28.新しい侍女
「大分筋肉がついてきましたな。ソフィア様は環境もありますが元々お体自体が強くないのでしょう。日の光は克服できましたし、後は歩けるようになるだけですな。それもあと二週間もすればできるようになるでしょう」
「二週間ですか.........あの、訓練を頑張ればもう少し早く歩けるようになりますか?」
ソフィアは以前マリアにあと一週間ほどで歩けると言ったことがあった。しかしマーガンの言っていた「もう少し」とはソフィアが想像していたより長かったらしく、期間を聞いたソフィアは顔には出ないが驚き焦っていた。
なぜ焦っているのかというと、国王陛下から全ての貴族に届けられ知らされた「王太子ウィリアムの誕生日パーティーへの招待状」が原因である。
三日前レイラから知らせを聞いたソフィアはパーティーに出席しないつもりであったが、「貴族女性は全員出席」という言葉を聞き、絶対に出席することが既に決められていた。
しかしこんな足では出席しても踊ることはできないため、返事をするパーティーの二日前までに歩けるようにならなければソフィアは辞退しようと思っていた。
そして今、定期診察へとやってきたマーガンにより、歩けるようになるのにあと二週間はかかると言われたソフィアは出席できなくなると分かり焦っていた。
「ソフィア様、先ほども申しましたが貴方のそのお体でこれ以上無理をされるのは大変危険です。普通ならば歩けるようになるまで三ヶ月ほどかかるところを、ソフィア様は一ヶ月でできるようになりました。今杖をついて歩けるようになっていることは殆ど奇跡のようなものです。ですから、残りは焦らずゆっくりと出来る様に訓練していきましょう。」
ソフィアは毎日信じられないほどの時間訓練を続けていたため早く歩けるようになってはいたが、その分体に負担がかかっていたのである。
ソフィアは気付いていないが、マーガンはその脆く小さな体がいつ倒れてしまうのかと気が気でならなかった。
「ソフィア様、必ず歩けるようにはなります。ですからゆっくりと体を休めながら訓練していきましょう?」
「.........はい、分かりました」
マーガンだけでなくエミリアにも言い聞かせられたソフィアは完全に納得したとは言い切れないが、諦めて理解したことを伝えた。
「では今日から訓練する内容を変えます。一日一回でよろしいので、寝る前に壁に手をつかずにベッドまで歩いてください。そしてこれは途中で座ってしまったり倒れたりしてしまってもやり直さないで下さい。そして必ず一日一回だけです。今までの壁を使って歩く訓練も回数を二回程度に減らしてください。よろしいですな?」
「はい、分かりました」
「........ソフィア様、先ほども言いましたが決してご無理はなさいませんようお願いいたしますぞ」
「はい..........」
マーガンから十分に釘をさされたソフィアは頷き、診察が終わったマーガンとエミリアを屋敷の玄関まで見送ろうとした。しかし結局マリアの時と同じように断られてしまった。
部屋に残されたソフィアはパーティーに出席する事ができなくなったが、それでも諦めず二日前までは訓練を頑張ろうと決めた。
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「レイラ様、残念ですがソフィア様の今回のパーティーへの参加は辞退してください」
「まぁマーガン先生それはまたどうして?ソフィアの体に何か問題が?」
「ええ、そうです。おそらくパーティーの日までにソフィア様の足は歩けるようにはなりません」
マーガンの言葉に多少目を見開いたレイラもなんとなく分かっていたのかその言葉に同意する様に頷き返す。
「ええ、分かりました。パーティーへの参加は辞退致しますわ、あの子のためですもの。ですがマーガン先生、ソフィアはそんなに体が弱いのかしら?」
「ええ、歩けるようになればダンスを踊れるようにはなります。しかしあまり激しい運動はさせてはいけません。今のソフィア様は自分でも気づかぬうちに無理を重ね過ぎています。このままではいつか本当に.......」
「本当に?」
マーガンの言葉に嫌な予感を覚えたレイラはすぐに聞いたがマーガンが続きを言うことはなかった。
「いえ、申し訳ありません今のは忘れてください。とにかくあまり無理をさせずにゆっくり進めていくことが今できる最善の治療です」
「分かりました、こちらでも注意致しますわ」
「よろしくお願いします、では私どもはこれで失礼いたします」
ソフィアが無理をしないようにレイラにも気にかけるよう忠告したマーガンはエミリアとともにローエン侯爵家を後にした。そしてそれを見送ったレイラはすぐに側にいた侍女であるイリアを呼んだ。
「イリア、今メイドの中で一番優秀な子は誰かしら?」
「そうですね、それならミリーかカミラでしょう」
「ではミリーの方を呼んできてもらえるかしら?」
「かしこまりました」
言われた通りイリアはメイドであるミリーを呼びにすぐに行動した。その動きにはどこにいるのかという迷いは全くなく、イリアは使用人の動きを全てを把握している。そのため広い屋敷であるにもかかわらず、ミリーを呼びに行って戻ってくるまで五分もかかっていなかった。
「奥様、ミリーをお連れしました」
「入って頂戴」
応接室に呼び出されたミリーはイリアに促され、部屋の扉を開け中へと入る。
「お呼びでしょうか奥様」
「ええミリー、貴女に相談があるのだけれど」
「はい」
「貴女、ソフィアの侍女にならないかしら?」
「え?」
ミリーは解雇を言いわたされるのではないかと思い、ビクビクと緊張していたため、レイラの急な言葉にうまく反応できなかった。
ーーー確かにソフィア様は普段使用人である私たちにも優しく丁寧に接してくださる。あの方の侍女になれたらと思った事はあったけど、まさか本当に私が?
一瞬で気持ちを整理したミリーは、すぐに侍女をやる旨を伝える。
「奥様、是非引き受けさせてください」
「あら?そんなにすぐに決めてしまっていいの?もう少し考えてからでもいいのだけれど」
「はい、元よりソフィア様にお仕え出来たらと考えておりましたので」
「そう、じゃあ早速後でソフィアにも紹介するわね。よろしく〜」
そのあとレイラからいくつかソフィアに対する注意点を聞いたミリーは小さくガッツポーズをして部屋から退出した。
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「ソフィア、今少しいいかしら?」
「はい、お母様」
定期診察のため今日は授業がないソフィアは診察が終わった後、自分の部屋で自主的に勉強をしていた。
「勉強中にごめんなさいね〜!今日から貴女に侍女をつけようと思うのだけれど、いいかしら?」
「はい、大丈夫です」
ローエン侯爵家は来てから一週間、家の使用人達とも少し怖いのを我慢して積極的に関わってきたソフィアは一人侍女がつくのは大丈夫だろうと判断した。
「じゃあ紹介するわ、入りなさい」
「失礼いたします、本日よりソフィア様の侍女を務めさせていただきますミリーです。よろしくお願いします」
「は、はい。こちらこそよろしくお願いします」
入ってきたキャラメル色の髪を綺麗に上でまとめた侍女はソフィアをしっかりと見つめ挨拶をした。
ソフィアは急に入ってきたミリーに驚いたがすぐに杖を持って立ち上がり、片手でワンピースを軽く持ち丁寧に挨拶し返した。しかしそのソフィアの行動を見たミリーは慌ててしまう。
「まあまあ!ソフィア、侍女や使用人にはそんなに丁寧に挨拶をしてはいけないわ」
「え?そ、そうなのですか?」
「上に立つものがそんなに丁寧に挨拶をしてしまっては下で働くものはもっと丁寧にしなくてはならなくなるの。立場がなくなってしまうわ」
レイラの注意になるほどと納得したソフィアは侍女であるミリーに謝り、もう一度言葉だけの挨拶をした。
「ごめんなさい、今日からよろしくお願いします」
「はい、ソフィア様」
挨拶のし終えた二人を見たレイラは「それじゃ、私はこれで失礼するわね」と言って部屋を出て行った。
残されたソフィアとミリーは気まずい空気の中でなんとかお互いを見て話し始める。
「あ、あのソフィア様お勉強をされていたところ申し訳ありません。お邪魔でしたら退出いたしますが」
「え!あ、いいえいいんです、ミリーさん」
「さん付けなんていけませんソフィア様。私のことはミリーとお呼びください、敬語もいりませんよ』
「ご、ごめんなさい。ミ、ミリー」
「はい」
ようやく少し主人と侍女っぽくなったと思ったミリーは改めて、美しすぎる女神のような体をしたソフィアを間近に見て息を呑んだ。
(なんて美しい方なのかしら、肌もとても白くて綺麗)
そんなふうにミリーがソフィアに見惚れていると、見ていた本人から声がかけられた。
「あ、あのミリー?私の体に何かついているかしら?」
「いえ!申し訳ありません」
ミリーは自分がソフィアを見過ぎでしまったことを恥ずかしく思いすぐに謝る。
「いえ、いいの。何か変なところがあったら教えてくだ、教えてね」
「はい、かしこまりました」
なかなかすぐに敬語はとれないがソフィアは一生懸命意識して話していた。
ソフィアとミリーはギクシャクとしながらも、沢山話しをしていく中で徐々に打ち解け合っていった。
「お嬢様、ウィリアム王太子殿下よりお手紙が届いております」
「ありがとう」
ミリーは届けられた人物の名前を見たとき一瞬驚いた表情をしたものの、優秀と言われるだけあるのかすぐに何事もなかったように振る舞った。
手紙を受け取ったソフィアは早速ソファへと腰掛け読み始めた。
ーーーーーソフィア・フォン・ローエン
ソフィー元気にしているか?暑さで体調を崩していないか心配だ。正直こんなに早く手紙が届くとは思ってなかったので少し驚いた。
家庭教師はどうだ?勉強は楽しいだろうか。俺は最近パーティーの準備で少し忙しいが、それなりにレオンやジョンと楽しく過ごしている。
ソフィーが教えてくれた花を見に行った。王宮ではアジサイという花がとても綺麗に咲いていた、ハナショウブの花もとても綺麗だった。今度会う時はきっとパーティーの時になるだろう。その時はソフィーと一緒にエーデルワイスの花を見られることを楽しみにしてる。
ウィリアム・ルーギニア・デ・ライト・セレストーーーー
ーーーーー殿下、申し訳ありません。
手紙を読み終えたソフィアは静かに手紙を文箱の中へとしまい、パーティーに行かなくなるかもしれないことを申し訳なく思っていた。
「お嬢様、お茶をお待ちいたしましょうか」
「え、ええありがとう、お願い」
今は部屋の中に誰もいて欲しくない気持ちだったソフィアはミリーの呼びかけにすぐに反応した。
ーーーーー歩く訓練をしなくちゃ、今の私に出来ることはそれだけだわ。
マーガンから訓練をしすぎてはいけないと言われていたことを無視し、ソフィアは申し訳なく思いながらもひたすらに歩く訓練をし続けた。
けれどその日から、ソフィアの中にある命の歯車は少しずつ、けれど確実に狂い始めていった。




