23.才能
「では昨日の課題を見せていただけますか、ソフィア様」
「はい」
昨日出された課題をマリアに渡したソフィアはどんな結果になるのか緊張していた。
ーーーー悪かったらどうしましょう
しかしソフィアの想像はマリアの予想していなかった反応により打ち砕かれた。
「ソフィア様、これはどなたからかお聞きになりましたか、例えばお兄様から」
「いいえ、あの、何か問題がありましたか?」
今回の課題はこの国の課題とそれを解決する案を書くことだった。
「これは、実践することができればこの国の問題が一つ解消されるほどの案です。しかしこれをどこで.....」
マリアはしばらくぶつぶつと何かを言っていたが、はっ!と我にかえり今日の授業を始めた。
「今回の課題はとても素晴らしいものです。今の文官でもこの案を出せる人は多くないでしょう、合格です。では今日の授業を始めます。書く練習は進んでいますか?」
「はい、あの、文字は覚えたので文法を教えていただきたいのですが」
「はい?」
ソフィアの信じられない言葉に一瞬変な声を出してしまい目を丸くしたマリアは咳払いを一つして姿勢を正した。
「で、では試験をいたしましょう。そうですね、私がはじめと言ったら一分ですべての文字を書き終えてください」
「はい、分かりました」
セレスト王国の文字は全部で三十一文字あり、一分以内に書き終わるにはスラスラと書くことができなければならない。つまり昨日覚えたばかりのソフィアにその試験はほとんど不可能といっていいものだった。
「はじめてください」
この時、不可能だと分かっていて試験をしたマリアはさらに驚くことになる。
「終わりました」
「......もうよろしいのですか?」
やはり無理で諦めたのだろうとマリアは思った。しかし、試験開始からまだたったの三十秒しか経っていないにもかかわらず、解答用紙には三十一文字全てが書かれていた。
「ソ、ソフィア様は昨日初めて文字を練習し始めましたね?」
「はい、間違っていたのでしょか?」
質問に対し不安そうに聞いたソフィアだったが、マリアは昨日自分が言ったソフィアへの「優秀」という言葉を頭の中で「天才」へと訂正した。
同時に、マリアは心の奥で自分がそんな天才を育てられることに興奮していた。
「ソフィア様、文字は全てあっておりますので今日から文法の勉強をしていきましょう」
「はい、よろしくお願いします」
ソフィアはこれでようやくウィルへ手紙を書くことができると静かに喜びながら授業を受けた。
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「殿下、少しお休みになられてはいかがですか?」
「ああ、そうだな」
ウィルはそう答えつつも仕事をする手をやめようとしない。
「ウィルー、いい加減休まないとソフィーが心配するぞ」
「ソフィー」という単語に手を止めたウィルはジョンの方を見た。
「ソフィアは元気にしてるか?」
「ああ、今はな〜元気にしてるぞー」
「『今は』?」
ジョンの気になる発言にウィルはすぐに反応した。
そんなウィルを横目で見たジョンは頭の後ろに両手を組みながら話した。
「この前倒れてな〜。まあ事情を知らなかった母さんがはしゃぎすぎたっていうのもあって精神的疲労が原因だったんだけどな」
「今は大丈夫なんですか?」
「ああ、もう体は大丈夫そうだった。ただなぁ」
「何か心配なことがあるのか?」
「いや、なんかこう、ソフィーはまたなんか無理してそうな気がしてなー、親父とかは全然気にしてなさそうなんだけどさ」
「...そうか、心配だな」
ジョンの話が終わり、ウィルはソフィアのことが気になりつつもすぐに話を仕事へと戻した。
「レオン、ボブロフの動きはどうなっている?」
「未だ決定的なものは何も掴めておりません....それと、関係があるか分かりませんが最近ボブロフ子爵が女のところへ通っているという情報があがっています」
「女か、身元は?」
「分かっておりません」
「できる限りでいい、調べておいてくれ」
「かしこまりました」
「明日は議会だもんな〜ウィル大丈夫か?」
「ああ、問題ない」
セレスト王国では政治を行う上で議会というものが存在する。議会には王国貴族すべてが出席し、国王や王子の提案や決定や国のあり方に対する意見を述べ、賛成したり反対したりと討論をする場である。
この議会は自らの領地運営や社交の際の立ち位置、さらに他の貴族との交流や王族の目に留まるなど様々な情報や手段を得られることから王国貴族は特に重要視している。
「また貴族派連中にいびられるんじゃねーの?」
「殿下はいつもいびられたら仕返していますけどね。こちらがやることはいつも通りに議会を進めることだけです」
「まぁな〜」
現在セレスト王国の議会では、国王や王太子を自分たちに都合良く動かし、貴族にとって有利な政策をしようと考えて発言する者が多くいる。そういった者たちのことをウィルやレオンたちの間では貴族派と呼び一括りにしていた。
「明日はジョンも議会に出席するのか?」
「あー、一応次期当主だから出席しないといけないんだけど、近衛の団長と副団長が同時に抜けるのは問題だろ?だから俺は明日も普通に警護してるぞ」
「あなたは単に議会に出たくないだけでしょう」
「だって!あそこの空気はまじで疲れるんだよ、俺には合わない」
「日頃から女性と遊び歩いているような人には合わないでしょうね」
明日の議会に向けウィルとレオンはジョンをからかいながらも仕事をテキパキと進め、終わったのは夜になってからだった。
途中までウィルを手伝っていたジョンは仕事があると言い、夜に三人で飲む約束をしてから部屋を出て行った。
「殿下、お疲れ様です。今日の仕事は終わりましたが、ここでジョンを待ちますか?」
「そうだな、ギール酒を持ってきてくれ」
「かしこまりました」
執務用の椅子から立ち上がり、軽く腰に手を当てながらんっ!と体を伸ばしたウィルは酒を用意するようギールに言った。
「殿下、ジョンが来るまでもう少しかかりそうなので、私はこれを財務部に届けてきます」
「ああ、よろしく頼む」
レオンが執務室からいなくなり一人になったウィルは夜空に光る三日月を眺めながらソフィアが王宮からいなくなった時のことを思い出していた。
「お、ウィル!準備はできてるか〜?」
ソフィアのことを考えていたウィルはジョンが部屋に入ってきたところで我にかえった。
「さ、飲むぞ飲むぞー!」
そういいながら執務室のソファに腰掛けたジョンはギールの持ってきた酒を早速開け始めた。
「ジョンとレオンと飲むのは久しぶりだな」
「そうだっけ?あ、そうだな。ウィルが酒に強すぎるから面白い話が聞けなくてしばらく飲まなかったんだよ」
「そうなのか?」
「そうそう、ほら」
ジョンが用意されたグラスに勢いよく酒を注ぎウィルに手渡した時、ちょうどレオンが財務部から帰ってきた。
「ジョン、意外と早かったですね」
「え、何が?」
「先程、近衛騎士団の団員が女性を口説いていたと耳にしたものですから」
「いや!俺じゃねー!つか最近はあんまり遊んでないから」
「『あんまり』なのか........」
ウィルに呆れられたジョンはそのまま話を続ける。
「俺はもう婚約者がいるしな。さすがに遊び歩くのはやめないと」
「ああ、リリー嬢か。会いに行ってるのか?」
「それが会いに行くのに連絡取っても見合いの日から一度も会ってくれなくてな〜」
「嫌われてるんですね」
「いや、ビネガー侯爵が無理やりジョンと結婚させようとしたんだろう。侯爵家の中でもローエン侯爵家と繋がりが持てれば色々と有益だからな」
「結局俺はリリー嬢に嫌われてるのか?」
「まず遊ぶのをやめなければ嫌われますよ」
ジョンはレオンの言葉に完全に打ちのめされた。
「ま、まあ俺はいいんだよ。二人も早く婚約者見つけろよ」
「私はずっと想っている女性がいますから大丈夫です。先日プロポーズもしてきました」
「え?いつだ?!い、いや、それよりも誰だ!」
「ウェルポール侯爵家のクロエ嬢ですよ」
「クロエ嬢って確かおっとりしてたけど毒舌だったような....まああそこは昔からお前の家と仲も悪くないからな。ウィルは...きっといい女はいるぞ!」
レオンとジョンの会話を静かに聞いていたウィルは急に話が飛んできて少し驚いたが酒を一気飲みこんで答えた。
「そうだな。ジョンのようにいい女性を見つけられるといいな」
本当は気になっている女性がいるウィルだったが、話すと面倒くさいため言わずに終わらせた。
「明日の議会はどうなるでしょうね」
その後も意味のない話をダラダラとしていた三人だったが、レオンの言葉で部屋の空気が変わった。
「まず間違いなくバートリアン侯爵が何か言ってくるだろうな」
「それに貴族派のモンズリー、ボブリン、ドイトン達がくるな。嫌味と文句を言う時だけは口が回る奴らだからな〜」
「全くです。自分の利益のことしか頭にない人達ですしね」
「彼らには彼らの考えがあるんだろう。だが民のことを蔑ろにする考えは改めさせるべきだな」
冷静で穏やかなウィルから冷酷な王太子の顔をしたウィルに、レオンとジョンは一瞬寒気を覚えた。
「ボブリンが何を考えているかは知らないが、もし何かあればその時は容赦しない」
「でもウィル、ソフィーの前でその顔はするなよ」
「なんのことだ?」
「お前のその顔は人を殺せるんだよ」
「女性に向けない方がいいのは確かです殿下」
自分の怖い顔を知らないウィルは、結局ジョンとレオンの話に分からないまま形だけの頷きを返した。
「まぁ貴族派は特に不正を取り締まっている殿下に厳しいですから文句も言いたくなるんでしょう」
「それって自分から不正やってますって言ってるようなもんだけどな」
「中には厳しすぎると言う奴だけもいる。俺だって小さく必要な不正には目を瞑っているさ。まっさらな貴族などローエン侯爵以外知らないしな」
「ま、親父はほんとにそういうことが嫌いだからな」
「国のためになり他国と戦争の起こらないようなものはいい。だが貴族派に関わらず、最近の不正は民を殺すものだ。しかもだんだんと手口が見えづらくなってきている」
「ええ、ボブリン子爵以外も監視を強化した方がいいかもしれませんね」
「おい、俺の部下がどんどん減るんだからそこら辺も考えてくれよ」
ジョンが言う部下とは第一近衛騎士団のジョンの隊の隊員ではなく、ローエン侯爵家の裏で動いている者たちのことだ。かつてソフィアの母親であるセシルを侯爵家で守っていたのも、この「コウモリ」と呼ばれるローエン侯爵家お抱えの裏組織の者達であった。
このことを知るのは国王と宰相、次期国王であるウィルと次期当主のジョンだけだ。レオンは父親が宰相であり、ウィルの補佐をしていることから組織の存在を知っている。
「彼らの身軽さと能力の高さには驚かされますよ。言葉遣いは荒いですが仕事は早くて正確ですし、正直言ってこの国のどの組織よりも有能ですよ」
「ああ、ローエン侯爵にはいつも助けられている」
「親父もウィルと思いが同じだからな。気にしなくていいんだよ」
酒が進むにつれてどんどん口数が増えていく三人は、貴族派の愚痴も言い始めた。
「昔ウィルがモンズリー伯爵にいびられたことがあったよな〜。知ってる騎士団の奴らの中ではいまだに話題になるぞ」
「あー、あの時はあれしか方法が思いつかなかったんだ。最後にああなってしまったのは俺も悪かったと思ってる」
「いえ、あれが正解です。殿下の対応によってモンズリー伯爵も身の振り方を考えるようになりましたからね。最後はジョンが完全にやり過ぎだったので殿下のせいではありませんよ」
「ぷっくくくそうそう、俺がちょっと足を引っ掛けたら転んじゃってな~まさかカツラだったなんてな!はははははっ!」
酒のせいもあってか盛大に笑っているジョンを見ながらレオンも当時を思い出して笑っていた。
ウィルは複雑そうな顔をして笑っていたが、久しぶりのレオンとジョンとの会話に顔を緩ませて飲み続けた。
そうして久しぶりに三人で他愛のない話をしながら飲み交わした夜は、楽しく穏やかな時間とともに過ぎていった。




