26.ソフィアの能力
「はい、それでは本日はここまでにいたします」
「ご指導ありがとうございました」
王宮で議会が開かれた日、ソフィアは家庭教師であるマリアから他の国の言語を学びつつ、普通の令嬢は絶対に学ばないであろう帝王学や経済学、政治学、物理学など専門の科目を学んでいた。
何故こんなことをしているのか、それはソフィアが文字を一日で書けるようになりマリアを驚かせた日、ソフィアは文法だけでなくマナーや言葉遣い、礼儀作法に加えて、各領地の政策やセレスト王国の法律についても全て習得し終えてしまったためである。
そして課題としてソフィアが提出するレポートはいつも完璧以上のものであるため、マリアは点数をつけることができないと判断し、途中で課題を出すのをやめた。
その代わり、マリアは本来令嬢が覚えなくても良い専門の科目をソフィアに片っ端から教えて吸収させた。
「マリア先生、このような政策はいかがでしょうか?」
「これは!......素晴らしい政策ですソフィア様。もしこれが実現されればこの国はもっと発展し、豊かになっていくでしょうね」
課題を出されなくなったソフィアは、度々自分でこの国の問題を見つけ、それに対する政策や支援法などを作りマリアに見せている。
具体的な政策の仕方や必要な費用、見積もりなどが書いてあるレポートなどではなく、それはすでに国の一つの政策案としての仕上がりであった。
「…….ソフィア様、今度これをお父君であるローエン侯爵様にお見せになってはいかがでしょうか?」
「え!でも、あのそれは........」
「素晴らしいものですし、私からお渡しておいてもよろしいですか?」
「はい....」
今夜ソフィアは自分の書いたレポートがマリア以外に見られることを恥ずかしく思いながら、マリアが帰るのを見送りに行こうと椅子を立ち上がった。
マリアはいつものように断ったが、ソフィアは自分が杖をつかずに歩けるか一度試してみたかったため、足に力を入れて歩き始めた。しかし立てると思ったその足は力をなくしてしまい、かくんと急に曲がった膝の勢いに負けてソフィアは倒れてしまった。
「ソフィア様!大丈夫ですか?」
マリアが急いでソフィアに駆け寄る。
「だ、大丈夫です。ごめんなさい」
「焦る気持ちも分かりますが無理をしてはいけませんよ」
「....はい」
結局マリアを見送ることができなくて落胆したソフィアはもう一度、今度は杖をついて立ち上がり勉強机の椅子に座って引き出しから一枚の便箋を取り出した。
手紙を書くとウィルに約束したソフィアは、文字を覚えて文章も書けるようになったため早速手紙を書こうとした。しかしいざ書こうとすると、何を書いていいのか分からなくなってしまい、ペンに力が入らなくなる。
(何を書いたらいいのか分からないわ.......)
その時、頭の中に「楽しみにしてる」と言ってくれたウィルの言葉が思い浮かび、ソフィアは止まっていた手を動かし始めた。
なんとか手紙を書き終えたソフィアはメイドに手紙を出して欲しいと頼み、歩く練習をすることにした。
杖を使わず、まずは寝台の端に手をつきながらぐるぐると歩き回る、次に部屋の隅あった車椅子を押しながら歩き、最後に部屋の壁に手をつきながら歩いた。
「はぁはぁはぁはぁ..............きゃっ!」
歩く練習を必死で行い、いつの間にか時間も忘れてしまっていた。息を荒くして肩を上下に小さく震わせていたソフィーは、突然開いた部屋のドアに驚いて転んでしまった。
「うおっ!!びっくりしたー….ってソフィー?!大丈夫か?!」
「だ、大丈夫で、す」
「いや、ぜぇぜぇ言ってんじゃん!ほらあっちに運ぶぞ?」
「いえ、自分で、ある、けます」
「......そっか」
ジョンが抱えようとするのを断ったソフィアは壁に手をつきながら杖を使わず懸命に寝台まで歩いた。途中、何度か倒れそうになっているところを、ジョンは両手を手を出し入れしてハラハラしていた。だが、ソフィアの気持ちを理解しているためか、最後まで手を貸すことはなかった。
「ソフィーも、もう歩けるようになりそうだな〜」
「はい、もう少しで、歩けます」
本当はいつ歩けるようになるか分からない不安が胸を掻き立てている。敏いジョンはそのことに気づいているかもしれない。けれど今だけは指摘しないでほしい。
ソフィアは焦りを悟られないよう、必死に笑顔を作りジョンに向けた。
「........ソフィー頑張ってるもんな、無理だけはするなよ」
「はい、ありがとうございますお兄様。少し休んだら行きますので」
「うん、それがいいな。じゃ、また後でな〜」
ひらひらと手を振りながらソフィアの部屋から出て行ったジョンはそのまま食事の席へと向かう。
「兄さん遅いですよ。あれ、ソフィアは?呼びに行ったんじゃないんですか?」
「ちょうど歩く練習してて疲れたから、休んだら来るってさ」
「そうなのね〜。最近のソフィアとっても頑張っているらしいから体だけは大事にしてほしいわね、あなた?」
「ああ、そうだな」
四人は話をしながら先に食事を進めていく。
「そうそう今日ね、マリア先生がソフィアの書いたレポートをあなたに見て欲しいって渡してくださったのだけど」
「ああ、ではすぐに見よう」
レイラの言葉にシリウスが頷くと、食事中ではあったがすぐに執事であるフレッドに持ってくるよう指示をした。
「ここ二日ほど家を開けてしまったが、ソフィアは変わりないか?」
「ええ、普段授業のない日はよく図書館や屋敷の庭にいますわ。日の光も少しずつ克服して、日中も外に出られる時間が増えたようですし、マリア先生からの評価も天才だとお墨付きをもらっていました」
「ほお、それは凄いな。ソフィアが書いたレポートだ、きっと素晴らしいのだろうな」
「ええ、私もまだ読んでおりませんから楽しみですわ」
「親父、それ俺も読みたい」
「僕も拝見したいのですが」
ソフィアのレポートを誰が最初に読むか言い合いが始まったところで、書いた本人であるソフィアがダイニングへと入ってきた。
「ソフィー、もう体調は大丈夫か?」
「はい、お兄様。ご心配おかけして申し訳ありませんでした」
「ソフィア、そんなに畏まらなくてもいいのよ?家族なんですもの」
「ああ、楽にしなさい」
「俺みたいにな~」
「兄さんは気楽すぎです」
会話をしているのを眺めながらソフィアは席へと座り、ソフィアのために作られた少ないが栄養たっぷりのスープを口にした。
「ソフィア、今お前のレポートを皆で見ようとしていたのだが構わないか?」
「は、はい不出来ではありますがよろしければ」
「うむ、では見させて貰おう」
結局、最フレッドが持ってきたレポートを最初に手にしたシリウスが一番に読み始めた。
ソフィアは緊張した面持ちでシリウスの言葉を待ったが、レポートを読み終えたシリウスは眉間に皺を寄せながら何も言わずにジョンにレポートを渡してしまう。
(そんなにできが悪かったのかしら?マリア先生からは褒めていただいたけれど、やっぱりお父様達には.......)
ソフィアが考えている間に、ジョンはレポートを読み終えそれをリアンに手渡し、ソフィアの方をじっと見た。
「ソフィア、この考えはどこから来たんだ?」
「え、えっと自分で考えたものです」
「ソフィーが?!これを一人で?ほんとうかよ.....」
シリウスの質問に答えたソフィアの答えに、レイラを除いた三人全員が驚き、その空気にレポートを読んでいないレイラも食事の手を止めた。
「どうしたのあなた?そんなにすごいレポートでしたの?」
「......すごいなんてものじゃないぞレイラ。ソフィアが考えたことがもし実現すれば今問題となっている人手不足や貧困も解決する。しかも予算案付きだ。これを議会に提出すれば間違いなく通るだろう」
「父上、僕はこれをウィリアム殿下にお話するべきだと考えます」
「ああそれが良いだろう。しかしこれはソフィアの案だ、ソフィアが直接話す方が良いだろう。ソフィア、他にも書いたレポートはあるか?」
「は、はい、ございます」
「では時間があるときに他のレポートも見せてくれ」
「はい」
シリウスやジョン、リアンたちの間で繰り広げられる話にソフィアはついて行くことが出来ず、急にシリウスからされた質問にもすぐに思考が追いつかなかった。
しかし、三人の話し合いはそのままソフィアやレイラを無視して行われ続けた。
(これは、レポートは良かったということでいいのかしら?)
「ソフィア」
「はい、お父様」
「今回のお前のレポートは素晴らしいものだった。しかし素晴らしいものであるが故に他の貴族たちから利用される可能性がある。だからこれは私たちにしか見せないと約束してくれ」
「はい、約束致します」
「それと、これはウィリアム殿下にはお見せしたいと考えているんだがいいか?」
「別にこれはソフィーが嫌なら断っても良いんだぞ~」
「いえ、私は構いません。それが国のお役に立つというのであればどうぞお見せになってください」
ソフィアの答えを聞いたシリウスは明日早速ウィルにソフィアの書いたレポートを見せようと考え、食事を再開した。
「ありがとう、食事を止めてすまなかったな。いただこう」
「しかしなんでこんな考えが思いつくんだソファー?ウィルでさえ悩んでた問題だったのに」
「ソフィアは天才ですね、そういえば今は授業で何を学んでいるんです?文字の勉強は進んでいるのかい?」
「はい、リアンお兄様。今日は他の国の言語や文化、物理学などを学びました」
ソフィアの言葉に今度は全員の手が止まった。リアンははフォークに刺さっていたステーキを落とし、ジョンは飲んでいたワインを少し吹いてしまった。シリウスとレイラは二人のようにはならなかったが表情が完全に固まっていた。
「ソフィア、あなた文字を書き始めたのは昨日だったわよね?もう覚えたの?」
「はい、お母様。マリア先生の授業はとてもわかりやすいので新しいことを覚えるのも楽しいです」
「いやいやいや!そこじゃない!物理学を学んでる?ソフィー今そう言ったよな?それって貴族学校でも最終クラスが習う範囲だぞ?しかも男だけ」
「いえ兄さん、そもそも三日間で文字と文法を習得しただけでなく、他の専門科目を学んでいるということにまず驚くべきです」
動揺を隠しきれないジョンとリアンは驚きの目でソフィアを見て言い合っている。
そんな二人の様子を見ながら落ち着きを取り戻したシリウスは二人を諫めてソフィアの方を向いた。
「ソフィア、勉強は楽しいか?」
「はいお父様、とても楽しいです。このような機会をくださりありがとうございます」
「畏まらなくていいと言った、今後も好きなように学び励みなさい」
シリウスはジョンやリアンと違い、ソフィアが天才であるとは言わずにソフィアの努力を認めて励まし、また食事を再開した。それを見たソフィア以外の三人も黙って食事をし始めた。
「しっかしソフィーの凄さには驚かされたなー」
「ええ、あのレポートといい、文官になれば間違いなく宰相にまで上り詰めることのできる逸材だと思いますよ」
「ま、レオンよりできるかはおいといて、貴重な能力であることはたしかだな」
食事が終わり、応接室でコーヒーを飲みながらジョンとリアンはソフィアの凄さについて話しをし、感心していた。
「明日早速ウィルとレオンに言わないとだな。ただ親父が言ったように貴族にソフィーのことがバレると厄介だな」
「ええ、ソフィアの能力を使って自分に有利になるような政策を提案したり出来ますし、それ以外でもソフィアは優秀すぎます。おまけに考え方や性格はいい意味で純粋すぎるため利用されかねません」
「ああ、ソフィーが社交会に出るようになったらそこら辺も注意しないとだな」
「ええ、ソフィアは可愛いすぎるのもありますから兄さん、わかってると思いますがしっかり守ってくださいよ。もちろん僕も守りますが」
「分かってるよ」
ジョンとリアンはひたすら今後のソフィアを心配する会話をしていた。
「そういえば明日知らせが来るだろうけど、二週間後にウィルの誕生日パーティーがあるからレオンも覚えておけよ」
「それはまた、急な話ですね」
「ま、正直今回はウィルの婚約者探しみたいなもんだからな。男は用無しさ」
「まあ、殿下は今年で二十歳ですからね、結婚は考えなければならないでしょう。むしろ今婚約者がいないことの方が驚きなんですから」
パーティーのことを先に話したジョンは、レオンが言った言葉に頷き話を進める。
「本人は全く乗り気じゃないけどな。まあいい、当日俺はリリー嬢と出るがお前はどうする?」
「そうですね.....ソフィアが当日までに歩けるようになればソフィアと、無理なら一人で行き何人かと交流します」
「そうか、レオンももう婚約者を決める時期なんだけどな」
「気になってる女性はいるので」
「へー、どんな子なんだ?」
ジョンはレオンの気になる相手を聞き出そうとしたが聞くことはできず、結局話し合いはそこでお開きとなった。




