27.手紙
「殿下、そろそろ、休憩、しませんかっ!」
「まだだっ!」
その日、ウィルは第一近衛騎士団の訓練に参加し団員たちと模擬戦闘を行っていた。
ジョンは他の団員を指導しているため、今ウィルと模擬戦をしているのは他の団員である。
ウィルが訓練に参加すると言った時、若い団員たちの中では歓声が上がったがウィルの実力を知る団員たちの中では小さくブーイングの声が上げられた。模擬戦はウィルの希望もあるが、主にウィルの実力を知る団員たちから一対一は拒否されたため団員二十人対ウィル一人にされた。はじめ、若い団員は王太子殿下相手に多勢に無勢ではと思い軽く文句を言っっていたが、戦闘が始まるとすぐに前言を撤回し悲鳴を上げた。
「なんで、毎日訓練してる、はぁはぁ、俺たちより、王太子殿下の方が強いんだ?」
「これ、俺たちが守る必要あるか?」
「ないな、俺たちにとって最大の敵は味方だ」
戦いはじめて十秒と経たないうちに既に半数以上の団員が地面から起き上がれなくなり、倒された若い団員たちは疑問や愚痴をぶつけていた。
「そこまで!勝者ウィリアム王太子殿下!」
シリウスの声で戦闘が終わり、結果はウィルの圧勝だった。シリウスやジョンが一斉訓練を行ったときと同じように、ウィルは汗一つかかずに戦闘を終えていた。
「団長と副団長も化け物だったが、殿下は怪物か魔物だな」
「ああ、俺は逆に心強いよ」
「....水飲んでくる」
団員たちの間でそんな会話が続けられているとは知らずに、ウィルは駆け寄ってきたレオンの方を見る。
「殿下ー!全くストレス発散のために団員たちと戦闘するのはやめてください」
「............ちゃんと手加減はした」
「あれで手加減してたのか」「ストレス発散.....」という声が後ろから聞こえたが、ウィルは聞こえないふりをした。
「それより、レオンがここまで来たのはなんでだ?」
「あ、そうでした、殿下早く執務室にお戻りください。パーティーのせいもあってか書類が溜まってしまって大変です」
「行かなきゃだめか?」
「文句を言っても現実逃避をしても構いませんが、書類はなくなりませんよ?それと、ソフィア様から手紙が届いております」
「早く言え.........行く」
ソフィアから手紙が届いたという知らせを聞いたウィルは倒れている団員に軽く謝り、すぐに執務室へと戻っていった。それを見た団員は皆やっといなくなったという気持ちでため息をついたがすぐにシリウスにたたき起こされ、また訓練が再開されたのであった。
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「手紙は?」
「こちらです」
ようやく執務室へと戻ったウィルはすぐににソフィアからの手紙を受け取った。
「思ったより早かったな」
「そうですね、きっとソフィア様は優秀なのでしょう」
「ああ、そうだな」
ソフィアがどれほど優秀か知らない二人ではあったが、文章を書けるようになるまで最低でも二週間はかかるだろうと思っていたため、家庭教師がついてからわずか三日で届いた手紙に少し驚いていた。
そして手紙を読み始めたウィルの顔を見てわずかに驚いたレオンは微笑み、読んでいる間静かに側に立っていた。
ーーーーウィリアム王太子殿下
ウィリアム殿下お元気ですか。殿下に手紙を書くというのはなにやらとても緊張いたしますが、ここからは私の近況を書いていきたいと思います。
ローエン侯爵家にお世話になり始めてからもうすぐ一週間がたちます。侯爵家の皆様はとても優しく接してくださるため、温かい気持ちになります。
そして最近はようやく日の光を浴びることが出来るようになり、屋敷の庭に咲いている花を見られる時間が増えました。トリスは花のことに詳しいため、よく一緒に見ながら話をします。
殿下は花言葉というものをご存じですか。私も知らなかったのですが、花にはいろいろな言葉が付いているのだとトリスが教えてくれました。その日触れた花の花言葉を本で調べるのは楽しくとても勉強になります。今はアジサイやハナショウブ、ハスといった花々が綺麗に咲いています。ハナショウブには「嬉しい知らせ」「優しい心」といった意味があるようです。
殿下は最近とてもお忙しそうにしていらっしゃると、ジョンお兄様から聞きました。
次に殿下とお会いすることがあれば、そのときはポピーの花を送りたいです。
ソフィア・フォン・ローエンーーーー
「....会いたいな」
「はい?」
「いや、仕事をしよう」
ウィルが小さくつぶやいた声はレオンには聞こえなかった。
「殿下、とても言いづらいのですが...」
「なんだ?」
「国王陛下が殿下の誕生パーティーの知らせを出しました、貴族女性は全員出席するようにとも」
「...そうか」
「お怒りにならないのですか?」
「出してしまったものは仕方がない、出席するさ」
いつもならため息をつくところ、ウィルはソフィアも出席すると知りなぜかあんなに嫌がっていたパ-ティーの日を今は少しだけ待ち遠しく感じていた。
そんなウィルの様子を見てレオンはようやく諦めたかと勘違いしたまま話を進める。
「それと殿下、後ほどローエン侯爵がジョンと共にお会いしたいとおっしゃっていましたが」
「ああ、俺も騎士団に言ったときに聞いている、内密にとのことだったからな。日が落ちる頃に来るよう伝えてある」
「左様でしたか。私は下がった方がよろしいですか?」
「いや、聞けばレオンはいて良いとのことだ。四人で話そう」
「かしこまりました」
仕事の後の予定を決めたウィルは、調査や仕事の報告を聞いているうちに日が暮れ始めたことに気づき、レオンに一度休憩しようと声をかけた。
「はい、では私は一度食堂へ行き食事をしてきます」
「ああ」
王宮には騎士団の兵士や文官などが食事をする食堂があり、貴族もいれば平民もいるため食事以外にも情報を得るのに使うものがいたり、単に王宮の中でも違う職場で働く友人や知り合いと話をするのに使ったりするものもいる。レオンは今回は食事を取ることだけが目的だが、使うときはほとんどが前者の目的で使っている。
そしてレオンが部屋から出て行くのを確認したウィルは、そっとソフィアからの手紙を机の引き出しの中にしまい、自分が書くための便せんを取り出した。途中、ギールに花言葉が書かれた本を持って来るように命じたが、三十分ほどで手紙を書き上げることができた。
その手紙をローエン侯爵家へ届けるように言い渡すとギールは疑問を口にした。
「ローエン侯爵様に直接お渡しする方が早いかと思いますが」
しかしウィルは「いい、侯爵宛ではないからな」と言い、その言葉で察したギールは「本当にようございました」と理解出来ない言葉を残して部屋を出て行った。
(ソフィー..........)
最近考える時間が出来るとすぐにソフィアのことを考えてしまうウィルは、そんな自分に少し驚きながらも必死に気づかないふりをした。
(いや、少し懐かしくなって会いたくなっているだけだ)
自分に言い聞かせているところに扉を叩く音が聞こえて持っていたペンを落としそうになったウィルは慌てて返事をした。
「は、入れ!」
「失礼しますって、何をそんなに慌ててるんだウィル?」
「いや!何でもない、風が強くてな」
「窓開いてねーけどな」
ジョンは明らかに様子のおかしいウィルを見ながらシリウスと共に部屋へと入ってきた。そしてその後に丁度食堂から戻ってきたレオンが部屋へと入り四人は話を始めた。
「それで、話したいこととは何だローエン侯爵」
「はい殿下、しかし話をする前に、まずはこちらを見ていただいた方がいいかと」
「?何だ」
ウィルが受け取ったのは五枚ほどの紙の束でそこには誰かの綺麗な文字や数字が紙いっぱいに書かれていた。
全て読んだウィルは目を見開き驚いた顔をしている。そしてそんな様子を見たレオンも紙束に目を通すと深刻な表情をしながら口を開いた。
「これはいったい誰が?侯爵領の子どもですか?」
「ええ、そうです」
「この案を書いたのは侯爵領の子どもなのか?誰だ、平民でもいい、気にしないから会わせてくれ!」
いつもとは違うウィルの様子にレオンは驚いていたが気持ちは同じらしく一緒になってシリウスに詰め寄った。
そして二人は答えたジョンの言葉にさらに驚くこととなる。
「それを書いたのは平民じゃない、ソフィーだ」
「ソ、フィーだと?」
「ジョンそれは事実ですか?ソフィア様が本当にこれを?」
言葉がでないウィルの代わりにレオンが聞く。
「あぁ、嘘でも冗談でもなく事実だ。その案はソフィアが家庭教師から出された課題で書いたただのレポートだ」
「詳しく話を聞きたい、明日いや明後日でもいいソフィーに会えるか?」
「会えるが、お前もうすぐパーティーがあるだろ?パーティーの前に知らない女性と会っていたなんて話が広まったら貴族派につけいる隙を与えるだけだぞ、やめとけ」
「ジョンの言う通りです殿下。私も一度はソフィアを連れてこようと考えましたが、それはせめてパーティーが終わってからの方が良いだろうと判断致しました」
落ち着きを取り戻したウィルではあったが冷静さはまだだったらしくシリウスとジョンに宥められ、間違った方向に行った思考を正された。
「殿下、一旦落ち着いてください」
「ああ、悪かった」
「いや、俺も昨日知ってさ。ウィルの気持ちは分かる、俺も同じだった」
その場にいる全員が同じ気持ちで、これを書いたソフィアのことを考えた。
「全く、ソフィーには驚いたな」
「ええ、これほどの案がソフィア様の中にあるとは驚きました」
「この案をもう少し詳しく聞いて考えたいが...議会までひと月か」
「パーティーの後でよければ時間をお作り出来ますが」
ようやく気持ちを落ち着けて冷静さも取り戻したウィルはシリウスの提案に考え込む。
「.......もう少し前に会えないか?議会まで時間がない」
「おいおい時間がないって言ったってあとひと月は先だぞ、そんなに焦ることか?」
「ああ、ここまで案ができているなら後は詳細を詰め込んで皆を納得させるだけだ。一刻も早くこの案を通したい」
「いや、だからってなぁ..........ウィル、お前ソフィーに会いたいだけだろ」
「.......違う」
「いや、絶対そうだろ!間が怪しすぎる!」
思わぬところからジョンに自身の気持ちを見抜かれたウィルは全く説得力のない声で答え、ジョンはシリウスに頭を叩かれた。
「殿下、息子の非礼をお詫びします。ソフィアに会いたいかは置いといてもパーティーの後にするべきは絶対です、そこで話し合っても遅くはありません」
「ああ、気にするな私も悪かった。すまない、優先すべきものを見誤っていた」
「いいえ、殿下のお気持ちはよく分かります。この案が通れば多くの民が救われるでしょう」
ソフィアに会いたかった気持ちもあるのでなんとも言えないウィルはシリウスの言葉に苦笑いをして答えた。
「今日はこれをお伝えしたく参りました。ソフィアの才能が明るみに出れば貴族派に狙われる可能性もありますので」
「ああ、そうだな。十分警戒をしておいてくれ」
「はい、殿下。それでは本日はこれで失礼させていただきます」
そういってシリウスは一人でウィルの執務室から去って行った。
「んじゃ、俺も帰るかなぁ」
「待てジョン」
「ん?何だウィル」
「ト、トリスって誰か分かるか?」
「トリスー?あ、もしかしてうちの庭師か?トリスがどうかしたのか?」
「いや、特にどうもしないんだが、何歳くらいなんだ?」
その言葉で何かを察したジョンは、顔をニヤニヤとさせてウィルの方を見て言った。
「ウィル、お前時間見つけてうちにお忍びで来たらどうだ?日帰りできる距離だし大丈夫だろ?」
「ジョン!殿下になんてこと言うんですか!」
「いや、それもいいかもしれない」
「殿下まで!そんな暇ありませんよ!」
「だからいつかだって言ってるだろレオン」
息を荒げながらジョンの発言を注意したレオンだったが、ウィルが賛成したため慌ててしまった。
しかしレオンはジョンに「落ち着けよ」と言われて自分が焦っていることを自覚したうえで、さらに止めるために言葉を発する。
「いえ、ですが殿下にそんな時間は本当にありませんよ。残念ですが当分先です」
「時間なら作れる」
「ですが........いえ、そうですね、ないなら作ればいいんです。でもひと月は先の話だと心得て下さい」
「うわっそんなにか?でもそっか、パーティーに加えて議会まであるもんな」
「ええ、そういうことですジョン」
先の予定が詰まっていて、いつになるか分からないことにジョンは気づきウィルを慰めた。
そして用事のなくなったジョンは夜が遅くなる前に帰ろうと軽い挨拶をしながら帰っていった。レオンも他の仕事があるため話が終わりジョンのすぐ後に部屋を出ていき、執務室はウィル一人だけとなった。
一人になったウィルはひきだしに入れられた手紙をそっと取りだし、自分の名前が書かれた綺麗で繊細な文字を眺める。
(次に会うのが楽しみだ、ソフィー)
ウィルの口元には微かな、けれど優しい笑みが浮かんでいた。




