そうかっかすんなって侍女さん。俺は別に悪い奴じゃねぇよ?」
「その言葉がもう怪しいんです」
ディルクとミリーはお互いにテンポよく会話をし、それを隣で見ていたソフィアは表情はいつも通り無表情だったが楽しげに二人を眺めていた。
食事を終えた三人は店の外へと出て、他の店を見ながら通りを歩いていた。すると急に辺りが騒がしくなったことにディルクがいち早く気付き、あたりを見渡す。
「.......なんだ?」
「どうされま「どけぇーーーーー!」
ソフィアがディルクの異変に声をかけようとしたとき、後ろからものすごい勢いで三人の方へと突っ込んでくる痩せ細った男が見えた。
「お、お嬢様お逃げください!」
声が出ないほど驚いていたソフィアは、とっさのミリーの声に反応できず体が動かなかった。そして走ってくる男を呆然と眺めていると急に男の体が宙を舞い地面に押しつけられた。
「は、離せ!」
「いや、お前何したんだよ。急に突っ込んでくんな、危ないだろ?」
「ひぃ!」
ディルクの脅すような声と目に男は悲鳴をあげた。
その声でやっと我に返ったソフィアはミリーとともに、男を押さえつけているディルクへ声をかけた。
「デ、ディルク様?その方は一体......」
「いや、俺も分かんねーけど、怖かったから」
あっさりと男を倒したディルクが怖かったと言ったことにミリーは目を見開いた。
「そんなあっさり倒しておいて『怖かった』?ふふふふふあはははは」
「おい、侍女のねーちゃん何笑ってんだそれより....」
「兄ちゃんすげーな!かっこよかったぞ!」
「ああ、あんたうちで雇われないかい?」
「兄ちゃん今の!もう一回やって!」
ディルクは男を押さえつけたまま辺りを見て、ようやく歩いていた人達が全員こちらを見て拍手をしていることに気づいた。
「あー!兄ちゃん助かったよ!そいつひったくりなんだありがとな!」
「なんだお前ひったくりか、ちゃんと自分で地道に稼げよ」
「うるせー!俺の妹の病気には治療費が必要なんだ!地道に稼いでたりしたらそのうちに死んじまうんだよ!」
ディルクに倒されたまま急に涙ぐみながら身の上話を始めた男をディルクは冷たい目で睨みつけたが、話を聞いたソフィアが地面に押しつけられた男のそばに駆け寄り、膝をつくのを見て驚いた。
「あ!お嬢様、いけません!」
「あ、あのその妹さんのご病気はどういったものなのですか?」
「あ、あんた誰だよ!俺はもう捕まるんだほっとけよ!」
自分で言っておきながら半泣きで投げやりになった男にソフィアは優しく静かな声で話しかけた。
「あなたがしたことはいけないことですが、今この国の治療費はとても高く、稼いでも払えないというのも事実です」
「だっ、だからなんだよ!」
「ですから、その治療費はこちらで足りるでしょうか?」
「は?」
いきなり大量の銀貨を差し出したソフィアに呆気に取られたのは男だけではなく、ディルクやひったくりにあった男性、そしてそれを周りで見ていた人達も同じであった。
「あの、こういう事情ですし、盗んだものはお返ししますので、今回だけこの方を許してくださいませんか?」
「あ、ああ......」
ソフィアの言葉にひったくられた被害者の男性は思わず首を縦に振ってしまった。
「ありがとうございます。あなたも、もう盗みをしてはダメですよ?」
「え、ぁ、は、はい!ありがとうございます!こ、このお礼はいつかします!」
「お礼はいりません、妹さん元気になるといいですね」
そしてディルクの腕から解放された男はソフィアに何度も頭を下げて急ぎ足で家へと帰っていった。
「おいおい嬢ちゃん人が良すぎるぜ?」
「そうですお嬢様!お嬢様に何かあったらどうするんですか!」
ディルクとミリーに言われたソフィアは「いいんです」と言い歩こうとしたが、ソフィアの小さく華奢な体は僅かにぐらつき地面へと近づいていく。
「あっぶねー!気を付けろ嬢ちゃん」
「お嬢様!大丈夫ですか?!お怪我はございませんか?」
「大丈夫ですミリー。ディルク様、助けていただきありがとうございます」
「今日は歩きすぎました、お嬢様もう帰りましょう』
「そうね、ディルク様今日は本当にありがとうございました。私たちはこれで失礼いたします」
「いや、俺の方こそありがとな、気を付けて帰れよ」
そして近くまで来ていた馬車にソフィアとミリーは乗って帰っていった。しかし、その馬車を見たディルクは僅かに目を見開き小さく呟いて帰っていった。
「あの馬車..........いや、まさかな」
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「ああ!ディルクやっと帰ってきたな!お前今まで仕事サボってどこ行ってたんだよ!」
「いや、下町にちょっと」
「こっちは新しい仕事きて大変なんだよ!リーダーのお前がいなくなってどうすんだ!」
「新しい仕事?何だそれ」
「聞いてないぞ」と言うディルクの言葉を無視し、男は責め立てられながらも話を始めた。
「あの方からボブリン子爵を調査してくれって頼まれたんだよ」
「ボブリン子爵ー?何でまたそんなところに......まあいいや、キリ、全員集めろ」
「了解」
キリと呼ばれた男はさっきまで怒っていたとは思えないほど冷静に返事を返し、すぐに部屋を出ていった。
そして三十人ほどが集まる広間へとディルクは歩き始めた。その時にはもう、町の中にいた好青年のような飄々とした軽い表情ではなく、どこか威圧感のある上に立つものを感じさせる表情をしていた。
「おめぇら!今日からまた長い仕事が始まる。より早くより正確にあの方へ情報を届けろ。早く終われば酒をたくさん飲む時間も女と遊ぶ時間も増える!だが雑な仕事だけはするなよ、その分いい女がやってこなくなるからな」
その場にいた全員から笑いが溢れる。
「今日は仕事の前祝いだ!ありったけの酒全部開けて朝まで飲むぞ!」
「「「「「「おおおおおお!!」」」」」」
そして仕事の前祝いである宴が幕を開け、男たちは朝まで大量の酒や肉を貪ることになった。
「珍しいな、お前が前祝いなんてやるの。何かいいことでもあったのか?」
「ああ、今日は多分綺麗な女にあったからなぁ」
「多分?どういうことだ?」
「キリ、お前赤目の女に会ったことあるか?」
キリは酒のせいか妙に機嫌のいいディルクを訝しみながらも素直に答えた。
「いや、今までいろんな女を抱いてきたが、そんな瞳には会ったことがないな」
「だろ?俺は今日その瞳の女に会った。帽子をかぶっていたからよく見えなかったけどなぁ」
「どんな体だった?」
「..........どうだったかなぁ?」
ソフィアのくびれた腰と豊満な胸を思い出しながらはぐらかすディルクを、キリは意外に思ったが、ツッコミせず静かに酒を仰いだ。
「そんなに綺麗な女ならもう一度会いたいだろ?」
「まあ、面白い女には会いたいなくくくっ」
ディルクは思い出し笑いをしながら、キリにずっと気になっていたことを聞いた。
「キリ、そういえばこの家紋どこの令嬢か分かるか?」
「その女、貴族なのか?..........お前リーダーだろ、ちょっとはベンキョウしろ」
ディルクはソフィアが乗った馬車についていた模様を書いてキリに見せる。
「なんだキリ、お前これがどこの家紋かわかんのか?」
「それはあの方の家の模様だバーカ。自分の仕えてるとこのくらい覚えとけ」
キリの言葉を理解したディルクは驚きに目を見開きまじかよと呟いて肩を落とした。
「あの嬢ちゃん、本当にお嬢様だったか….まさかあの方の令嬢だったとは」
「おいおいディルク!まさか今日会った女ってシリウス様が最近養女にされたっていう女の子だったのか?!」
「ああ、そうらしいな。まあ探す手間は省けた。俺たちの近くにいるんだ、いつか会えるだろ」
そばに置いてあった誰の酒か分からないものを、ディルクは一気に飲み干し、下品な話をし続ける部下の頭に直撃させた。
「はっはっはっ!楽しくなるなぁ〜……,,」
男は瞳に狡猾な色を滲ませながら呟いた。
そしてその男こそ、ローエン侯爵家お抱えの裏組織「コウモリ」のリーダーであるディルクだった。
いつも読んでいただきありがとうございます。
そして、大変申し訳ないのですが今日から2日間投稿することができません。
次回の投稿は7月19日(日)となります。
今後ともよろしくお願い致します。




