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21.応えたい


その日、体調の戻ったソフィアは朝早くから起き、部屋にある鏡で自分の顔を眺めていた。



(私はそんなに表情がないでしょうか)



自分が無表情であることを今まで特に気にしていなかったソフィアは、昨晩の家族の話を聞いて表情をもう少し柔らかくしようと鏡の前で百面相を繰り広げている。



一人でそんなことをしているのも、昨晩レイラやリアンたちが笑顔を見たいと言っていたのをこっそり聞いたからで、今日からはお兄様やお母様と呼べるように頑張ろうとソフィアは決意し、着替えをし始めた。



簡単な、それでいて上品さも兼ね備えた足首まである花柄のワンピースを身につけたソフィアは、雫の形をした耳飾りを手に取り、耳へとつけた。


それはローエン侯爵家へ来る前、セレスト王国の王太子であるウィルから餞別だと受け取ったプレゼントであり、今日の朝、袋を開けてこれを見たソフィアは自然と微笑んでいたのだが、その顔を見た者はいなかった。




一人で支度を済ませてしまったソフィアは杖を手に一階へと降りて、ダイニングルームへと入っていった。


まだ日ものぼりはじめで朝も早いことからダイニングには誰もおらず、厨房から朝食を作る音が聞こえてくるだけだった。


そのためソフィアは厨房へと入り、アーサーや他の調理人たちへと挨拶をした後、屋敷の庭を少し見ようと外へ出た。


今は夏で気温も暖かいため、ダリアや紫陽花などの花が綺麗に咲いていて、他にも様々な種類と色の花が咲いていた。



「きれい.....」



咲いていた花を見て呟いたソフィアはそのままじっと花畑の真ん中まで行き十分ほど眺めていると、そこに帽子をかぶり苗を持った一人の青年がやってきた。


「おはようございます」


ギリギリ聞こえるくらいの小さな声で挨拶をしたソフィアを見て青年は驚き、慌てて挨拶をし返してきた。



「あ!おはようございます!いいお天気ですね!」

「はい、いいお天気ですね」



練習した通りに笑おうとしたソフィアはうまく笑えたかしらと思いながら答えた。


元々作り笑いの得意なソフィアは自然に笑うことが苦手なのであり、今も結局表情を作ろうとしているだけなので綺麗な作り笑いになってしまった。



しかしそんなソフィアの姿を見た青年は顔を赤くし、少し照れながら尋ねてきた。



「ご挨拶が遅れて申し訳ありません。僕はこの屋敷の庭師でトリスと言います」

「ソフィアです。昨日からここの屋敷で生活しています。よろしくお願いします」

「旦那様のお嬢様ですよね?旦那様から聞いています」

「....はい、そうです」



自分を娘として紹介していいのか迷ったソフィアは即答できなかった。しかしそんなことも不審に思われることはなく、トリスは話を続けた。



「お嬢様はどんな花がお好きですか?よろしければお部屋に飾る用にお生けいたしますが」

「好み......ですか。そうですね、この花が気になります」

「あぁ、それは『ハス』という花です」

「ハス.....?」

「ええ、ハスは夏に咲く花で今は一番綺麗に咲いていますよ」



沢山本を読み知識を得ているソフィアであっても花に関してはあまり知識がなかったため、今度、花に関する本を読んでみようと思った。



そんな花を見ているソフィアを横目で見ながらトリスは花言葉に関する話を始める。



「お嬢様は花言葉というのをご存知ですか?」

「いえ、知りません」

「でしたら是非調べてみてください!花にはそれぞれ一つ一つに意味というのがつけられていて、悲しい言葉やや素敵な言葉もあります。僕も全て知っているわけではないですが、ハスはお嬢様が選んだ花です。きっと素敵な花言葉がついていると思いますよ」

「ええ、ありがとうございます。調べてみますね」



この屋敷に本はあるのだろうかと思いながら、昨日は暗くてよく見えなかった屋敷を見て、ソフィアは改めてその大きさと豪華さに驚いた。


そして外へ出てトリスと話していたらいつの間にか時間が経ってしまっていて、朝日が完全に昇り始めると体にまずいソフィアは、トリスに挨拶をして急ぎ足で屋敷へと戻っていった。







先ほどまでとは異なり、ダイニングルームにはすでにシリウスとレイラが席についていたため、ソフィアも挨拶をして昨日と同じ席に着いた。



「おはようございますお父様、お母様」

「ああ、おはようソフィアよく眠れたか?」

「はい」

「ふふふ、おはようソフィア、体はもう大丈夫かしら?」

「はい、ご心配いただきありがとうございます」



ソフィアに『お父様』『お母様』と呼ばれた二人は一瞬驚いた顔を顔をしたがすぐに笑顔になり、嬉しそうに朝の挨拶をしてきた。



(良かった....間違いなかったみたいで)



優しい家族の思いに応えたいと考えていたソフィアは、いつの間にか人の顔色を伺いながら行動するようになっていた。



そしてその分、どんどん自分の気持ちが表現できなくなってきていることに、この時のソフィアはまだ気付いていなかった。




「ふぁぁぁ〜、おはよう」

「ジョン、ちゃんと起きてから来なさい」



子どものような注意をされたジョンはソフィアの方を見て「ソフィーおはよう」とまたあくびをしながら挨拶してきた。



「おはようございます..........お兄様」

「........目、覚めたわ」

「あらジョン、良かったわね」



ソフィアの「お兄様」という言葉で完全に目を覚ましたジョンは席に座り、最後にリアンが部屋へと入ってきたことで朝の食事の時間が始まった。


テーブルを見渡すとソフィア以外の四人の朝食は同じだったが、ソフィアだけはサラダとスープがあるだけだった。それを見たソフィアは昨日自分が嘘をついたことが気づかれていたと分かり、申し訳なく思った。



「兄さん、今日の予定は?」

「あぁ、俺と親父はいつも通りこれから王宮に行く。リアンは?」

「僕は今日は特に何も、ですが少し勉強したいので」

「そっか。お前文官試験受けるんだろ?」

「ええ、受けますよ」



セレスト王国では十五歳で成人すると、社交界デビューをしたり働き始めるたりすることができる。

しかし、平民と違い貴族の殆どは二十歳から家の仕事をし、文官や武官になるための試験を受けて仕事をはじめる。


文官の試験は二つに分かれていて、一つは最難関の記述問題がある国吏試験、もう一つは貴族に推薦された者が面接だけ受ける貴族試験がある。



貴族は殆ど全員は貴族試験で行き、簡単に合格した後文官として働くことができるが、平民は推薦をもらうこと自体が稀であるため、殆ど全員が国吏試験を受けて落とされるのである。この結果、貴族の文官は増えて平民の文官が減るため、セレスト国の法や政策は貴族に偏ってしまっているものが多くあるのだ。



一方で武官の試験はというと簡単な記述問題と剣、弓、槍に別れた実技試験だけなので、平民も貴族もそれなりにできれば受かるのである。合格後は優秀な者から、王宮を守る第一近衛騎士団、地方警護を行う第二近衛騎士団、辺境地域を守る第三近衛騎士団に分けて配属されていく。



そしてリアンは今年十八歳で、十五歳まで通う学園を二年飛び級して卒業し、家での仕事もある程度覚えこなせるようになったため、二十歳にはなっていないが文官になる試験を受けるのである。



「リアンお兄様は今年で十八歳ですよね?」

「リアンお兄様.......」

「あ、申し訳ありません」

「いいや!もっと呼んでほしい、呼ばれると嬉しい!」

「あ、はい」



リアンの熱量に負けたソフィアは間違ってなくて良かったと胸を撫で下ろした。そしてソフィアの話に答えたのはジョンだった。



「そう、ソフィーこいつは優秀だからさ、早く試験受けて文官にならたいんだと」

「素晴らしいですね」

「兄さんに言われたくないです。兄さんなんて学園を四年も飛び級して十五歳で武官試験に受かったんですから、しかも最年少の首席で」

「え!凄いですね」


「凄くない凄くない」と言いながらジョンは朝食のソーセージを噛んだ。


意外と優秀だったジョンのことを知りソフィアは驚き、ジョンになぜそんなに早く試験を受けたのか聞いてみた。


「ウィルとレオンだよ」

「お二人、ですか?」

「ジョンは二人に置いていかれるのが嫌で必死に勉強してたのよ」

レイラの言葉に特に反発することもなく、朝食を食べ終えたジョンはあっさりと認めた。


「学園にウィルはいなかったが、レオンは毎回のトップ、俺も二位はキープしてたけど、あいつには追いつけなかった。それでも二人で飛び級して、十五歳になってからそれぞれ文官と武官試験受けて働きはじめたんだ。レオンも文官最年少首席で合格してな」

「そうだったんですね、お二人とも凄いのですね」

「いや、それよりも凄いのはリアンだ。なんたってこいつは貴族試験じゃなく国吏試験を受けようとしてるんだからな」



その言葉を聞いてソフィアはさらに驚いた。貴族で国試試験を受ける者は殆どいないのに、リアンはその最難関の国吏試験を受けようとしているのだ。



「リアンならやれるだろう」

「はい父上。問題ありません」

「貴族試験なんてあるから貴族が平民に悪く言われるんだよな」

「まあな。しかしそうでもしなければあの難しい国吏試験を受けてまで文官になりたがる奴はいないのだろう」



シリウスやレオンやジョンが国の政策について話しはじめたところで全員の食事が終わり、挨拶をして皆それぞれダイニングルームから出て行った。



「ソフィア、明日から家庭教師が来るけれど、その前に今日は簡単な礼儀作法を覚えましょう?」

「はい」



レイラの礼儀作法の指導は厳しいのではないかと考えていたソフィアだったがそんなことはなく、優しく分かりやすく礼の仕方やテーブルマナーを教えてくれた。



「そう、とってもよく出来てるわ!」

「ありがとうございます」

「ソフィアは初めから所作が綺麗だったものね。誰かに教わったかしら?」

「いえ、本を読んで覚えました」

「本!偉いわね。そうだわ、ソフィアは本が好きなのよね?」

「はい、そうですが」

「じゃあ、今から屋敷を案内しましょう」



そう言われてレイラと共に屋敷の中を歩きはじめたソフィアは家族の執務室や部屋を次々に案内され、どういう時に使うのかも全て説明された。


そして最後に大きな扉の前に案内されたソフィアは微笑むレイラを不思議そうに見て立っていた。



「ここが、一番案内したかった場所なのよ〜」


そう言って開けられた扉の中を見てソフィアの心は浮き足だった。


中には壁一面に大量の本が置かれていて本棚も沢山あり、小さな図書館のようだった。


王国図書館へ気軽に行けなくなり、あまり本を読むことが出来なくなる思っていたソフィアにとって、その部屋は望んでいたものそのものだった。



とても嬉しかったソフィアは笑え笑えと思い、レイラにお礼を言った。


「ありがとうございます、お母様」

「!」


『お母様』と呼ばれたことやソフィアが微笑んでくれたことにレイラは喜びの声を上げた。



「全然いいのよ、ソフィア!ここは自由に使って頂戴ね」

「はい」

「それともっとお母様って呼んで!」



言われたソフィアは少しずつみんなのことを呼べるように頑張ろうと決め、図書室で本を読みはじめた。



そしてその日、ソフィアは一日中本を読むことで時間を費やした。



その中でトマスに言われた『花言葉』というのを調べたソフィアはその意味を知り、静かに本を閉じた。






『ハス』の花言葉は「清らかな心」そして「離れゆく愛」であった。












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